執務机と本棚。それと灯油ストーブ。
これだけが少しばかり寒い執務室にある。
12月の末に大片付けをしたおかげで殺風景なほどに綺麗な状態だ。
1階の執務室から窓越しに見える外は、小さな雪がゆっくりと降っていてちょっとずつ積もっていく。
今は2月の冬。
雪は膝ほどに積もり、部屋に閉じこもったりミカンを食べたり外で遊んだりする時期だ。
俺はというと、紺色の軍装を着こんで窓のすぐそばに置いてあるストーブの前に椅子を持ってきて座り、じっとストーブを眺めている。
ストーブの天板の上には、くしゃくしゃにしたアルミホイルの上に餅がふたつ置いていて、焼きあがるのを待っている。
もうすぐお昼という時間だが、それまで待つことができなかった。
部屋にはストーブの音だけがする静かななか、トントンと扉を叩く控えめなノックの音が響く。
「どうぞ」
餅を見つめまま返事をし、扉が開かられると共に冷たい風が部屋に入ってくる。
その風はすぐに止まらず、入り続けてくる。
扉が開けられたままなのを疑問に持つと、制服姿の最上がちょっとだけ開けたドアから顔だけを出してこちらを遠慮がちに見つめていた。
つやつやとしている黒髪はショートカットの髪型。高校生のようなあどけない顔はかわいい。
手招きをすると最上が部屋に入って丁寧に扉を閉め、そばへと歩いてくる。
「邪魔しちゃったかな」
「いいや」
「なら、よかった」
安心して息をつく最上に、俺は部屋の隅に積まれている椅子のひとつを指さす。
最上はその椅子を持ってきて、ストーブを挟んで俺の反対側へと座る。
隣に座ってくれないことに少し寂しさを覚えつつも、餅がいい具合に焼けてきたので立ちあがって机から二人分の皿と箸、醤油を持ってきて最上へ手渡そうとする。
「ほれ」
「いや、ボクはいいよ。これ、提督のぶんでしょ?」
申し訳なさそうに言う最上に無言で皿を出し続ける。
しょうがないなぁ、と軽いため息をついて受け取った最上に満足し、自分の椅子にどっかりと座る。
皿に醤油を垂らし、最上に渡した後にあつあつの餅を1個取って食べはじる。
俺が食べる姿を見て、最上も同じようにしてあつあつの餅に苦戦しながらもゆっくりと食べていく。その食べる姿はまるで小動物のようでかわいく思う。
「かわいいな」
つい口から出てしまった言葉に、箸で掴んだ餅を口から伸ばしたまま最上は固まっている。
その無防備さが出ている姿がさらにかわいく感じ、笑みを浮かべてしまう。
恥ずかしかったのか、最上は俺に背を向けた。餅を食べ終えた俺は仕方なく最上の観察をあきらめて、窓から外を眺める。
レンガやコンクリートでできた無機質な建物のあいだに白い雪が混じるなか、楽しそうに走っている島風とそれを追いながら一生懸命に雪玉を投げている天津風の姿が見える。
「提督」
不意に呼ばれて振り向くと、餅を食べ終わった最上が手をまっすぐに伸ばしていた。一瞬考え、それが使い終わった皿を求めていることに気付いて皿を渡す。
受け取った最上は机の上に戻し、また戻ってきて椅子へ座ったときに俺は最上に手を伸ばす。
それに対して最上は手を口にあてて悩んだあとに、その手を勢いよく出して手を掴んでくる。俺は握ってきた最上の冷たい手を握り返す。
「冷たいな」
「雪合戦してたからね」
最上の手を握りながら、椅子を持って最上の隣に行く。
すると顔が赤くなった最上は手を振りほどき、握られた手を胸元へと持っていく。
そのはずかしそうな動きを面白がりながら、俺は両手をストーブの上にかざして手を温める。
「うう、今日の提督は積極的だね」
「寒さに震える最上がかわいいのが悪い」
「なんなのさ、それ」
天井を見上げて最上のかわいいところを頭の中でまとめ、最上の目をじっと見つめる。
「寒い廊下からドアをちょっとだけ開けたときの控えめな姿。ボーイッシュな格好とキュロットはよく似合っている。さっぱりした性格や声が実に好みだ。それとストーブの前で餅を食べているのを見ると妹がいるみたいで嬉しくなる」
「最初と最後以外は寒いのと関係ないと思うんだけどなぁ」
苦笑する最上の声を聞き、もう1個食べる予定だった餅をまた焼こうとして立ち上がるが手を引っ張られ、立ったままになる。
振り向くと最上は床へ目線をそらし恥ずかしがっている。
最上が俺の体に触ってくるのは初めてだったから驚いたが、何かを言うまで待つことにする。
「あの、ボクの用事を済ませたいんだけど……」
「用事があるから来たんだったよな。悪かったな餅食わせて」
それから喋らなくなった最上の手を握って立ちあがらせると、机へと一緒に連れていって餅を取っては椅子に戻る。
今の気分を表現するなら、兄離れできない妹をもった気分というものだろうか。
餅をストーブの上に置いて焼き始め、握った手を離した瞬間に最上が背中に手を回し、胸に抱きついてくる。
俺の胸に顔を押し付けた最上は満足げな声をあげながら顔をこすりつけてくる。
「あー、最上?」
俺に触ったのはさっきが初めてとは思えない大胆さに驚いて硬直する。
顔をあげ、顔が真っ赤になりながらも目を合わせてしっかりと言う。
「ただ提督と会話するだけでよかったのに。この温かさと提督の匂いが悪いんだ」
「寒いのが悪いな」
「そうだよ」
「……そうなのか?」
「そうなんです」
最上の頭に手を置くと一瞬だけ震えるも、また胸に顔を押し付けてくる。
その姿はまるで猫。さびしがり屋の猫を撫でている気分になる。
ストーブと餅がだんだんと焼けてくる音。その音だけが響く部屋で優しい気持ちと雰囲気を楽しんでいると、突如として勢いよく扉が開かれた。
「てーとく、さっむーい!」
とても元気な声と共にやってきたのは、さっきまで天津風に追われていた島風だ。島風が入ってきたと同時に最上はすばやく俺から離れて、窓の外を見る。
その横顔は今の様子を見られたのが恥ずかしいのか、赤くなっていた。
そんなかわいい最上をもっと楽しめないのは残念な気分になる。
落ち込む暇もなく、元気がいい島風はいつもやっているように俺の腰へ抱きついてくる。
俺は気にせずストーブの上で焼いている餅を眺めていると、天津風が荒い息をつきながらやってきて開きっぱなしの扉を閉めてくれた。
島風を放っておいてると今度は膝に乗り始めた。途端、最上が声にならない悲鳴をあげながら島風を抱え、俺の膝から素早くどける。
いつもどことなく控えめな最上と、元気の良すぎる島風のにらみあいがはじまる。
二人のにらみ合いがかわいく見え、静かな今のうちに餅でも食べようかと思ってストーブの上を見ると、天津風がいつのまにか箸と皿を持ってきて醤油につけた餅をおいしそうに食べていた。
俺の餅を食べた天津風と、騒がしい最上と島風。
この騒々しくもどこか心安らぐ雰囲気に小さなため息をつく。
最上と二人だけというのも楽しかったけれど、それは普段2人きりになれないからこそだ。
こんなにぎやかなのもいいものだと思った。
以前の話も読みやすいようにセリフで行間を開けることにしました。