提督LOVEな艦娘たちの短編集   作:あーふぁ

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53.鈴谷『鈴谷と閉じこもった部屋でふたりきり』

 それはよく晴れ渡った昼の時間帯。執務室で午前の仕事を終えた俺と鈴谷は食事をしようと食堂へやってきた。

 カウンターでそれぞれ定食セットを手に持ってテーブルへと着く。

 そして、鈴谷が提督である俺をからかいながら箸でから揚げを掴んで「あーんっ」と言いながら口元へ持って来る。

 

 その途端、周囲で食事をしている制服やジャージ姿の艦娘たちから殺気みたいな物騒な視線を感じ、その圧力から逃れるために鈴谷に拒否を示した。

 でも何故か遠慮するほどにムキになっていく鈴谷が口へと強引にから揚げを突っ込んできた。

 口に入れられたから揚げを俺はおいしいと感じながらも、食べさせられるのは恥ずかしい。そんな俺を見た鈴谷は幸せそうな満面の笑みを浮かべたときにとても大きな問題が発生した。

 食堂でご飯を食べていた艦娘たちがいつの間にか俺たちのいたテーブルに集まっていて、手には箒やモップ、鍋のフタなんかを持って俺たちのことを囲んできた。

 真顔で俺たちを見つめてくる艦娘たちが怖く、鈴谷の手を掴んで執務室に向かって逃げ始めると、後ろからは大声を上げながら走ってくる。

 俺と鈴谷はその異常性が恐ろしく怖く、いつもの訓練で出すよりも早い速度で逃げた。

 

 途中から鈴谷に手を引かれ、背中まである風になびく髪を眺めながらも走り続けて3階の執務室にたどり着いた俺たちは執務室のドアに鍵をかけ、大慌てでソファーと本棚や執務机でバリケードを作る。

 荒い息をつきながらバリケードの隣で座り込んで壁にもたれかかると、ドンドンとドアを叩いてくる音に恐怖がやってくる。

 作ったばかりのバリケードの向こう側にいる鈴谷に何が起きているんだと確認の言葉を投げかける。

 

「鈴谷、鈴谷! いったい何が起きたんだ、暴動かこれは!?」

「鈴谷も知らないっての! ほら、提督を驚かすためのドッキリとか!」

「今は6月でエイプリルフールでもないし、あんなに怒っている様子でそれはないだろう!?」

「じゃあ、鈴谷がなんかしたって言うの!?」

 

 状況確認とお互いに問題の原因がわからないことについてわかると、俺たちは荒い呼吸を段々と落ち着かせていく。

 その間にうるさくドアを叩いていた音はなくなり、聞き取れはしないが何かの会話をしていることはわかる。

 いったん落ち着けたことで状況の把握よりも先に対処だ。

 

 この部屋は畳で12畳ほどの狭い執務室だ。

 入り口の扉以外に出入口はなく、3階だから窓からの出入りはできない。

 バリケードがあれば安全だとわかったあと、大きく深呼吸をして精神を落ち着けていく。

 それを2度ほどやってから俺は立ち上がり、鈴谷にはまだ座っているように手で合図をしたあとバリケード越しに扉の前へと立つ。

 

 そうしてから天井へと視線を上げて考え事をし、俺たちを追ってきた艦娘は訓練予定と休日の子しかいなかったことに思い当たる。

 海上警備や遠征の艦娘が混じっていなかったから、これは計画的ではない偶発的なものだと推測する。手に持っていたのも銃器ではなかったし。

 つまり感情が高ぶった勢いでの行動。ならば、それは時間経過と話し合いで落ち着いてくれるはずだ。

 俺は深呼吸したあとに、変なことを言わないようにと心の中で思ってから扉の向こう側へ声をかける。

 

「あー、そこに誰がいるかわからないが、今回のこれはいったい何が起きているんだ?」

 

