提督LOVEな艦娘たちの短編集   作:あーふぁ

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艦娘ではない子の暗めな話。


31.水母棲姫「俺は水母棲姫に恋をして 前篇」

「出産を前提に結婚してくれ!」

 

 俺は目の前にいる深海棲艦に大声で、喜びの気持ちたっぷりに思い切り叫んでいた。

 場所は鎮守府にある小さな湾内の砂浜。

 夏のぎらぎらとした熱い太陽の光が降ってきて、暑さと緊張で俺は大量の汗をかいている。白い軍服は汗をたっぷりと吸いこんで服への気持ち悪さを感じるほどに。

 視線の先の波打ち際にいる彼女、1mも離れていない水母棲姫がうつろな目を俺へと向けて力なく立っている。

 俺は目の前にいる深海棲艦に大声で、喜びの気持ちたっぷりに思い切り叫んでいた。

 俺の隣には艤装を完全装備状態の、秘書である不知火が目を見開いて俺の言葉にひどく驚いている。

 周囲から遠く離れたところには、軍のお偉いさんがいる。

 それに大和をはじめとした戦艦に空母。あらゆる艦種の艦娘がこちらに砲や弓を向けていて今にでも攻撃してきそうだ。

 そもそもこうなったのは、上層部が自分から進んで捕虜となった水母棲姫を説得して艤装を外させろと言われたからだ。

 貧乏くじを引いた、と嘆いていて人生25年で終わるのかとひどく落ち込んでいた。

 だが、彼女の目の前にやってきたら俺は素晴らしくハッピーな気分になった。

 なぜかというと、とても好みな外見だったからだ。

 女の子に囲まれたい、という一心で提督になったがどの艦娘も俺の好みからは外れていた。

 どの子もミステリアスさが足りなかった。

 それが今はどうだ。

 初めて目の前で見る敵、深海棲艦。

 彼女は艦娘たちが出会い、不思議と抵抗の仕草も見せないのでここに連れてきたと聞いた。

 彼女は、俺が着ている白い軍服とは対象的な黒を基調としている服装と艤装だ。

 表情は何の感情も浮かべることもなく、うつろな目で俺をみつめている。

 肌は白くきめ細やかで、黒い髪は背中まで伸びていて美しい輝き。

 首には首輪があり、長い鎖が砂浜に向かって垂れていた。

 頭にある大きく黒いリボンは大人びた彼女の容姿を幼く見せてくれる。

 胸元は頭にあるリボンよりも大きいものをつけていて、服は肩や胸元が大きく開いた下着のようだ。

 素晴らしく整った顔や控えめな胸の体を眺め、視線を下に持っていくと艤装のカタパルトや彼女の手が見える。

 腕は黒い金属のようなもので覆われ、指先は刃物のように鋭利になっている。

 下半身は人間とは似ても似つかない、ひどく大きな口と俺の胴体ほどにもある腕で構成されている。

 それでもだ。

 俺は彼女に一目惚れしてしまった。

 今、恋は盲目というのを実感している。

 だから、出会ってすぐにあの言葉を言った。

 ちらりと視線を不知火へ向けると、口を開けて言葉が見つからないというかのように見事に固まっていた。

 不知火が文句も何も言わないのを確認し、本来の任務である『説得』を始める。

 

「俺は深海棲艦というものに初めて会ったが、これほど心がときめいたのは偶然とは思えない」

 

 深海棲艦はカタコトの日本語を話すと聞いているがこの彼女もそうとは限らない。

 俺が言う日本語がわからないかもしれない。

 それでも俺は一生懸命に言葉を続ける。

 胸の中にある熱い想いが俺に喋り続けろ、と言い続けてくるから。

 

「民間人や艦娘たちを殺すお前たちに、俺は憎しみと恨みがある。だが、お前に会った瞬間にそんなのは消えた!」

 

