提督LOVEな艦娘たちの短編集   作:あーふぁ

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51.ガングート『不器用なガングートにキスをされた日 』

 暑さで湿気を多く含んだ空気が暖められ、息をするのにも苦しくなる夏。

 雲が少なく、良く晴れた午後3時の今。日が落ちるのはまだ先のことで、夏になってくると日が早く落ちてくるのを望むことが多くなってくる。

 僕が提督という職について鎮守府というところで働いているところは海のすぐそばにあり、海から届く生温い潮風をよく感じてしまい不快感が高まってしまう。執務室の冷房が壊れてしまったために、扇風機だけでは仕事に集中できない。

 

 そんな仕事をやりづらい時間帯に、暑い時でも働いてくれる艦娘たちに感謝をしつつも僕は冷房がない執務室からこっそり抜け出し、秘書に書置きを置いてから鎮守府内の倉庫が連なって建っている場所にやってきた。

 折り畳みの椅子、氷を入れたクーラーボックスに大きなタライと水が入っているポリタンク。それと本。

 

 それらをまとめて持ってくるのに結構な苦労と汗を出したが、これからの快適な時間のためには必要な物だ。

 これから過ごす場所は倉庫と倉庫の間にある、幅2メートルほどでアスファルトが敷かれている細い通路。

 艦娘たちから簡単には見つからず、遮蔽物となる倉庫に囲まれているから周囲の音は届きにくい。

 真夏の殺人的な日差しをもたらす太陽からの光はなく、日陰で風通しがいいために前々から考えていたところだ。

 荷物を1か所にまとめたあとにタライへと水と氷を入れ、そこに椅子を置くと準備完了だ。

 

 軍服の帽子と上着を脱いでタンクトップ姿になり、靴と靴下を脱いで白いズボンをまくると椅子に深くもたれ掛かって座ってタライへと足を突っ込む。

 氷を入れたばかりだから水はまだ生温いが、暑い空気とは違う気持ちいい水の感触でつい笑みを浮かべてしまう。

 水が少し冷たくなったころに、クーラーボックスから氷を取り出してタライに追加してから持ってきた本を読み始める。

 エッセイ集である本は小説と違い、自分が求めているものを知られそうな気がして人前で読めないから読み進めていくのが楽しい。

 ウキウキしながら静かな時間を楽しんでいると、足音が聞こえる。

 

 本から顔をあげて音の方向を見るとやってきたのは一緒に食事をすることが多く、男のような雑っぽさのために気楽にいれるガングートだった。

 僕と同じ20代前半な彼女が普段からつけている帽子は外しているため、腰あたりまである日陰でもキラキラと輝くような銀髪全体が風になびくのが見える。

 琥珀色の瞳と白い左頬に傷がある顔からは僕を見つけて、なにやら嬉しそうだ。

 

 寒いあいだに着ていたコートはなく、いつものように着崩した赤い半袖のシャツはボタンをきっちし閉めていないために、正面からだと胸元やヘソが見えてしまうので目のやり場に困ってしまう。

 黒い手袋、黒のプリーツスカートに黒のストッキングと黒のブーツ。上下で赤と黒の色合いは彼女によく似合っている。

 

 僕よりちょっと高い160後半の身長でかっこよく、美人な彼女と出会ったのは3年前だ。

 僕が執務室から抜け出して本を読んでいる姿を見られたのがキッカケで仲良くなり始めた。

 それから話をするようになり、会ったときには軽く話をして今では仲良しな関係だ。

 僕は本を閉じると、ひさしぶりにこういう静かな場所で会えるガングートへと笑みを浮かべて歓迎する。

 

「なにか用があったかい?」

「いいや、特には。強いて言うのなら提督と話がしたかった、だろうか」

 

 今日はガングートの休日なのに、わざわざ暑いなか僕を探してくれたことに嬉しくなる。

 ガングートは僕の真正面に立つと僕とタライが気になるのか、交互に見つめてくる。

 