 そう言うと小さく聞こえていたざわめきが消えると、祥鳳の「……あの提督、言いづらいことですけど、その、これは反乱みたいなものでしょうか」と申し訳なさそうな声が聞こえてくる。

 反乱。その一言に背筋が凍り付き、俺は自分が何をしたか分からないが自分自身への失望で頭がいっぱいになってしまう。

 

 今まで自分は艦娘たちを大事にしてきたと思っていた。

 食事には肉や魚がダメな艦娘のためにビーガンやベジタリアン用のメニュー。腹いっぱい食いたいという要望にも応え、土木業の人が食べている食事を参考に味付け濃いめ大盛りご飯な食事を提供させている。

 もちろん休みもきちんと与えているし、娯楽だってある。図書室の設置、ビリヤードやダーツを置いてある遊戯室。防音の部屋を用意してピアノを弾ける部屋も。

 

 それに談話室では俺が艦娘と会話するようにして意思疎通も図っていた。

 それほどに艦娘のことを気にしていたのに、いったい何が悪かったんだろうと俺は疑問しかない。

 

「ちょっと提督ってば。なに気落ちしてんのさ。考えてもみなよ、反乱ならあたしや提督は今頃捕まっているでしょ」

「言われてみれば……。反乱なら執務室の壁をぶち壊すぐらい、艦娘たちなら楽にできるのにな」

 

 落ち着いていると思っていた自分だが、冷静に状況を見ていたのは鈴谷だった。

 5年も1人で秘書をやってもらっている鈴谷にはいつも感謝しているが、この時は頼りになる鈴谷がいていつも以上に心強い。

 艦娘たちが俺たちを追いかけたのには何かの理由があるに違いなく、聞く必要がある。

 

「襲い掛かるようにして追ってきた理由はなんだ? 俺に不満があるのか?」

 

 声を大きくして問いかけるとすぐに返事が返ってくる。一斉に喋られた中、聞き取れたのはいくつかある。

 要望は秘書の交代制、艦娘たちへの平等で公平なふれあい。

 他にはプライベートの時間で遊んで、一緒に食事したい、ご飯作って、雷にお世話させなさい、散歩連れていって欲しいっぽい、と後半に行くにつれて個人の欲求になってきている。

 まぁ大きくまとめると、俺個人が悪いのか? だが、俺が着任してから5年間提督をして強い不満を言われたのは初めてだ。

 いまひとつ問題が把握できないため、ひとまずは問題の時間稼ぎだ。

 

「要求はまとめてくれ。ばらばら過ぎてわからん!」

 

 そう言い放つと扉の向こう側では艦娘たちの一方的な要求の声は静まり、それぞれの話し合いが始まっていくのが聞こえる。

 ひとまず落ち着いた時間が取れたことに安心し、床に置いていた電話を手に取るが通話不可能な状態だ。

 電話線をこの短時間で止めるには無理だろうと思い、扉側へ戻って明かりをつけようとするも光がない。どうやらブレーカーを落とされたみたいだ。

 緊急の電話は執務室以外では工廠に繋がるようにしているから、何かあったら夕張が来てくれるだろう。

 ひととおり部屋の状態の確認が終わると部屋の中央へ行き、まだ座ったままの鈴谷へ手招きをする。

 

「なーにー、てーとく?」

「俺にはあいつらの訴えている問題がわからんから助けてくれ。29歳の俺じゃ人生経験が足りん」

「あたしは提督より若いんですけどぉ?」

 

 年寄り扱いしたためか、鈴谷はにらみつけてくる。だが、それは俺からすれば可愛いだけだ。

 そう、鈴谷はとても可愛い。だから、ここに着任した当初、外見で一目惚れした鈴谷に提督権限を持ってして秘書に任命した。

 はじめのうちは秘書を嫌がり、仲がまだよくないこともあってあまり会話もできてなかったが、一緒にいる時間が増えてくるとからかってくれるほどには話ができるようになった。

 