 士官学校やラジオのニュースで深海棲艦のことを嫌になるほど聞く。

 内容はおぞましい容姿と残虐なことをする人間とは相容れない存在と。

 世の中の悪いことは全て深海棲艦が悪い、と真面目に言っている人もいるほどだ。

 

「こんな美しい人間のような姿をしているからには理由があるんだろう? それを俺は知りたい。誰かに教えられたものではなく、自分で確かめたいんだ」

 

 水母棲姫に手を向けて伸ばそうとすると、我に返った不知火によって手は叩き落とされる。

 いつのまにか1歩前進していた体は、隣にいた不知火が正面から抱きつくことによって動きを止められていた。

 それでも俺は、目だけは彼女のうつろな目をじっと見つめている。

 何を考えているのかわからない水母棲姫を前にし、この瞬間にも死ぬかもしれない。でも恐怖はない。

 今の俺は彼女に対する愛しかないからだ!

 まさしく恋は盲目という奴だと実感する。創作でよくある一目惚れというのを信じる気になった。

 

「俺はお前に惚れている。だから、結婚しよう!」

 

 叫ぶような大声で言い、彼女の目を真剣に見続ける。

 それから1分ほど経った頃だろうか。

 水母棲姫のうつろだった目が急にきょろきょろと忙しく動き始めては俺と俺の周囲を見ている。

 彼女は近づいてきて、俺から不知火を強引に手で引きはがし、両手で俺の体を持ち上げた。

 周囲のざわめきの声や殺気をまったく気にすることなく、俺の体を縦や横に振りまわすが、俺は抵抗せずにされるがままになる。

 すると、彼女は俺を砂浜に降ろしたあと思いっきり抱きしめてきた。

 俺より背が高い彼女との身長さもあって、俺は慎ましやかな胸に顔をうずめることになる。

 抱きしめてくる腕は艤装をつけているために金属の感触だが、体の柔らかさは人間と同じだ。

 髪からは海の香りと爽やかな甘い匂いがする。

 それらを感じながら、背骨が折れそうなほどの力にも悲鳴を出さず我慢しつづける。

 そんなことを10秒ほど耐えていると力が緩み、彼女の胸から顔を見上げる態勢になる。

 楽になった俺は大きく息をつくと、その途端に彼女は表情も変えずに俺の髪に顔をあてて匂いを確かめるかのように呼吸をする。

 突然のことに感情が追いつかず、嬉しいやら驚いているやらで反応に困って動けない。

 深海棲感と人間の似ている部分と同じもの。

 彼女らはただ『敵』と分類するだけの存在ではないのかもしれない

 こうやって言葉が通じ、感情も通じる。

 きっと愛という想いもだ。

 俺がこうやって経験している今があれば、もしかしたら深海棲艦との和解もできるんじゃないかと強く思う。

 

「よぅし! これで任務達成ですよね!? この子、俺がもらいますからね!」

 

 水母棲姫の顔を両手で抑えつけながら、海軍の偉い人たちへ顔を向けて思い切り声を出す。

 困惑する彼らの顔を見て満足していると、動きが止まった水母棲姫から視線を感じる。

 振りむくと鉄のように冷たく見えていた彼女の表情はほんの少しやわらいでいた。

 これからの生活は困難なことしか予想できない。だけれど、俺は必死に生きる自信がある。

 なぜなら、彼女に惚れてしまったから!

