今日は8月最後の少し寒い日。
急に入った大量の仕事のせいで、連日にわたって続いた書類の山を片付けた提督の俺と秘書のビスマルク。
仕事が終わった俺たちは食堂でゆったりとした食事を終えると、ふたりでビスマルクの部屋へと向かっていた。
本当なら部屋に帰って寝ようかと思っていたが、休暇返上で働くほどの仕事熱心で真面目なビスマルクが『一緒に部屋でゆっくりしましょうよ』とお願いごとをしてきた。
俺を気遣ったビスマルクの言葉に嬉しくなり、その誘いに乗った。
とても信頼でき、頼りになるビスマルクと出会ってから、もう4年もの付き合いになる。
今では誰からも親しまれるビスマルクだが、来たときは鎮守府で1人だけの海外の艦娘だった。
だからなのか、あまり他の子たちと仲良くできないように見え、いつも寂しそうに見えた。
それが気になった俺は他の艦娘たちとも接点を持ってもらいたいと思って秘書にした。結果としては執務室に来る子たちと話をするようになってビスマルクには笑顔が増えた。
秘書になったビスマルクは冗談を滅多に言わず、仕事熱心で真面目だった。時には俺が間違っていることをしたときは説教をしてくることもある。
そんな頼りになるビスマルクは黒を基調とした制服と帽子を身につけ、腰まで伸びる長く美しい金の髪をしている。
その絹糸のようにサラサラな髪は見ているだけでも心を奪われ、何度か髪にふれたときのさわり心地はまるで幸せな気分になるほどに素晴らしい。
身長は俺より少し低い170cmほどで、胸は豊かで大きく、体つきはアスリート選手みたいにすっきりと美しい体をしている。
普段から海に出ているのに日焼けをあまりしていなく、雪を思わせるような白い肌。目は吸いこまれそうなほどの深い青の色。
顔つきは大学生ぐらいの年齢で、美しい顔立ちだ。だけれど、いつも目つきが鋭くて話しかけづらい雰囲気がある。
そんなビスマルクに俺は3年間片想いをしている。
はじめはキツそうな外見と相手への厳しめな言葉が苦手だったが、話してみると時々ドジっ子なところがかわいく思えるし、厳しい言葉は相手を心配してのことだとわかった。
一緒に過ごしているうちに、ビスマルクのことを異性として好きになっていた。
はっきりと好きだと気づいたのは、ビスマルクが秘書になってからのある日。
いつも熱心に仕事しているなと感心し、その姿を見ている俺の視線に気づいて微笑んでくれた時だった。
それで自分の恋心に気づき、恋人として付き合いたいという気持ちはあった。だが、信頼されている今の関係を壊したくなくて告白することもなく独り身のまま。
来年で30歳ともなると、結婚をあきらめる気持ちが少しは出てくる。片想いのままでいいか、と。
そんな想いを胸にしまったまま、寮のビスマルクの部屋に入るのは今回が初めてだ。
1人で住んでいる部屋に、提督とはいえ男の俺を誘ってもいいと思ってくれるのは良い関係を築けている証拠だと思う。それがとても嬉しく感じた。
部屋の前までやってくるとビスマルクはポケットから鍵を出して扉を開け、俺に笑顔を向けて入るように促してくる。
初めて入る部屋に緊張した俺は着ている軍服を整え、短い黒髪を撫でつけて心を落ち着けてから部屋の中を見る。
風呂やトイレは共有のために中にはなく、大きな四角の窓がある部屋は8畳ほどの広さで床はフローリングだ。
ベッドがひとつと本棚に衣装棚。それと大きな鏡がある化粧台が置いてある。他には壁掛け時計と―――ビスマルクの甘い匂いがした。
「入らないの?」
「女の子らしさが見えないのを残念に思っていたところだ」
「それは残念でした。ごめんなさいね、駆逐の子たちとは違って」
からかう俺に対し、ビスマルクはいじけるように返事をしてきたが、俺の横を通り過ぎたときには優しく微笑んでいた。
思ってもいないことを口に出しても軽く返してくれるビスマルク。こういう気楽な関係が今の俺たちだ。
部屋に入って扉を閉めると、ビスマルクはかぶっていた帽子をベッドに放り投げ、自身もジャンプするようにベッドへと座る。
