提督LOVEな艦娘たちの短編集   作:あーふぁ

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12.摩耶『彼女の名前は摩耶』

「摩耶、話せばわかる!」

「んなの、わからないに決まってんだろ!」

 

 鎮守府の港にある荷運びに使う大型ガントリークレーン。水平に長く、鉄骨で組まれている場所にお互いにクレーンの上で立ったまま、相手をにらみ合っている。

 逃げてきた俺は海を背にし、追いかけてきた摩耶は逃げ場所をふさいでいる。

 高さ40メートルの場所は風が強く、立っているだけで冷や汗が出てくるほどだ。

 普段から着ている白い軍服も風の抵抗を強く受け、深くかぶっていた帽子がいつのまにか飛ばされてしまったほどに。

 俺でさえ立つのが難しいというのに風の影響を多く受けそうな、いつもの制服を着ている摩耶はそれを苦にしている様子もない。

 太陽の光にあたった彼女のキラキラと輝くような美しい髪は、強風によってボサボサになり、スカートからはあられもなく太ももが見えてしまってチラリズムがかなり減ってしまっている。

 この場所から摩耶を説得して、早く降りたいと考えるものの、彼女の目は力強い。執務室で会話し、問題になった話題の答えを出さないとこれからどうなるか予想がつかない。

 

「ここ、6月とはいえ寒いから早く降りたいんだけど」

「んなら、あたしの彼氏になれっつってんだろ! それで綺麗に解決だ!」

「嫌だから逃げてるんだろうが!」

 

 そう、俺は摩耶に迫られてここまで逃げていた。

 鎮守府の中をあちこち走り回っていたが、途中から鳥海も一緒に追いかけてきたために仕方なくガントリークレーンの上まで逃げた。危なくて、目立つところならそうそう追いかけてこないと楽観視して。でも甘かった。

 そもそも俺が恋人を持ちたくないのにはわけがある。

 学生の頃、恋人が俺の持ち物をこっそり盗んでいたり髪の毛を集めて喜んでいたりしていた。女友達と会話しただけで、嫉妬しすぎでプライバシーにまで干渉してきた。安心できたはずの女性が一転して、怯えと恐怖の存在になった。

 その記憶が長いこと残っていて恋愛、女性には多少の恐怖を抱いている。

 それがキッカケで女性とは恋愛関係にはならないと決めた。

 希望の配属先と違って女だらけの職場にされたが、この5年間は提督としてうまくやってきたと思う。艦娘たちにもそれほど嫌われてなく、楽しくやっているし。

 一緒に日々を過ごしていくうちに、女らしさが少なくがさつで口調が荒くて乱暴なところがある、が頼りになる摩耶に心を許して秘書艦にまでした。

 それが告白を受けて逃げた結果、今こうなってしまっている。女と親しくなるのは親友まででいいんだ、俺は。

 

「今、他の女のことを考えてたろ?」

 

 ……女性というのはどうして変なところで勘がいいんだろうか。俺の顔はそこまでわかりやすいはずじゃないんだが。

 摩耶がちょっとずつ近づいてきて、それに合わせて後ろ向きで下がっていく。

 けれど、それも限界がある。クレーンの端に追い詰められたら、逃げ場がない俺はもう摩耶のされるがままにってしまうる。

 

「『愛は、お互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである』というサン=テグジュペリの言葉がある。今、俺たちはお互いについて考えていないと思うんだけど?」

「それがどうした!」

 

 摩耶は俺の言葉を聞くだけの心の余裕がなく、自分が振られたことにただただ怒っている。

 俺は考える。

 俺は摩耶をどう思っている? これからの摩耶との関係をどうしたい? 

