提督LOVEな艦娘たちの短編集   作:あーふぁ

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20.熊野『熊野と一緒にいつまでも』

 空は透き通るほどに深く、美しい青の色。

 その空の下には一面の銀世界。まっしろな雪が積もっている。

 2月の青森は、横須賀に住んでいた頃と違って雪がとても多く、綺麗だ。

 新天地へ引っ越して1年と10か月。

 田舎のなにもかもが目新しく、全部が楽しい。

 大きな心配ごとはなく、提督という仕事をやめた今では後継者がいなかった小さい果樹園を継いで妻と一緒に住んでいる。

 ―――深海棲艦と和平がなって6年。

 人類側に有利な条件で戦争が終わり、平和な日々がやってきた。

 2年前に60歳となって退職した私は、部下であった艦娘たちに祝われて軍を辞めた。

 暇になってから以前からやりたかった農業をやりたくなり、なにかないかと探して見つかったのが青森のりんご園。

 32年連れ添った、妻である熊野を連れてふたりきりで青森へと移住した。

 それから2年が経った今では私は62歳になり、艦娘である熊野は歳を重ねなくいつまでも若いままの姿だった。

 艦娘は歳を取らないが、人間のように子供を産むことはできない。

 養子を取るということもなく、私と熊野はずっとふたりで仲良くやってきた。

 今は静かにふたりで暮らしている。

 きっとこのまま生きて、死んでいくのだろうと思うが残されてしまう熊野のことを考えるとどうにも死にきれない。

 そんなことを考えて、目の前の仕事へと意識を向ける。

 冬の時期でもりんごの仕事はあり、今はハサミを使って伸びた枝の剪定をしている。

 パチリ、パチリ。

 腕を上へとかかげ、良いリンゴの実をつけるために邪魔な枝を切る。

 1本、また1本と枝が雪の上へと落ちていくのを見るたびに無心になり、目の前のことだけを考えれることができる。

 それを続けてやると枝を切る腕が疲れ、深い息をついて腕を降ろす。

 体は上下ともに防寒着を着て手袋をつけているために暖かいが、吸い込む空気は胸が痛くなるほどに冷たい。

 横須賀で提督をしていた頃と比べると外での仕事は少なく、今やっていることが大変でも中々に楽しく思える。

 それからもう少し枝を切ったところで時計を見る。

 時刻は午前10時を少し過ぎたあたり。

 ずっと続けていると、気付かないうちに倒れてしまうので休憩を取ることにする。

 今では自己管理は秘書に任せていたが、自分でも近頃はきちんとできるようになってきた。

 ハサミを持ち、熊野がいる家へと向かう。

 果樹園の敷地内にある家は古民家で、こっちに引っ越してきた時にはそれなりに手入れをして暮らしやすくなっている。

 憧れの古民家、だが実際は暮らしてみるとそれほど快適ではない。

 生活するには間取りや設計が昔のために不便だが、そういうのにも風情を感じれる。

 家の前にやってきて、木戸を開ける。

 目の前には土間が広がり、家に入って木戸を閉めたときに土間の向こう側にある部屋の障子が開いた。

 

「お疲れさまです、休憩ですか?」

「ああ、都会育ちだから慣れそうにないな」

「ここでの生活を楽しんでいるあなたはすぐに慣れますわ」

 

 優しい言葉をかけてくれたのは妻である熊野だ。

 彼女はいつ見ても似合っているポニーテールをしていて、柔らかな微笑みを向けてくれている。

 まっすぐに私を見てくる黄色い目は、出会った頃の初々しかった熊野を思い出すことがある。

 服は赤色のどてらを着て、その下はズボンと長そでを。自分をおしゃれだと言っていた頃と違って、服装は田舎っぽさがあふれているがそういうのもまたいいものだ。

 そして高校生ぐらいの若々しい顔にすべすべな肌だ。

 元提督である私と艦娘である熊野のことを知らなければ、親子か孫のようにしか見えないが熊野は私の妻である。

 着ていた上着を脱ぐと、熊野が土間へと降りてきて私から奪っていく。

 

「寒いのですから、早く来てくださいね」

 

 私の上着を持って楽しそうに部屋へと戻っていく熊野を見て、子供っぽいところもあるなと苦笑してしまう。

 

 ◇

 

 防寒着のズボンと手袋を持って部屋に入ると、さっきまで着ていたものは部屋の隅にあるハンガーにかけられていた。持っているものをその隣にあるハンガーへとかける。

 赤々とした火がついている囲炉裏の裏の前には座布団の上に熊野が正座をして座っていいる。

 天井からつるされた自在鉤の先端にかけられたヤカンを持って2つの湯呑みにお湯を注いでいた。

 それを見ながら囲炉裏を挟んで座布団が置いてある熊野の向かい側に座ると、立ちあがった熊野がお菓子と湯呑みを渡してくれる。

 渡されたものは緑茶と青森県名物である南部煎餅。

 熊野にありがとう、といいすぐに食べ始める。

 普通の煎餅とは違い、パリパリと食べやすくお茶がよく合う。こっちに移住してから何度か食べているが、こんないいものを今まで知らなかったのは残念だった。

 作業で疲れた体を休めていると、熊野がにっこりとした笑顔でズボンのポケットから封筒を出して私から見えるように向けてくる。

 その差出人は最上と書いてある。

 以前部下だった艦娘のひとりで、熊野の姉だ。最上とは一緒に様々なカレーを作っては食べていた仲だ。

 

