少しの雲と共に半分の月が夜空に浮かび、その淡い月の光に照らされている夜の闇。
風はなく、蒸し暑い夜の空気が重い物が体にまとわりつくかのように存在している。
田畑や森に囲まれた、人気がない小さな公園。外灯の下にあるベンチ。
そんな寂しさを感じる世界に彼女、マックス・シュルツはいた。
絵画のような幻想的な光景の中で見た彼女は、支給されている帽子と制服を身につけていた。
中学生ぐらいの幼くも美人な容姿をしてて、体は小柄
髪は首筋までの短く綺麗な赤毛の色が暗くても月明かりで鮮やかに見える。
そんなマックスへと近づき、ベンチのまんなかに座ってい彼女を気にしつつ、はしっこへと俺は座った。
「何か用ですか」
「迷子になって疲れたから休んでいるだけだ」
警戒感たっぷりの目を受けても、ひるむことなく返事をする。
今の俺はジーパンにシャツ1枚という、そこらにいるおっさん同然の格好だ。
普段は提督らしく軍服をしっかりと着ているが、今日は友人提督のところに遊びに来ているために私服姿になっている。
俺は本屋で買った14冊の本がある紙袋と、お土産用に買ったアイス2つを足元へ置いて空を見上げる。
友人の部下であるマックスは俺から距離を取り、お互いがベンチの端と端に座っている。
鎮守府へ戻ろうにも公衆電話も見つからず、昨日来たばかりで道もわからず困っている今。
暑さと迷子によって疲れが溜まってどうしようかと悩んで、ふと空を見上げる。
夏に見る月は冬と違ってなんだか柔らかそうで、目に優しい気がする。
「月が綺麗だなぁ」
「私はまだ死にたくないし、夏目漱石や二葉亭四迷は知らないわ」
俺の独り言に返事をされ、少し驚いてマックスの顔を見るが彼女も月を見ていた。
知らないと言いつつも、月に関する言葉はわかっているのは読書好きみたいだ。
『月が綺麗ですね』は夏目漱石。
『死んでもいいわ』は二葉亭四迷。ふたりは"I Love You"をそういう日本語に訳したという伝説がある。
言葉だけなら有名だけれど、その言葉は誰かというのを知っているのはそういないと思う。
ドイツ出身だというのにずいぶんな読書好きだ。
「告白してないのに振られた俺はどうすればいいと思う?」
「私という美人を見られたことに満足して帰るべきね」
冷たい返事に俺は苦笑いをし、足元から溶けかかっているアイスをふたつ取りだす。
手に持ったカップアイスのバニラを木のスプーンと一緒にマックスへと差し出すと、とても疑わしげな視線を向けてくる。
「なに、それは」
「友人のために買ったんだが、戻る前に全部溶けてしまいそうなんだ」
マックスは俺とアイスを交互に見たあと、おそるおそるアイスを受け取る。
それを見てから俺はアイスを食べ始める。
液体まではいかなくても結構溶けているアイスはなんともいえない微妙な触感を提供してくれる。
まずいのを食べ続けていると、俺をじっと見てくるマックスの警戒する視線を感じて振り向く。
「……あなた、なんで私なんかに優しくするのかしら」
「こんな綺麗な子と会話するためなら―――待って。言うから。言うから座りなおしてくれ」
言っている途中で怖い顔をしていなくなろうとするマックスを慌てて引きとめる。
せっかく会ったのに、こんな短時間でさよならなんていうのは悲しすぎる。
それに1人でこんなところにいるということに俺の好奇心が刺激されてとても気になってしまう。
「夜の公園でぼーっとしていたのが気になってな? ……いや、それだけなんだが」
「そう」
それからは俺も言葉を続ける雰囲気でもなく、ちびちびとふたりでアイスを食べていく。
そうしてすぐにアイスは食べ終わり、マックスに空の容器を渡される。
「アイスをありがとう。溶けすぎておいしくなかったけど」
「次に会うことがあったらうまいもんを食わせてやるよ」
俺にちっとも優しくないマックスとの言葉のやりとりは楽しかった。
ちょっと楽しめたことで納得し、疲れた体に気合いを入れて立ち上がりって帰ろうとする。
が、素早く近づいてきたマックスに勢いよく手を掴まれてバランスを崩しかけた。
そして小さくひんやりとした柔らかい手の感触に、心臓の動悸が一瞬早くなる。
普段から艦娘たちに触ったり触られもするが、駆逐艦娘の感触は新鮮だ。
今は部下に駆逐艦娘がいないので、今さっきの会話も軽巡の子たちと同じようにしてしまった。
「どうした?」
「こんな素敵な私と会話だけしてあなただけ得をするのはずるいと思うの」
「アイスあげただろ」
