提督LOVEな艦娘たちの短編集   作:あーふぁ

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11.雲龍『銀髪の雲龍は雲のよう』

 畳を敷いている小さな執務室に、窓からは春の暖かな日差しが入ってくる。

 仕事日で午前中の今というのに、軍服を着ている28歳という若さな提督の俺は仕事をしていない。

 手に持っているのは書類やペンではなく、化粧水を含ませているコットンだ。

 座布団にあぐらで座り、目の前に正座で座っているいる彼女に向かってゆっくりと手を伸ばす。

 その彼女は空母の艦娘、雲龍。

 大学生のような顔立ちで、普段は化粧をしてなく、しみもにきびもない顔はすっきりしていて美人だ。

 髪は白色に近い銀髪で、雲を思わせるようなウェーブがあったり跳ねたりしている髪は膝に届くほどに長い。その長く美しい髪は三つ編みに束ねている。

 白磁のような色白の肌、琥珀を連想する黄色の瞳。いつもぼんやりとしている表情は何を考えているか予想するのが難しい。

 服装は軍から支給されていて、髪や肌の色によくに会う色合いだ。

 ただ、デザインは目のやり場に困る。健康的な体なため、短すぎてスカートの役割を果たしていないスカートはふとももがまぶしい。すべすべしているお腹も見えてしまう。大きな胸も服にしまいきれず谷間が強調されている。

 助かったことに雲龍の素敵な体でも、本人がぼんやりしている雰囲気なためにエロスを感じないから良かった。

 そんな彼女の顔に触る前に一呼吸し、コットンを彼女の頬へと押しつける。

 

「……冷たいわ」

「我慢しろ」

 

 静かに言ってくる声へ雑に返事をし、優しくコットンで肌のコンディションを整えていく。

 次に自分の周りに置いてある乳液を手に取って、手のひらで押しつけるようにして撫でまわして肌の保湿をさせる。

 しっとりになった顔を見て、地クリームを手に取り、ゆっくりと優しく伸ばしていく。そのたびに雲龍が小さな声も漏らすが気にせず続ける。

 下地を塗ったあとに次に改めて顔をじっくりと見つめる。シミ、にきびがあるかを確認するために。

 

「提督」

「なんだよ」

「早くしてちょうだい」

 

 じっくりと見つめる俺の視線から顔をそらしては喜びとか嫌悪の感情がこもってない声を言い、俺が雲龍の顔にしている化粧がどう思われているか不安になる。いや、ちょっと思えば男に化粧されるなんて喜ぶものではないか。

 嫌な夢を見て、気分悪いままに自宅から鎮守府の執務室まで来るとき偶然に雲龍と出会い、そのぼーっとしている顔を見て唐突に化粧をしたくなった。そして、執務室に連れてきた。

 それから雲龍に何も言わせずに座らせて気分をすっきりするため執務室に置いた、思い出の品として高校生の頃に使っていた化粧セットを提督になって初めて使う。

 雲龍には強引に付き合ってもらうため、多少は彼女の言うことを聞くのも必要と考える。

 変に頭で考えすぎず、感情で動くことにする。

 透明感のある肌に仕上げるフェイスパウダーをナイロンのフェイスブラシにつけ、毎回パウダーを自分の手の甲にあててつけすぎないように量を調整しないといけないことを思い出しながら、軽く雲龍の肌に載せていく。

 

「どうだ?」

 

 手鏡を雲龍に渡し、彼女はしげしげと鏡で自分の顔を眺めている。

 

「悪くないわ」

「高校生の時に女友達に教えてもらったんだが、いまいちな技術で悪いな」

「構わないわ。誰かにしてもらうって新鮮」

「それならいいが。それでアイメイクとリップもやりたいんだが……」

「提督の好きなようにしていいわ」

 

 あまりうまくない俺の技術を見ても嫌がる声を出さずに彼女は好きにしていいと許可をもらった。俺のストレス解消になってもらっているからには下手にやりたくはない。

 手鏡を受け取り、雲龍の目を見る。

 目を見て、下手にメイクしないほうがいいと考えながら、アイライナー、アイシャドウをブラウンで統一する。マスカラはやめ、まつげにはビューラーでカールをつけることにした。

 雲龍に目を閉じるようにいい、まぶた全体にアイシャドウを薄く明るい色で。次にまぶたの半分ほどに二番目に薄い色を。最後に目とまぶたの境目のところに濃い色をやってグラデーション。