「最上はなんと言ってきた?」

「それは今から見ますわ」

 

 ポケットからペーパーナイフを取り出して、封筒を開いていく熊野。

 ペーパーナイフをしまって、開けた封筒を片付けたあとに入っていた手紙を私に差し出してくるが、それには首を横に振って先に見ていいと目でうながす。

 そうするとさっきまであった落ち着きが少しなくなり、わくわくとした様子で手紙を開いて読み始めた。

 熊野のそんな姿を見ながらお茶を飲んでゆっくりとした時間を過ごす。

 そうしていると手紙を読み終わった熊野は目をきらきらとさせ、手紙を渡してくる。

 それを受け取り、熊野の視線を受けながら読み始める。

 手紙の内容を要約するとこうなる。

 『川端康成の雪国を読んで行きたくなったから来月に行くよ! 地吹雪体験とか雪合戦もしたい! あとおいしいご飯!』

 つまりは遊びに来るということだ。

 熊野のテンションも高くなるのは無理もない。

 この周辺には娯楽施設が少なく、熊野のような女の子が遊べる場所は限られる。

 生きている時間は30年以上は過ぎているが、精神はまだまだ子供のようだ。

 歳を取って喜びという感情がにぶってしまった私には、熊野のことがとてもまぶしい。

 

「熊野も旅行で都会に行くとか、他の子たちに会ってきてもいいんだぞ?」

 

 つまらない田舎生活ばかりは辛いだろうと熊野のことを思っていうと、熊野は身を乗り出して私から手紙を取ってポケットへとしまった。

 

「わたくしはあなたがいる場所が安心するのです。時々はどこか遊びへ連れていって欲しいですけど、ひとりでどこか遠くに行くなんて嫌です。そんなのは」

 

 すねたふうに言うのが可愛くて笑みを浮かべると、熊野はむすっとした表情でにらんでくる。

 さらに可愛くなった熊野を見ると、小さい笑い声が口から漏れ出てしまう。

 ひとしきり笑ったあと、深呼吸をして心を落ち着ける。

 

「今からそんなことだと、私が死んだあとが心配で死にきれないよ」

 

 そう言ったあとに死ぬだなんてことは物凄く怒られると思ったが、予想に反して熊野は微笑みを浮かべてくる。

 

「あなたが亡くなったら身辺整理をしたあと、すぐに後を追いますわ」

「……それはどう返事をすればいいんだろうか」

「喜べばいいんです。ああ、どうせなら桜の木の下に埋まりましょうか。ふたり仲良く」

 

 私のことになると熊野は思考が過激になって自分自身を大切にしなくなるのが昔からの問題だ。

 嬉しくはあるが、そうやって他の艦娘が私をからかってきたときはすぐに怒ってなだめるのに苦労したものだ。

 昔のことを思い出すと共に、どこか小さな土地を買ってそこに桜の木でも植えて死ぬ場所にしようかと考える。

 

「桜といえば、有名な小説があった気がしたけれどなんだったか」

「梶井基次郎の『桜の樹の下には』ですわね。昔の小説ですけれど、桜がある木の下には死体があると思うようになったのはその方の影響ですわ」

「小説だったか。何かの伝説やおとぎ話かと思ってたよ」

 

 お茶を飲み干し、煎餅を食べ終えた頃には作業で疲れた体はちょっと元気になった。

 熊野との会話を終え、また作業に戻ろうとするときに疑問が出てくる。

 

「さて。そろそろ作業に戻るとするよ」

 

 そう言って腰をあげ、ハンガーにかけてあった防寒着を身につける。

 部屋を出て、土間へ行くときに熊野から声がかけられる。

 

「この熊野、たとえあなたが亡くなろうともどこへでもついていくのを覚えていてくださいね?」

「お前がそばにいるなら、いつでも楽しそうだ」

 

 満面の笑みで言ってきた熊野に、私もまた笑顔で返事をする。

 そう言ったあとに、嬉しくなった私は部屋を出て行く。

 ここまで自分のことを想ってくれていると思うと本当にうれしくなる。

 結婚した当時でも思っていたが、歳を取った今でも昔と変わらぬ気持ちが今でも私にはある。

 熊野と結婚をして良かった。

 そんな想いが私の中にある。




添い遂げた話を書こうとしたけれど、言葉の意味を間違って理解していたのは話ができたあと。
早とちりや勘違いが多い近頃です。

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