椅子もない部屋で、どこに座ろうかと見まわしていると、隣へと手招きをするので呼ばれるままに少しの距離を開けて左側へと座る。
仕事の時と違い、ビスマルクの部屋にふたりでいると緊張してしまう。
でもそういうのは顔に出さず、女性慣れしていないと思われるのが嫌でいつも通りを意識する。
「どう、私の部屋は?」
「ビスマルクらしく機能的でいいな」
「他にはなにかないかしら?」
何かを期待するような、きらきらとした上目遣いで俺を見上げてくる。
それはとてもかわいく、片想い中の俺にとって理性で感情を抑えるのがとても辛い。
このまま感情が理性を超えてしまうと変なことを言ってしまいそうになるのを、落ち着くように意識しながら部屋を見回して気になった部分のことを言う。
「テーブルが欲しいな」
「部屋が狭いから仕方ないじゃない。本はベッドの上で読めばいいし、何か書くことがある時は談話室に行っているわ。……私の部屋に入れたのに、あなたは全然喜ばないのね」
最後あたりの言葉は声が小さく聞き取れなかったが、もっと広い部屋が欲しいらしく不満そうな顔になっては俺の太ももをペシペシと軽く叩いてくる。
だから、本を置くための「共有の図書室でも作ったほうがいいか?」と聞くと「いらない」と不満そうに言っては俺の肩へと頭をぐりぐり押しつけてきた。
……どうやら欲しい返事ではなかったらしい。
いくら親しくても女心の理解は永久に不可能と思いながら、ビスマルクの髪をぐしゃぐしゃと撫でまわしてから優しく頭を押し返す。
そうしたら、ほんのりと嬉しそうなビスマルクはベッドからゆっくりと立ちあがった。
「飲み物を持ってくるわ。いつものコーヒーでいいわね?」
「いや、たまには俺が持ってこよう。ビスマルクはゆっくりしてくれ」
「いいのよ、そんなの。私が招待したのだから。それよりもほら、これ!」
腰をあげかけた俺の肩を軽く抑え、慌てるように早口で俺に言う。
そして本棚の前へ行くと、そこから1冊の通販カタログを手に取って渡してきた。
それは秋物の女性の服についての物だった。
「すぐに淹れてくるから、私に着てもらいたいのを選んでいてちょうだい! ここでじっと待っているのよ!」
そう言い放つと、楽しそうな様子で急いで部屋から出ていった。
それは嵐が過ぎ去ったあとのような、呆然とした気持ちでビスマルクを見送る。
気を利かせたつもりが逆に気を使われてしまった。
普段から気を使われているから、お返しがうまくできなかったことにため息をついて渡されたカタログを見ることにする。
表紙には『秋のはじめのおしゃれは旬ボトムがあればいい!』と書いてあるが女性物のことはさっぱりわからない。
とりあえず膝の上にカタログを置いてページをめくっていくことにする。
中には値段が手ごろでおしゃれな服が載っていた。女物の服は店で見ることがなく、どのページを見ても新鮮だ。
じっくり1ページずつ見ていき、ビスマルクに言われた俺好みの服を探していく。
だけれど、俺好みの服を聞いてどうするんだとも思ったが、少し考えればわかることだった。
親しい友達相手なら、その人が喜ぶのを着たいこともあるだろうと。
一瞬だけ恋愛感情な意味もあるかと思ったが、ビスマルクとプライベートな付き合いはあまりなかったから惚れられる要因はないはずだ。
仕事だけの付き合いと言ってもいい。そんな男に惚れる女なんて滅多にいるものじゃないと思う。
自分の思考に終わりを告げ、通販カタログを見ていく。
カタログは日本人向けだからか、綺麗な金髪を持つビスマルクに似合う服というのは難しい。
それでも頭の中でビスマルクに着せ替えしつつ、似合うかもしれない思う服を見つけた。
他にないかとページを読み進めていると、ノックの音が聞こえて片手にマグカップを持ったビスマルクが部屋へ入ってくる。
「
「
機嫌良さそうに珍しくドイツ語で言うビスマルクに俺もドイツ語で返した。
ビスマルクのために覚えたこの言語で会話をすると、ビスマルクはいつも喜んでくれる。今だって微笑みを浮かべてくれた。
「いいのはあったかしら?」
「ああ。ビスマルクに似合いそうなのを見つけた」
「私はあなた好みのって言ったのに」
