提督LOVEな艦娘たちの短編集   作:あーふぁ

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喫煙描写あり。


27.摩耶『手巻きタバコと摩耶の恋』

 雪が降る冬の日が続く、2月14日。

 今日はバレンタインデーの日だ。

 朝から艦娘も軍人たちもそわそわとした落ち着かない空気がそこらじゅうにただよっている。

 それは戦争をしていても、人は恋愛を忘れることなどできないのだと思う。

 鎮守府のどこにいても甘い空気を感じてしまい、それが苦手な俺は1人執務室にこもる。

 狭い部屋はソファーもテーブルもなく、本棚と執務机だけの殺風景な部屋。代わりに自分で巻いたタバコの煙が部屋いっぱいに満たされている。

 そんな部屋で執務机を前にし、火のついたタバコを口にくわえて俺は革張りの椅子に深く腰かける。

 いつもは軽くしか吸わないが、今日は自分で巻いた手巻きタバコを全部使い切ってしまいそうだ。

 吸いがらは、朝にバレンタインデーとしてもらったおしゃれなガラスの灰皿に入れている。

 チョコでなかったことが不思議だったが、皆からチョコばかりを渡されるよりはいいだろうだなんて思う。

 マッチで火をつけ、9本ほど吸い終わった頃にドアがノックされる。

 普段からこつこつと巻いたタバコを一気に消費して気分がいいというのに、邪魔されてため息をついてしまう。

 そして俺が返事をする前にドアは勢いよく開けられた。

 

「よっ、提督。邪魔するぞ」

 

 軽い口調で部屋に入ってくる彼女は、艦娘の摩耶。ついさっきまで気分悪かったが、仲のいい摩耶を見てすぐに元へと戻る。

 摩耶は高校生のような顔立ちでかわいいというよりも綺麗な子だ。

 すらりとした体系に、俺より20cmほど低い150後半の身長。

 肩まである茶色がかった黒の髪は、まっすぐ伸びていて動くたびにさらさらと揺れるのについ目を向けてしまう。

 髪にしている銀色のヘアピンはよく似合っている。

 ノースリーブにへそ出しの服装は、制服とはいえ冬に見るたびに寒さを心配してしまう。

 ネクタイはいつも通りに結んでおらず、ネクタイの結び目がないと大きな胸に目が行ってしまうのを毎回抑えるのに苦労する。

 部下でありながらも良い友人関係を築けていると思っている俺は、摩耶に対して女を見るような目にならないように気をつけている。

 そんな俺の気遣いを知らない摩耶は、ドアを閉めるとツカツカと早足でやってきては机の上に座って俺へとお尻を向けた後ろ姿になる。

 いきなり机に座るなんて失礼な態度だが出会った時から変わっていない。

 他の人に見せると問題がある光景だが、部屋には誰かが来るような気配もない。

 ドアに『喫煙中』という札をかけているし、今日のような日に煙がある部屋に来るような物好きは摩耶と鳥海ぐらいだろう。

 うちのとこでタバコをやっているのは摩耶と鳥海しかやっていない。

 他の連中はやらないものかと聞いてまわったが、戦艦たちは小さい子から嫌われるから吸わない。空母たちからは食事の味がわかりづらくなると言っていた。

 このタバコの味がわかれば、幸せ気分になれるというのに。

 酒と違って酔うこともなく、むしろ仕事の能率が上がるものなのに。健康を害するということと引き換えになるけれど。

 タバコが大好きな俺だけど、吸うときにはきちんと周囲に気をつけている。

 仕事の報告は別の部屋にいる秘書にするよう決めているし、吸うときは執務室か喫煙所だけと決めている。

 そういえば、摩耶と鳥海も元々は吸っていなかったのに俺が来てから吸うようになったのはなんだろうな。

 1度聞いてみたが、どちらも曖昧な返事しかしてくれなかった。なんとなくで吸い始めたんだろうか。

 そういう昔のことを思い出してタバコを吸い続けていると、俺の吸っている様子をじっと見ていた摩耶はポケットからマールボロのタバコの箱とジッポライターを取り出す。

 摩耶は箱から1本を取り出しては口にくわえて火をつけた。

 何気ないしぐさの姿がかっこよく見えるのはとてもいい。

 男も女もタバコを吸う姿がかっこいい人は減ってきたから嬉しくも思う。

 そして自分もタバコが似合ういい男になりたいと普段から考えてはいる。どうすればいいのかわからないままだが。

 お互い、会話もなしに静かにタバコを吸い続ける。

 摩耶が用件もないということは今日の空気からここへ逃げてきたのだろうと考える。

 そして煙を吸う音、を吐く音だけが部屋に響く。

 普段は1人で吸うことが多く、2人でいることは嬉しくも思う。

 摩耶と同じ場所で吸うのも今回が初めてだということもあるけれど。

 

