提督LOVEな艦娘たちの短編集   作:あーふぁ

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45.長門&摩耶『こうして長門と摩耶の恋愛が。』

 10月になって夏の暑さがわずかずつ過ぎ去っていく日。

 執務室の冷房というのは扇風機しかなく、窓を開けてもぬるい風しかやってこない。

 僕はそんな部屋でまだまだ暑い昼の時間に自分では滅多にやらない苦手な補給関係の書類仕事を長々としていた。

 秘書である不知火は代わりにやると言ってくれたが、執務室にいた、僕と男友達のような関係の摩耶がそれを止めた。

 理由は秘書に頼りっぱなしじゃダメ提督になるからとか。

 そう言われて、不知火には別な仕事を頼んだ。摩耶はというと、苦戦する僕の顔を不安げに見ていたが結局は手伝ってくれることもなく執務室から出ていった。

 出ていく前には「2年目の提督なんてまだ新人なんだからしっかりしろ」「艦娘に色目なんか向けてみろ、あたし含めた艦娘がお前を嫌うぞ」なんて説教か文句なのかわからないことを言われた。

 そんなわけで色々と仕事や仕事以外のストレスが貯まっているときに、演習から僕が信頼している長門が帰ってきた。

 長門の服は汗で濡れていたけれど、彼女に何も言わせないまま椅子から立ち上がってはすぐに長門に部屋のまんなかで強く抱きついた。

 

「おい、提督?」

「このままでいさせて欲しい」

 

 戸惑う長門へと僕は背中に手をまわし、ぎゅっと抱きしめた。

 長門と僕は恋仲でもないし、それなりには仲が良いという正しく提督と部下という関係。

 抱き着くなんて今までしたこともない。抱き着いてしまったのは暑さと疲労にやられて意識が欲求へと忠実になってしまう。

 誰でもよかったわけじゃない。普段から厳しい人に甘えてみたかったともあるし、長門の美しい鳥の濡羽色のような黒髪が好きだったからだ

 髪を見ながらの癒しが欲しいということに、抱き着いてから自分の欲求に気づくことができた。だからそのまま癒しを堪能しつづける。

 僕が抱き着いている長門は170cmぐらいという自分と同じ身長で、演習から帰ってきたばかりだから制服を着ている長門の体はほてっていて、熱気と汗のにおいがする。けれどもそれはまったく嫌に感じない。

 普通なら、くさいであろう匂いは長門自身の匂いと混じっていて落ち着くからかもしれない。

 長門の鍛えられた体は筋肉質ではあるけれど、女性らしい柔らかさがある。今までは男みたいな感触なんだろうなと思っていた。でも実際は違くて、女性の神秘を実感したようだ。

 長門の髪を優しく撫で、首筋や髪へと自分の顔を押し付けて何度か深呼吸をしたり、ふと正気に戻る。

 部屋に入ってきた長門に何も言わず、抱きついてしまったことに。

 どう見てもセクハラであり、相手からすれば怒るのが当然だろう。

 そして、抱きついてからずっと静かなままの長門は怒っているからか、長門の体がちょっと熱くなりはじめ、荒くなった吐息は短い間隔になってきている。そこで僕は物凄い大変なことをやってしまったと後悔をし、冷や汗と後悔と恐怖心が一度にやってきた。

 でも長門に殴られるぐらいまでなら、むしろ得をしたなんてことを思う。

 そんなおかしいことを考えるのは普段からの疲労と暑さで精神が変になっているかもしれない。

 疲れた頭に色々な考えが出て、抱きついたまま僕も長門も動くことがなく静かな時間が過ぎていく。

 僕自身からなにか行動してしまえば、長門からひどいことをされるかもしれない。

 もし長門の機嫌がよければ謝罪してから殴られるだけで済みそうだけど、そんな甘い予想は持たないほうがいい。

 長門の首筋に顔を埋めたまま、表情が見えないことに緊張していると、執務室のドアがノックされる。

 ノックにさえ返事もできずにいると、秘書である不知火が書類を持って執務室へと入ってきた。

 長門と抱き合っている僕はちょうど、長門の肩越しに真正面から不知火を見ることになる。

「……邪魔でしたか?」

 最初に出会ってからずっと僕の秘書をしてくれている不知火は、今の状態を見ても何の抑揚もない声でそう言ってくる。

 僕が小さく首を横に振って『邪魔じゃない』と伝えると、演習結果や資源消費について口頭で言ってくれたあとに書類を執務机に置いてから一礼し、静かに部屋から去っていった。

