提督LOVEな艦娘たちの短編集   作:あーふぁ

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19.如月『如月と未来で踊る』

 6月という梅雨の季節に、ぽっかりと晴れた日ができた。

 そんな日になった時、俺は時間を見つけては癒しの時間を確保するために時々砂浜へと来ている。

 今日はお昼ご飯の時に、秘書が俺を監視しなくなった隙を抜け出してきた。

 もちろん秘書の艦娘に連絡はしている。執務机の上にメモ書きを置いてだが。

 この気晴らしに来る砂浜は一般の人も入れるが、周囲は木々に囲まれて泳ぐには狭いためか、人気がなく人は見当たらない。

 ここの砂浜は100mほどの短さで、鎮守府のすぐ隣も同然だからなのだろうか。

 海風と波音だけが聞こえるこの場所では、提督用の白い夏用軍服では肌寒い気もするけれど、逆にこの寒さがいい。

 ひんやりする空気は気分を入れ替えて悩み事を解決するにはちょうどいい。

 身も心もスッキリと海風で浄化され、太陽できらきらと光る海を見るのはいいものだ。

 特に今日は格別の悩み事がある。ズボンの右ポケットに入れている小さい箱がに悩みの種となっている。

 そう、それはこの小さい箱に入っている指輪のことだ。

 士官学校を卒業して艦娘たちを指揮するようになって2年。

 まだ短い付き合いなのに部下である艦娘へと指輪を贈ろうとしているのは気がちょっとばかり早いような気がしなくはない。

 風に吹き飛ばされそうになる帽子を深くかぶりなおし、砂と海の境界線を見る。

 波打ち際まで10歩ほどの近さ。距離を測ってから俺は悩む。

 考えすぎて、頭がぐつぐつと煮えたようになっているのを冷やすために、素足になって冷たい海に足をつけてしまおうかと。

 いや、風邪を引いてしまったら提督業に問題があるし。それに海で遊んでたとばれたら秘書に説教されてしまう。

 そのあいだに耳へと聞こえるのはさざなみの心地よい音。

 海風に吹かれて木々が擦れる音。

 砂浜にいるだけで自分という存在が消えている感覚を感じて、不思議な気分になる。

 ここは艦娘たちに説教されることもなく、からかわれることも遊ばれることもない。

 提督である俺にも癒しの時間は必要と納得することにし、靴と靴下を脱ぎ、足元へと静かに置く。

 足裏に感じる、ひんやりとした冷たさと細かい砂の感触がなんともいえない気持ちよさでテンションがあがる。

 1歩踏み出すと乾いている砂から音が鳴る。もう少し歩くと湿っている砂に。

 この変わっていく感触と音。近づいてきて、波の音が大きく聞こえる。

 海に触れるのはもうすぐの距離。

 それ以外の音はもう耳からは感じ取れないような気持ちになる。

 息を大きく吸い、ゆっくりと吐く。いい空気だ。

 海が職場な提督に慣れてよかったと改めて思う。

 海に足をつけリフレッシュし、午後の仕事も頑張ら―――。

 

「しれーかんっ」

 

 海へと踏み出そうとしたときに、甘い声がすぐ後ろから聞こえると同時に背中を優しく押される。

 けれど、1歩踏み出そうとしていたときだったのが悪かった。

 バランスを崩して海へと倒かけるが、とっさに膝と両手をついて海の中へと倒れるのはふせいだものの、波がやってきて体が濡れてしまう。

 海へと落ちた帽子を無視し、急いでポケットに入れていたたものがあるのを確認してひどく安心した。

 そして背中を押した犯人は誰かと立ち上がって振りむくけれど、その犯人は俺を無視して波音を上げながら横を通り過ぎて海へと入っていく。

 

「如月?」

 

 その姿を追って視線を向けると、彼女は服が濡れるのも構わずに海の中へと入っていく。

 いつも着ているセーラー服とスカートをびしょびしょに濡らしながら、海へ流れてしまった提督の帽子を拾い上げ、申し訳なさげに俺の目の前へとやってくる。

 

「ごめんなさい、司令官」

 

 彼女が差し出してきた両手の上には海水で濡れた帽子がある。

 

「……あー、早く上がれ。6月とはいえ、まだ冷える」

「はぁい」

 

 如月から受け取った帽子を軽く絞って海水を落としてかぶる。

 少し冷たいが我慢できる範囲内だ。

 肌に冷たさと痛みを感じ始めた海から出て、砂浜で待っている彼女のそばへと行く。

 先に浜へと上がって待っていた如月を見ると、靴も二―ソックスもスカートもウェーブのかかった腰まで長くて美しい髪も海水に浸かってしまった。

 幸いというべきか、彼女のトレードマークである、羽のようなピンク色のデザインの髪飾りは濡れていない。

 安心しているとセーラー服が濡れて、肌がうっすらと透けてみえていることに気付く。おなかのあたりだけが見えるのが意外にも色っぽく感じる。

 それを見て胸が高鳴ってしまい、視線を外して落ち着いてから如月を見る。

 