「ここは静かでいいところだな」

「タバコの匂いがあるから、艦娘たちには大不評だけどね」

 

 灰皿が俺と摩耶の吸いがらで段々といっぱいになっているときに、摩耶がぼそりと静かに言った。

 外や廊下から聞こえてくる騒々しい人の声や機械音から離れた場所。

 静かにタバコを心地よく吸っているときは、まるで世界から見放されて時間が止まってしまったかと錯覚することもある。

 ふと、こういう居心地のいい時間ができるのはバレンタインデーのおかげだと気づいた。

 

「摩耶、俺にバレンタインプレゼントはないのか?」

「バレンタイン? んなもん、最初からあたしに期待してないだろ?」

「まぁ、そうだね。でも俺は摩耶がいるだけで俺は嬉しいよ」

「恥ずかしいことを平然と言うな!」

 

 俺へと顔を向け、少し赤くなって言うのがなんとも可愛らしい。

 それを見て俺はつい笑顔になってしまう。

 

「どうしてもって言うなら今から―――」

「そういえば朝、鳥海にもらった―――」

 

 同時に喋り、お互いに遠慮して言葉が止まる。

 何を言おうとしてたのか、先ほどより顔が赤くなった摩耶は終わったタバコをぐしぐしと必要以上に灰皿の隅に押し付けている。

 それから次のを箱から取ろうとしたがなかったらしく、箱を灰皿の横へと置いた。

 

「まったく、タバコは高くなるばかりで嫌になるよな。艦娘割引とかあってもいいだろ」

「あー、うん。そうだね」

「なんだよ、値上がりは関係ないって感じじゃねーか。関係あるだろ、思いっきり」

 

 俺の気のない返事に不満を抱いたらしく、吸いがらを俺へと突きつけてくる。

 その吸いがらを受け取り、最後まで吸っているのを確認してから灰皿へと入れる。

 お金がない、もったいないからと摩耶のように最後までタバコを吸うのは味が悪くなって満足度が下がってしまう気がする。

 吸い始めてまだ間もない摩耶はまだタバコへの愛を勉強する必要があるようだ。

 机の引き出しから、手巻きタバコを2本取り出して1本をくわえ、もう1本を摩耶へと差し出す。

 

「俺が巻いたやつだ。自販機で売ってるものより半分くらい安くできるぞ」

「いつものラークと違うなって思ってたけど、それ、手巻きだったのかよ。なんかすごいな」

「葉っぱと紙を合わせて巻くだけだよ。それなりに手間がかかるけど」

 