 疑問が浮かび、考えようとしたが状況がそれを許してくれない。

 気を抜くと、風にあおられてクレーンから落ちてしまいそうだ。ちょっとばかり高すぎる気もするが、俺がいる下は海になっているから場合によっては怪我だけで済む。

けれど、少しばかり離れている摩耶の下はコンクリートの地面で、そこからは鳥海が心配そうに見上げている。

 なんとかして、この状況を終わらせてお互いに安全なところに行かなければ。

 

「摩耶、2週間前に二人で映画を見に行ったことを覚えているか?」

「あ? あー、元提督が主人公だった映画か?」

「そうだ。部下だった瑞鶴と恋愛する内容だったよな」

 

 唐突に話を振られた摩耶はきょとんとした顔になり、歩みが止まった。そして、映画の内容を思い出すかのように首をかしげて悩んでいる。

 このまま、雑談をしていれば摩耶は落ちつきを取り戻して話し合いができるようになるはず。

 

「確かヒロインの瑞鶴が、元提督に失敗をかばわれて、それが恋のキッカケで一緒に農業始める日常ものだったっけ」

「そうだ。ああいう落ちついた映画のような恋愛が俺はいいと思うんだけどな」

「提督」

「なんだ?」

「あれは素敵な話だったが、あれは両想いになるのに25年かかった。そのあいだに元提督は瑞鶴と一緒に暮らしながらも艦娘じゃない女と一度結婚したよな。……ああいう想いをあたしに味わえと? あたしに耐えろと? あたしの心は我慢できないし、自分の失敗で愛している人にかばってもらえるのを望めっていうのか? なぁ!?」

 

 まずい、綺麗に話を終わらせるつもりだったのに摩耶の繊細な乙女心にまで気が回らなかった!

 摩耶は先ほどより早く近づいきて、段々と距離を詰めてくる。

 俺は口を開くが何も言葉が思いつかず、摩耶が近付いてくるのに合わせて下がるしかない。

 お互い言葉もかわさず、数メートルほど歩いたところで強い風が吹く。

 後ろに歩いていた俺はその風で足を踏み外し、体が宙に浮く感触を得る。

 その瞬間、世界のすべてが遅く感じた。

 摩耶に合わせていた目が空を見上げ、視界の端に摩耶の恐怖の顔が見えた。

 風の音と鉄骨の上を歩いていた金属の音は、何度も耳のなかで響く。

 宙に落ちていく恐怖と落ちていく浮遊感に心地よさを覚える心。

 ―――ああ、このまま海に叩きつけられるのもいいかなと思ってしまう。

 だが、体は宙で止まり体が揺られながら視界には海が見えた。体ごと飛び込んできた摩耶は俺の足首を掴んできて、逆さづりになってしまった俺は海に落ちて逃げるという甘い考えは止められた。

 摩耶が大声で鳥海を呼ぶ声を聞きながら考える。

 一人の人に強く向けられる想いは辛い。それが恋愛感情ならなおさらだ。向けられた想いに答えることはできない。愛されるのは辛い。俺は愛することがわからないから。

 そういうことを考え、溜息をつく。

 

「なに残念がってんだ。下が海だからっていっても死ぬかもしれないんだぞ、おい」

 

 俺の足を掴んでいる摩耶を見ると、心配と怒りが混じった表情で一生懸命に俺の足首を両手で掴んでいる。

 

「摩耶」

「なんだよ」

「お前、俺を好きな理由ってなんだ?」

 

 忘れていたことを聞くと、摩耶は口を開けて『なに言ってんだコイツ』という呆れた表情をしてくれた。

 それから、数秒ほど経ってから返事が返ってくる。

 

「おまえ、時々すごく危なく見えるんだよ。隣にいてもどこか遠くを見ているような。気がつくと自然にいなくなりそうな気がするんだよ。それが、その、『ああ、こいつはあたしがいてやんねぇとな』なんて思うんだ。あたしがそばにいないとこいつは生きるのにも苦労しそうだと思ったし、あたしだけを見て欲しかった。お前の隣にあたしがいれるようになれば、お前はもう遠くを見ないようになると思った。それに隣にいるとあたしも嬉しいんだ。お前はどの艦娘に対しても同じように距離を取っているだろ? 誰とも一定以上に仲良くしないのを見ると、自分だけのものにしたくなる衝動が来て……あー、もう!」

 

 摩耶は顔を赤くし、勢いよく言っていた言葉を一旦区切り、深呼吸する。それから俺の顔をしっかりと見てくる。

 俺は顔をあげて静かに呆れて言う。

 

「……バカだなぁ」

「うっせぇ!」

 

 さきほどより顔を赤くし、顔をそむけた。

 その姿にちょっと可愛さを覚えたが、足を掴んでいる摩耶の腕が震えているのに気付く。

 これは早くしないと二人とも落ちてしまう。そのためには俺が落ちても大丈夫だと摩耶に伝える必要がある。言葉だけでなく、一目でわかるように。

 