そう不満そうに言うがちょっぴり嬉しそうなビスマルクからマグカップを受け取ると、ビスマルクは肩がくっつくほどの距離で隣へと座ってきた。
その近さに髪からの良い香りがし、心がドキドキとして落ち着かない。
俺は緊張しているのに、ビスマルクはいつも通りの自然体なのを見て『これは友達として信頼されている距離なんだ』と自分に強く言い聞かせる。
「それで、どのページなの?」
俺の顔をちらりと見てはカタログに視線をやるビスマルクに言われ、さっきまで見ていたページの商品を指差す。
それはリボンベルトをつけた黒の長いスカートと真っ白なニットだった。
ビスマルクはそれを見つめている。
俺はマグカップに口をつけて熱いコーヒーを飲みながら、その真剣な表情の横顔を見ている。
執務室でもこういう真剣な表情は見ることがあるが、それは俺の執務机と秘書用の机での離れた距離でのことだった。
こんなにも近くで見るのは初めてだった。
ふと、視線に気づいたのかビスマルクが俺へと振り向いてくる。
その距離は吐息がかかるほどで、すぐ目の前にビスマルクの吸い寄せられそうな目、かわいらしい唇が近くにあった。
「こっちを見ていたけれど、どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
「何もないのならいいけれど。それじゃあ、この服は買うことにして他にいいのはあったかしら?」
俺はまたカタログを見てページを進めていく。
一緒にビスマルクも見ていくが、時々カタログから視線を外しての強い視線を感じる。
これは提督として、または男としてのセンスの良さを期待されている視線に違いない。
下手な物は選べないなと少し緊張しながらも、読み進めていくうちにボトムが載っているページにたどりついた。
写真に載っていたのは、スリムな外観で着ているモデルさんがすごくかっこよく見える。
ビスマルクの制服はスカートだから、こういうスリムパンツならよく似合う気がする。何度か見たことがある私服もスカートだったから、ボーイッシュ的なかっこいい姿が見たい。
「こういうのもいいかもしれないな」
「男の人からすれば、ひらひらするスカートが好きってグラーフに言われたけど」
「でもビスマルクなら似合うと思う。俺はこういう格好が好きだな」
そう言って雑誌の写真を指差した。
ビスマルクはその写真をじっと見つめてから、俺がウソをついていないか疑惑の目を向けてきた。
「そんなに好きなの?」
「好きだよ」
「そう、ふーん……。そこまで言うなら買ってもいいわね。Admiralがかっこいい私を見たいだなんて。まったく、本当に仕方がないわね!」
小さく足をパタパタと動かしては頬がちょっぴり赤くなるビスマルクを見て、こんなかわいい姿が見られるのなら、もっと褒めてやればよかったと後悔している。
このことを反省とし、これからは良いことをしたときには積極的に褒めることに決めた。
それからもカタログを見ていたが他にいいのはなく、ビスマルクは俺が気に入ったのを買うことに決まった。
「やっと秋服を注文できるわ」
と、嬉しそうに言ってはカタログのページを折り込んで印をつけていった。
カタログを見るのが終わると、コーヒーを飲みながら会話もない静かで穏やかな時間を過ごす。
そうして飲み終わるとすぐに眠気がやってきて、意識がぼぅっとしてくる。
そんな俺の様子を見てか、ビスマルクが俺のマグカップを静かに受け取ると、床へと置いた。
マグカップすら自分で置くのもできないのに危機感を覚え、寝るならここではなく迷惑にならない執務室に戻ろうと腰をあげる。
だけれど、それはビスマルクに腕を掴まれて止められた。
「どこへ行くのよ」
「執務室で少し寝てくるよ。夕食の時にまた会おう」
ビスマルクの手をはずそうとすると、俺の肩を掴んでベッドへと押し倒してきた。
突然のことに驚き、声がでなかった。
されるがままになった俺はベッドの柔らかな感触と、俺から肩を離して隣に並んできたビスマルクの落ち着く匂いを感じる。
そのまま動くこともなく、穏やかな目をするビスマルクと見つめあっていると眠気がやってきた。