 実にクールな不知火が執務室の扉を閉める音が響くと、再び流れる気まずい時間。

 僕は覚悟を決めて、長門から離れ即座に土下座をする。

 さぁ、罵倒でも蹴りでもなんでもこい! と、覚悟を決めても何もしてこない。

 不思議に思って顔をあげかけたが長門の短いスカートの中身が見えかけ、見ないようにするため慌てて頭を床にぶつける。

 

「あー、その、だな。提督?」

「なんだい?」

「抱きついた理由はなんなのだ?」

 

 長門の声はうわずっていて抑揚が大きかったり、強い感情が入っている声を出しながら僕の腕を掴んで立ち上げてきた。

 そして、赤くなった顔で僕をしっかりと見てくるその目から僕は顔をそらし、申し訳なさそうに言う。

 

「仕事と、僕を嫌っているかもしれない摩耶と会って疲れたから、癒しとして長門を求めてしまって……」

 

 だらだらと男らしくもない言い訳をしてしまう。

 

「摩耶は提督であるお前と仲が良く、甘やかしているところを見たが今回は違うのか」

 

 ひどく不満げで僕をにらんでくる目から顔をそむけてしまう。

 

「甘やかされたことなんて記憶にはないけど、今日は普段やらない仕事をやらされたんだ。それと不知火に見られてしまったのは悪かったよ。変な噂がたったら長門の言うことをひとつ聞いてあげるから」

 

 表情を引き締め、怒った声の長門に正面から目を見て、僕は怯えながらそう言うのが精いっぱいだ。

 長門は深く頷いてから僕の腕を放し、機嫌良さそうに不思議なリズムの足取りで部屋を出て行った。

 ……緊張した。もう胃ばかりが痛くなる提督なんて職業、誰かにあげたい。

 ふと考えてみれば摩耶はなんだかんだと文句を言っても僕のために注意をしてくれている。……ような気がする。

 次に会ったら摩耶に今日仕事をやらさせた理由を聞いてみよう。

 

 

 ◇

 

 

 長門が部屋からいなくなってから、嫌な仕事を誰にも任せられない状況を恨みながら僕は仕事を続けていた。

 嫌々やった仕事を終わると、今度は不知火に届けてもらった書類を元に、上へと出す書類を書いている。

 それが終わったら各艦娘の勤務態度と能力についての詳細だ。

 秘書の不知火はいつもクールだから、何を考えているのかわからないのが逆に助かる。もし嫌われていたりしても態度が変わらないとことか。

 不知火以外の一部の艦娘たちは話しかけてもすぐに顔を赤くして離れていったり、用があっても手紙のやりとりがいいと言われて、それだけの会話となるのが悲しい。まるで学生時代にやる文通のようなことになってしまっている。

 ……ふと思えば、提督になってから艦娘以外の女性と滅多に会話していない。

 休日になっても艦娘たちからの用があって外出や読書、訓練に付き合ったり、軍について様々なことを勉強しなくちゃいけないから鎮守府の中にこもりっぱなしになってしまう。

 そのことを思い出すと何度となくした溜息をつく。まるで仕事と結婚したかのように感じてしまう。

 落ち込んでいると、廊下を走ってくる音が聞こえたと思ったら勢いよく執務室のドアが乱暴に開かれる。

 驚いて顔をあげてみると、そこには制服と髪を乱して荒い息の摩耶が怒った表情でいた。

 制服姿の彼女は、顔から汗を流しつつ執務机に近づいてきては両方のこぶしを思い切り執務机へと叩きつけてくる。

 

「何か用事が―――」

「お前が長門に手ぇ出したって噂があるんだが?」

 

 摩耶に聞く言葉も遮られて言われたことは不知火か長門が喋ってしまったに違いない。

 摩耶の怒った形相に僕が少しおびえていると、彼女は机にあった書類を机の端へと雑に片付けると机の上に身を乗り出してきた。

 殴られる!

