今日は2月14日。
鎮守府にいる艦娘たち、軍人たちが浮ついている賑やかなバレンタインデーの日。
そんな日でも俺と秘書である駆逐艦娘の松風は気にすることなく、朝から執務室にこもって仕事をしていた。
俺の信頼できる松風はかっこいい男の子のような外見と性格だ。
身長は170㎝の俺よりだいぶ小さく、髪は癖っ毛の短くツヤツヤとした輝きを持っている。それと透き通るような惚れぼれするほどの綺麗な緑色の目。
頭には女の子らしさをアピールするかのようなカチューシャタイプの帽子を身につけ、深緑色の袴と金色の帯、白色の振袖を着た姿は似合っていて素敵だ。
松風と出会って2年。
この女性ばかりの職場で男が少ないことを寂しがった俺は男みたいな感覚で仲良くしていた。松風も嫌がることなく、男の親友的扱いでもいいと言ってくれた。
俺にとって松風のそばは落ち着くところであり、癒しでもあった。
そんな松風と執務室でずっと仕事をし、腹が減ってきたころは12時少し前。時間的にちょうどいいと思っていつもより早く食堂に行くことにした。それはみんながバレンタインデーのせいでテンションがおかしくなっているから。
1階にある食堂は昼前だからか100人が1度に食事できる広さには人は誰もいなく、食堂のおばちゃんたち以外では俺たち2人しかいない。
俺はカウンターでお気に入りのオムライスとコーヒーを頼むと、いつもは和食を頼む松風が珍しく俺と同じのを頼んでいた。
「今日はオムライスな気分なのか?」
「たまにはキミと同じものを食べれば気分を共有できるのかなって。さて、オムライスにはいったいどんな魅力があるか、僕は今から楽しみだよ」
「いつもこればかり食べているから、子供っぽいって言われると思ってた」
「好きなものがあるのはいいことさ。そのために日々を頑張ろうと思うからね」
こう言ってくれる松風のところが俺は好きだ。ちょくちょく俺を褒めてくれたり、励ましてくれる。それでいて、悪いところは悪いとはっきり言ってくれる。弱音や暴言があっても松風は俺のためになってくれる。
それは上司部下の前に、親友と言っていいと思う。俺ばかりが松風の世話になってばかりなので、たまには恩返しでもしたいと思うがそういう機会はなかなか訪れない。
じっと松風の顔を見ていたら、首をかしげて微笑んでくれる。女の子なのに可愛いというよりかっこいいというその表情。女ばかりの職場のなかで男らしさを感じるのは本当に癒される。
「お前にはいつか恩返しをしたいよ」
「僕とキミとの仲だ。困っていたら助けるのが友人というものじゃないか」
「そうだな。俺も松風が困ってたら助けることにしよう。それはもう仕事を放り投げても」
「ふふ。そこまでして助けられたら僕はもう完全にキミを好きになってしまうだろうね」
「俺はもう好きになってるぞ、親友」
「……親友か。うん、まだ親友でもいいか」
親友という言葉を言ったのになぜか松風は表情を曇らせてはため息をつく。それで俺は気付いた。友情をあらわすべく、肩を組んで言えばよかったかと。
自分の思慮のなさに後悔しているとオムライスとコーヒーがやってきた。それを受け取り、カウンターに置いてあったケチャップのボトルを持つと食堂を見渡す。いつもは座れない、窓際で海が見れる景色のいい4人掛けのテーブルへと行く。
こうして自由に席を選べることのささやかな嬉しさを感じなら座ると、松風はいつもは俺の向かい側に座るというのになぜか今日に限っては横へと座ってきた。それになんだか落ち着きがない様子で周りやオムライス、俺の顔を見たりしてくる。
「どうかしたか?」
「こんなに人がいないのは初めてだからね。なんだか寂しくなったのさ」
「へぇ。いつどんな時でも自信にあふれる松風には珍しいな?」
「いけないかい?」
「いいや。たまには可愛らしい姿を見るのもいいな」
「まぁ、僕も女の子……だからね」
僕を見上げる松風はなんだか可愛くてたまらない。つい他の駆逐の子と同じように頭を撫でてしまいそうだが理性で強く押さえる。1度でも手を出してしまったら、今の親友関係が壊れてしまいそうで。だから俺は男の子として松風を扱い続ける。
深呼吸して精神を落ち着かせたところで俺は手を合わせてからスプーンを持ち、オムライスを食べ始めようとしたが松風がスプーンを掴んでくる。
それでも無理やりに食べようとしたものの、松風の力は強い。
