提督LOVEな艦娘たちの短編集   作:あーふぁ

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24.五十鈴&摩耶『僕から五十鈴と摩耶が離れない』

 桜の季節はあっという間に終わり、時はあまりにも早い。

 そんな今は5月のはじめ。

 晴れた日に外にいると夏が近づいてきているなと実感する。

 その前に梅雨というのがあるけれど、そんなのを忘れてしまいそうなほどだ。

 今日は提督の僕も艦娘たちも休日の日。

 何もやることがなく、なんとなくいつもいる鎮守府へ行こうと帽子をかぶり、紺色の軍服を着て家から出る。

 こんな思考だから25歳だというのに、同僚から『定年退職したあとの父親みたいだな』なんて言われた。

 それを聞いて自分も納得してしまうほど、やることも趣味もない自分が悲しい。

 なにか趣味を持とうかと考えなら、よく晴れている空を眺めながら鎮守府へとついた僕は、敷地内をうろうろしていると所々に雑草が生えているのが気になった。

 普通なら他の人の仕事なんだろうけど、どうしても気になって草取りがしたくなった。

 思ったら即行動。

 そこらで歩いている警備の人に「草取りがしたい」というと明るい笑顔で道具がある場所を教えてくれた。

 ……普段は警備の人たちがやっているんだろうか、と知らないことについて考えてしまう。

 服に汚れがつかないようにする上下のヤッケを着るのは暑くなるからいらないと言い、警備の人から渡された軍手を装備して草刈り鎌と大きめなゴミ袋を持って執務室があるコンクリ製の建物の前へと行く。

 入口から周囲にはところどころアスファルトの地面から草がぴょこぴょこと出ている。

 まだ朝8時だというのに帽子と背中に暑い直射日光を浴び続けると、さっき決めたことをやめたくなるけども我慢して草取りを始める。

 鎌の先端で雑草を根っこから引き抜き、それをゴミ袋に入れる。

 自分の手によって建物の維持に邪魔なものをなくすのは気分がいい。

 雑草がなくなった場所を見るのは自分がやったという結果がすぐにわかるし。

 ただ、こういうのはちょっとやるだけでいい。

 毎日のようにずっとやるのはとても疲れるし、嫌になるから。

 気分よく雑草取りをしていると隣に誰かがやってきた。

 

「なにをやってるの?」

 

 その声はよく聞きなれていて、優しくて心落ち着くものだった。

 顔をあげると、膝に手をあてて僕の作業を見ては呆れた顔をしている五十鈴の顔があった。

 いつもの制服姿で、高校生のような年齢の顔つき。小柄な体に大きな胸。

 腰まである長く美しい黒髪のツインテール。

 その髪は僕の顔にあたってくすぐったい。

 僕は軍手を外し、その髪を顔から当たらないようにして手で避けながら立ち上がる。

 

「そっちこそ何をしているんだ。せっかくの休みだというのにこんなとこに来て」

「あたしも提督に同じことを言いたいんだけど?」

「お互い暇だってことか」

 

 優しく微笑む五十鈴に僕は苦笑すると、五十鈴は「私も手伝うわ」と言ってすぐに道具を取りに行った。

 普段から助かっているけど、休日の日まで僕を手伝おうとするその姿はさすが秘書だなと思うほど。

 少しして、僕と同じ鎌とゴミ袋を持ってきた五十鈴とちょっとの距離を離して一緒に草取りをする。

 会話もなく、聞こえる音は僕と五十鈴が鎌で草刈りをする音。

 周囲を歩いている軍人、遠くの海上からは艦娘たちの砲撃の音が聞こえてくる。

 そんな中、五十鈴のふたりだけの空間はとても静かに感じ、太陽の下で汗も出て疲れる作業をしているというのに不思議と嬉しくなってしまう。

 

「なぁ、五十鈴」

「どうかした?」

「仕事じゃないのになんで五十鈴は手伝ってくれるんだ?」

「んー……、あなたといるのが好きだからよ」

 

 ふと浮かんだ疑問に、五十鈴は少しの時間を置いてから恥ずかしそうにしながらも楽しげに言う。

 意味深な言葉に僕は照れてしまい、五十鈴が言う意味は上司という意味だと誤解をしないように理解をする。

 五十鈴は、僕が仕事で荒れたり艦娘たちのことで悩んでいても落ち着いて話を聞いてくれる。

 艦娘たちの中でも普段から一番落ち着いていて、大人っぽくて話し方にも余裕があって大人という感じがあって良い。

 それからは言葉もなく黙々と草取りを続け、喉がかわいていたことに気付いてどこかで休憩しようかと考え始める。

 