 そうして、鈴谷が俺をからかい始めてきた。

 短いスカートをめくってパンツを見せてくる。

 暑いと言って上着をまくりブラを見せてくる。

 俺が好きな女性服の好みはなんだと聞いてきては休みの日にわざわざ仕事してくる俺に見せに来たり。

 元気がない時にそういうのは心の中で歓迎したけど、表面上はあまり興味がないという努力は歯を食いしばって耐えるぐらいにした。

 

 そんな軽いことをしそうな女子高生っぽい見た目の割に、仕事をやるときには真面目で5年間も頼りにするほどだ。

 鈴谷の笑顔や髪をかき上げる仕草なんかは疲れた心にとてもいい。

 俺が落ち込んでいるときは慰めてくれるし、下手なことをしたときは叱ってくれる。

 気分転換のために一緒に食事をしようとか、おやつを食べようと誘ってくれるのはそりゃあもう嬉しいものだ。その時の会話をする時間もだ。

 

 そうして一緒の時間を過ごしているあいだ一目惚れは落ち着き、次第に心の底から好きになってきた。

 だけども告白をしようなんてものなら、公私混同になるだろうからやめている。

 もし、もしもだ。告白をして恋人関係になってしまったら鈴谷1人だけを優遇してしまいそうだから。

 そういうのもあって告白する予定はないが、時々妙に可愛い部分があって目を合わせるのも辛い。

 まぁ、鈴谷本人は俺に気がある雰囲気じゃないから時間が経てば心は落ち着くが。

 

「で、部屋のまんなかでなにやんの?」

「こっちの会話が聞こえないようにだ」

「でも話すことなくない?」

 

 言われてみれば確かにそうだ。問題もわからず、向こうの要求もまとまっていない。

 こんな状況で書類仕事をやる気分もなく、そもそも机はバリケードとして使っているから使えないままだ。

 やることがなく、窓際へ行くと窓を背にして足を放り投げて座る。

 

 そうすると今度は俺が声をかけることもなく、鈴谷も同じように、けれど膝を抱えた状態で座った。

 俺と鈴谷の距離はあいだに人が2人座れるほどの距離。

 この物理的距離が俺と鈴谷の精神的距離とも言える。

 お互い会話もなく、静かな状態だと扉の向こう側からの話声が少しだけ聞こえてくる。

 聞こえてきた話は『1番いいのは提督を出して一緒に考えることよね。でも無理に扉を壊すのも……』『扉を壊すのは危ないから、壁を壊せばいいんじゃないかな』『時雨は天才っぽい!!』

 

 と、そんな物騒な会話が聞こえてくるも、他の艦娘たちはそんな暴力的手段に訴えないと俺は信じている。信じたい。

 

「ね、提督。なにか食べるものない?」

「そういえば飯を食い始めた時だったな」

 

 鈴谷が言うまで空腹のことを忘れていたが、言われると腹が減った感覚がやってくる。

 しかし、この部屋には食べ物がない。以前は執務室に置いていたが、鈴谷がよく俺を誘ってきて仕事が手につかなくなったために茶菓子は給湯室にまとめて置くようにした。

 

「食べ物はないから、空腹を紛らわそうか。……今できることと言えば、これからの予定はどうなっていたかな。鈴谷、スケジュールは?」

「んー。ちょっと待ってね。はい、これ」

 

 スカートのポケットから可愛いシールでデコレーションされたスケジュール帳が出てきて、それを持って俺のすぐ隣にやってくる。

 それは肩がふれあうほどの近さで、普段はこれほど近くに来ないから、もう思春期の若い子並みに緊張してしまう。

 薄緑色の髪は太陽の光できらきらと輝き、髪からは鈴谷の匂いとシャンプーの香りが混ざって香水のように素敵な香りを出している。

 肌もよく手入れしているのか、すべすべして触ってみたくなるほどに魅力的だ。

 

「ほら、メモってある部分を見てよ。今日は午後の3時から鳳翔さんとの面談。んで、大和さんが海上警備から帰ってきて……だいだい午後8時あたりだねぇ」

 