「見苦しい姿なのは許して欲しいんだけど」

「別に構わない。暑いのなら仕方がないことだ。だが、その足を突っ込んでいるそれは涼しいのかと気になる」

「これ? なかなかに気持ちいいよ」

 

 と、そういってクーラーボックスから氷を取り出してタライに入れていく。

 その様子を見ると、興味深げにわくわくした表情を浮かべたガングートは「椅子を取ってくる」と言って早足でいなくなった。

 水を張ったタライはガングートみたいな海外の艦娘からは珍しいに違いない。

 ガングートがまたやって来る前にタライの位置をずらし、向かい側に座ったときに足を入れやすいように調整する。

 

 そうしてから読書を再開すると、足音が聞こえてくる。

 今度は顔をあげずに本を読み続けていると、視界の端にどこからかパイプ椅子を持ってきたガングートがやってきたのが見えた。

 

 ガングートはパイプ椅子を僕の向かい側に立てて椅子に座ると、ブーツやタイツを脱いでいく。

 普段から男っぽい言葉や動きを見ているために、白い肌が見える指先や太ももは心臓の鼓動を高めてきてくる。

 

 特にタイツを脱ぎ始めた瞬間に見えるスカートの奥。白い布がちらちらと見え、つい読書を中断して見てしまう。

 盗み見てしまうのはガングートがタイツを脱ぎ終えるまで続けてしまい、そのときに目が合ったときにはお互いに固まってしまった。

 普段は男っぽく、見られたぐらいでは気にしなさそうなのに今だけは頬を赤くして恥ずかしそうな姿がかわいく見えてしまう。

 

 ガングートが何か言おうと口を開いた時に僕は姿勢を正し、下へ向く姿勢になって読書へと戻る。

 僕が視線を外してガングートに気を遣ったのに、不満な表情になって何も言わないガングートは足をタライに入れてくる。

 タライの水をかきまわすようにしている足が僕の足へふれると、驚いたように波音を立てて離れるが、少し時間が経つと静かに僕の足へとふれてくる。

 

「足を冷やすというのは中々に気持ちがいいものだな」

「こういう涼み方もありだよね」

「ああ」

 

 短く返事をしたガングートは落ち着きがなく、いつものような気楽に過ごせる空気ではない。

 それはこうした直接的な肌のふれあいがあるからだと思う。

 お互いに肌にさわることなんてのはそうはなく、足の指をからませてきた時には緊張してしまう。でもそれがなんだかくすぐったい気持ちよさを感じる。

 

「そういえば、貴様は何の本を読んでいるんだ?」

「ラッセルの幸福論ってやつ」

 

 空気が甘くなりそうななか、本について聞いてきたガングートにタイトルが書かれている表紙を見せる。

 ガングートは興味なさそうにタイトルを見たあと、椅子へともたれ掛かると倉庫のあいだに浮かぶ狭い空を見上げた。

 

「お前は勉強熱心だな」

「人生はいつだって勉強だよ」

「そういうものか」

 

 その会話で僕とガングートのあいだにはいつもの過ごしやすい空気がやってくる。

 それからはお互いに何も言わず、静かな時間を過ごす。

 時々ガングートは足を動かしてぱちゃぱちゃと水音を立て、クーラーボックスから氷を入れてタライの水を冷やしてくれる。

 読書に集中できる環境に心の中で感謝しながら集中して本を読んでいると、ふとガングートが落ち着きなく辺りを見回して自分の服を何度も見る姿が視界の端に見える。

 

 あまりにも暇なのかな、と何か話をしようと思っているとシャツのボタンを上からはずかしそうに外していく。

 赤いシャツの前が開いていき、胸元の白いブラが見えてしまう。

 いくら僕とガングートの仲がいいからとはいえ、これでも男だ。ブラと隠されていた肌を見せられると、理性が刺激されて落ち着けない。

 