「よーぅ、提督!」

 

 考えていると遠くから、僕と男友達のように仲がいい摩耶の声が聞こえてくる。

 声が聞こえるほうに顔を向けると手をこちらへとぶんぶんと勢いよく振っている。

 五十鈴よりもちょっと大人びているその顔はまぶしいほどの笑顔で、釣り竿と釣り道具が入っているらしい箱を持って近づいてきた。

 摩耶も暇だったのか、制服姿だった。

 

「やぁ摩耶。休みなのに鎮守府に来るなんて変わっているね」

「そういう提督と五十鈴もあたしと同じように暇しているみたいだな」

 

 あはは、と豪快に声をあげて笑う摩耶は僕のすぐ隣へとしゃがみこみ、真面目な表情で僕の手元を見始めた。

 

「……どうかした?」

「あたしもそれ、やる! 道具はどこだ!」

 

 そう言うと摩耶は急に立ちあがり、僕の手を取って歩き始める。

 僕は草取り道具を持ったまま、摩耶に引っ張られるままになったが、もう片方の手を五十鈴が力強く握ってきた。

 普段は落ち着いているのに、摩耶がくると不思議といつもの冷静さがなくなってしまう。

 

「ちょっと、急にやってきて邪魔しないでよ!」

「あぁ? 手伝ってやろうというあたしの善意が邪魔だって?」

 

 大声をあげて文句を言う五十鈴と、威圧するように低い声で言う摩耶。

 僕はそんなふたりに挟まれつつ、次第に腕を掴んでいる力が強くなってくるのに顔をしかめる。

 作業を始めてからそれなりの時間が経ったし、摩耶に道具がある場所に連れていくついでに休むとしようか。

 

「五十鈴、ちょうどいいから休憩しようか」

「えぇ!?」

「やっぱあたしが手伝うのは嬉しいよな。ほら、五十鈴。そっちの手をさっさと離せって!」

「この暑いなか休まずにやったら倒れるからね。それと摩耶も手を離してくれ。暑いから」

 

 摩耶に言われて不満げに手を離した五十鈴を見て、してやったりと笑みを浮かべていた摩耶は僕の言葉を聞いてショックを受けた顔になる。

 今の言葉でそんなにショックを受けることがあっただろうか。

 摩耶に道具を渡すよりも先に休憩をすることを決め、使っていた道具をおろして自分の執務室へと向かう。

 道中、僕の後ろで2人は仲良く言い争っていたことは無視した。

 

 ◇

 

 執務室の扉の鍵を開けると、執務机に本棚とソファーがあるだけの広くもない部屋が目に入る。

 窓も扉もしまっていたために部屋の温度は高くなっていた。

 すぐに五十鈴が部屋の中へと入って窓全部を全開に開けていく。

 続いて部屋に入った摩耶は釣り道具を片隅に置くと、扇風機のところに行ってスイッチを押す。

 動き始めた扇風機の前に立ってはスカートを軽く持ち上げて自分だけ涼み始めた。

 色っぽい光景なんだろうけど、摩耶に女らしさを感じていない僕はなんだかおっさんくさいとしか思えなかった。

 そんなのを横目で見ながら、執務机へ行って引きだしから白いタオルを3つ取りだした。

 窓を開け終えて近づいてきた五十鈴にタオルを渡し、扇風機で体を冷やしている摩耶の前に行かないよう気をつけつつ横から摩耶へと近づく。

 

「摩耶」

「ん、あー……拭いてくれよ」

 

 摩耶はスカートを持って体を冷やしたままで、僕へと顔を向けて目をつむる。

 僕は差し出された顔へと割れ物でも扱うかのように優しくタオルで汗を拭いていく。

 

「ちょっと、提督に対しての態度が悪すぎると思うわ!」

 

 五十鈴は大声をあげ、摩耶へと足早に近づいていき扇風機のスイッチを切る。

 次に僕からタオルを奪ってはゴシゴシと摩耶の顔を力強く拭いていく。

 

