提督LOVEな艦娘たちの短編集   作:あーふぁ

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41.夕張『正解のない話』

工廠のまったいらな屋根の上で仰向けに寝転がって見る5月の空は雲がひとつもなく、ひどく透き通った青色だった。

 何も考えずに見上げながら聞こえてくるのは溶接やハンマーで金属を叩く音。遠くからは艦娘たちの黄色い声に砲撃音。

 お昼前の賑やかな音を聞きながら静かに過ごすのは飽きることがなく、疲れる仕事から抜け出してきた心を休めるにはいいと思う。深い紺色の軍服を着たままだと汚れとかサボりとかが色々面倒だけれど、それさえも上回る癒しの時。

 そんな落ち着く場所でも時間が経つにつれて考えてしまうのは仕事のことだ。去年から『提督』になってからよく考えることがある。

 それは『死』ということだ。艦娘を指揮する軍人になり、深海棲艦と戦争をしているのだから死ぬことがあるのは当然のことだ。でも死ぬのが当たり前と思っている艦娘がいることについて僕は考える。

 どの子も自己犠牲によって成り立つ平和や正義は普通だと思っている。

 僕はその考えに疑問を持つ。多くの人、たとえば100人の人を救うのに1人の死が必要という犠牲があってもいいのかと。

 そういう答えなど思いつかないことを考え、いつも暗い気持ちになってしまう。彼女たちは人間などではなく、兵器だと多くの人が認識している。

 僕にはそれがとても大きな問題だ。なぜなら、生きることに執着の弱い艦娘の彼女たちに愛情を持ってしまったは辛いことだと思う。

 ため息をつき、落ち込んでいると カンカンとハシゴを登って工廠の屋根へと登ってくる音が聞こえる。

「あ、提督。探しましたよ」

 ハシゴを上がってきたのは艦娘の夕張。彼女は僕を見るとにっこりと嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 夕張は汚れがあちこちにある良く使いこんだ作業服のツナギを着ていて、風でなびく緑のリボンとゆらゆら揺れるポニーテールからはなんだか目を離せなかった。

「えっと、もしかしてお邪魔でした?」

 寝転がっていた僕のすぐ隣へと座ると、申し訳なさそうに言ってくる。別に無視とか夕張の顔を見たくないというわけじゃない。

「ポニーテールが風でひらひらしていたんだ」

「……いつから私は猫じゃらしになったんですかね」

 呆れたように言っては僕と同じように寝転がり、空を見る。

 夕張が僕へと喋り、寝転がるのを見ると高校生のような女の子にしか見えない。彼女は艦娘で人間として扱われていないが、僕は可愛い女の子にしか見えない夕張の横顔をぼんやりと見続ける。

 ――ニュースでしか知らなかった戦争という狂気。軍人だから民間人を守るのは当たり前だと思っていた。

 でも軍人となった今では銃器と同じ扱いとなっている艦娘を指揮する立場になり、その考え方も変わっていった。

 今は遠征任務と演習しかしていないけれど、いざ前線へとなってしまったら彼女たちに命をかけてこいと言えない気がしてならない。

 それは自分の部下が可愛くて仕方がないから。近くで接していると自分を信頼してくれるのが嬉しく、時には彼女たちに対して恋愛感情を持つこともある。そんな感情を1度でも持ってしまうと女性としか見れなくて、提督になったばかりの頃は金剛のようなベタベタしてくるのでも犬がじゃれてくるような気分だった。

 でも今では夕張が隣に来るだけでもなんだか緊張してしまう。よく工廠にいっては機械いじりを喜んでやるのなんて、世間一般でいう可愛い女の子とはならないはずなのに。

 だから僕は思う。『艦娘とはいったい何のためにいるのか』彼女たちは数字で数えるような戦う道具ではない。死んでいくだけの存在だけではないと信じている。

 艦娘は妖精と呼ばれている不可思議な生き物の出現と共に現れてきた。だから何かおとぎ話のような、世界の命運とかそんなのがあるんじゃないかと彼女たちの本当の生まれてきた意味を僕はぐるぐると頭の中で考えている。そう、これは答えの出ない問題だが考えることを考え続けることによって自分の精神安定ができる。