 俺の目の前へと手帳を差し出してきて、一緒に顔を近づけて予定を見ていく。

 メモ帳の字は丸文字で書かれていて、若い女の子らしいなと思う。

 それと同時に外見や服装、仕草以外からわかる女の子らしさを感じていると、予定の部分を指差している指に注目してしまう。

 その指の爪は執務室で暇な時に磨いているのを見かける。だからか、つるつるとした外観で美しく見える。

 指もよく手入れしているために肌の色合いがよく、そのまま視線をあげていくと、ふっくらとした胸。

 リボンを越えて首元、色っぽい唇。綺麗な鼻。

 

 そして、いつも俺を見ていてくれる目だ。優しさと厳しさを併せ持つ鈴谷の素敵な目。

 じっと見ていると、鈴谷も俺の視線に気が付いて目を合わせてくる。

 その距離は鼻がお互いにふれあいそうなほど。

 まっすぐな目に見つめられると心臓の鼓動が高まり緊張で息が荒くなってきそうだ。こんな近くで鈴谷を見るのは偶然ぶつかった時の1度だけだ。

 

 でも今はあの時と違って見つめあってはいない。

 だからこそ、今はもう緊張しっぱなしなのと、このまま見つめあっていたいという気持ちがある。

 

「ぬわぁおぅ!?」

 

 でもほんの数秒ほど見つめあっていると、鈴谷が奇妙な声を出しては大げさに後ずさった。

 それもう大げさに。後ずさるときにスカートの中身が見えて、黒のレースな下着がばっちり見えてしまうほどに。

 もうさっきからドキドキしっぱなしでどうしてくれるんだ。ああ、くそったれめ。

 さっきまでの鈴谷が好きという純情な気持ちが、パンツを見てしまったことで純情さが失われていく気がする……。

 

「……見えたよね?」

「ああ、見えてしまったな」

「………変なの見せて、ごめん」

 

 そこは怒るとか、叫ぶところだと思うのに謝られた。

 顔を赤くした鈴谷が俺から視線をそらし、でも時々こっちをちらちらと見てくるのが変だ。

 いつもなら『見たの? んじゃあ、中身を見たぶんだけ鈴谷にパフェおごってよ、パフェ。高いやつ!』と言うものなのに。

 今に限ってなんでそうなのか。深く突っ込んではいけないと思いつつも、なんでそう言うのか聞こうとした。

 鈴谷に向けて言葉をかけようとした瞬間、すぐそばの窓からコツンという音が聞こえた。

 

 不思議に思い、その音が鳴った窓を見るとまた、コツンと音が。

 集中して見ると小石が窓にぶつかってきているのがわかる。誰だろうと思って立ち上がろうとするよりも、鈴谷が素早く立ち上がって窓を開けるが、その瞬間に小石が頭にぶつかって床へとうずくまる。

 

「鈴谷、大丈夫か?」

「だ、だいじょぶ、だいじょぶ……」

 

 おでこを押さえながら、窓枠に手をかけて身を乗り出す鈴谷。すると「大丈夫ですの?」と窓の外から声が聞こえる。

 これは鈴谷と仲良しな熊野の声だ。

 熊野はいつも優雅で落ち着いていて、仲間を大事にする。時々変なことをする子だが、危機的状況にある鈴谷を心配して助けにきてくれたのだろう。

 

「今さ、執務室に閉じ込められて、そう、提督といっしょー。で、なんとかできない?」

 

 その鈴谷の言葉を聞いて熊野の声は聞こえない。きっと助ける手段を考えているんだろう。

 そんな鈴谷の横顔は熊野がいるからか、安心した笑みを浮かべていた。

 恋してしまうと、その人のどんな仕草も素敵なことに見えてしまう。

 まったくもって恋はやっかいな病気と表現してもいい。

 