 

 ◇

 

 あの暑い夏の日の砂浜で出会って、今日で8日。一緒に過ごし始めて2日の日がたった。

 分厚い金属の塊みたいな、特注である大型の車いすに座って目の前にいる水母棲姫に俺は力強く叫ぶ。

 

「ちょっとだけ、ちょっとだけだからさわらせて!」

 

 怪しい言葉が響く執務室には俺と水母棲姫しかいない。

 彼女の艤装は軍に取られ、出会ったときに着ていた黒い服のみがある。

 大きな口と大きな片足がある下半身は車いすに固定されていて、上半身は普通に車いすに乗っているように見える。

 陸上に上がってから弱る様子もなく、俺と一緒に静かな時間を過ごしてくれている。

 でも今は別だ。大きく騒いでいる。

 彼女は軍の研究にために1度身ぐるみを剥がされて生態データを取られ、服も成分検索をされた。

 知能テストもされたあとは、拷問もなく俺の元へと戻ってきた。

 上からは何も言われてないが、俺のところで様子を観察したいのだろう。もしかしたら和解できる可能性があると思って。

 水母棲姫は丁重に扱われたはずだが、調べられたことや物を取られたことがひどく嫌だったらしく、彼女の頭につけている大きな黒いリボンを赤いものに交換しようとしたら抵抗されている現在だ。

 赤いのも良く似合うと思っての俺のわがままだけれど。

 初めて会った印象は強気でプライドが高いと思っていた。

 けど今の彼女は涙目で嫌がり、リボンを外そうとしている俺の腕を一生懸命に押さえている。

 お互いに無言で力比べをしていると執務室の扉が大きく開けられた。

 入ってきたのは、警護のために部屋の外にいる艤装を装備した不知火が勢いよく入ってきた。

「そこをどいてください、司令!」

 きつい眼光と怒鳴り声と共に手に持った砲を水母棲姫に向けてくるが、俺はそれからかばうように水母棲姫のぎゅっと体を抱きしめて不知火の顔を向ける。

 

「ダメだって不知火! これは俺と彼女とのコミュニケーションなの。いちいちそんなものを向けられたら仲良くできないじゃないか」

「ですが、司令」

「不知火の出番があるなら俺が怪我してからだから。いや、そういうことは起きない予定だけどね?」

 