 そう確信して目を閉じたが想像したいたのとは違う、柔らかくてむにむにとした衝撃がやってきた。

 息苦しくて呼吸も難しい状況になって目を開くと暗い世界と、むせかえるような女性の匂い。

 混乱する頭では摩耶に抱きしめられたぐらいしか理解することができず、苦しい今から逃げるために頭を抱きしめてきた腕を何度も叩いて離してくれることを要求する。

 そうして摩耶の抱きしめてくる腕の力が弱まった瞬間に、力を込めて離れる。

 新鮮な呼吸を得た僕のすぐ目の前には、涙目になって悲しそうな顔の摩耶が。

 いったいどうしたというんだろう?

 硬直している僕がわかるのは開け放たれているドアからの寒い風。摩耶が優しく僕の頭に回している手と嗚咽の声。

 摩耶はなんで泣いているんだろう。

 普段は説教や文句を言ったりする摩耶が、涙目になって優しく僕の頭を撫でてくるなんて信じることができない。

 意識が固まって動けないでいると、摩耶がまるで独り言を言うかのように言葉を出し始めた。

 

「あたしは提督が嫌いじゃないんだからな。新人な提督のお前に立派になって欲しくて……ああ、くそ。これだとつまらない言い訳だな。あたしは提督が恋愛的意味で好きだったわけだけど!」

 

 一旦言葉を区切った摩耶は僕から手を離し、背を向ける。

 

「艦娘に手を出すなっていうのも、あたしの嫉妬だ。あたしがお前と付き合えないなら他の艦娘とも恋愛できないようにって。お前は意外とモテるんだしな。あー、くそったれ。素直に長門との恋仲を祝えないあたしを許してくれ」

 

 後ろ姿でも真っ赤になった耳と、もじもじした動きを見ていると僕を『好き』ということが本当のように思えてくる。

 だとしたら、僕も言うことがある。長門との実際にあったことを言わないといけない。

 

「摩耶。あの噂は……」

「やぁ、提督に摩耶」

 

 開け放ったままのドアから長門が気分良さげにやってくる。

 僕が言いたいことを遮り、まるでタイミングをはかっていたかのように。

 座っている僕と立っている摩耶の間に入っては執務机にきては、僕と正面に向き合う。

 

「提督よ。噂好きの艦娘たちによって私とお前がやった出来事が流れてしまったみたいだ。あぁ、実に残念だ。よって、私のお願いごとをひとつ聞いてもらいたいのだが?」

 

 悲しそうに喋り、自分の体を抱きしめて悲しげな顔をしているのと違い、目だけは喜びに満ち溢れているようにしか見えない。

 普段から摩耶に説教されている自分でもこれには気付く。

 噂を流しそうにない不知火をどうにかして噂を流させて広まらせた。

 そして、僕が噂の真実を言おうとするとやってくるのはどうみても確信犯だ。約束させた『頼みごと』をひとつさせたいらしい。

 執務机に両手をそっとついて、僕に身を乗り出してキラキラとしてくる目からは何の目的を持っているかわからない。

 長門に迫られて身をそらした僕を見て、長門は一度天井を見てから考えをまとめたらしく、理想を言ってくる。

 

「噂に乗ってというわけではないが、私と恋人になるとお得だぞ。体の抱き心地は試したとおりだし、私はこう見えて尽くす女だ。数人の愛人なら許すし、私の愛は提督になら無限大だ。それに私に頼ってくれるならなんだってやってやろう。信頼があれば私は強く生きていける」

 

 そこで一旦言葉を止め、赤くなってゆく顔で僕の顔をしっかりと見つめてくる。

 

「だからその、ややこを作ることを前提のお付き合いがしたい、のだ……」

 

 その言葉で静かになるこの空間。

 ややこ。

 その言葉の意味することは『あかんぼう』という意味なわけで。単に恋人として付き合って、ということではなく出産前提ということ? 提督と艦娘では正式な結婚がまだできないからこれが終着点ということだろうか。