「おい、提督。早くしてくれ。あたしまで落ちてしまう」

「わかった」

 

 海に落ちたとき、服が邪魔になるから俺は急いで上半身の服を脱ぎ、海に向かって投げつけるようにして捨てる。

 

「いきなり脱いで何してんだよ、露出狂かおい。今になって変態趣味が目覚めたかこのクソが。あとでいくらでも露出していいからなんとかして登ってこい!」

「服来ていたら海に落ちたとき泳ぎづらくなるじゃないか。俺の考えはまともだ」

「何がまともだ。高さ40メートルだぞ? 水泳の飛び込みだってそんな高さは……覚えてないがとにかく死んじまうだろ。くそったれが。……ああもう、早く来い鳥海! 鳥海!!」

 

 鳥海のカンカンと鉄を叩く足音がだんだんと近づいてきているが、俺の足首を掴んでいる摩耶の手は少しずつ滑って手を離してしまいそうになり、顔も険しくなってきている。

 言われてみれば、40メートルの高さは飛び込みですらなかった気がする。今更になって死がすぐ隣にまで来ていることに寒気を覚えた。

 死という恐怖に襲われたが、必死にその感情を抑えて摩耶にかっこわるいところを見せまいと強く意識する。

 それからどうやって助かるか考える。

 でも体を曲げて摩耶の手を掴むのは態勢が悪すぎるし、俺の筋力も足りない。なら、できることはあとひとつだ。

 

「摩耶、手が滑ってもお前のせいじゃないからな。たっぷりと俺をうらんでくれ」

「はぁ? あたしがそんなことするような―――」

 

 俺の足から摩耶の手が滑り、摩耶の言葉を聞き終えずに宙へと放り投げだされる。

 下からいつのまにか集まっていた人たちから驚きの叫び声が聞こえ、再び世界のすべてが遅く感じた。

 目を大きく見開く摩耶。

 ちょっとずつ、その姿が小さくなってゆく。

 けれど、そうはならずに摩耶はその身を投げ出し、落ちる寸前にクレーンを蹴って俺へと向かってくる。

 俺へと伸ばしてくる摩耶の右手を見て、俺も同じように手をいっぱいに突き出す。

 ゆっくりと近づいていく手。

 お互いの手が繋がった瞬間、俺は摩耶と一緒に海へ落ちたという記憶が残り、そこから先は覚えていない。

 

 夢を見た。

 それは誰かに優しく抱きしめてもらっていた。

 誰かもわからないのに心が落ち着いた。

 そんなあたたかい夢だった。

 

 ◇

 

 あの落ちた日から4日後。

 40メートルの高さから落ちた俺は大きな怪我もせずに助かっていた。

 どうして助かったのかと摩耶に聞いたが、『わからない』と答えられた。

 でもその答えは別なところから来た。

 上から見ていた鳥海が言うには、手を繋いだときに摩耶が俺をかばうように態勢を変えたとのことだ。でもそれで摩耶が態勢が悪いまま海面に叩きつけられて一時的に記憶が混乱したらしい。

 摩耶の体は、あちこちを打撲していて、綺麗な肌には内出血がいくつもできた。その姿を見ると強い後悔の念がやってくる。

 俺の怪我は、普通なら死ぬところだったがおかげさまで左足首と左腕を骨折するだけで済んだ。折れたところにギプスをつけて病室で静かな入院生活を過ごすはずだった。

 けれど、これくらいなら仕事に影響はないだろ、と上官や友人どもに言われてしまい、それを聞いた摩耶が勝手に退院手続きを取ってしまった。 

 入院してた俺は今日、3日休んだだけで退院になった。

 摩耶に病院で着る病衣から提督の服に着替えさせられ、車いすが用意されたのでしぶしぶそれに乗った。

 そして病室から執務室へ行く途中の廊下で、車いすに乗った俺を摩耶が後ろからゆっくりと押してくれている。

「まったく。もう何日かは病室でゆっくりしていたかったんだがなぁ」

 