「溶けてなければ良かったのだけど?」
意識しているのかしてないのか上目遣いな仕草に抵抗できず、深い息をついて俺はベンチへと座りなおす。
この子はうちの軽巡娘たちと同じように子供扱いしてはいけないと気付き、意識を切り替える。
さっきとは違い、すぐ隣にマックスの小さい体があった。
言葉を出さず、マックスが何かを言うのを待つ。
マックスは俺を見上げたり、地面を見たり、視線をきょろきょろとして落ち着きがない。
俺はベンチに深く腰掛け、月を見上げながら何かを言ってくるのを待つ。
何分経ったかわからないが、月をぼーっと見ているとマックスが恥ずかしそうに言ってくる。
「……その、あなたは存在意義というものについてどう思う?」
存在意義。
その言葉を聞き、少しのあいだ真面目に考えてからゆっくりと言葉を出す。
「俺という存在が世の中、または誰かの役に立っているのかをずっと考え続けている。でも、いまだ答えが出ることはない」
「あなた、そこそこ歳を取っているのにわかってないの?」
「まだ26歳だ。答えではなく、考え続けるという過程が重要じゃないのか?」
マックスは首をかしげ、俺の言葉に疑問を感じている。説明が足りなかったかとさらに言葉を続けた。
「生きていくうちに見つけるもんじゃないのか、そういうのは」
「それじゃ、すぐに自分の存在している理由を見つけるには、どうすればいいと思う?」
その純粋な気持ちの問いに俺の心は冷めていく。
自分が何のために存在していたか。
そんな結果がすぐにわかるのは死ぬときだ。
死者だけが終わりを見ることができる。
俺はその時に自分という存在に対して答えが出るのだと信じている。
そんなことを考えていたからか、俺を見ていたマックスの顔が怖いものを見たような表情になっている。
「あなたは何を見てきたの?」
艦娘である彼女から、彼女たちを指揮する提督の俺への質問。
彼女はまだ俺が提督とは気付いていない。
「戻ってこなかった彼女たちの背中を」
昔のことを思い出して自分に嫌悪感を抱き、足元に置いてあった本を持って勢いよく立ちあがる。
今度はマックスに手を掴まれることもなかった。
1人で帰り道もわからないまま、また夜の森や田畑をうろつくということを考えると嫌気が差す。
背を向けて歩き始めると、持っている本の紙袋の重さがなくなる。
立ち止まってその理由を確認すると、マックスが紙袋を胸に抱いて俺の横に立っていた。
「途中まで持ってあげるわ」
今までのそっけない態度からぐるりと変わり、彼女は俺に対して優しくしてくれた。
その親切な姿を俺は彼女の疑問にヒントを与えることができたのだろうかと考える。
「ついでに鎮守府まで道案内してくれ」
「軍関係者?」
「お前の提督の友人だよ。ついでに俺も提督をやっている」
「そういえば、今日来ると言っていたわね。あぁ、だから私に親しげだったということね。……そんな簡単なことに気付けなかったなんて」
マックスに歩幅を合わせて歩き始めると1人で納得し、1人で落ち込んでいた。
俺はそんな彼女の頭に手をやり、帽子の上からぐりぐりと頭を撫でる。
「違う違う。お前がとても綺麗だから仲良くしたかったんだよ。お前のことを知らなくても声をかけるぐらいはしたさ。最初に見たときはまるで美しい絵画のように見えて、もう少しで惚れてしまうとこだった」
笑みを浮かべると、俺の顔を見たマックスは顔を少し赤くしてうつむきながら歩いている。
それから俺とマックスは会話もなく、静かに歩いていく。
少しの時間が経ち、マックスの案内もあってなんとか鎮守府へ戻ってくることができた。
戻ってこれた安心感と疲労感で大きくため息をつく。
門を越え、中へ入っていこうとするもマックスが俺の前へと回り込んでくる。
「存在意義の話だけど、あなたのそばにいれば私が求める答えは見つかる?」
少しばかり悩み、適当に流そうかと思ったがマックスの真剣な目を見て俺が思っていることを素直に言うことにした。
「どこにいたって考えることはできる」
「わかったわ」
そう返事をすると俺に紙袋を渡し、1人で先に帰っていく。
俺は彼女の背中を見送り、友人がいる執務室へと戻る。
そしてマックスと出会った日から6日が経ち、勉強兼遊びに来た日程は終わった。
あとはちょっと観光地巡りでもして、俺を待っている艦娘たちに土産でも買っていこうかと考えていた時のことだった。
執務室で別れの挨拶をしていると、先日会ったマックスが部屋に入ってきた。
両手には大きなボストンバッグを持って。