 そう言ってくれるほど僕を愛してくれているのはわかるけど、今までそんなそぶりがなかったのに急に言われても困る。あったとしても僕は気付けなかったかもしれないけど。

 僕も、長門の向こうにいる摩耶も動けず固まっていると長門が僕の手を取る。

 

「提督、私は出産から始まる恋というのがあってもいいと―――」

「ねぇよ!」

 

 固まっていた摩耶が僕の隣に急いでやってきて、僕の手を握ってきた長門の手を強引にほどいて振り払った。

 

「さすがに急すぎたか。提督、お願いごとだ。今のは無理すぎるかもしれないが、恋人を目的とした関係なら問題ないだろう?」

 

 そこで考える。

 今までの僕は艦娘たちとうまく仲良くできていなかった。僕はそう思っていた。

 けれど、今日の長門と摩耶を見ていると僕は彼女たちの想いに気がつくことができなかったことだけかもしれない。

 今の長門も摩耶も僕のことを恋愛的に好きだと思う。でも僕はそうじゃない。

 

「長門、僕は君に対して愛がないよ」

「構わない。私の愛は揺らがない」

「僕は君を艦娘の部下としてしか見れないよ」

「いつか必ず好きになってもらうよう努力するだけだ」

 

 躊躇することもなく、ハッキリというその言葉に僕はつい笑みをこぼしてしまう。

 僕がこんなにも長門に対して否定的だというのに、そう言ってくれると安心してしまう。誰かに必要とされるのが心地よく感じて。

 長門と二人で優しい空間を作っていると、横にいる摩耶が僕の前で手をバタバタと振ってその空間を止めてくる。

 

「あたしは提督のそばにさえいれればそれだけでいい。じゃないと心配で心配で仕方がない」

 

「摩耶、寛大な私でも夜の営みは1対1がいいのだが」

「なに発情してんだ、おい」

 

 執務机に、恥ずかしさで顔を赤くする長門と摩耶が視線をぶつける。

 溜息とともに、女性の噂は恐ろしいものだと認識する。

 このままだと流れ的に僕が2人と付き合うことになってしまう。

 それはよくないことだ。僕は2人のどちらとも部下以上には見ることができない。それに同時となると2股と噂され、僕の提督としての悪い評判が出てしまう。

 話がまとまりそうでまとまらないときに、ノックの音がする。

 音のほうを見ると、開け放ったドアをノックした姿の不知火が少し呆れたような表情でいた。

 彼女はつかつかと僕のそばまでやってくると僕達を見まわす。

 

「少し外で聞かせてもらいましたが、不知火は提督と長門が抱きついていたことを他の艦娘たちに言ってしまっただけです。話を拡大したのは長門さんが」

 

 その発言を聞かされた瞬間、体ごと向きを変えて僕と摩耶の視線から逃れようとする長門。そして不知火の話は続く。

 

「あなたがたはいったい何が問題になっているのですか?」

 

 長門は不知火に振り向き、摩耶は睨み、僕は苦笑いを浮かべる。

 

「独占しきれないことだ」

「法律の問題」

「倫理的に」

 

 長門、摩耶、僕の順に言う。

 

「それがどうしたというのですか。不知火たち艦娘はそのどれもを無視することができる存在です。むしろ、恋愛をして強くなると聞きます。……別の組織の話になりますが、こんな言葉があります」

 

 不知火は一息ついてから、真剣な表情になる。

 

「守りたい人がいる、と。だから戦うことができるという話でした」

 

 聞いた瞬間、瞬時に納得できた。

 目的がある人生と目的がない人生。僕は今まで目的もなく生きてきた。

 だから、艦娘に対する考え方もどこか非現実的に思えてうまく接することもできなかったんだと思う。そして今。他の人から見れば、恋愛を目的として生きるのは不純と思われるかもしれない。

 それでも、今までの自分と変わるにはこういうのがあってもいいんじゃないかと思う。

 長門と摩耶、2人と親しくするということを。

 2人といれば僕が間違いをしてもどちらかが正してくれるはず。

 これからよりよい人生になるという期待と希望を持って、僕は彼女たちと友達からとして付き合っていこうと決意した。


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