「おま、うらやましいからって八つ当たりするなよ。自分もして欲しいなら素直に言えよ、このむっつりスケベ」

「な、ななななに言ってんのよ。私は上司と部下という関係をしっかりしないで提督とそんなうらやましいことをしてもらえるのが羨ましいとか別に思ってないんだからね!」

「冷静になれてないぞ、お前」

 

 摩耶にそう言葉を返され、何も言えなくなった五十鈴は摩耶の顔へと全力で殴りかかったが、摩耶はそれを軽く受け止め、もう片方で殴ってきた手も同じように受け止める。

 そこからは摩耶と五十鈴が力を入れて押しあうという静かな状況ができあがってしまった。

 摩耶の言うとおり、普段も今日も僕のために頑張ってくれるんだから少しは我がまま言ってもいいのに。

 以前になにか欲しいものはあるか、と聞いたときなんて『提督のそばにいれるのなら私は幸せよ』というあまりにも無欲で、僕に気を遣っていることがわかったから。

 今度は摩耶と秘書を交代させて休ませようかと考えながら、残ったタオルで自分の汗を拭いていく。

 ひととおり汗を拭き、落ち着いたところでなにか飲もうとしたが部屋には飲めるものがなかったことに気付く。

 自販機でジュースを買ってこようかと、机の引き出しから小銭が入っている財布を出す。

 

「ふたりは飲みたいジュースはある?」

「あ、五十鈴が買ってくるわ!」 

「それなら僕はいつものコーヒーを頼むよ」

「あたしは知的飲料な味のやつ!」

「わかりました。……摩耶、独創的過ぎる味のジュースなんて飲む気がしれないわ」

 

 摩耶は外国生まれのジュースで味が変わりすぎている、日本では一般的には飲まれていないジュースを頼む。

 いつものことながら、摩耶はプリンジュースやゼリージュースなど変なものがとても好きだ。

 五十鈴は摩耶の頼んだものに呆れながらも僕から財布を受け取り、真面目な顔をして早足で部屋から出て行った。

 扉を閉められ、部屋には僕と摩耶だけになったことで僕は深く息をつく。

 

「五十鈴をあまりからかうんじゃないぞ」

「努力するさ」

 

 摩耶とはいい友達付き合いをしてきて、口に出す言葉は嘘をついたことがないから僕はそれを信じる。

 場が落ち着いたとこで、体にべたべたひっついている汗が気になって帽子を取り、服のボタンをはずす。

 

「汗拭いてやろーか?」

「あぁ、お願いするよ」

 

 僕からタオルを受け取り、摩耶は僕の顔、首筋を丁寧に拭いてくれる。

 

「体も拭いてやる」

「そこはやらなくていいって」

「あたしに遠慮なんてしなくていいだろう?」

 

 からかう声もなく、僕をただ心配している摩耶に僕は仕方なく軍服を脱いでいき、上半身だけシャツ1枚の姿になる。

 摩耶は恥ずかしがることも遠慮することもなく、僕にくっつくように近づいてはシャツの中へとタオルを持った手を突っ込んで汗を拭いてくれている。

 柔らかなタオルとタオル越しに感じる摩耶の指は不思議な気持ちよさを感じる。

 僕より背が低い摩耶の顔をじっと見ていると、その視線に気づいた摩耶が僕を見上げる。

 その目を見て、何を考えているかがわからない。

 なにを伝えたいんだ、と考えていると今の状態がおかしいんじゃないかということに気付く。

 ふたりだけの密室、頬がほんのりと赤くなっている摩耶、僕の肌にタオル越しで触っている姿。

 女らしいところなんて今まで感じたことはなく、男友達と同じように接していた。

 だけど今日は違った。

 髪からの甘い香りと、顔が汗ばんでいる摩耶に色っぽさを感じてしまったのだろうか。

 別に摩耶に恋しているわけではないのに、妙に恥ずかしくなる。

 目の前にる摩耶と見つめあったまま、お互いにじっとしていると扉が勢いよく開かれる音が聞こえた。

 

「摩耶、変なことやって―――どっせえええええい!!」

 

