提督LOVEな艦娘たちの短編集   作:あーふぁ

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28.大井『祝福の12月』

 あまり楽しめなかった高校を中退し、軍学校にて1年という短さの勉強をした俺は提督になって8カ月目だ。

 普通なら17歳という若さで艦娘たちを率いる提督にはなれない。

 でも、若いうちから艦娘とふれあいをさせたら優秀な提督になるかの実験なために俺は選ばれた。

 親父が横須賀でそこそこ階級の高い海軍軍人なこともあったからかもしれない。

 高校生活が楽しくなかった俺は親父の要望にこたえて、将来の優秀な自分の姿を求めて軍に入った。

 でも理想と現実は違うのはあたりまえで。

 部下になった5人の艦娘たちは反抗的で言葉遣いも悪いし、胃が痛くなる。

 高校の友達からは『美少女たちと一緒だなんて羨ましい!』と言われたけど、現実はそうでもない。

 勤務場所も大湊鎮守府という青森の田舎だ。周辺には遊びも買い物できる場所もない。

 森や海で楽しく遊べるなら別だけど、残念ながら僕は都会っ子だ。

 外で遊ぶ気もなく、遊び方も知らない。

 だからやることと言えば、仕事と艦娘たちとの会話だけだ。

 面倒な事務仕事も丁寧にし、わからない言葉は辞書を使って調べる。年上の軍人さんたちの雑用も断る理由もなく、全部やってしまう。

 艦娘たちについても同じだ。

 演習も遠征も任務も、全部見送りや出迎えをしたくなるぐらいに暇。暑くても寒くても雨でも台風でも。

 そんな真面目に仕事をしていたおかげか、鎮守府の人や特に艦娘たちと不思議と仲良くなった。

 特別に優しくしているわけでもなく、平等に扱っている。仲良く一緒に食事なんてすることもない。

 自分で言ってて悲しくなるが、つまらない人間だと思っている。

 ……高校生活を続けたほうがよかったかもしれない。

 高校生活を面白くするために友達と馬鹿なことをやったり、無駄な時間を過ごしたり。

 今では軍人をやり、艦娘たちの上司でもあるから変なことはできない。

 ―――そんなことを、12月が半分ほど過ぎた日になって思った。

 今日は朝から雲が多く、寒い日。

 こじんまりとした執務室には暖炉があり、そこからは薪がパチパチと燃える音が響いている。

 本がたっぷりと詰まった本棚がいくつかと、ソファーがひとつと執務机がある部屋は狭さもあってか暖まりやすい。

 そんな部屋を見ても何もやる気がなく、執務机に背を向けて椅子から見える窓の光景は殺風景だ。

 軍港の規模も横須賀ほど大きくはなく、今日は軍のタンカーも作業をしている人たちもそんなに見ない。

 他に見えるのは海だ。

 晴れた日には陸奥湾を挟んで、反対側の陸地がはっきりと見えるが今日は見えない。

 朝食を食べ終わってからすぐに執務室へと来たが、仕事も何もやることがなく、大きくため息をつくと寒さで体が震える。

 帽子をかぶり、冬用の黒い軍服を着ていても寒いものは寒い。

 執務室でじっとしているのも時間がもったいなく感じ、今では仲の良くなった艦娘の誰かと遊ぼうかと思った。

 そんな時だ。

 ノックの音もなく、勢いよく扉を開けて部屋に入ってくる艦娘がいた。

 廊下の冷たい空気が入り、顔をしかめて誰が来たかと見るとそこには大井の姿が。

 軽巡洋艦の艦娘、大井。

 彼女は僕と同じ高校生のような顔立ちをしていて、肩まで伸びているセミロングの髪は香りと太陽の光があたるとキラキラと輝く茶色。

 薄い緑の半袖な軍服を着て、つい目がいってしまう大きめな胸。

 短いスカートからすらりと伸びる足にも気になってしまう。

 上も下も短いというのに、冬だというのに寒がる様子さえも見えない。

 これが若さか。なんて思ったけどが、僕も若いのを思い出す。

 鎮守府にいる人間たちは、皆が年上なために色々と思考がおっさんくさく影響されてしまう。

 