 ペンシルタイプのアイライナーで目元周りのアイラインを、長すぎないように気をつけて目の周りを丸く囲っていく。

 目を開けてもいいと言イ、また手鏡を見せる。さっきと同じように次も自由にしていいと言われて準備をする。

 頬にするチークはパウダータイプで薄いピンク色のをブラシで取る。

 

「笑え」

「え?」

「いいから笑え」

 

 俺に言われ、不自然な笑みを浮かべる雲龍に頬の一番高いところへブラシを乗せてからくるくると広めに動かして楕円形にチークを入れていく。

 

「よし、無表情に戻していいぞ」

 

 少々不満げな顔をする雲龍を無視してクリームタイプの白色のハイライトを用意し、鼻筋やアゴなど顔のそれぞれの部分にブラシで塗っていく。そのあとはシェーディング。陰をつけることで小顔に見せる効果があるから入れたほうがいいため、フェイスラインを丁寧に塗る。

 そうして最後にリップへ。

 唇に塗るのはどうしようかと化粧セットの中を探すと、昔付き合ってた彼女に使った口紅がある。それは使うことができず、つやつや感を出す透明なリップグロスを選ぶ。むしろこれだけで充分だろう。

 グロスを指に載せ、雲龍の可愛らしい唇へと持っていく。

 

「ん……」

「お前にはときめいたことなんてないのに、不思議と心臓がどきどきするぞ」

「それ、失礼じゃない?」

「喋るな」

 

 柔らかい唇の感触に心臓が思い切りドキドキするのを抑えながら、唇の中心に指を置く。それから少しずつ慎重にグロスをのせていく。

 そしてできあがる。

 もっともそれほどうまくなく、高校生の頃にやったきりだった化粧。この化粧にはそこそこに思い出があり、化粧をしたのは雲龍で2人目になった。

 昔のそれほど楽しくない記憶を振りきり、雲龍の化粧した顔を見て満足げに頷く俺。

 

「自分で言うのもアレだが、久々すぎてよくわからんかった」

「……まぁ、提督が満足そうだから私は別に構わないのだけれど」

 

 雲龍は自分で手鏡を手にとって、様々な角度で自分を興味深く見ている。

 その様子に嬉しくなりながら化粧セットを片付け、壁際まで移動し背中を預けて足を伸ばしてはぐったりと座りこむ。

 数十秒ほどぼけーとしていると、隣に雲龍がやってきて同じように座ってくる。

 

「俺的には楽しかったが、お前の感想はどうだ?」

「よくわからないわ」

「あー、それはすまなかったな。もう落としてきていいぞ、化粧」

 

 そう言うも雲龍は返事も動きもせず、視線を宙へ向けている。それにつられて同じように宙を見ると、袖を軽く引っ張られる。

 雲龍へと顔を向けると彼女はまだ顔を宙に向けたままだ。

 

「化粧、どこで覚えたの?」

「高校の時にな」

「どういうキッカケで?」

「……付き合ってた彼女の手が不自由だったんだ。で、俺が化粧を勉強しながらその子にやってたというわけだ。これ以上は聞くな。恥ずかしい。ああ、それと他の奴らには教えるなよ。俺の実験台の犠牲になったお前だから特別に教えているんだからな」

「あなたを振るなんてね。私も含めて艦娘たちにとっても優しくて素敵な人なのに」

 

 小さくつぶやいて袖を離したと思った途端、体を素早く動かして俺の足の間に体を入れてくる。

 その態勢は、ちょうど俺の胸元に雲龍の体を預けられ、アゴのすぐ下に雲龍の頭がある状態に。せっかく化粧をしたというのに、さっきから俺を見ることができない姿勢になっている。

 

「ときめく?」

 俺に背中を預けたまま、顔を向けずに言い放ってくる言葉に否定の言葉を返す。だが雲龍は止まらない。

 

「化粧をした女の子とはどうなったの?」

「もう聞くなと言っただろう」

「どうなったの?」

「俺は聞き分けがいい子が好きだよ」

「今は1人?」

 

 答えを聞くまではずっと動かないという空気を出している彼女に俺は観念して言うことにする。あまり嬉しくない記憶を思い出しながら、言葉を選んで、感情的にならないように気をつける。

 

「1人だ。化粧をした子とは2年付き合って別れた」

「私は何番目?」

「何がだ」

「化粧」

「お前が2人目だよ。……しかしまぁ、化粧ができる男なんて普通は気持ち悪いものだろうな」

 