嫌な予感がし、挨拶もそこそこにすぐに部屋を出ていく。
だが、その寸前に俺の前へとマックスがやってきて道をふさいできた。
「私は、私が生きている意味を知りたい。ここではわからなかった。でもあなたといればわかるかもしれない。だから私はあなたと一緒に行きたい」
そんな頭が痛くなることを言われた。
後ろを振り向くと友人であるおっさんのあいつは、50を越えた歳だというのにいたずらがうまくいった子供のような笑顔でうなずく。
ああ、こいつはなによりも艦娘の成長を喜ぶ奴だったか。
ふたたび前を向くとマックスがじっと俺の顔を見上げてくる。
「……勝手にしてくれ」
すでに異動の書類手続きと他の艦娘たちとの別れはもう終わっていて、気付かないあいだに断ることができない状況になっていた。
こうして、俺の元へと自分探しをしているマックス・シュルツがやってきた。
◇
マックスが俺のところへ来てから、今日でちょうど1年がたった。
彼女は俺に幻滅していなくなると思ったが、そんなことはなくて一緒の時間を過ごしていた。
全員で15人となった部下である艦娘たちは、マックスを快く受け入れてくれた。
マックスは時々1人で考え事をしたり、荒れることもあったが他の艦娘たちはおおらかで、それも個性のひとつだと言った。
唯一の駆逐艦娘であるマックスは先輩艦娘たちに緊張したり気を使っていたが、気楽で暖かな雰囲気に段々と気を許すようになってくれた。
それに喜ばしく思いながらも何か1年記念でプレゼントでもあげようと悩みつつ、午前は艦娘たちの墓の雑草取りで終わった。
昼は適当に食事をし、窓を全開に開けても蒸し風呂のような執務室で考え事をする。
机の前にある椅子に深くこしかけて今の時間まで何も思いつかなく、何かを用意するにはもう時間が足りない。
外食にでも連れていくかと思いながら俺は寝てしまった。
―――浅い眠りのなか、昔の夢を見た。
出撃して帰ってこなかった艦娘たちの顔を。
あの日は軽巡艦娘は演習のためにいなく、緊急のタンカー護衛任務を指示されたために部下にいる駆逐の子を6人全員を出撃させた。
細かい内容は教えてくれず、軍だから秘密なこともあるかとたいして気にしていなかった。
南西諸島での任務だし、6人もいれば安心だろうと楽観視をしていて、他に情報を集めるとか安全に気をつけることをしなかった。
それが問題だった。
任務は失敗した。
6人は頑張ったに違いないが、5人が任務中に亡くなり、1人は怪我と精神を病んでに艦娘をやめた。
護衛目標のタンカー2隻は深海棲艦によって沈められ、いったい何を守るために戦ったのかわからずにその件は終わらされた。
あの時、もっと何かできたんじゃないか。そんな苦しみと後悔が自分を責める。他の艦娘に一時期、とても冷たくされたがそれだけじゃ足りなく思える。
最も、駆逐の子たちから暗い海の底から恨まれているような気がしてならない。
そのことを考えると体が暑苦しくなり、呼吸するのも辛い。目を覚ましたいのに覚めない。
そんなときだ。
柔らかな日差しのような暖かみを頬に感じ、安心する匂いが俺のそばにやってくる。
そしてすぐに唇にそっと柔らかな感触が来て、息が苦しくなったところで俺の意識は浮上する。
目を開けると、そこには目をつむって俺にキスをしているマックスの顔があった。
状況がまったく理解できないが、反射で手を動かしてマックスの顔を掴んで引き離す。
「Guten Morgen、提督」
「あー、うん、おはよう?」
俺の顔からマックスは何事もなかったかのように、ハンカチを取り出して俺の汗を拭きながら挨拶をしてくる。
俺は何が起きているのか、これからどうすればいいかがまったくわからない。
驚いたままマックスと目を合わせているとキスの感触は夢ではなかったと認識し、マックスの顔から手を離して自分の唇に手をあてて思い出す。
「これはプレゼントよ」
マックスは俺の汗を拭きとると、俺の動揺を気にすることなくラッピングされた正方形のものを胸へと押しつけてきた。
そのプレゼントを受け取るとマックスはくるりと俺に背を向けて「コーヒーを持ってくるわ」と言い、足早に部屋を出ていった。
部屋で1人になり、ぼーっとしているとプレゼントの意味に気付く。
今日はマックスと出会っての1周年の日。
今日という日を大切な日と思ってくれたことに嬉しく思い、自分が先に何かを渡せなかったことに残念な気持ちがする。
……となると、キスもプレゼントのひとつだろうか?