 俺の手はちょっと怯えた様子な彼女の頭を抱き抱えながら、夜の闇のように黒くて美しい髪を撫でている。

 そうしていると水母棲姫も俺の真似をするかのように、人間そっくりのほっそりとした手を俺の首に回してきて短い髪を撫でてくれる。

 それを見て不知火は諦めの溜息をつくと、乱暴に扉を閉めて部屋の外へと出て行った。

 安心した深い息をつきながら、手をそっと水母棲姫のリボンに手をかけた途端、彼女の頭突きを顔に受けて俺は後頭部を床へとぶつけてしまう。

 そんな悲しい出来事があってからリボンを取り外すのは諦め、おとなしく執務机で書類を書く。

 そのあいだ日本語の文字が少し読めるらしい彼女は、車いすの上で俺がいくつか渡した本のうちの1冊を読んでいる。

 本のタイトルは『ソロモンの指環』というものだ。

 動物行動学入門と呼ばれているその本は、動物の生態になら興味を持つだろうと彼女と出会ったその日に買い、わからない言葉は俺が教えながらであるが本を熱心に読んでいた。

 以前に俺が読んだのと同じ本を彼女が気にいっていて読んでいるのはなかなかに嬉しくなる。

 何分か読書している姿を見て、にやついてから仕事にかかる。

 水母棲姫を預かる代わりに軍から多くの艦娘を取り上げられた俺の仕事。それは『深海棲艦と友好関係を築けるか』というものだ。

 そうして日々過ごしてわかったことをペンを持ち、細かく書く。

 彼女がどうしたら怒るか、笑うか、泣くか。

 思考は人間、それ以外の動物に近いのか。人間を憎んでいるのか。友好の可能性はあるのか。

 俺が経験したことを細かく、さらには私見も入れて書く。

 書いているなかで俺も軍の人たちがどうしてもわからなかったことがある。それが俺にとって最重要の悩みごとだ。

 それは子供が産めるかということだ。

 出会った時、俺は彼女に子供を産んでもらいたいぐらいに強い一目惚れをした。

 だが、彼女には人間みたいな器官が見当たらないということだ。

 これにはひどく残念に思う。

 けれど、子供が産めないというのがなんだ。

 彼女と合法的に結婚するのが今では目標だ。

 出会ったときに俺は告白をし、彼女は抱きしめてくれた。

 つまりは相思相愛だから法律さえ整えれば何も問題はない。

 書類の中身が、報告からどうやったら結婚できるかに変わってしまい、その紙は丸めて部屋の隅に投げ飛ばした。

 そのときにふと気付く。

 彼女に色々と利用価値があれば、軍も調べられるだけ調べて捨てるという可能性もなくなるのではないかと。

 実際、彼女が着ていた服の素材。あれは布のように柔らかいが決して水は染み込まず、表面加工技術が人間のとは違うことがわかった。

 そういう貴重な情報のように、彼女たち深海棲艦と友好的関係になれば人類にも利益が出るはず。

 海底の地形に海底資源。

 宇宙と同じ、まだまだわからないことが多い海の底。

 これから彼女を生かし続けるためのことを考えると少しばかり落ち込んでしまう。うまく意思疎通できて会話ができるようになったら軍に取られるに違いないと考えて。

 なんとなく天井へと顔を向け、ぼうっとしていると視線を感じる。

 その方向を見ると水母棲姫の彼女はなんだか不安な目をしていた。

 

「俺は子供ができなくもお前を墓場まで愛せるからな!?」

 

 自分の心が後ろ向きになったためか、責められている気がして恐らく彼女が思っていることと違うことを言い訳にしてしまう。

 ……思えば彼女の声は聞いたことがない。いや、言葉にならない声は聞いたことがある。

 でもいまだ『言葉』を俺は知らない。

 会話もなしに人類と深海棲艦はわかりあえるのだろうか?

 歴史上、人類は言葉がわかっても絶えることなく争いを続けてきた。

 では深海棲艦相手ならばどうなるだろうか?

 逆に言葉がわからないことによって、互いを理解しようとする努力が強くなったりはしないか?

 深みにはまっていく暗い思考を、頭をぶんぶんと振ってなくす。

 疲れた頭を癒すために立ち上がって水母棲姫に近づくと、彼女の控えめな胸にがっしりと抱きついた。

 その胸は人間と代わりなく柔らかい。

 抱きつき、わずかに微笑む彼女に頭を撫でられて何分かの時間が過ぎる。

 俺は思う。

 理解できなくても、そこになにかがあることには必ずなんらかの理由があるはずだ。

 そう、水母棲姫が子供を産めないのに美しく、人間みたいな柔らかい胸があるように。

 世界のため、俺のためにも相互理解を深めていかないといけない。

 俺がまだ若くいれるうちに戦争が終わり、仲良くできるように!

 

 ◇

 

 ここは鎮守府内にある小さな湾内の砂浜。

 俺と水母棲姫は仲良く並んで青い空に朝日が昇るのを見て、その光景に感動している余韻が残っている時のことだ。

 水母棲姫を車いすから砂浜へと降ろし、下半身が大きな口と大きな片腕で立っている彼女に俺は力強く叫んだ。

 

「その慎ましやかな胸をさわらせてくれ!」

 

 艤装をつけた不知火は後ろに2mほど離れていて、その冷たい視線を背中に受けとめながら俺は水母棲姫の前に立つ。

 体を拘束している車いすかられ、体が自由になった彼女は俺の言葉を受けて目を丸くしている。

 ずいぶんと驚かれているが、これは仕方のないことだ。

 すべては彼女の姿が悪い。

 気持ちのいい海風でつややかな黒髪がなびくのを見ていると、心臓の鼓動が高まってゆく。

 鮮やかな朝日の光を浴び、氷のように清らかな肌は目を離せなくなる。

 ルビーのような輝く赤色の瞳は意識を吸いこまれるような。

 普段から着ている服。

 頭にある大きな黒いリボン、同じく黒いゴシックな服はその全てを引き立たせる。

 そんなのだから仕方がないんだ。

 爽やかな朝だというのに俺がむらむらとした気持ちになってしまうのも、不知火よりもある胸を触りたいと思うのは何も間違っていない!

