文々。新聞
場所は変わり、裁判室の入り口となる扉の前。とは言っても、その扉までは大理石の並ぶ長い一本道が続く。道の左右を流れる狭小な水量には蓮花が浮いており、まるで彼岸に来た魂を誘い込むかのように裁判室に向かっていた。辺りを支配している重々しい空気が、妖怪としての、生者としての鬼たちの不安を掻き立て居心地を悪くする。
「さ、あとはここを歩いたら映姫様に会える。なるべく失礼の無いように頼むよ」
小町は若干やつれた声で二人にそう告げた。
萃香たちは彼岸に着くと、小町の誘導のままに巨大な建物の中に入った。外からの見た目は中世の何処かを思い出させるような寺院建築で、内も石膏質の柱が並び立つなど外見に沿った造りとなっていた。もちろんその建物は法廷であり、中では死神に限らず人妖様々な種族が忙しく行き交っている。彼岸までの道程で小町が言っていたように、天国に行った人妖が仕事を与えられて働いているようだ。
一方、法廷の周りは彼岸の住人たちの住居が広く囲んでいるのだが、それは幻想郷の人里と同じような木造建築。やはり彼岸と言う自然条件からか八百屋などは見られず、大半を民家が占めている。服装は様々と言えど、主に和装に近い着物姿がよく見られた。
乾いた足音を響かせながら薄黒く光る大理石の上を三人は進む。他に生き物の気配は感じられず、無論音を立てる者も居ないため、歩幅の合わない三つの音が余計に不安を煽った。
「ずいぶんと具合が悪そうじゃないか死神。大丈夫か?」
勇儀が小町にそう尋ねる。
「ははっ……、まあね……」
小町は力の抜けた笑いを返すのでやっとのようだ。原因が自分であることはいざ知らず、心底不思議そうな様子で勇儀は小町に向けていた視線を前に戻した。
ふと、小町の崩れていた表情がぱっと変わる。
「ところで、最近は異変らしい異変がないみたいだね。平穏な日々が続いているとかなんとか」
「疲れるほどに退屈な生活を送っているよ。……あれ、どうして死神がそんなことを知ってるんだ? 彼岸は結構隔離されている場所だって聞くけど」
小町の発言に萃香が反応を見せた。確かに、入り口がただ一つで尚且つそこも死神がいないと渡れないのだから、彼岸は隔離されていると言っても過言ではない。
「あぁ、それはあれだ。つい最近、中有の道の屋台でサボ……魂を待っていた時に、偶然にも鴉天狗がそこにいて最新の新聞を一部くれたのさ。まぁ、それでなくても食料を買う為に人里にはたまに出ているけれどね」
なるほど、と納得した様子の萃香。
「いやー、天狗の新聞は面白いね。いろいろと読んできたけど、特に文の新聞は好きだなぁ。有る事無い事書かれているから事実を見つけるのに頭を使うよ」
「あれはデタラメを書き過ぎだ。ちょっとおいたが過ぎるから、今度会った時にでも絞めてやろうかとも思っている」
まだまだ交友の進んでいない勇儀からの評価は最悪のようである。そもそも天狗が鬼と交流を持つこと自体おかしなことなのだが、そこは萃香と文、同じ異端者扱いされているよしみということなのかもしれない。
「あっはっは。やめてやりなよ。ただでさえ考えることの少ない幻想郷には、ああいう役回りも必要だと私は思うな。新聞というものはね──」
新聞というものは、素直に事実だけを並べるだけではいけない。読者に対する問いかけや、読者が興味を持ち、深く考えるような内容を含んでいなければ、それは良い新聞とは言えないのだ。かといって、興味を引く為とはいえ、右翼左翼に関わらず内容を嘘で固めたり他人を傷つけるような記事を書いたりすることは論外である。
射命丸文の『文々。新聞』は良くできている新聞だと、一部では言われている。基本的に天狗たちの書く新聞は、身内をターゲットとした内容が目立つのだが、文のそれは人妖限らず幅広く取り扱っている。それ故、天狗たちからは異端扱いを受けているものの、幻想郷の住人にはすこぶるウケが良い。香霖堂の店主や紅魔館などでは定期購読している程だ。最近では妖精ですらも読むと言うのだから、その取っ付き易さがよくわかる。
また、いつでも内容はデタラメだと揶揄されてはいるが、それは他人を傷つけるようなものではない。幻想郷に生きる住人たちの話題提起として頻繁に使われ、笑顔の混じる交流に役立っている。取材対象をからかいながらも取材対象との親交を深め、幻想郷の住人との親交を深め、住人同士の親交を深める。
それが『文々。新聞』の良さであり、文の良さである。
「ゴシップ記事に文句を言いながらも、あれを楽しみにしている者は多いはずだよ。だから大目に見てやりな……と、そうこうしているうちに着いたね」
小町の解説を聞いているうちに、三人の目前には裁判室の扉が迫っていた。遠目からは判別が付かなかったが、いざ扉の前に立ってみると、その大きさは彼女たちの背丈を圧倒していた。
「いかにも、って扉だな」
勇儀が扉の上部を見上げながら言う。表面に描かれている禍々しい絵に、吸い込まれるような気持ちにさせられる。
「さぁ、開けるから少し離れておくれ」
小町は扉の前に立ち、片手で二人に後ろへ下がるように促すと、手のひらを重々しい扉の小振りな窪みにかざした。それに対応するように窪みは鈍く光ると、気だるそうに軋んだ音を響かせながら、扉は左右に開かれていった。今まで薄暗いところを歩いていたせいか、扉の隙間から零れる室内の明るさに萃香たちは思わず顔をしかめる。完全に開け放たれた後、小町は気にする様子もなく中へ数歩進むと、体を萃香たちに向けた。
「ようこそ。泣くも笑うも人生の総決算、地獄の裁判所へ」