 五十鈴の声を聞いて、"浮気をばれた男の気分"という言葉が頭によぎる。

 どう言い訳しようか考える間もなく、奇声をあげた五十鈴は手に持っていた摩耶用の缶ジュースを振りかぶり、宙を高速で飛んだ缶ジュースが摩耶の頭に勢いよくぶつかった。

 缶ジュースが当たった摩耶は地面へとあっというまに倒れた。

 助け起こそうとしたけれど五十鈴から目に見えないプレッシャーを感じて、怪我をしてないことだけを確認した。

 摩耶から離れた僕に、どす黒いオーラが出ているかのように見える五十鈴は僕にコーヒー缶をふたつ渡してくる。

 五十鈴は自由になった両手で摩耶の足を持って引きずりながら廊下へと連れて行き、そこで適当に転がした。

 そうしたあとに五十鈴は部屋へ戻ってくると扉を勢いよく閉め、なにごともなかったかのように笑みを浮かべて僕からコーヒーを1本持っていく。

 摩耶がちょっとだけ心配だったが、丈夫だからきっと大丈夫だろう。

 目の前にいる五十鈴は笑顔だというのに、とても怖いのが今の僕にとっては大問題だ。

 

「汗、私が拭くわね」

「……ああ」

 

 何事もなかったかのようにそう言って、執務机から新しいタオルを持ってきて僕の汗を拭いてくれた。拭かれているときには緊張してしまい、滅多に怒らない五十鈴が怒るのは怖いと実感した。

 怒った理由はどうにも理解できないのだけど。

 汗を拭き終わると五十鈴がなにかをして欲しそうにそわそわしているのを見て、拭いてもらったお返しにと五十鈴の顔を拭くと幸せそうな顔になる。

 でもすぐにその時間は終わる。

 摩耶がよろめきながら部屋に戻ってきたからだ。

 その時、摩耶を強くにらむ五十鈴に、僕はデコピンをする。

 小さな悲鳴をあげて涙目でこっちを見てくる五十鈴の手を引っ張り、休憩を終えて3人一緒に草取り作業へと戻った。

 そして11時30分あたりに作業を終え、食堂が混雑する前に行こうと考えた。

 雑草取りのご褒美として食堂で好きなものを頼んでいいと言った瞬間、2人はそれぞれ僕の隣にやってきては腕を引っ張って早く行こうと言ってくる。

 そういうわけなので草取り道具を素早く片付け、執務室で汗を拭いてから急いで食堂へと行った。

 

 ◇

 

 艦娘と提督用の食堂に着き、壁にかかっている時計の時刻は午前11時52分。

 100人が同時に食事できる場所だが、12時を過ぎてない今は人がまばらにいるだけ。

 カウンター席に僕が座ると右に五十鈴、左に摩耶が座ってくる。

 メニュー表を手に取りながら、ふたりに約束したことを言う。

 

「好きなのを頼んでいいぞ」

「おばちゃん、五十鈴にはとんかつ定食大盛りをお願いね」

「あたしはいつもの肉抜き野菜炒め定食な!」

 

 五十鈴が優雅に、摩耶は元気よく料理を注文したが直後に五十鈴が『失敗した』という悲しげな表情をし、摩耶はそれを見てどこか困惑した様子だった。

 別にいっぱい食べたとしても、食堂の料理なら値段は問題ないんだけど。

 そう思いながら、暑い体を冷やすために僕は冷麺を頼んだ。

 注文してからは草取りをする人の苦労がわかったとか、午後の予定をどうするかだった。

 五十鈴と摩耶が、俺の予定がないと知るとそれぞれ自分と一緒に過ごすと楽しいというアピールをしてくる。五十鈴は具体性のない行動予定を言うけれど、僕と一緒にいたいということは伝わってきた。

 摩耶は元々の予定だった釣り。魚が釣れたら夕食を作ってくれると言われ、摩耶の作るものはなんでもおいしいから嬉しくなる。

 僕はどっちが楽しいかと想像していたが、目の前へと料理がやってきたので考えごとは中断する。

 昼休みになったらしく続々と艦娘たちが来て食堂がにぎやかになるなか、僕たち3人は何も話をせずにただ静かに食べている。

 五十鈴は大きなとんかつを口いっぱいに頬張り、摩耶は意外と上品な箸使いで丁寧に食べている。

 ふたりの食事の仕方を見ると興味深い。特に摩耶についてだ。

 

「前から聞こうと思っていただが、なんで肉を食べないんだ?」

 

 野菜炒めを口に頬張っていた摩耶は、ごくんと飲み込むと手を頭に当てて悩みはじめる。

 