いったい何がしたいのかと松風を見ると、ケチャップのボトルを持って俺の目をじっと見つめてきてくる。
その様子でオムライスに何か書きたいということがわかるとスプーンをそっと置く。
松風は満足そうにうなずくと、オムライスの皿ごと自分の前に持っていってはケチャップのボトルを持って何を書こうか悩み始めた。普段はかっこいい仕草が多いが、こんな可愛い女の子らしさを見るとつい笑みを浮かべてしまう。松風がいったい何を書いてくれるのか楽しみに待つことにした。
そうして待っているあいだに食堂の入口から艦娘たちの声が聞こえてくる。入ってきたのは戦艦や重巡洋艦な艦娘の子たち。
手にバレンタインチョコっぽい物を持っていた彼女たちは俺を見つけると、駆け寄ってきてはテーブルの上に本命とか義理と言いながらチョコを積み上げていく。これは俺が好かれているといわけではなく、数少ない男にあげる遊び感覚なものだと思う。そこは勘違いしないようにする必要がある。
俺にチョコを渡して満足した彼女たちは、手をひらひらと振りながらカウンターへと並んでいく。俺も手を振り返しているとすぐ隣から強い視線を感じて振り向く。だけど、隣にいる松風は目が合うとすぐにそらして"司令官"と綺麗に書かれたオムライスと睨みあう。
完成したオムライスに手を伸ばすが、松風がオムライスを俺から遠ざけた。
「松風?」
「失敗したから少し待っていて欲しい」
「綺麗にできて―――」
「僕は失敗したと言っている。すまないがもう少しキミの大事な時間を僕に分けて欲しい」
松風の発する強い気迫によって俺は口を閉じ、伸ばしていた手を引っ込める。
目の前にあるのに食べられないという悩み。腹が減っていくのをひどく感じるが、真剣な様子でオムライスに向き合っている松風を見るとそんなことはできない。
暇つぶしにと段々人が入ってきた食堂を見渡すと聞こえてくる話題はバレンタインの話が多い。女の子ならあたりまえのようにこういう話が好きなんだなとこういうのを見るたびに思う。
外見もセリフも男より男らしい松風も女の子のようなことを考えるのだろうか、なんて思っていると松風の前にチョコが置かれる。
持ってきたのは駆逐の子たちだ。松風は自分宛だとわかると、ケチャップのボトルを置いて彼女たちへと微笑みを向けた。
「ありがとう、可憐な天使たち。君たちの想いは僕の胸へとしっかり届いたよ」
かっこいい顔でかっこいいことを言うと、チョコをあげた駆逐の子たちが「きゃー!」なんて黄色い声で騒ぎながら帰っていった。
……こんなことを言う松風は中身まで男の子なんじゃないかと思った。
女の子たちへ笑顔で手を振っていた松風はその子たちがカウンターへと並び始めると、すぐにまたオムライスへと向き合って何かを決心したかのように一気に書きあげた。
その文字はLOVEの単語だった。
「僕が愛をこめたもの、受け取ってくれるかい?」
爽やかに白い歯を見せながら俺の前へとそのオムライスの皿を置いてくる。
どういう理由でその文字なのか意味はわからないが、腹が減っていた俺は何も言わずにスプーンを手に取って食べ始める。
松風は俺の食べる様子を見ていたが、ちょっとしてから"司令官"と書かれた自分のオムライスを食べ始めた。
卵とケチャップの素晴らしい味の組み合わせを堪能していたが、あることが気になって俺は食べる手を止めて松風を見る。
一口ごとに司令官という文字が段々と消えていくのを見ると、なんだか切ない気持ちになる。
「俺が食べられていく……」
そう言うと松風は急にむせて涙目で俺を睨んできた。
「変なことを言わないで欲しいな」
「いや、今のどこに変な要素があったんだよ」
「あったじゃないか。食べるだなんてエッチなことを。キミもやっぱり男なんだね」
ちょっと頬を赤くする松風のことがさっぱりわからない。
松風も何も言わずに食べ続けているから、俺は気にせずに自分の食事へと戻った。
人がいっぱいになって賑やかになってきた食堂。だけど俺達のお互いに会話はなく、けれど嫌な静けさではない。食事を続けているあいだにも俺と松風へのチョコは増えていき、お返しが大変になっていくのをわかってしまうと今から精神が疲れてくる。
オムライスを食べ終わってコーヒーをゆっくり飲んでいると、松風も食事を終えて俺と同じようにコーヒーを飲んでいく。だけど、コーヒーを飲む様子は挙動不審だった。
ちらちらと周囲の様子をうかがい、服の