 手巻きタバコは自分の好みで紙や葉、フィルターも選ぶのが魅力だ。

 最も1本1本と自分で作らないといけないのが手間だけど、それもいい。

 自分で作ったタバコに愛着が持てるから。

 俺の手から手巻きタバコをそっと受け取り、興味深く見つめたあとに口にくわえた。

 そしてジッポライターで火をつけようとする前に、マッチ箱を摩耶の前に差し出す。

 不審な目を向けてくる摩耶に、俺はマッチ箱から最後となった1本を取り出して火をつける。

 それを着火剤による大きな火が収まってから摩耶のタバコへと火をつけた。

 そのタバコを吸った摩耶はいつもと味が違うことに摩耶が少し驚いたらしく、俺の顔をまじまじと見つめてくる。

 俺はその視線を無視し、そのままマッチで火をつける。

 摩耶のタバコに火をつけているあいだにずいぶんと木の軸が燃えたため、熱い思いをしてしまった。

 悪態をつきたくなるが、そばにいる摩耶にかっこつけたいがために痛みは我慢する。

 幸いにもヤケドにはなっていない。

 そしてまた会話がなくなるも、俺は摩耶の気分よさそうな表情を見るのに幸せを覚える。

 だからか、普段は最後まで吸わないタバコを摩耶と同じように吸って同じ時間を過ごそうとした。

 けれど、その摩耶の表情もすぐに終わってしまう。

 吸い終わったタバコを灰皿に入れると悲しげになってしまったからだ。

 机の引き出しを見ると残っている手巻きタバコは1本。

 他にあるのはたくさん吸いたくなったときのために、中身が半分ほどのラークの箱がひとつあるだけだ。

 少しは惜しくもなるが摩耶のためならば、と思って手渡すと笑顔を浮かべて受け取り、口元へ持っていく。

 そして摩耶は手のひらを差し出してきてマッチを要求してくるがもう予備はない。

 ライターでつけるように、と言おうとしたがそれも面倒だろうと摩耶に手軽に火をつけてやろうと考えた。

 俺は摩耶の手を握ると、肩を抱いて顔へと近づいていく。

 摩耶のくわえたタバコに、もう消えかけている俺のタバコの火を移そうとする。

 タバコ同士をくっつけるのはまるでキスをするようだと一瞬思ったけれど、別に何も問題はない。

 

「んー!? んー、んー!!」

 

 火をつけようとしているだけなのに、暴れる摩耶を押さえつけて火をつける。

 その時には俺のタバコは燃え尽き、不思議と摩耶の顔が赤く鼻息も荒い。

 摩耶から手を放すと、思いきり俺から距離を取って、部屋から急いで出ていく。

 俺はタバコを灰皿に置いて、その姿をただ見送る。

 でも摩耶はタバコをくわえていることに気づき、戻ってくるとくわえていたタバコを俺の口へと強引に突っ込んでくる。

 そのあと、摩耶は逃げるように走って部屋から出ていった。

 ドアを閉めることもせず、開け放たれたまま。

 強引にタバコを薦めすぎたか、と後悔しながら立ち上がってドアを閉める。

 どうやら手巻きタバコ仲間は増えそうにない。

 でも短い時間だったとはいえ、友人と思っている摩耶と素敵な時間を過ごせたことを嬉しく思う。

 

 ◇

 

 あたしは提督にタバコの火をつけてもらってから妙に恥ずかしくなり、逃げるようにして寮の部屋へと戻ってきた。

 部屋まで戻る途中、くわえていたタバコを提督へと押しつけたことが恥ずかしくてたまらない。

 両手で頬をさわり、赤くなった顔を自覚してしまう。

 いつもの仲のいい親友的関係だというのに、タバコを使っての火をつけるアレ。

 シガーキスというやつだ。

 部屋はあたしと鳥海が暮らして、中にはテーブルがあり、その奥には妹の鳥海が2段ベッドの上段で寝転がりながら本を読んでいた。

 恥かしさで顔が赤くなったのと息が荒いのを落ち着かせることもせず、鳥海がいるベッドの上に登ってく。

 

「おかえ―――」

「話がある」

「え、あぁ、なんでしょう?」

 

 本を閉じ、正座になった鳥海の前にあたしはあぐらをかいて座る。

 そうして何かを相談しようとしたが何かがわからない。

 自分が何を話したいか、どう感情の整理をつけたいかがわからない。

 頭が混乱したまま、話すこともできず黙っていると鳥海が優しく微笑んでくる。

 

「あんだよ」

 

「提督のことですか?」

 

 まだ言ってないのに顔を見ただけでわかってしまうのは、挙動不審で顔が赤いあたしを見てるからだろうか?

 自分の頬に手をあて、熱を持ってくることを確認すると深くため息をついて話し始める。

 

「……恋に落ちる瞬間ってどんなのだろうな」

「相手のことしか考えれなくなったときでは?」

 

 その返事を聞いて、心がすっきりとする。

 提督、あいつのことしか考えることができなくなったのは今日が初めてだ。

 一緒にいるだけなら大丈夫だったけど、あたしがくわえていたタバコに火をつけるために顔がとても近づいたときだ。

 それが問題だった。

 あたしにはタバコのことを忘れて、提督の唇にしか意識がまわらなかった。

 自問自答していると、とにかく恥ずかしくなる。

 そうして今度は後悔をする提督に言った言葉も行動も部屋から逃げ出したことも。もっと女の子っぽいことをやればよかったと。

 テンションが上がったり落ち込んだりと忙しいあたしを、鳥海は頭を優しく撫でてくれる。

 