 俺は仕事の時よりも真面目な目を水母棲姫に向け、そっと胸に手を伸ばそうとするも合意ではなかったことを思い出して手を止める。

 胸へ伸ばされた俺の手が戻っていくのを、不思議そうな顔で首を傾げて眺めている水母棲姫の顔がかわいい。

 そんなかわいい顔を見てますます強引にはさわれなくなってしまい、なんとか合意の上でさわれないかと考えてすぐに思いつく。

 

「勝負しよう、勝負。勝ったほうが相手に好きなことをするってことを!」

 

 よくわかっていないまま頷いた水母棲姫は、下半身の大きな片腕のこぶしを硬く握りはじめた。

 勝負内容を考えようとしていた俺は突然の寒気がする空気を感じて距離を取ろうとするも、俺の正面にいる彼女の大きな手での横殴りをまともな防御もできずに吹っ飛ばされる。

 宙に浮いているとき、勝負という言葉を深海棲艦に使うとこうなるのか、と思いながら辛うじて砂浜へ受け身を取って落ちることができた。

 

「司令!」

 

 殴られたのと落ちた痛みで意識が朦朧とし、そのあいだに聞こえてくる音は不知火の叫び声と砲撃音、

 そして砂を蹴ってそばへ来る力強い足音。

 頭は海のほうを見たまま動かせず、今の状況はとてもよくないことが起きている気がする。

 起き上がろうと力を入れるが、言葉にならない痛みの声がもれるだけ。

 

「動かないでください、危険です」

 

 再び砲撃音。

 さきほどは聞きとることができなかったが、音は砂浜に着弾して砂が飛び散る音が聞こえた。

 当てていないようで一安心したが、状況はよくない。

 水母棲姫は今は自由な状態だ。逃げたり戦うようなそぶりを見せることをしてしまったら、不知火は殺してしまうかもしれない。

 そんなことはさせない。

 気合いを入れ、力を入れて立ち上がる。

 ふらつく意識のなか、俺はかばうようにして立っていた不知火の前に回り込んで水母棲姫を背にする。

 

「不知火、俺はちょっとスキンシップを間違えただけだ」

「どいてください。司令を危険にさらしたのは看過できません。不知火の判断により水母棲姫を処分します」

 

 水母棲姫に向けていた砲は、向けたままで引き金には指がかかっている。

 事故ではなく、遊びだったということにしないと上層部から俺と水母棲姫は引き離されてしまう。いや、それよりも先に不知火が殺してしまうだろう。

 不知火の鋭い目つきを受けながら、不知火の水母棲姫とは体の部分的迫力が足りないことに気付き、それを話に使おうと思いつく。

 

「胸なんだ」

「……司令、よく聞こえなかったのでもう1度お願いします」

「不知火の胸がぺったんこだから、俺は水母棲姫の胸がさわりたかったんだ」

 