「うん、手紙? え、あ、なんで野球ボールがポケットから出てきて……、なにそれ、私宛て? んでその手紙をボールに結んでなにすっ……!?」

 

 鈴谷の慌てた声が遮られた。それは部屋の中に突然入った野球ボールによって。

 投げ込まれた時に強引に後ろに倒れ込んだ鈴谷は床に頭を打ち付け、声にならない声をあげて頭を手で押さえつつ、足をばたばたと動かしている。

 鈴谷がいなくなった窓に、そっと近づいて様子をうかがうと熊野がにっこりとした笑顔で俺に手を振っていた。

 そんな熊野に釣られ、つい手を振っていると後ろから怒った様子の鈴谷だ。

 

「熊野のバカ! 特大バカ! あとで夜中に板チョコ10枚まとめて食べさせてやるんだからっ!!」

 

 俺は窓から離れ、床に転がったまま、手紙を読もうとする鈴谷に近づく。

 鈴谷は俺に気づくと起き上がり、俺へ制止する手を向けてくる。

 

「ちょっとまって提督。これ、私宛てだから先に読ませて」

「ああ。熊野の手紙だからな。きっと俺たちには思いつかない名案が書いてあるんだろう」

 

 そう言ってから、少し時間が空いた俺はバリケード前へ近づくとそっと艦娘たちの声を聞く。

 その声ははじめに聞いたまとまりのない意見から、ひとまず提督と直接会って話をしようという方向性にまとまりつつあるようだ。

 その中に軟禁や逃げられないように首輪付けて監禁しようという物騒な意見は聞こえなかったことにする。

 

 そのままこっそり聞こうとしていると、突然鈴谷の叫び声というか悲鳴が聞こえた。

 驚いてすぐに振り向くが、その顔は真っ赤で手紙をバリバリと勢いよく破っている姿が。

 そんな光景にどうしていいかわからないでいると、鈴谷は野球ボールと破いた手紙をまとめて手に持ち、窓のそばに行ってはそれを勢いよく投げつけた。

 

 窓の外から熊野の小さな悲鳴が聞こえ、窓から身を乗り出して熊野に文句を言っている鈴谷の隣からそっと様子を見る。

 俺に気づいた熊野は、親指を上げてサムズアップをしてくる。そのにんまりと浮かべる笑みはいったい何を期待しているんだ。

 事情がまったくわからず、すぐ隣にいる鈴谷に聞こうとするも怒った顔も可愛いものだと実感し、その顔を見るために声をかけることができない。

 するとその視線で気づいた鈴谷は俺と熊野を交互に2度見たあと、一歩踏み込んできては俺の両肩を思い切り強く押してくる。

 

 その勢いの強さに後ろへ下がることもできず、倒れてしまう。俺を押した鈴谷も一緒に。

 床へと頭を打ち付けた感触とほぼ同時に鈴谷が俺の上へと倒れこんでくる。

 後頭部の痛さと前面の重くも柔らかい鈴谷。

 好きな人に抱き着か――――とは違い、押し倒されたことに嬉しく思う余裕なんてない。

 あまりの後頭部の痛みに体を動かすことも意識がうまくまとまらないこともあり、その場所でぼぅっとしていると鈴谷と見つめあっていることに気づく。

 

 鈴谷は俺の腹へと足をまたいで座っていて、両手は頭の横へと手をついていた。四つん這いの姿勢と言ってもいい。

 この執務室に閉じ込められてから、何度となく見つめあっているがこれは今までのよりも強烈だ。

 窓から聞こえる熊野の心配する声。扉の外からは多くの艦娘たちが話し合っている声が聞こえてくる。

 それほどに執務室は静かで、他にする音はお互いの呼吸音だけだ。

 好きな人に押し倒された状況で俺は何をすればいいんだ? と静かに混乱してしまうが一方の鈴谷は覚悟を決めたかのように深呼吸をした。

 

「ねぇ、聞きたいことがあるんだけど?」

「なんだ?」

「提督ってさ、その、好きな人っているの?」

 