「隠れていた想いが今日、恋という形に進んだということです」

 

「やっぱ恋なのか、これは」

 

 "恋"という言葉を意識してしまうと、心臓がばくばくと動くのを感じ、心が高揚するかのような、いうなれば落ち着いてなどいられないという状況だ。

 深呼吸して意識を落ち着かせようとするが無理なことだった。

 次から次へと浮かぶ考えが。

 提督は今どうしているだろうか。提督のそばにいたい。他の女を近づけたくない、と。そんなことばかり。

 そこで思い出す。

 提督は鳥海からプレゼントをもらったという。もしかしたら鳥海は提督のことを好きなんだろうか?

 

「なぁ鳥海。提督にプレゼントを渡したのは今日がバレンタインだからだよな?」

 

「そうですけど、感謝の気持ちを形として表現しただけですからね」

 

 きょとんと首をかしげながら答える鳥海に、何か違和感を感じる。

 普通ならチョコなのに、それ以外の物をあげるだなんて。

 鳥海から視線を外し、なにげなく部屋を見渡すとテーブルの上には新品なガラスの灰皿と開けていないタバコの箱があった。それにマッチもだ。

 その灰皿は執務室にあった同じデザインのもの。

 まだ開けていないタバコは提督が時々吸うラークで、鳥海がいつも吸っているピアニッシモではない。

 鳥海は普段ガスライターを使ってタバコを吸っている。でもあるのは使ったことのないマッチ。

 提督とおそろいの物を持つということに嫉妬の心が芽生えかけたが、提督しか考えることができない今のあたしには全部が疑わしく見えてしまう。

 ささいなことで憎しみを持つことは女としての心が狭くなってしまう。そういうのには気をつけないといけない。

 そう思って落ち着くためにゆっくりと息をつくが、まったく落ち着かない。

 あたしもなにか提督と関わりを持ちたい。特に今日という日に。

 少し考えてから、ある考えがひらめいてベッドから飛び降りて、すぐ下にある自分のベッドへと行く。

 そのベッドの中から渡そうか悩んでいたクッキーの紙袋を取り出す。

 作ったはいいけど、いざ渡すとなったら自信がなくなったお菓子。

 でも今のあたしは迷う余裕なんてない。

 協力なライバルである妹の存在がはっきりと今日でわかったからだ。

 

「提督はあたしのだ! 鳥海にだって渡さないからな!!」

 

 鳥海へと向けて必要以上に大きな声を出して部屋から出ていく。

 その時に見た鳥海の顔は優しげであたしへと手を振っていた。

 鳥海はのほほんとしているが、何を考えているかは表情通りではないことはよくあることだ。

 あたしと違って、きっちり考えて行動している。提督の行動パターンをよく調べては偶然を装って一緒にいることが多い。

 そんなことができないあたしは、いつも感情のままに行動しているけれど、恥ずかしくて提督に優しくしたり本音で喋ったりすることができない。このまま仲のいい関係でいいと思っていった。

 ……でもそれは嫌だ。変わらない関係だなんて。

 あたしはもっとその先を望んでいる。

 提督をあたしだけのものにしたい。そして、あたしだけのものになったら―――。

 未来のいちゃつく考えは提督の心を手に入れてから考えるべきだと、頭を強く振る。

 そう、今この瞬間にも提督は誰かからプレゼントやチョコをもらっているかと思うといてもたってもいられない。

 でもタバコが嫌い、または苦手な艦娘がうちの提督を好きになるわけはないということに気付き、心が少し軽くなる。

 恋愛は戦争。早い者勝ち。なんでもありの勝負だ。

 深呼吸し、心を落ち着けるとクッキーを渡すときの言葉を考える。

 渡すときの態度やポーズ、うまくできたらデートに誘う言葉を考えながら執務室前までやってきた。

 あたしは周囲に誰もいないことを確認し、扉に耳をあてて中に提督以外の人がいないことを確認する。

 そうしてから、あたしはドアノブに手をかける。

 さぁ、提督。おとなしくあたしのモノになってもらうぜ!




誤字報告、いつもありがとうございます。

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