「どうかしたの、大井さん」

 

 なにかあったのか、イライラしている様子なのを見て静かに声をかける。

 初めて会ったときから丁寧で優しい彼女だが、怒っている時は下手に口を出さないほうがいいのを今までの経験で知っている。

 でも心配だから、そんな様子を見たらすぐに声をかける。

 

「別になんでもないわ」

 

 どう見ても、いらついている声でなにかがあったふうだけど、僕はそれ以上は言わない。

 もしなにか用事があるなら言ってくるだろうし、ただ暇つぶしに来たのかもしれないから。

 大井さんは僕の心配な視線から目をそらすと、ソファーへと勢いよく座って大きく息を吐いた。

 僕はどうすればいいか、少し悩んでから机の引き出しから漫画を1冊取りだして読むことにする。

 それは男友達みたいに接することのできる木曾から借りたものだ。

 大湊に来るまでは少女漫画なんてものは興味がなかったが、木曾が読んでいる姿を目撃した時に強くすすめられて読むようになった。

 女性視点の恋愛というのも意外と面白くあり、少女漫画というだけで嫌っていたのはよくなかった。

 好き嫌いというのは表面だけで判断してしまうものだけれど、中身までしっかり知ると良い場合があるということが経験となった。

 女主人公と年上男との恋愛模様を読んでいると、ふと視線を感じて目を向ける。

 僕と目があうと、大井さんはすぐに目をそむけた。

 

「なにかあった?」

「いえ、何もありませんけど」

「そっか」

 

 そう言われてまた視線を漫画へと戻す。

 少し読み進めて、また視線を感じる。

 また声をかけてもさっきと同じようになると思い、気にせずにいた。

 

「ねぇ、提督。前にも言いましたけど、木曾と仲良くなりすぎると仕事に影響が出ますよ。その漫画だって木曾から借りたのでしょう?」

「確かに木曾から借りたけど。でもたくさん漫画を読んでいるわけでもないし。もしそうなったとしても大井さんが止めてくれるでしょ」

「それはもちろんです! 提督の健康から仕事まで、この私がチェックしていれば問題なしです」

 