「提督、どうかしました?」

 僕は色々と艦娘の考えては苦労しているのに、夕張はリラックスしているように見えるから、なんだかずるい気がしてしまう。

「何が?」

「私の顔をじっと見つめてたじゃないですか。なにかありました?」

「いや、キスしてきた金剛と違って、夕張はそばにいると安心できるなぁって思ったんだ」

 正直に言うのが恥ずかしくて嘘と本当のことを入り混ぜる。キスのほうは本当のこと。ここに来る1時間前に執務室でぼーっと死について考え事をしていたら、金剛に頬へとキスされた。

 普段は抱きつく程度だったけど、僕を見ていたらどこかに消えてしまいそうだから印をつけたと照れた顔で言ってきた。

 そんな出来事のことを言うと、穏やかな顔だった夕張からは表情が消えて僕へとひどくゆっくりに顔を近づけてくる。

「どこですか」

「……何が?」

「どこにキスをされました?」

「左の頬だけど」

 そう言った途端、夕張は自分の服の袖を勢いよく僕の左頬へとこすりつけてきた。その怖いまでの勢いとこすりつけてくる痛みで悲鳴をあげるが僕に構わずにこすり続け、ちょっとしてから今度はハンカチで拭ってくる。

 ハンカチを使う頃にはわずかに表情が柔らかくなり、次に指先で優しく撫で始めるとどこか安心した様子になった。

 あまりの変わりぶりに怖くなって硬直していた僕だったが、怖さがなくなると今度は恥ずかしさがやってくる。それは至近距離で夕張と見つめ合い、おまけになんでか頬を撫でられているせいで。

「提督は1人しかいないんですから気をつけてくださいね。人が良すぎるのも考えものですよ?」

「そうかな?」

「そうです! 表面的じゃなく、心から私たちのことを真剣に考えてくれる人なんて滅多にいないんですから。そんな提督が誰かに独占されるだなんて悪夢ですよ、悪夢! 戦争より怖いことなんです、それは!」

 今のように夕張から僕の艦娘たちへの態度のことを聞いてしまうと、自分がさっき悩んでいたことも意味があるんじゃないかと少し嬉しくなる。

 彼女たち艦娘はただ無機質な数字で数えられる存在じゃなく、1人の『人間』として扱う自分が間違ってはいないと思えてくる。

 だからそんな夕張を見ていると嬉しくなる。自分が思う艦娘や戦争に対する意見をはっきりとできるのはまだ先だけれど。

 でもたった今、思ったことがある。100人の死も1人の死もその価値は同じで、数が多いほうだけが大事とは思わない。僕は軍人でありながらも、100人の知らない人よりも大事な1人の艦娘を選ぶ。100人の知っている人よりも、もっと大事な艦娘を選ぶ。

 周りの人から見れば、僕は正義を知らない人に見えるだろう。戦争なのに多くの人を救わない軍人と言われるだろう。それでも軍人、提督である限りは夕張や彼女たちを大事にしたいと思った。