「なに甘えたこといってんだ。書類仕事や始末書が溜まってるだろ」

「せめて言葉だけでもけが人に優しくするってのが普通じゃないのか摩耶さん」

「あたしの提督は普通じゃないからな。甘くしてたら逃げるだろ?」

「違いない」

 

 そうやって俺と摩耶はお互いに声をあげて笑いだす。

 俺が入院してからすぐに摩耶は俺を見まいに来た。朝早くきては面会時間いっぱいまでいて。話す内容は、俺に対しての愚痴や他の艦娘からの言伝、装備の開発や改修といったことだ。

 愚痴は言っていたが、文句や恋愛についての話は一切なかった。

 怪我をして精神が弱っていたのか、そうしている摩耶の姿には安心した。口調はきついが声は優しかった。態度や顔を見て心が落ち着く。

 

「そういえば、映画の話なんだけどな。あの元提督と艦娘の恋愛映画」

「あー、あれか。あれがどうかしたか?」

「摩耶は元提督が一般人の女と結婚していたのに文句言ってたよな。それと両想いになるのに25年もかかったって」

「確かに言った。思い出しただけで気分が悪くなる」

「あれは二人とも最初から最後まで幸せだったんじゃないか?」

「なんでそういう答えになるんだよ。元提督は普通の女と結婚したんだぞ。最後にいた女を都合良く愛しただけじゃないか」

「でも元提督は瑞鶴と一緒にいたんだぞ。一般人と結婚してからも瑞鶴は一緒に暮らし続けることができたし。そりゃ、最初から好きな男を独占できなかったけど幸せだったんじゃないか?」

「……そう言われたらそう思えなくもないけど。でもやっぱり」

 

 不満を言う摩耶の言葉を手をあげて遮り、摩耶へ顔を向ける。

「愛の形のひとつだよ。俺もあれには納得できないけど、お互いに満足してたろ。あれだ、安心できる場所を見つけたってことだ」

 この言葉を聞き、摩耶は不満げな顔をしながらも静かになる。俺は再び顔を前に戻し、車いすの振動を味わいながら執務室へ向かうのに身を任せた。

 それから少しして小さい声が聞こえてきた。

 

「あたしでは安心できる場所にはならないってことか」

 

 俺は返事をせず、それからお互い黙ったまま執務室前で来た。

 ここに来るまでに考えていた。摩耶が俺を好きだと言ってくれた想いのことを。

 

「俺は怪我して日常生活に不便だ」

「あ? そんなの、見りゃわかるさ」

「だから、隣に誰かがいないと非常に疲れる。それと、俺はこうみえてさびしがり屋だ。ベッドから起きて、次の日の朝までいてくれる人が欲しいほどだ。安心を感じられる笑顔と、ついでに料理もあるなら最高だ」

 

 首を摩耶に向け、ぽかーんとしている摩耶に俺は言葉を続ける。

 

「遅れたけど、助けてくれてありがとう。摩耶がいなかったら、俺は今頃天国から摩耶たちを見ることになってたよ」

 

 俺が落ちたとき、摩耶は飛び込んで助けにきてくれた。身を挺して守ってくれた。

 このことがキッカケで俺は摩耶に安心を感じ、信頼するようになった。

 病室で寝込んでいたことが昔のことも思い出し、考えた結果がこれだ。俺は今、とても遠まわしに摩耶に愛の告白をしている。

 恥ずかしさを耐えて言ったものの、摩耶から返事は返ってこない。

 もしかして、愛想をつかされたか? あんなかっこわるい姿を見てしまったから。

 背筋が冷たくなる考えが頭をめぐる。

 摩耶は真顔になり、車いすの向きが執務室とは違う方向を向く。

 頭の中に疑問を浮かべていると、摩耶は早足で車いすを押し始めた。

 

「あー、これはどこに向かっている?」

「そんなの決まってんだろ。あたしたちの愛の巣だ!」

 

 摩耶の生き生きとした行動に、怪我している俺はそれを止めることができず、されるがままに。

 好きだ、と言えない自分に情けなさを感じるも今はこれでいいかと満足してしまう。まったくもって自分に甘い。その甘さが俺にも、摩耶にも良いことになると思うほどに

 俺と同じ状況で、こんな素敵な摩耶の笑顔を見たら誰もがこう思うはずだ。

 『ああ、俺の選択はこれであっていたんだ』って。


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