 僕について心配なのか、自分の思うように成長していってほしいのか。

 提督になった当初から、まるで姉のように接してくる大井さんのことは少し苦手でもあるけれど、信頼している。

 間違ったことがあったら叱ってくれるし、落ち込んだ時は優しくしてくれた。

 他の艦娘たちとの交友関係には妙に厳しいのが悩みどころだけど。

 僕の苦悩も知らずに「そうですか」と返事をした大井さんは、ソファから立ちあがると暖炉に薪を足しはじめる。

 目の端でその姿を追いかけ、しゃがんだ時に見える足、というか太ももの付け根の部分につい目がいってしまう。

 そういう部分に興味を持つのが健全な若者らしさを自覚するも、部下でもある女性にそんな目で見てはいけないと思いつつも見てしまうのは仕方がない。

 若い女性とふれあうのなんて僕の部下としかない。つまりは女性に飢えている、かもしれない。

 いつも木曾の部屋に入り浸って一緒に漫画を読んだり、だらだらと過ごしてはいるが男友達のような感覚のそれとは違う。

 美人で立ち振る舞いが木曾より、とても女性らしい。

 そんなことを思っていると、ふと大井がこちらへと振り返って微笑みを向けてくる。

 それを見た瞬間に僕はすぐ目をそらし、見ていたことへの恥ずかしさと、怒ると怖い大井さんにちょっぴり怯えていた。

 僕は心を落ち着けるように、さっきよりも漫画に集中しようとする。

 でも1度、気になってしまったらもう意識は大井さんに向いてしまって。

 ちょっとした衣ずれの音とか、暑いって小さくつぶやく声とか。

 それらが気になってしょうがない。

 それでも上官らしく、興味がないという姿勢でいると薪をくべ終わった大井さんがすぐ隣へとやってきた。

 大井さんは僕の肩越しに読んでいる漫画へと顔を近づけてくる。

 その時に女性特有の甘い香りを感じる。

 香水のようなキツい香りではなく優しいもの。いうならばシャンプーのような。

 ちらりと目を動かして顔見ると、いつもはすっぴんなのに薄い化粧をしてあって色っぽさを感じる。

 言葉で表現はできないが、とにかく色っぽいのだ。

 唇にまつ毛、それに頬。

 口うるさいお姉さんという認識しか今まで持たなかったというのに、今ではおせっかいな美人のお姉さんになってしまっている。

 そう思ってしまうと、心がドキドキとして呼吸がちょっとだけ荒くなってしまう。

 

「どうかしました?」

「いや、うん。別になんともないよ」

 

 声をかけられて返事が裏返りそうな声になりかけたけれど、無事に抑えることができた。

 心の中で一息をつき、大井さんに離れてもらおうとしたときのことだ。

 大井さんは僕の肩に手を置き、さきほどよりも一層近づいてきた。胸が腕にぶつかり、ブラ越しのやわらかい胸の感触がやってくる。

 女性の胸なんて人生17年のうちでさわったことなんてなく、漫画そっちのけで意識を集中さしてしまう。

 きっと今の僕は顔が真っ赤になっているだろう。

 そうしてすぐにでも大井さんから注意されたり、怒られたりするに違いない。執務室に入ってきた時から怒ってたぽいし。

 身構えて、言葉を待つが何もやってこない。

 むしろ、より胸を押し付けてきた。

 

「あの、大井さん?」

「……どうかしましたか?」

「あー、いや。うん、なんでもないよ」

 

 すぐ耳元で、ささやくように返事をされて、ぼうっとしてしまった意識のなかで辛うじて返事をすることができた。

 このままだと僕の理性がやばい。それはもう、ものすごく。

 若い男になんてことをするんだ! なんて思うことはなく、このままでいたいと思うことは何も間違ってはいないはず。

 大井さんの手が漫画へと伸び、僕の手からゆっくりと離してくる。それに抵抗せずいると、漫画が机の上へと置かれた。

 そうしたら大井さんはにっこりと笑みを浮かべ、その手を僕の頬へと優しく手をあててくる。

 軽い力なのに、僕の顔は大井さんへと向けられて正面でみつめあうことに。

 僕の頬は熱を持ち、大井さんも一緒に赤くなっている。

 いつもならこんな色っぽい、恥ずかしく思える状況になったことはない。

 嬉しいけど、おかしい。

 今の状況は間違っている。

 姉と弟の関係として今までやってきた。だから間違っていると断言できる。

 頭の片隅ではそんな理性が必死に訴えてきてるけど、体は動かなくて。

 大井さんが目をつむったか思うと、ゆっくり近づいてきて。

 僕は目を開いたままでその行動を受け入れる。

 そしてキスをした。

 ふれあうだけのほんの軽いキス。

 頭から足の先まで嬉しさと恥ずかしさが一気にやってきた。

 大井さんの目もうるんだ様子で、姉としてしか見れなかったのに1人の女性として意識してしまう。

 突然でいて戸惑いもあり、とても嬉しい。さっきまで読んでいた少女漫画のようだ。

 でも理由はなんだろう?

 今まで僕を好きとかそんなのは見えなかったのに。

 

「大井さん、なんでキスを?」

「あ、ごめんなさい。嫌だったかしら、もし嫌だとしたら……ううん、この私とキスできたのだからもっと喜ぶべきなのよ、きっとそう!」

 一言聞いただけで、さっきまでの落ち着いた様子はなくなり、ものすごく慌てて言葉を次々と並べてくる。

「大井さん」

「なによ。気持ち悪かったって? そう、ごめんなさいね。提督が少女漫画を熱心に読んでるからそういう恋愛に憧れて―――」

「嬉しかった」

「……本当?」

「うん。でも姉のようだと思ってたから変な感じだけど」

 

 そう言うと大井さんは自分の口を抑えて失敗したという表情をし、僕から1歩離れて背を向けてくる。

 