「金剛と会ったとき、僕は落ち込んでいたからね。励まそうとしてのキスだったんじゃないかな」

「だとしてもです! 落ち込んでいるときに出会っただなんて、ずるすぎです! 私もそんな時に会いたかった!!」

 強い気迫を持って僕へと言ってきたけど、言い終わってから自分の言葉に気付いて顔を真っ赤にする。

「夕張も僕とキスしたいの?」

「……いえ……その、我慢します」

 戸惑う顔をし、僕からそっと離れていくのを見て、あまりにも失礼すぎることを聞いたことに気付く。

 キスしたいのだなんて、あまりにもひどい男のような気がしてならない。我慢します、と言われるほどに失礼すぎたらしい。

「ごめん。あまりにもデリカシーがない質問だったね。金剛にキスされて微笑まれたことの嬉しさがまだ続いていたみたいだ」

「金剛さんのこと、好きなんですか?」

「んー……部下として、友人としてなら好きだね。恋愛感情というのではなかっ……夕張?」

 言葉を言いきる前に、夕張は僕に背を向けると右腕で小さなガッツポーズを作っては何かを喜んでいるらしい。

 その夕張の気持ちがわからないでもない。同じ艦娘の金剛が提督である僕に嫌われていないとわかるのなら、それは嬉しいことだと思う。

「夕張も同じように好きだよ」

 僕へと振り向き、夕張は少し落ち込んだ様子を見せたものの、僕の目をじっと見つめてくる。

「私は提督のことを深く、強く信頼しています」

 その時に夕張が怒っていたことや、僕がキスをされたと知ったときの無表情っぷりが理解できた。

 僕は今まで艦娘たちとどう接すればいいかはっきりできず、会話なんかのふれあいはそんなにしてこなかった。だから自分が信頼されていないからという不安がたくさんあった。でもそれは違った。

「大丈夫だよ。どんなにひどい目にあっても君たち艦娘を置いて戦争からは離れないよ。君たちを知ってしまったからには、もう知らないというだけで僕の感情は済ませられないからね。金剛も夕張も僕を励まそうとしてくれたのが嬉しいよ」

「……うん、わかってました。今回は私が焦りすぎていましたね」

 僕の答えを聞いた夕張の目はため息をつき、僕から視線を外してはどこか遠くを見ている。

「夕張、もしかして僕はなにか考え違いを?」

「いえ、合ってます。大体において。ですから提督はそのままでいてください。私たちから片時も目を離さないようにしていただければ、とても安心します」

 夕張の考えていたことは落ち込んだ僕が軍から離れていくのに困る、と思って返事をしたけれど違ったらしい。夕張は優しげな瞳をすると僕の頭をぽんぽんと軽く叩いてから、あぐらで座った。

 僕は優しく叩かれた頭をそっと触り、艦娘たちと仲が近すぎるかなと思った。一般的な職場で部下からこんなことをされたら、上司である僕は怒る必要があるだろうから。

 でもここは少々特殊な職場。日々の仕事に命がかかっている艦娘たちなら、広い心が必要だと感じている。

「それで僕に何か用があったのかい?」

「あー、あー! そうですよ、お昼食べにいきましょうよ。お昼!」

「昼ごはんのこと、すっかり忘れていたよ。うん、食べに行こうか」

 立ちあがると、腕を伸ばしては寝転がって固まった筋肉をほぐしていく。そうしてから座っている夕張に手を伸ばす。

 夕張は僕の手を掴むと、力をしっかりとかけつつ立ちあがった。

「提督もいい気遣いができましたね」

「僕はいつもしているつもりだけど」

 夕張は僕と手をつなぎ直し、より手が深く絡む恋人繋ぎへとなった。

 これには少し驚いたけど、夕張の恥ずかしくも幸せそうな顔を見るとこのままでいいかなと思う。僕も不思議と幸せな気分になるから。

「周囲の状況と、特に乙女心を察しての気遣いができていないとダメなんですよ?」

「そうかなぁ」

「そうですよ」

 軽口をお互いに言い、手をつないだままハシゴへと行く。

 ごくごく短い時間だけれど、手をつないだことは感触以上のことをもたらした。

 自分から誰かを求めること。特に無意識でやることは、普段隠していたいこと。死とか1人の価値を考えていたけれど、実際はそんな深いことじゃなかった。ただ艦娘たちから見捨てられるのが怖かっただけ。

 夕張が先に屋根から下りていく姿を見て、そんなことを僕は思った。


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