「帽子を取ってくれたのは嬉しいけど、これからはやめてくれ。如月に何かあったら心配だ」

「あら、如月のことを大事に思っているなんて驚きだわ。もう一度、海に入ろうかしら?」

 

 口に手をあてて静かに笑う如月は海へと向かい、そんな如月に向かって俺は言う。

 

「同じことを二度してもつまらないし風邪を引くぞ。それより、来た理由はなんだ?」

 

 海を背にし、如月は俺へと振りかえる。

 如月は濡れたスカートから俺が書いた一枚の紙をそっと出して、両手で広げる。

 けれど、それは水に濡れて文字がにじんでしまって読めない。

 そのことに気づいた如月は紙を丸めてポケットへ入れ、怒り顔で俺へと詰め寄ってくる。

 

「置き手紙に『疲れました』って書いてあって、こういうの初めて見たからすっごく驚いちゃって。他の娘も一緒に探してくれてるのよ」

「それは嬉しいことだ」

「何が嬉しいことだ、ですか。笑ってないでこっちのことも考えてください」

「いやな、普段は因縁つけられたり説教されたりするけど、みんな探してくれてるんだなぁって。これも俺が愛されている証拠だな!」

「提督がいないと外出届けがおりませんし、お菓子も補充されないから探してるんです」

 

 俺がいないのは俺自身によるものでなく、生活に支障が出るから仕方なく探しているだけなのか。

 その事実に大きく落ち込んでしまう。

 

「あぁ、そう……そうなのね」

 

 提督というのは中間管理職だ。

 艦娘から要求と文句の嵐、上からは満足な物資がもらえず結果ばかり要求してくる。

 理想と現実の違いにもう疲れ、癒されに海に来るのも納得してもらえるだろう。

 

「悩み事で疲れてるから、優しくしてくれ」

「……睦月ちゃんと密会」

 

 そんな言葉が出た途端、不気味な笑顔で見上げてくる如月の視線から俺は思い切り背中を向ける。

 

「ねぇ、司令官。何度か睦月ちゃんとふたりきりで会ってたらしいけど悩み事はそれ? そんなに睦月ちゃんのことが気になるかしら?」

 

 前へと回り込んできて俺の首へと人差し指を這わせ、不気味なほどに低い声で言ってくる。

 俺を見てくる如月のよどんだ色の瞳からは狂気を感じた。

 

「密会というか、睦月だからできる大事な話があってな。ほら、誰にだって秘密はあるだろ?」

「へー、そう。そういうこと言うんですかぁ。秘書の如月に相談すらなく姉である睦月ちゃんに? ……如月のことが信頼できないということなのかしら?」

 

 如月からの精神的プレッシャーに押され、後ろへとあとずさるとそれ合わせて如月も近づいてくる。

 ここで話してしまうのはよくない。俺の人生に大きく関わる問題だから慎重に、内緒にしたい。

 なんとかしてかわさねば。

 

「あ、そうだ。海に濡れてお互いに寒いだろ。早く帰ろうか」

「いいえ、提督のためなら風邪を引いても、髪や肌が傷んだとしても大丈夫です。だから、いまここでしっかりと話してくださいね」

 

 首に這わされていた人差し指が触れたまま、ゆっくりと心臓の位置へと降りてくる。

 大丈夫、大丈夫だ。

 いくら如月が怒っていたとしても、そもそも怒っている理由がわからないが、如月ならここで黙って少し時間がたてば諦めてくれるはず。それでもダメだったら甘いもので誘えば逃げれるはず!

 

「今回ばかりはどんなに物を積まれても許しませんよ? さぁ、いったい何の話をしていかた素直に言ってください」

「如月。会話は状況と場所が変われば楽しくなると思うんだが」

「ふぅん」

 

 会話で逃れようという甘い考えは簡単に消え、如月は心臓の位置に置いている指で力強く押してくる。

 強引に走って逃げることもできるけれど、それをすると印象がすごい悪くなってしまう。

 ここから最善の行動はなんだ。

 説得が無理なら力づくか。

 右ポケットに手を入れ、小さい箱を触る。それをポケットの中で静かに開け、中に入っている指輪を手の中へと移す。

 

「素直に言うから、指を離してくれ」

 

 不満そうな顔をしながらも静かに指を離してくれた如月は、素足である俺の左足を踏んで少しずつ力を入れてくる。

 俺の足へと重心が移り始めた瞬間、足を思い切り引いて如月のバランスを崩して、体当たりするようにして押し倒す。

 そのときに左手で如月の頭を抱え込むようにし、地面とぶつからないようにする。

 

「……私をどうする気?」

 

 押し倒された如月は、俺を押しのけようと力を入れて離れようとする。

 如月の体を抑えつけながら、強引に銀色の指輪を左手の薬指へとつけて如月から離れる。

 目的を達成し、離れたときに見た如月の顔は紅潮し服が乱れて、とてもイケないことを妄想させてくれる。

 これを見続けるのは理性が危ない。

 お互い荒い息をしているなか、俺は呼吸を整えたあとに大声で言う。

 