いますぐにでも意識が飛んでしまいそうだ。
「寝ていいわよ。執務室だと他の娘たちが来て寝られなくなるでしょ? あなたは今日まで頑張ったのだから、今ぐらいはぐっすり寝ても文句なんて言われるはずがないわ」
優しい笑み。優しい視線。優しい声。
どれもが素敵で心の底から落ち着いてくる。
眠気で目を閉じていく瞬間、大事なものを扱うかのように優しく頭を撫でられる感触を最後に意識は落ちていった。
―――目が覚めると、部屋には赤みがある光が差し込んでいた。
昼から結構な時間が過ぎたらしいと寝起きの頭で、時間が結構経ったことに気づいた。
天井を見ながらゆっくりと意識が覚醒していくと、右腕に違和感がある。その方向を見るとビスマルクが俺の腕を腕枕にして気持ちよさそうな寝顔をしていた。
無防備な寝顔に空いている左手で頬をつつくと、すべすべな肌の感触がとても気持ちいい。
言葉で表現できない幸福感を感じ、静かにつつき続けてしまう。
何度もさわっていると、みじろぎをしたビスマルクは体の向きを変え、俺の腕から頭がベッドの上へと転がり落ちていった。
「んー……Admiral?」
その時にビスマルクは起きたらしく、ぼんやりとした声を出しながら俺へと振り向いては俺の体をぎゅうっと抱きしめてくる。
手の柔らかさや体温、そして胸の感触にドキドキしていると俺を抱きしめる力が一気に抜けていった。
「起きたか?」
「えっと、その、違うのよ?」
目を開け、すぐに体を起こしたビスマルクは真面目な顔で何かを否定してくる。顔を赤くして恥ずかしそうにする姿はかわいらしく、ずっと眺めたくなる。
でも困らせたくない俺はその質問を考えたが、意味するところはわからない。俺の腕を使って寝ていたことなのか、抱きしめてきたことかはわからないが。
その問題は気にしないことにしてビスマルクに続いて体を起こす。壁にある時計を見ると午後の5時。
どうやら4時間も寝てしまったらしい。
「気持ちよく寝れたよ」
「そ、そう。それはよかったわ。私みたいな美人に添い寝してもらったことに感謝しなさいよね!」
「ありがとう。ビスマルクで良かった」
素直な感謝の気持ちを伝えると、ビスマルクは顔をそむけながら偉そうに言ってくる。
普段も恥ずかしいときは、今のように恥ずかしさをごまかす態度を取ることを思い出した。
寝顔を見られたんだから恥ずかしいに決まっているよな。俺も寝顔を見られたが、男と女じゃ色々なものの価値が違うらしい。
恥ずかしがるビスマルクを見ながら感謝を形にすべく、おやつを持ってこようと考えた。
外まで行くのは時間がかかるし、酒保の商品は飽きているだろう。
だから食堂にいる間宮におやつを作ってもらおうと立ち上がって部屋を出ていこうとすると、手を引っ張られる。
「どこへ行くのよ」
「食堂だ」
その言葉を言った途端、強い勢いでベッドへと引き倒された。そして、すぐにビスマルクが俺の体にまたがって馬乗りをしてくる。
両手はそれぞれ俺の頭の横へと置いてきて、俺はすっかりとビスマルクから逃げられない状態になっていた。
俺を見下ろしているビスマルクの表情は怒り、不安、悲しみといった感情が入り混じっている。
そこまでビスマルクにとって俺の行動は嫌なことだったかと考えるが、わからない。
「いったい何の用があるっていうの?」
「腹が減ったから、おやつを持ってこようと思ってな」
「ダメよ。私のそばにいなさい。あなたが歩いているだけで、艦娘たちはあなたの隣へと嬉しそうにやってくるのよ? ……今ぐらいは私のとこにいてもいいじゃない」
弱々しい言葉に俺は困惑する。
俺はビスマルクを困らせたいと考えているわけではない。喜んでもらいたかったんだ。
俺が艦娘と会うことの何が嫌なのかもわからない。
「理由を言ってくれ。そうすれば、俺はお前のそばにいる」
「それ、本当?」
「お前に嘘なんて言わない」
ビスマルクは俺から一瞬だけ顔をそむけ、それから次第に顔が赤くなっていき、そわそわと落ち着かない様子になっていく。
俺の言葉に怒っているのかと思ったが、それにしては変だった。