「ガングート」

「ん、なんだ?」

「いくら暑くてもボタンは閉めたほうがいいよ」

「……言いたいのはそれだけか?」

「そうだけど」

 

 声をかけるとちょっと嬉しそうになったガングートだったが、それが注意だとわかるとため息をついて落ち込むが理由がわからない。

 本に視線を戻して考えていると、僕と話を続けたかったのかと理解した。

 顔をあげて本から目を離すと、椅子から腰を浮かせたガングートが見える。

 僕と目が合うと気まずそうにして固まり、何をするのか不思議そうに見ていると深呼吸をする。

 何かの覚悟を決めたと見える凛々しい表情のガングートが近づいて僕の両肩に手を置き、僕とガングートは近い距離で見つめあう。

 

「どうかし―――」

 

 僕が心配する言葉を言い終える前に、目を見開いたガングートの顔が口元へと近づいてくる。

 そしてぶつかる僕とガングートの歯。でもそれに構わず唇を押し付けてきた。

 思わず本を取り落とし、今まで聞こえてきた風や練習している砲撃の音は別世界の出来事のように感じる。

 すべての感覚は目の前にいるガングートに集中し、至近距離で見つめあいながらキスをしてしまっていた。

 

 頭が真っ白になった僕はキスの気持ちよさや感触は感じる余裕がなく、押し付けられたままだから息が苦しくなってくる。

 ガングートの腕を慌てて軽く叩くと、ガングートは唇を少し離してくれた。

 でもお互いに息が荒く、すぐに話ができない。

 ちょっと息を整えたあとに僕の肩から手首へと手を動かし、掴んで離さないガングートへと疑問の言葉を投げかける。

 

「どうしたんだい、突然」

「キスをしたかったからだ。……ずっと前から貴様に告白の言葉や雰囲気づくりのことを考えていた。だが、ふたりきりで静かな時なんてなかった。でも今なら恋愛下手な私でもいけると思ったんだ」

 

 ガングートの顔は赤く、状況を理解した僕自身も顔が熱くなってくる。

 今まで男友達のような関係で時々感じる女性らしさにときめくこともあった。

 でも恋人になりたいとまでは思っていない。親友みたいにこれからずっといたいと願っていた。

 だから、そう言われるとどう返事をすればいいか戸惑ってしまう。

 

「|Я люблю тебя.Я хочу быть вместе навсегда《愛している。私は一緒にいたい》」

 

 固まったままの僕に深呼吸してから早口で何かを言ってくる。

 ロシア語について未熟な僕はその言葉を聞き取れず、緊張して返事を待つガングートに対して言葉を返すことができない。

 

「勉強中だから、今の言葉は聞き取れなかったんだけど」

「日本語にするなら……あー、そうだな。この場合は好きだと言う意味だ。つまりは愛の告白になる」

 

 ガングートの言ったロシア語は雰囲気と長さ的に好き以上の意味を持つな気がしたけれど、それを聞くのは野暮というものだ。

 ロシア語を覚えた時にはさっきの言葉をもう1度聞かせてもらうことにしよう。

 

「それで返事はなんだ?」

「……時間が欲しい。理由は―――」

 

 すぐに返事ができない理由。それがふたつあると言おうとしたが、不安で寂しい顔になったガングートの唇によって言葉は遮られた。

 さっきの力強いキスは大きく変わり、目を閉じて軽く優しい口づけによるものだった。

 そのキスは3度繰り返して行われ、キスを終えたガングートの表情は笑みを浮かべて勝ち誇ったような、それでいて安心したものだった。

 

「私は貴様が好きだ。本当はいい雰囲気を作りたかったんだが、どうにもわからなくてな。そこのところはすまなかった。

 だが、返事は今すぐ欲しい。待たされると私がどうにかなってしまう」

 