「まだ早すぎたのかしら。いえ、これ以上木曾と仲良くなる前にやってよかったのよ。そうよ、今のだってただ驚いているだけ。なにを怯えているのよ、私。いつもの頼れる姉はどこへ行ったの? ……恋愛は早い者勝ちなのよ」

 

 小さくつぶやいている大井さんだけど、その声は僕には聞こえて。

 聞こえてることは言わないほうがいいと思って、聞かなかったふりをする。

 それにしても、木曾とは仲良いと思ってるけど別に男女の仲ではない。木曾も僕を男として見ているわけじゃないし。

 

「嫌じゃなかったけれど、戸惑っててさ」

 

 好意を持っている大井さんからのキスは本当に嫌じゃないけれど、疑問がある。

 どうして突然キスをしてきたしたのか。

 大井さんは僕を弟としてしか見てない気がしたのに。

 

「木曾が言ってたのよ。クリスマスは提督と一緒に過ごすって」

「まだ約束はしてないけど、僕もその予定だったよ」

「それよ!」

 

 大声を出し、僕へと指を突き付けながら迫ってくる。

 その顔は怒りと悲しみが入り交ざったもので、からかうような気は起きない。

 

「ふたりがまだ付き合ってない今が最後のチャンスなのよ! クリスマスを過ぎてしまったらもう手に入らないのよ!?」

 

 鬼気迫るという言葉はまさしく今のようなものかもしれない。なんか、怖い。

 

「僕のこと、好きだったんだ」

「ええ、初めて見たときから気にいっていたわ。それで一緒に過ごしていくうちにもっと好きに……そんなのはどうでもいいわ」

 

 迫る大井さんに僕は椅子から立ちあがって離れようとしたが肩を抑えられて動けなくなる。

 唇と唇がくっつきそうなほどの距離まで顔が迫ってきた。

 

「あなたは、私が、好き、なの?」

 

 最初は怒っていた言葉も次第に悲しみが含まれていった。

 僕はその言葉に返事ができない。

 今まで姉のような存在と思っていたから。

 好意はあるけれど、それは恋愛的感情なのかはわからない。

 

「それはわからない。今まで大井さんは姉みたいに思っていたから」

「そう。それもそうよね。ごめんなさいね、突然こんなことして」

 

 小さく息をついた大井さんはすぐに僕から顔を離し、背を向ける。

 その背中からはひどく後悔しているのが伝わってくる。

 でも違う。僕は振ったわけじゃない。

 もっとわかりやすい言葉は、もっと僕の気持ちが伝わる行動はなんだ?

 短い時間で考え、大井さんが部屋を出ていこうとする背中に声をかける。

 

「僕は嬉しいよ。でも返事は待って欲しい。僕はまだ自分の―――」

 

 自分の気持ちがわからない、そういうまえに涙目になっていた大井が僕の胸へと抱きついてきたからだ。

 柔らかい胸や体の感触、髪からの甘い匂い。

 それらは僕の理性をぐるぐると混ぜてポイ捨てでもしてこようかという問題を持ってきた。

 僕を見上げる上目遣いの多いはとても可愛くて、もう彼女の言うことならなんでも従ってしまいそう。

 でも負けはしない。

 必死に理性を動かし、さっきキスしてしまった唇から目をそらす。

 

「ああ、きちんと名前で呼ばれることがこんな嬉しいことだなんて!」

 

 無意識で大井の体を抱きしめてしまいそうになったけど、僕たちはまだ恋人でもなんでもない。

 僕がなにもしてこないのに少し不満顔になった大井は僕の唇に人差し指をあてて、こう言った。

 

「これから誰もが嫉妬するほどの恋人になっていきましょうね」

 

 その言葉にうなずき、それからお互いに抱きしめ合ったまま時間が過ぎていく。

 居心地がいい時間からは離れづらく、とても幸せだ。

 僕の初恋は今日から始まっていく。

 とてもあたたかく、とても優しい。

 そんな恋人関係を目指して。




santasanさんからのリクエスト小説。
8年ぶりにリクエストをやったのだけれど、楽しかった。

誤字報告、ありがとうございます。

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