 ……こう聞かれるのはショックを受ける。言葉にはしていないが目の前にいる鈴谷が好きなのに、そう聞かれることが。

 鈴谷は俺を気にしていないから、こんなことを聞けるんだろうか。

 俺は鈴谷から目をそらし、ショックで落ち着いた精神で静かに「いる」と答えた。

 

「なに、いるの!? 私の知っている人? ここにいる艦娘の誰か? もう付き合っていたりするの!? 結婚はまだしてないよね!?」

 

 さっきまでの静かな様子とは一転し、耳が痛くなるほどの大声で聞いてくる。

 まとめて質問をされ、どう答えるのか悩む。そもそもなんで俺が恋人いるとか結婚しているのかと聞いてくるんだ。

 いつも鈴谷と一緒にいるんだから、俺のことはお前が詳しいだろ。

 

 いや、俺は鈴谷が好きなのに誰か別の艦娘に恋愛的アプローチをしていると思われたんだろうか。ひどく心外だ。

 俺の恋心と、艦娘を恋人にした場合の問題というのについて考えていると、鈴谷は小さく息をつく。

 

「……教えてくれないなら、バリケードをどけて外の子たちに襲わせてやるんだから」

 

 どこか光を失った目で呟くように言い、素早く立ち上がって扉へと行く。

 俺は慌ててバリケードを外そうとする鈴谷の元へ行き、後ろから抱き着いて鈴谷の動きを抑える。

 鈴谷によってバリケードを外されてしまうと、俺に要求を言いたい子たちに囲まれてしまう。それにさっきは監禁がどうこうという言葉が聞こえたから、場合によっては誘拐されてしまう!

 

 それは物凄く怖いことだ。俺は全艦娘と仲がいいと思っているが、中には嫌っている子がいるかもしれない。

 監禁ということは好き放題されるわけで、艦娘の身体能力で一方的になにかされるのは遠慮したい。

 

「鈴谷、俺のためにおとなしくしてくれ」

 

 そう言って今から説得しようとしたが鈴谷はバリケードを外す動きをやめると、後ろから俺に抱き着かれた手をほどくと向きを変えて正面から抱き着いてくる。

 俺を見上げてくる目は今まで見てきた鈴谷とは思えなかった。

 正面から抱きしめられるのは嬉しいと思う余裕もない。それはまるで戦闘のときに見せる表情のようだ。

 覚悟を決めた鈴谷は俺の首へ手を回し、俺は鈴谷から逃げようとするが力を入れた手からは逃げられない。

 

「全部提督が悪いんだからね」

 

 普段の鈴谷からは聞いたことのない低い音の声。次の瞬間には目をつむり、俺の唇に唇を合わせてのキスをされた。

 俺にとって初めてだったキスは強引なもので、いくら俺が鈴谷を好きだからといって一方的で暴力的なのは嫌だ。

 柔らかい唇の感触と鈴谷の体温を感じるキスをされているあいだ、息が苦しくて離れようとしても鈴谷は決して離してくれない。

 それが20秒ほど続いた頃には解放され、俺は片手で口元を押さえながら息を整えようと荒い呼吸をする。

 

「どうよ、提督。もう鈴谷は覚悟を決めたの。提督に恋人がいても、結婚していても奪ってやるんだから!」

「なんでこんなことをしたんだ」

「こんなこと? それは提督のことを好きに決まっているからじゃん!! いつもずっと一緒にいて気づいてくれなかったの?