 その安心した表情も喋っているうちに次第になくなり、不安で泣きそうになっている。

 でも僕はすぐに返事ができない。

 僕自身、ガングートとは恋愛関係になると考えたことはなかったからだ。男友達のような関係で女の子らしい仕草にドキドキしつつも一緒に肩を並べては本を読み、コーヒーや酒を飲むのは心安らぐ時間は居心地がよかった。

 人としても友人として好きだ。そして、友人以上恋人未満な関係になりたいなとも思っていた。

 ガングートの自信あふれる顔と言葉。それらに僕は惚れていたから。

 

 恋愛感情が芽生えつつあるのに、すぐに返事ができないもうひとつの理由としては、ここで答えてしまうと状況に流されて言ってしまったようで、後々ガングートに恨まれてしまうと思ったから。

 僕が返事をしないでいると、悲しげな小さいため息をついてガングートは僕の手首から手を離す。

 そして僕が地面へ落としてしまった本を拾って、座っていたパイプ椅子へと戻る。

 

「気になったのは貴様が本を読んでいるときだ。本を読む時の顔が凛々しかったんだ。それからだ、貴様を意識するようになったのは」

「……自分では良さなんてわからないね」

「大体はわからないものだろう。だが、私は好きだ。そして貴様に私の存在を認識して欲しくて声をかけ、お前とは仲のいい関係までたどりついた。

 だが、そこまでだ。男がときめく仕草というのを勉強したが、女らしくない私ではダメだったようだな」

「ガングート」

「なんだ?」

「僕はガングートの髪が好きだよ。太陽の光が当たると、きらきらと輝くのは見惚れているし。普段から自信たっぷりに話すのは頼りで安心する。

 男っぽい、がさつなところもあるけど時々かわいいところが……」

「なんだ。その続きはないのか?」

 

 続きはある。けれど、自然と口に出した言葉の続きは僕に取って恥ずかしいことだった。

 さっき、ガングートに返事ができないと言ったのに自分の感情がわかるともう想いは止められなくなってしまう。

 顔が赤くなり、何も言えなくなった僕を見たガングートは首を傾げる。

 

 そして持っていた本を椅子の上へと置き、僕のそばへ寄ってきてはおでこに手を当ててくる。

 そのすべすべとした手の感触に僕は緊張し、照れ隠しで顔をそむけてしまう。

 

「―――時々かわいいところがあって、好きなんだ」

「なんだって?」

「言葉の続きだよ。言っているときに気づいたけど、僕はガングートが好きなんだ。女性として」 

 

 そう言ってしまうと気持ちが楽になる。

 ガングートの希望どおりにすぐ返事をしたから、怒られることはないだろうと安心して振り向くと顔を赤くして硬直したガングートの姿が。

 少しのあいだ動くのを待つが、動きはない。

 

「大丈夫?」

 

 顔を覗き込むんで言うと、突然胸元へと顔を引き寄せられて抱きしめられた。

 ブラの間に挟み込まれた顔は息苦しさと同時にガングートの汗と女性特有の甘い匂い、柔らかい肌の気持ちよさを感じてしまう。

 

 そのまま身を任せたくなるが、段々と息苦しさを感じて体が酸素を求め始めてくる。

 窒息しそうになって離れようとするけど、強く抱きしめられた腕からは逃げられない。

 それでもなんとかするべく、態勢を変えて手探りでクーラーボックスへと手を伸ばしてフタを開けると中から氷をひとつ取り出す。

 取り出した氷をガングートの胸の谷間へと入れると、今まで聞いたこともない女の子らしさがある可愛い悲鳴が上がる。

 

 いつもと違う声にときめいてしまうが、このチャンスを逃すわけにはいかない。

 これから甘い展開になっていく雰囲気を壊してしまった僕は、ガングートを置いて1人走り出す。

 初めての恋愛感情が芽生えたことに嬉しさと恥ずかしさを感じて。

 




短編投稿したのを5話ほどまとめて投稿。

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