「結婚指輪の相談をしてたんだよ、睦月とは!」

 

 如月の返事も聞かずに俺は置いてある靴を拾い鎮守府へと帰ることにする。

 

「司令官!」

 

 俺を呼ぶ悲鳴の声には反応せず、歩き始める。

 呼ばれても振り向かず歩いて去るのはドラマみたいにかっこよく決まったな。

 

「これ、サイズが小さいんだけど」

 

 呆れた声を聞いて勢いよく振りむくと、困り顔で如月が空へと伸ばしている左手薬指には指輪が途中で止まっているのが見えた。

 俺は口をあんぐりと大きく開け、何を言うべきか戸惑う。

 指輪のサイズは睦月の手を借りて調べたんだが、姉妹とはいえ違いはあるものか……。

 押し倒されたままだった如月は立ち上がって服や髪についた砂を取り払い、どの左手の指の指に当てはまるかを試している。

 

「しっかりと調べたつもりだったんだ」

 

 言葉を出すのに時間がかかっているあいだ、如月は指輪を光にあてて輝きを見ている。

 

「そっか。だから睦月ちゃんと密会してたのね」

 小さくつぶやいて指輪を手の中で転がしはじめる。

 握りこんだ手と俺の顔を交互に二度見たあとに言う。

 

「私、独り占めって好きなの」

「知ってる」

「美しさのためならお金をいっぱい使うけれど」

「さらに稼ぐよう努力する」

「料理は磯風よりはマシって言われてるんだけど」

「……少しなら耐えられる」

 

 質問に答えると転がされていた指輪の動きが止まり、指輪を握りこんだ。

 如月の真剣な目が俺へと向く。

 

「私との結婚は後悔すると思うけど?」

「少しは後悔するだろうな。でも、好きになった人と結婚しないのはもっと後悔する」

 

 俺の言葉にうなずいた如月は目を合わせることもなく両手を自分の胸元に置き、俺を追い越して歩いていく。

 これは怒らせてしまったか。一方的に指輪を渡してしまったけれど如月はこの指輪の意味をどう思ってるんだ。

 それよりも両想いだと思っていたのは俺だけで如月はそうでもなかったか?

 睦月が大丈夫というのを裏も取らずに純粋に信じすぎたか?

 悪い想像だけがいくつも出て俺を悩ませていると如月が振りかえる。

 

「あなた!」

 

 空を仰いでいた俺はその声を聞き、如月へと顔を向ける。

 如月の姿を見ると、のネクタイに指輪がつけられていた姿があった。俺へと満面の笑みを浮かべると駆け寄ってきて勢いよく抱きついてくる。

 

「お、おぉ?」

 

 身長差があるため、如月が首からぶらさがっている格好になってしまう。

 唐突な展開に頭が混乱しているがこれは告白がOKということか。

 いや、まだ言葉にしてなかったじゃないか。このタイミングならいいムードになっている。

 

「如月、結婚し―――」

「だーめ」

 

 耳元でささやかれ、決意の言葉をいとも簡単に止められてしまう。

 いったい、何がどうしてこうなった。

 

「私を押し倒したのにキスのひとつもないし、指輪のサイズも違う。ムードも何もないじゃない」

 

 それを言われるとムードとかあまり考えていなかった俺が悪い。でも、少しは男のプライドというのを考えて欲しいものだけど。

 

「やりなおしを要求するわ。皆の前で」

「それはムードあるのか!?」

 

 大声をあげて慌てる俺から離れ、如月はネクタイへとつけた指輪を愛おしげに触る。

 指輪を大事そうにしてくれるのはよかったけれど、やっぱりサイズが違うのは気になるよな。

 よし、給料前借りを上に頼みこむか。

 

「……わかった。如月と一緒に指輪を買う。やりなおすのはそれからでいいか?」

「あら、2度目なんて嫌よ。これがいいの。あなたが私のために選んでくれたこの指輪が」

 

 指輪から手を離し、如月は俺の手を握って歩き出す。

 けれど恋人らしく横へと並ばず、前後の立ち位置になっている。

 如月が前で、俺が後ろで。

 普通は横に並ぶものじゃないかと不思議に思っていると楽しげな声がかけられた。

 

「これからは如月があなたをどこへでも連れてくわ。そうしないと長く一緒にいれないじゃない」

 

 顔だけ振りむき、嬉しそうに言う。

 

「帰ったら一緒にお風呂だから」

「なんで!?」

 

 『風邪を引いたら困るじゃない、もう遅いと思うけど』と、如月が照れながら言うのが見れて嬉しくもなるがそれと同時に思うことがある。

 普段でさえ俺は艦娘たちに強気の態度が取れないので、これからは如月主導の生活になってしまうだろう。

 それと、他の艦娘や女性と少しのあいだ一緒にいるだけで浮気とか二股と言われてしまいそうだ。日常生活で疲れる未来がはっきりと見える。

 でも、こうも思う。

 可愛い如月を俺だけのものにできるほうがずっと素晴らしいことだ、って。




色気がある文章を書きたい。
誤字報告、いつもありがとうございます。

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