だから今になって、俺のことを押し倒している状況に恥ずかしくなっていると思った。
「もっと一緒にいたいの。……嫌なのよ、あなたが他の子たちと会うだなんて。それでね、もっとふたりきりの時間を過ごしたいと思って」
ビスマルクの言うとおり、仕事以外ではよく誰かがいた。
俺と艦娘たちとは友達とか姉や妹のような関係になっている。
執務室は仕事の邪魔さえしなければ、誰でもやってきていい自由な空間だ。
だから、こういう時間は珍しい。
俺とふたりきりでいる時間をもっと過ごしたいと言われると、俺のことを好きなんじゃないかと思ってしまう。
ビスマルクは普段から周囲のことに気を使う真面目な女性だ。俺を含めた全員のことを心配している。
だから、勘違いの可能性があった。
そんなことを考えて俺が何も答えずにいると、ビスマルクがゆっくりと口を開く。
「3年間、あなたに片想いしているの。私を心配して大事にしてくれる時はいつもときめいていたわ。……あなたが私を求めてくるまで待っていたけど、待つのはもう嫌なのよ」
熱っぽい視線に荒くなってきた呼吸。とろんとした目でみつめられると、俺は金縛りにあったみたいに動けなくなってしまう。
自分から動くことも喋ることも考えられず、ただ黙っているだけ。できるのは考えることだけだが、俺は混乱していた。
ビスマルクは俺のことを長いあいだ好きだったという。
秘書としてそばにいてくれたというのに、まったく気づくことができなかった。
こうして想いを告げられた今、もう元の関係には戻れない。
それに両想いだと知った今、告白すれば受け入れられるとわかっている。でも素直に喜べない。
……なぜ、俺はこんなに悩んでいるのだろうか。
「私たちはいい関係になれると思うの。恋人同士になりましょう?」
こんなことを言われたのなら嬉しいはずだ。3年間、ずっと片想いしていた相手からそう言われたんだから。
でも、何かが頭の片隅でひっかかっている。
告白しなかったのは親友関係が壊れてしまうことが怖いのと、自分でもわからない何かがある。
それが原因で告白もせずに今まで片想いしたままだった。
その何かの答えが、今ならもう少しでわかりそうな気がする。
問題について考えていると、寂しげなビスマルクの顔がゆっくりと近づいてくる。
そっと静かに頬へと柔らかいキスの感触がやってきた。
それで俺は引っかかっていたことに気づく。
ビスマルクは寂しかったのだと。甘えて寄りかかれる誰かが欲しいのかもしれない。
だから俺がビスマルクから離れていこうとするのが嫌だったのだと思う。それは今日1日の行動が答えと結びつく。
わかってしまえば、俺が前へと踏み出せなかったことはもう過去のもの。
俺はビスマルクと同じ3年という年月を片想いしていた。もう今の関係を終え、恋人になりたいと思っている。
ビスマルクの感じる寂しさだけに同情しているのではなく、きちんと恋愛感情の好きという気持ちで。
「私のものになりさない。……断るなんてことは許さないわよ?」
「それは了承できないな」
返事を聞いたビスマルクの表情は俺という男に対して絶望をしたものだった。
その表情を見るのは辛いが、命令やお願いで返事をしたくはない。
言われるままに受け入れて付き合うこともできるが、それはこれから先ずっとビスマルクは俺に対して不信感を持ってしまうだろう。
何かあるたびに、俺が本当に愛していないのじゃないかと。
だから俺は断り、深呼吸してから好きだと言おうとした。
でもそれを言うまえにビスマルクは泣き声をあげ、あふれた涙が俺の顔へと落ちてくる。
言葉を伝えるのが遅くなってしまったが、しっかりとビスマルクを見つめて口を開く。
「好きだ。命令ではなく、自分の意志で言いたかったんだ。これからはお前のすべてを一緒に共有してきたい」
何が起きたかわからずに、きょとんとしているビスマルクの髪を優しく撫でていく。
さらさらとした気持ちのいい髪のさわり心地に笑みを浮かべ、初めて見る涙を流した顔もかわいいなと思ってしまう。
「今の、本当?」
