4月。晴天である今日は、暖かい日差しが執務室に降り注いで寝るのにはとても良い気温で過ごしやすい時だった。強い眠気がやってこなければ。
そのため、午前中に出す予定だった書類の処理が終わらず、お昼も取らないで仕事を続けて終わったのが午後の2時頃。
一緒に食事をするため、秘書のマックスを連れて食堂にやってきた。
食堂はここは200人がゆうに入れるが、今は整備士や艦娘などちょっとの人数しかいなく閑散としている。
カウンターで食堂のおばちゃんから、月見うどんと白身フライ定食を受け取りマックスの元へと向かう。
彼女はお気に入りの場所、窓際で角の隅にある4人掛けテーブルで窓に背を向け椅子に座り、顔を後ろに向けて窓の外を眺めていた。
紺色のセーラー服を身につけ、普段かぶっている制服と同じ色のセーラー帽はテーブルの上へ置かれていた。
帽子を取った彼女の髪は、首筋までの短く綺麗な赤毛の色を見ることができる。
小柄な体、控えめな胸。すっきりとした顔立ちに猫のような鋭い目をしている姿は見ているだけで良い緊張感がもらえる。
今にも説教されそうな、という意味で。
その彼女が見ている窓の外。一階のこの場所から見える風景は港と停泊している大型輸送船しかない。
窓を背に座っている彼女の前に白身フライ定食を置き、俺はテーブルを挟んだ反対側にうどんを持って座る。
白い軍服を着た30のおっさん提督と、歳の離れた妹のような駆逐艦の艦娘『Z3・マックス』。
知らない人から見ると怪しい関係に思えるが、提督とその秘書という清らかな関係だ。
「
「どういたしまして」
食事を持ってきたことに気付き、顔をこちらに向けて感謝の言葉をもらう。
最初に会ったころはドイツ語混じりと強いドイツ語訛りの日本語に苦戦したが、一年経つとだいぶ聞くのも慣れてきた。日本語もうまくなっている近頃では若干の寂しさを覚えるけど。
昔のことをちらっと思い出しつつも手を合わせ、食事の言葉を言ってから割り箸を持って食べ始める。マックスも同じようにしてから食べ始めた。
「いただきます」
「
うどんをすすりながら箸に苦戦しながら食べるマックスを見る。
いつもは洋食を頼むのに、珍しく和食を頼んだ。
いったい何の心変わりかと少し考える。
この一年、彼女は和食は日本に来てすぐに一度食べたきり。俺が知る限りは今回で2度目となる。
白身フライ定食は、白身フライ3枚と大盛りの千切りキャベツ、おしんこと味噌汁と白いご飯。
箸の持ち方がうまくないマックスは、迷い箸や白身フライに箸を突き刺したりと苦戦している。
いつもはクールで何事にも冷静に対処しているのに、これに対しては顔をゆがめている。
そんなマックスを目の端で見ながらうどんをすすっては食べていく。
変な文句をつけられないように静かに、目をあわせないようにしていると、浅い溜息をつくマックス。
「日本食は小さく分けられて食べるのには便利なのだけれど、あなたがた日本人はよく箸を使えるわね」
「難しくても小さいころから使っていればそれが当たり前になるさ」
マックスのために、箸やスプーンを持ってこようと椅子から立ち上がるが、鋭い視線でそれを制されて静かに椅子へと座りなおす。
それからお互いに会話もなく食事をする。
何も喋らずに物を食べるのは、早く終わってしまう。
ゆっくりと時間をかけて箸を使いながら食べているマックスだが、俺はうどんをしっかりと食べ終わって残っているのはつゆだけだ。
いつもは飲まないが、ただ待つのも居心地が悪いので仕方なくどんぶりをもってつゆを飲む。
音をたてて飲み始めるとマックスの箸が白身フライを持ったまま宙で止まり、こっちを静かに見つめてくる。
何かいけないことをしている気持ちに襲われた俺はつゆを飲むのをやめ、どんぶりを置く。
「音を出しながらスープを飲むのはこっちの国だと構わないらしいけど、私から見れば―――」
説教モードに入ったマックスだが、箸で掴んでいた白身フライが皿の上へと落ちた。
落ちていった白身フライを見たマックスは頬を赤く染め、恥ずかしがっている。
プライドが高い彼女に俺は何も言わず、自分の箸を持っては落ちた白身フライを小さく分け、それを掴んでマックスの口元に持っていく。
「ほら、あーんして」
「……あー、んっ」
一瞬、嫌そうな顔をしたがすぐに口を開け、可愛らしく小さい口に白身フライを放り込む。
口に入れられた白身フライを食べ終わると、服の中から白い綺麗なハンカチを出して俺へと身を乗り出し、俺の口をごしごしと乱暴に拭いてくる。
あーん、が恥ずかしかった仕返しだろうか。
されるがままでいると、俺の口を拭いたハンカチをしまって満足した表情になったマックスは食事を再開する。
マックスが仕返しをした悔しそうな表情が可愛くて俺はあることを考え付いた。
「納豆は好き?」
千切りキャベツを食べようと口をあけていたマックスは、キャベツを持ったまま返事をする。
「
「わさびは?」
「
「生タコは?」
「
タコに強く言い返したことに可愛いなぁと思いながら、今まで否定する流れで聞きたいことを思いつく。
いつも真面目でクールで感情の揺れ幅が少ない彼女にやりたいいたずらだ。
「俺のことは?」
にやにやしながら、流れ的に『
マックスはすぐに返事をせず、キャベツを皿へと戻し、箸を置く。
そうして、じっと俺を見つめてくる。
「心の底から愛しているわ」
今までのドイツ語から一転し、ハッキリとした日本語で言った愛の言葉を聞くと恥ずかしくなる。
「……ずるいぞ」
マックスは顔が赤くなっている俺を見て、にんまりといたずらが成功した子供みたいに笑う。
くそ。普段から笑顔を俺に向けてくれなくても、時々こういう恥ずかしいことをやってくるから面倒だ。おかげで俺の心臓の動悸が早くなってしまう。
そんな俺を見てマックスは何を思い付いたのか、食べかけの料理を持って俺の隣にやってきた。そうして箸を俺に差し出してくる。
その意味がわからないため、受け取るのを躊躇していると目をつむって小さい口を開けた。
俺は苦笑しながら箸を受け取り、耳まで顔が真っ赤になっているマックスに食べさせていく。
珍しいこのマックスの態度。
春の陽気と出会って約一年たったからかもしれない。
記念日的意味と、俺を信頼してくれているというのを行動で。あまり喋ることのない、マックスからすると最上の信頼表現は俺の心が暖かくなった。