 好きな人でなきゃ、パンツやブラを見せることや、あーんってご飯を食べさせたりしないし!! それくらい提督のことが大好きなの!!」

「鈴谷、その、今となっては言いづらいことがあるんだが」

「……もしかして子供がいるの? それくらい鈴谷は気にしない。奪うって言ったんだから! ほら、何かあるなら早く言ってよ!」

 

 鈴谷の鬼気迫る勢いに押され、俺は壁際にまで下がってしまう。鈴谷は俺を追って迫り、胸元の服を両手で掴んでくる。

 

「今になって言うと嘘だとか男なのに自分から言わないなんて情けないって言われそうだけど、実は俺も好きなんだ。鈴谷のこと」

「……なんて言ったの、今」

「好きだ。俺は、鈴谷が、好きだと言っているんだ!!」

「いまさらご機嫌取りのつもり? そんな聞こえのいいことだけ言っ―――」

 

 信じてくれない鈴谷に俺は目をつむり、鈴谷の腰と頭の後ろへ手を回し、できるだけ優しくキスをする。

 さっきとは違い、静かで優しく、ふれあうだけの短い時間のキス。

 

「俺は結婚もしていないし、子供もいない。昔に付き合った人は1人いたけど、キスはしてない。さっきのが初めてで、今のは2回目のキスだ」

 

 そう言うと鈴谷は何か言おうと口を開くが言葉は出てこず、顔は恥ずかしさで真っ赤になっている。

 目も俺に合わせてくれず、右や左を見て落ち着かない。

 

「鈴谷」

「ちょ、ちょっと待って。……待って! 時間ちょうだい!!」

 

 鈴谷は俺の手を強引に振りほどくと部屋の隅っこへ行ってしゃがみ込んだ。

 両手で顔を覆い、小さい声で何かを言っている。

 俺も恥ずかしくはあるが、ようやく言えたことにすっきりした。

 

 今まで我慢していたが、吹っ切れた鈴谷を見ると悩み事は気にしすぎないほうがいい。

 提督と艦娘の恋愛なんてのは甘えとひいきを生むからダメだと強く信じていたが、自分の気持ちを押さえ続けることのほうがもっとダメだと思う。

 自分を抑えた結果、もしも俺が転属命令や鈴谷が死んでしまったらと考えると、言えるときに言えないことのほうがよっぽど辛い。

 他の艦娘たちからの妬みや嫉妬は喜んで受けよう。部下から苦情を言われるのは上司として当然だからだ。

 

 鈴谷に告白した興奮と恥ずかしさでテンションが変に高い。鈴谷はまだ隅っこにいるし、扉前にいる艦娘たちの話を聞くことにしよう。

 バリケードを外し、扉を開けると20人ほどの艦娘がいて謝ってくれた。

 最初に俺たちへと詰め寄った艦娘が言うには『付き合ってないのにあーんとか甘ったるいことをやっているのに腹が立った』だそうだ。その後は他に不満がある艦娘もすぐに合流し、勢いでの暴動だとのこと。

 実害はないから不問にしたいが、形として罰を与えると俺は言った。具体的にはおやつ禁止令がいいだろうか

 

 そうしてひと段落したあとは、一斉に質問の嵐だ。さっきの告白じみた言葉はなに、鈴谷から脅迫されたのね、僕なら提督に何をされてもいいから恋人になろう、とそんなことを。

 色々と言われていると、突然左腕に衝撃と重みが来る。

 その腕には鈴谷が俺の腕を取って抱き着いていて、廊下にいる艦娘たちをにらみつけていた。

 

「提督は鈴谷と付き合っているの! さっき2回目のキスもしたし、両想いの恋人同士だから!!」

 

 そう大声で言い放ったあとに俺も鈴谷の言葉に頷く。

 一瞬の静寂のあと、一斉に驚きや絶望、祝福の声がする。

 鈴谷は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしながらも、俺の腕を引っ張って廊下にいる艦娘を押しのけて走り出す。

 

 俺もそんな鈴谷と一緒に走っていく。

 みんなに知られた恥ずかしさと、鈴谷から恋人と言われた嬉しさを体全体で表現するかのように。

 そしてこれからは気持ちを抑えずに鈴谷と話をし、鈴谷の髪をさわり、鈴谷とキスができる嬉しさが俺の人生を楽しくさせてくれる。


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