「ああ。これでもお前に3年間片想いをしていたんだ。ただ、今の親密な関係が壊れてしまうかもしれないのが怖くて告白できなかったが」
感情が抜け落ちたようなビスマルクの表情。
もしかして1度断るということをしたからか、嫌われたんじゃないかと思って一気に緊張と後悔がやってくる。
ほんの数秒の沈黙さえも1時間ほどの時間に感じてしまう。
静かにしていたビスマルクは俺へと顔を近づけると、頬に優しいキスをしてきた。
「大好きよ。もうどうにかなってしまいそうなほどに。ああ、もう! この感情をどうしてしまおうかしら!!」
そういうと顔のあちこちにキスをしてくる。髪、おでこ、耳へと。
されるがままにキスをされていると、突然首筋をかまれて痛みが走る。
その強い痛みによって声にならない声をあげるが、それでもまだ力を入れてかみ続けてくる。
これには何かの意味があるはずと抵抗せずに耐えていると、俺から体を離したビスマルクは満足そうな顔だ。
「これであなたが私のものだという証拠ができたわね」
かまれたところをさわってみると、かんだ痕ができているのがわかる。
首の場所は隠すことが難しく、俺とビスマルクの関係がわからなくてもすぐに俺が誰かの物だということがわかる。
「……怒っているか?」
「少しはね。さっき断られたとき、世界の終わりを感じたほどだったんだから」
「悪かった。けど、さっき言ったように理由が―――」
俺の唇にビスマルクの指があてられ、言葉が止められた。
そして俺の頭の横に置いてあった手は俺の頭を掴み、目をつむって軽いキスをしてくる。
やわらかく甘い感触に頭はしびれ、ついばむようなキスを何度もされた。
そのキスが終わると今度は俺の胸へと顔をうずめ、脱力した体を預けてくる。
「大好き! 愛してる! ずっとこうしていたいわ!」
俺の体の上に乗っかってきたビスマルクをぎゅっと抱きしめる。
幸せ。そのひとつの言葉ですべてを表現できるものだった。
そのまま抱きしめあって少しの時間が経つと、落ち着いたビスマルクは名残惜しそうに体を離して立ち上がる。
「これは危ないわね……。このまま続けると私はダメ艦娘になってしまうわ」
俺が体を起こすと、ビスマルクは俺に背を向けて自分の体をきつく抱きしめていた。
落ち着いた頃にちらりと俺へと視線を向けてきたと思ったら我慢できなかったらしく、勢いよく押し倒された。
そしてさっきと同じ態勢になると、唇へと初めての優しいキスをする。
それは今までのキスよりも心を震わせ、ビスマルクという存在に俺自身がおぼれてしまいそうだ。
これから先、ビスマルクがいない人生なんて想像したら寒気が出る。
長いキスが終わると、うるんだ瞳で俺を見てくるビスマルク。だが驚いた表情で俺から離れ、口元を手で押さえて隣にちょこんと座る。
俺は体を起こし、濡れた唇を服のそでで拭く。
そうしてからビスマルクを見ると、恥ずかしそうに真っ赤になった顔で俺を見ていた。
「まったく、理性を失いかけたのはあなたのせいよ」
「俺のせいにするな」
「するわよ。この3年間、あなたと楽しく会話する子たちを見て私がどれだけ我慢していたと思っているの? お互いに臆病じゃなければ、もっと早く恋人同士になれたのに」
「それは……悪かった。お詫びとして、ひとつだけ願いごとを聞いてもいい」
「本当に!?」
キラキラとした目で見られると、もうどんなことでもかなえようとしてしまいそうだ。
恋とはこんなにも凶悪だったものかと思い知らされる。
そして、親しいだけでは決してたどり着けなかった関係から変わることができて安心もする。
「じゃあ注文した秋服が届いたら外に行ってデートしましょう! それまでは鎮守府の中でデートね。他の子にあなたの恋人は私だってことを見せつけないといけないし」
とてつもなくウキウキとした様子に俺は苦笑して頷く。
片想いをし続けた3年間。
それは決して無駄ではなく、強い想いを育てるのに必要だった。
いつも自分を抑えていたビスマルクに、これからはうんと甘やかして恋人同士ですること全部をしてあげようと思う。
かわいくて寂しがりな僕の彼女のために。
ビスマルクが大好きです。