 真面目な顔で両手をわきわきと胸をもみしだくかのように手を動かすと、鋭い目つきのまま不知火がさっきとは違う、背筋が冷たくなる怖い視線を出してくる。

 不知火は俺と水母棲姫を交互ににらんだあとに溜息をつき、引き金から指を離す。

 そしてしゃがむと、砂を掴んで勢いよく俺の目へと投げつけてきた。

 予想外な行動で砂がおもいきり目に入り、痛む目を押さえながらあとずさると背中に柔らかい胸の感触を感じる。

 その感触に安心し、目を手でぬぐって視界が晴れたときには不知火が背中を向けて離れていくところだった。

 背中を向けられるのは俺と水母棲姫を信頼してくれているからだとわかってはいるが、なんだか寂しくなってしまう。

 不知火に嫌われたと思ってしまったからだろうか。

 自分でそのことを意識してして結構落ち込むが、すぐに体を反転し水母棲姫の胸に顔をうずめる。

 慎ましい胸と俺は言ったが、充分に胸の感触を楽しめるほどにはある。

 心が落ち着く柔らかさと弾力性。

 それは深海棲艦である彼女は人間となんら変わりがないように思える。

 彼女をはじめ、深海棲艦たちは人間によく似ている外見をしている。こちらの言葉をわかっているし、うまくはないが日本語も喋る。

 なのに俺たちは戦争なんかしなきゃいけないんだろう?

 この世界に神様がいるのなら、こんなにも人間と似た存在を陸と海でわけたのかを聞きたい。

 人間同士で争うことをやめさせようと? 

 人は争うことでしか、わかりあおうとしないから? 

 そうだとしたら、なんてつまらない。

 現に争わなくても俺たちは仲良くできている。

 水母棲姫である彼女がここにやってきたことは迷い込んだのか、自分から来たのはわからない。

 わかることは俺の元に水母棲姫がいて、俺と彼女は両想いだということだ。

 胸にうずめていた顔をあげると、彼女の頬はほんのり赤くなっていて優しい目を俺に向けてきた。

 それに対して俺は微笑みを返す。

 その途端、俺の体は彼女の両手によって持ちあげられ、宙へ飛ばされる。

 そう、これを人間的に言うならば―――。

 

「たかいたかいはやめてえぇぇぇぇ!?」

 

 赤ちゃんの体を持ちあげて高い場所に持ちあげる遊びだ。

 とはいえ、地面から3m以上も放り投げられれば誰しもこんなふうに叫んでもおかしくはない。

 もしかして胸に抱きついたのに怒ったのか、それとも照れ隠しなのかを考えながら顔を見る。

 怖いおもいをして宙から見る彼女の顔は嬉しそうだ。

 空に浮かび、または落ちながら考え、『勝ったほうが相手に好きなことをするという』ことを言ったことに思い当たる。

 彼女はただそれをやっているにすぎない。

 けれど、だけれども。怖いのは愛があっても怖い。

 

「不知火、不知火!」

 

 宙へと浮かびあがっているときに遠くまで視線をやって不知火を探すがどこにも見当たらない。

 体が上へと上がっていくのがとまり、今度は地面へと落ちて行く。

 その恐怖を感じながらも水母棲姫に抱きしめられ、再び宙へとあげられる。

 そのときに水母棲姫の近くに不知火がいて、どこにも行っていなかったことに気付て安心した。

 でも俺の声に不知火が返事をしないことに、嫌われたと落ち込んでいると、落ちていく体が水母棲姫とは違う細い腕に体が抱きとめられた。

 感じる暖かい体温は不知火ので、気付くと俺は不知火と一緒に砂浜へと倒れていた。

 

「怖かったですか?」

 

 俺は仰向けで倒れている不知火の盛り上がりがない胸に顔をのせていて、手袋をつけている不知火の手で目元をぬぐってもらったときに涙が出ていたことに気付く。

 怖かったことと、不知火が来てくれたことの安心感で目に涙がにじんでしまう。

 

「水母棲姫、あなたはもっと気をつけるべきです。思っている以上に人間は弱い存在なのですから」

 

 不知火が脅すように低い声で言ったことに俺は喜びを覚える。

 今までは敵意を向けるだけだったのに注意をし、水母棲姫も素直にその言葉にうなずいたから。

 人間も艦娘も深海棲艦も日々成長していく。

 いつの日か、もしかしたらずっと先のことかもしれないが笑いあえる楽しい時間が来ることを願う。

 そして深海棲艦ときちんと結婚できるような法律ができることも。




前に投稿した短編をまとめ、追加修正したもの。
後編は前のより、少しハッピーエンド成分が増えたはず。

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