俺とマックスは恋人関係でもなく、同棲や一緒の時間を過ごしているわけでもない。
混乱している思考を落ち着かせつつ、さっきもらったプレゼントのラッピングを丁寧に外す。
中から出てきたのは、黒地に白い花が刺繍されたハンカチだった。
ハンカチはいつでも使えるから、実用性を重視しているマックスらしいと思ってつい顔がゆるんでしまう。
「待たせたわね」
そんな言葉と共に、マグカップを持ってマックスが部屋に入ってくる。
俺は持っていたハンカチを机の上に置き、マグカップも冷えているアイスコーヒーを受け取る。
「ありがとう」
「どうしたしまして。ハンカチは気にいってくれたかしら?」
「大事に使わせてもらうよ」
「そう」
無表情なままのマックスは自分の胸に手をあて、大きく安堵の息をつく。
そんなに緊張するのだろうかと、その様子を不思議に思いつつ、アイスコーヒーを飲んだ。
砂糖もミルクも入っていないコーヒーは苦く、頭が段々と冴えわたってくる。
なぜキスをしようとしたか、と聞こうとして口を開くがマックスのほうが早かった。
「1年前の話を覚えているかしら」
視線を天井へと向け、記憶の中からそのことを思い出そうとする。
夜の公園でマックスと出会い、目の前にいる彼女は自分の存在意義、何のために自分が存在しているのかということを考えていた。
そのことで会話をし、マックスは俺のそばにいれば答えが出ると思って俺のところにやってきた。
今日、ちょうど1年が経ったこの日に何を言うのだろうか。
「答えは出たか?」
「いいえ」
「まぁ、存在意義について考えるだなんていう哲学は一生をかけて考えるべきかもな」
「そうね。でも私はどう生きたいかという思いは見つかったわ」
ハッキリとそんなことを言うと俺の横へとやってくる。
俺が手に持っているコーヒーを奪うように取っては机に置いて俺の隣にやってくる。
顔は赤く恥ずかしげで、でも俺の視線をしっかりと見ながら服の裾をそろそろと自分であげていった。
突然過ぎる行動に頭が理解できず、何も言うことができないままマックスのことを見るしかできない。
ブラが見えるまで服を持ち上げていたが、俺が何の反応も示さなかったために少し不機嫌な顔に。
1度、持ち上げていた服から手を離すとマックスはそっと俺の手を掴んできた。
俺の手はマックスの胸元へと行き、小さいながらも服越しに胸の感触を得る。
どんな行動をするのかと抵抗していなかった俺だが、この状態になっても手を戻すという気持ちにはなれなかった。
マックスの頬がさらに赤くなり、手から伝わる心臓の鼓動はとても早い。
「わかる?」
なんと言えばいいのだろうか。
恥ずかしいと思う行動をするマックスは初めてみた。なんでこんなことをするかと聞く気にもなれず、俺の感覚は手に集中してしまう。
無言を否定の言葉と受け取ったのか、マックスは俺の手を掴んだまま服の中に手を入れていく。
その時に少しめくれあがる服はマックスの白いパンツが見えてしまい、さっきと違って頭が少しは動くために視線がそっちに行ってしまうが、理性を総動員してそこから顔をあげてマックスの顔を見る。
制服の下で動かされる俺の手は、想像していたよりも華奢で白い肌を触っていく。
マックスの体温は温かく、柔らかな触り心地を感じる。
お腹を撫でていた手は、まくりあげられる服と一緒に上へとのぼっていく。かたい骨の感触、次にさらさらとしているブラに手があたってささやかな柔らかさがある胸のふくらみ。
そこでこれ以上進むと危ないという意識で正気に戻り、マックスの服の中から勢いよく手を引きぬく。
自然と息が荒くなり、手にはマックスの肌の感触が残っていた。
「こういうのを男性は喜ぶって聞いたのだけど」
マックスは俺から4、5歩離れ、寂しそうな顔で言ってくる。
「それよりも俺はお前を心配するよ」
「そう言われると。あなたのそばにいるのが安心して嬉しくなるわ」
嬉しくなることを言われるが、俺はマックスに対して安心できるようなことをしていないはずだ。
俺の部下になってからは駆逐艦娘だからといって特別可愛がることもなく、平等に接していたはず。
公私はきちんとわけていて、会話も仕事の時だけで雑談も少ししかやっていない。
それがどうして俺で安心する?