「キミのことが好きなんだ」
松風は俺から目をそらして、小さな声でつぶやくように言った。
俺はチョコを受け取ると、松風はゆっくりと俺へと目を合わせてくる。その表情は不安と寂しさが入り混じっていて。そんなのを見続けるのは俺も心苦しく、明るい様子で松風を元気づけようとした。
「俺もだ、親友」
だというのに、松風は深いため息をついてテーブルへ頭をぶつけて動かなくなる。
なんでそうするのか理由がわからない俺は戸惑い、どうすればいいかわからない俺は気まずいままコーヒーを飲みほしたら松風が勢いよく起き上がった。
「大丈夫か?」
俺の心配する言葉に何も返事せずに松風は俺へ迫ると両手で服の襟首を掴んでくる。その時に近くで見た松風は真顔で次第に頬を赤らめていった。
「司令官、これから僕の言うことは嘘偽りなく本当の言葉だから真面目に聞いて欲しい」
俺は強い気迫にちょっと怯えてしまうが頷くと、松風はさらに顔を近づけてくる。
「僕はキミのことが大好きだ。1人の女として、恋愛的な意味の好きなんだ」
強い意思でまっすぐに俺を見つめてくる松風の目。わざと誤解しようにもしきれないほどのまっすぐな言葉。
そう、今この瞬間に友人関係は変わってしまった。俺がどう答えても今までと同じような男扱いすることはできなくなる。
こんな展開はかわしたかった。松風は以前から俺に好きというアピールをしてきたが、それは日課みたいなことだと思っていた。いや、そう思っていた。性別を意識してしまったら、安心してなんでも相談できる仲が壊れてしまうと。
「いますぐ返事をして欲しい。断ってもいいし言葉を濁しても構わない。正直な気持ちで言ってくれるのなら、僕はなんだって受け入れるさ」
賑やかだった食堂はいつのまにか静かになっていて、周囲からの視線が強く感じる。その雰囲気は幸せな恋の瞬間を見たいという気がする。
だけど、雰囲気に流されるのは自分にも松風にも良くないことだ。
「俺はお前と男の友人みたいな関係を気にいっているんだ」
「恋人は欲しくないのかい? 僕は欲しい。キミをずっと独占していたいんだ。そして、ずっと飽きることなく見続けていたい」
輝くような満面の笑みを浮かべて言う松風に俺は視線を天井へとそらして考える。
自分の素直な気持ちは、男の友人が欲しいのは本当だ。だが、恋人が欲しいとは思わない。恋人ができたら気苦労が増えるだろうし、艦娘たちの上司として未熟な自分では松風と釣り合わないだろうから。
受け取ったチョコを机に置いてから視線を戻し、本心を松風に伝える。
「恋人はいらない。俺は今の松風との気楽な関係が好きだ」
「それは僕に女の子の魅力がないからかい?」
「時々感じている」
「……それを聞けただけでも良かったよ」
松風は俺の襟首を離すと、苦笑いをして席へとおとなしく座る。それを合図として周囲から安心や残念がる言葉が出て、静かだった食堂に再び喧騒が戻り、食事を再開する音が聞こえてくる。
いつもの日常が戻ってきた。けれど、俺の心はもう戻ることができない。松風の恋心を知り、告白も受けた。それで今までと同じ扱いができる気がしない。より一層、松風から女の子の部分を感じてしまう。
このまま松風との関係が悪くなってしまいそうなのが嫌になり、場所を変えて話そうと思って立ちあがる。
その瞬間、座っていた松風は俺の襟元を強く掴んで引っ張ってくる。俺の顔が松風へと近づき、ほんの一瞬だけ頬に柔らかい唇の感触がした。
「僕は逃がさないからね」
誰にも気づかれないキス。俺たちだけが知るこの瞬間。
松風は力強く自信に満ちた言葉を言うと俺の襟元を離し、机にあった自分の分のチョコを服の
俺はキスされたところをさわり、笑みを浮かべると同時に安心する。心配していた関係は悪くなるということはなさそうで。
それに安心して深いため息をつき、机の上にある松風が渡してくれたチョコの包装をちょっとだけ破いては急いで一口だけかじり、他は全部ポケットに詰め込んで席を立つ。
松風は食堂の入口で俺を待っていて、俺は食器を返し終わると松風の隣に行く。
「チョコ、おいしかったよ」
「当然じゃないか。この僕がキミのために愛情と友情をかけあわせて作ったものだからね」
俺と松風はお互いに微笑みあい、そしていつもと同じように隣に並んで一緒に執務室へと戻っていった。
お互い素直な気持ちを言えたことで、より仲良くなったと感じて。