 別れた理由について聞かれなかったのはよかったものの、つきあってた頃を思い出して深いため息をつく。

 ストレス解消のつもりが逆にストレスが溜まってしまうことにひどい嫌悪感を覚えた。

 今日の仕事にはもう嫌気がし、艦娘たちと会話もしたくない。

 俺の胸に体を預けている雲龍だけは別だが。この状態になっているのは初めてなのに、不思議と落ち着く。

 それは雲龍がいつもぼんやりとしている不思議系少女なせいだろう。 

 今日は付き合っていたあの子のことばかり思い出してしまい仕事にならない。仮病を取ろうかと悩んでいると雲龍が体の向きをぐるりと変え、俺の首に手を回して正面から抱き合っているような姿勢になる。

 顔が近くなった雲龍からのまっすぐ見てくる目をそらす。

 

「そんなに昔の女の人が気になるものなの?」

「男ってのは未練がましい生き物でな。なかなか忘れることなんてできないんだよ」

「そういうもの?」

「ああ」

「……そう」

 

 その呟きと共に俺の顔を両手で押さえられ、文句を言う前に雲龍へと向けられた俺の顔は唇がふさがれる。

 目の前いっぱいに広がるのはすぐ目の前に、目をつむった雲龍が。

 事態を段々と理解したあとに感じるのは、柔らかい唇と胸の感触。

 意識と体が固まったまま何秒か、そう長くない時間でキスは終わって少し離れる雲龍の白い頬は赤くなり、色っぽい目つきで見つめてくる。

 俺は何も言葉を言うことができないままでいると、雲龍は自分の口元を手でぬぐってから体を反転し、再び俺の胸へと体を預けてくる。

 

「私、顔を自由にさせるほどあなたを信頼してるのよ? 髪も好きにされてもいいし、これから聞き分けもよくなるわ」

 

 戻ってきた意識でばくばくと音が鳴る鼓動を感じつつ、その言葉を聞いて考える。

 つまりは愛の告白も同然という意味を。

 すぐ目の前にある雲龍の綺麗な銀髪を、頭のてっぺんからから触って三つ編みにしている髪の最後まで手を持っていく。それから長い三つ編みを持ちあげ、そっとほんのちょっとだけ軽く引っ張る。

 

「あぅ」

 

 可愛い声を出し、俺に引っ張られた顔が上へと向く。そこへ素早くキスをする。ほんの触れるか触れないほどのキスをおでこへと。

 

「なにか言いたいことはあるか?」

 

 引っ張った髪を離し、上を向いた姿勢で目が合ったまま雲龍を眺め、雲龍がとても愛おしいという想いと部下に対してやってしまったという自己嫌悪を持って返事を待つ。

 

「次は髪の手入れを覚えてくれると助かるわ、私の提督」

 

 心にすーっと入るとても優しい声と、今日初めて笑みを浮かべてくれた彼女を見て、不思議と涙が湧いて出てくる。これは感傷だろうか? こんなことを昔に付き合っていた彼女とやっていたことを思い出して。

 それとも、昔のことを振りきって新しい世界を見ることができる喜びだろうか?

 どちらともわからない考えを持ったまま、雲龍は俺を見上げたままに手を伸ばして涙を指で拭ってくれる。

 ―――高校生の時、恋人と付き合っていた頃を思い出す。デートの時に毎回恋人の不自由な手に気を使いすぎて、『あなたは私が好きなんじゃなくて、手が不自由な私を好きなのね』とうつむいて寂しそうに言ったのをよく覚えている。あのときの俺は何も言えず、それがキッカケで自然と別れてしまった。長い間、何も言えず俺がどれだけ彼女を愛していたのか言えなかったを悔んでいた。

 でも今は雲龍は穏やかな笑えみと優しい声で、高校生の頃に止まっていた時間の一部が進み出せる気がする。

 涙を流し続ける俺に、彼女は態勢を変えてそっと優しく頭を抱きしめ撫でてくれる。

 心が暖かくなり、救われた気持ちに。雲のようにふわふわとしていて、けれど優しい彼女。俺はいつまでもずっと抱きしめられたままになりたいとそんなことを思ってしまう。

 そうして、俺は雲龍の腕の中で眠ってしまう。

 見る夢は悔んだ夢ではなく、これから一緒に歩いていくであろう素敵な夢を。


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