自分の肌を俺に見せる?
乙女心は全然理解できない。
「本当にわからないの?」
「そこまで必要ではないと思うんだが」
「必要よ。私が悩んだ結果、あなたしかいないの」
マックスは口を閉じて恥ずかしさを我慢するかのように頬を赤くし、服の裾をつかむ。
それからおそるおそるといった様子で静かに服をまくりあげながら持ち上げていく。
1枚めくられた服の下にあるのは、彼女の白い肌だけではない。見せてくれるのは俺を信頼している気持ちだ。
その想いに俺はどうすればいい?
自分で出したその問いの答えに、すぐに思い当たる。自分の思っていることをそのまま言うべきだ。
嘘や隠すなんてことはお互いによくない。
マックスの服が白いブラのあたりまでめくれあがり、俺はマックスの手を掴んで服をおろさせる。
「お前とは今以上の関係にはなれない。俺達は上司と部下だ。それにお前の思っていることは、考えるのを俺に全部任せようとしているだけじゃないか?」
「……それでもいいのだけれど」
「俺はよくない。たとえ男女の関係になったとしてもお前に与えられるものはない。そもそも女として見ていない」
「それは私が幼い顔をしているから? 胸が小さいから? 言葉や性格に可愛さがないから?」
マックスは近づいて俺の胸元を両手で強く掴んでくる。
「私の悩み事に色々と言ってきてるのに、責任を取ってくれないの?」
「一時的な感情だよ、それは」
「あなたと出会って1年しか経ってないけど、私は考えた! 他の子たちからもあなたのことを聞いた。駆逐の艦娘が私しかいないということも」
駆逐艦娘がマックスしかいない理由。隠しているわけじゃなかったが、それを知られていると心が冷えて恐怖心がやってくる。
次の瞬間にでも、死なせてしまった子たちについて強く怒鳴られるんじゃないかって。
でもそれはなかった。
「あなたは私に道を作ってくれた。けど、あなたの道は途切れたまま。一緒に歩いていけないの? 私は1人でいるのには寂しい」
俺は戸惑い、悩む。
マックスはずっと、ずっと先のことを見ていた。
考えていた。
俺はマックスのために、と提督である自分に頼りすぎないように配慮していた。
普段から艦娘たちと多く雑談しないように努力するのは、方向性が間違っていたかとも思ってしまって心が揺れる。
今までの生き方もいいかもしれないが、新しい生き方も試していいんじゃないかって。
「……提督?」
黙ったままに対し、マックスが首をかしげて心配してくれる。
意識がちょっと変わった今では、そんな仕草がとてつもなく可愛く思える。
マックスの肌に触れたときよりも顔が熱くなって心臓がバクバクとなっているのがはっきりとわかる。
膝に手を差し込んでお姫様抱っこの形で持ち上げると、耳元のすぐそばにマックスの顔がやってくる。
「なんなの、これは!」
「さっきからごちゃごちゃ言いやがって。パフェ食いに行くぞ、パフェ」
「それは嬉しいけど、もう少しロマンがある誘いかたをしてくれない?」
「うるせえ」
出会って1周年記念だから食べに行こう、なんていうのは恥ずかしくて言えない。
不満げな顔のマックスは俺の首筋に強く腕を巻きつけてくるが、そんな小さな痛みは我慢する。
想いがあふれてしまうと、今はマックスの顔をまともに見ることができない。
これは俺の照れ隠しだ。
関係をどう変えようかはわからない。
俺には恋愛感情はないし、マックスも自分の気持ちを別なのと勘違いしている可能性が高い。1度たりとも優しくしたことがない俺に思う感情は別のなにかに違いない。
だから問題は先送りにして時間が解決することを待つ。
賢いマックスのことだから、俺のことは近いうちにあきらめるだろう。
深く息をつき、頭が疲れたことを感じながら執務室の扉を開けて廊下に出る。
その途端、耳が舐められる。
軽く舌でぺろりと始まり、耳を口に入れたと思うとそのまま舐め続けてくる。声も出さずに耐えていると今度は音を出しながら舐めてきた。
恐ろしい気持ちよさに気合いを入れて耐えつつ、食堂へとなんとかたどりつくことができた。
途中、すれちがう人たちの視線が恥ずかしかったという記憶は忘れることにする。
―――今日これから俺とマックスとの新しい関係が始まっていく。