「お前と会う前だった頃の話だけどな、肉を食うのに罪悪感が出たんだよ。この肉は動物の死があってこそ食える。でもあたしは死は嫌だってな。そんな理由だよ」

「そっか。変にダイエットでもしてるのかと心配になったから」

「太ったって思ってんなら腹を触ってもいいぞ」

 

 にんまりとした表情になった摩耶は俺の左手を触ってからかうように言う。

 

「ちょっとぐらい太っててもいいよ。僕は摩耶が好きだからね。特に素敵な笑顔が」

「……あたしもお前のことは好きだぞ」

 

 顔をそむけ、顔が赤くなって恥ずかしそうな摩耶を見て僕は微笑む。

 こういう会話ができるのは幸せだな、って。

 料理が来てからずっと静かだった五十鈴が、僕の箸を持っている右手をぎゅっと握ってきた。

 振り向くと五十鈴はとても不満そうに摩耶をにらんでいる。

 

「むー……!」

「おっと。提督を取って悪かったな、五十鈴」

 

 摩耶は僕の左手から手を離したけれど、五十鈴は握ったままだ。

 

「提督はもっと五十鈴のことを見ないといけないわ」

「いつも秘書をやってくれている五十鈴には感謝しているよ」

「それだけ?」

 

 そう涙目で言われ、僕は考える。

 朝早く、夜遅く。どんなときも五十鈴には仕事を手伝ってもらっているのはありがたく思っている。

 でも言葉だけでは感謝の気持ちは足りない?

 ご褒美、というようなものはあげたことがないことに気付く。

 では何をあげれば喜ぶのだろう?

 思えば、五十鈴の趣味すらも知っていなかった自分のマヌケ具合に頭が痛くなりそうだ。

 黙っているのが他に言うことがないと勘違いしたのか、五十鈴は上目遣いで見上げてくる。

 

「長良型2番艦の五十鈴が1番可愛いと思うの」

 

 五十鈴の表情はとてつもない破壊力を持っていて、理性が崩れそうな今ならなんでもお願いを聞きそうな精神状態になってしまう。

 そんなときに摩耶が楽しげに声をかけてくる。

 

「でも提督はあたしの笑顔が素敵だって言ってただろ? だからあたしが一番なんじゃないか?」

 

 僕の帽子を取っては頭をぐしゃぐしゃと撫でまわしてくる摩耶の姿を見て、五十鈴は不機嫌になってくる。

 少しのあいだ五十鈴はにらみ、僕の目を見つめては腕を掴んで柔らかくも大きな胸のあいだに挟めてきた。

 

「私の提督をとっちゃヤダー!!」

 

 すぅ、と大きく息を吸い込んではそんなことを大声で言ってくれた。

 その声に、多くの艦娘たちでにぎやかだった食堂が一瞬にして静かになる。

 僕たちに集中する好奇な視線と修羅場を期待するような雰囲気。

 そのおかげで五十鈴は冷静になったらしく、恥ずかしいことを言ったと気付くと見たことないほど顔が真っ赤になった。

 僕から腕を離し、勢いよく立ちあがったかと思うと全速力で走り去っていった。

 聞いているほうが恥ずかしくなるセリフで僕五十鈴に想われていることがわかり、思考が硬直し体が固まったままになっている。

 

「追いかけないと部屋に引きこもるか、延々と雑草取りでもやるぞ? 五十鈴のヤツは」

 

 今の騒動も気にせず、僕の帽子をかぶっていた摩耶はそんなことをのんびりと言ってくれる。

 僕は言われるままに五十鈴を追いかけることを決める。

 追いついたときになんて言おうか考えがまとまらないまま。

 でもそんなのはどうでもいいと思う。

 いつもそばにいてくれた五十鈴が、今のように走り去っていくのは初めてだった。

 だからこそ気付く。

 心にぽっかりと穴が空き、大切なものがなくなってしまいそうなことを感じたのを。

 摩耶の頭を帽子の上から優しく撫でる。

 

「五十鈴に捨てられたら、あたしが拾ってやるからなー」

 

 立ちあがった僕に耳がちょっとだけ赤くなった摩耶はそう言って、ひらひらと手を振ってくる。

 それに手をあげることで僕は返事をし、五十鈴を追いかけ始める。

 僕の心はざわついている。けれど、それは嬉しくもあり戸惑いもある。

 だから僕は五十鈴と話し合い、これからも一緒に過ごしていきたい。


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