とりあえず時間が無いとのことだったので、彼女たちは急いで地獄へと足を運んた。閻魔、死神、鬼という不揃いな四人が、下降する円盤の上でじっと立つ。彼岸や法廷の雰囲気からは到底予想もつかないような、岩肌剥きだしの空間を下って行く。
「地獄まではしばらくかかります。その間に、全てをお話ししましょうか」
立っているのが辛いのか、映姫は地面に弱々と座り込んだ。
「まずはそうですね。事の始まりは一週間程、正確には今日から五日前の昼時でした。地獄の最深部に位置する監獄の門が、前触れもなく唐突に壊れたのです。それによって中に幽閉していた妖怪三体が脱走しました」
最深部、たった三文字で言い表されるそれは、最も危険な部類の者が居る場所、と捉えることも出来る。妖怪が人を襲い、人を食べることが許される幻想郷において、その幻想郷出身の妖怪や人間が多くいるこの地獄において、最も危険とされた者たち。実力など、わざわざ説明するまでもないだろう。
「十数人配置していた門番たちは壊滅。そのうち深手を負いながらもなんとか生き残った一人が、命辛々私の下まで辿り着き事の成り行きを伝えると、その場で息絶えました」
映姫は続ける。
「事態を重く見た私は、貴女たちの察しの通り、私の持つ能力を使って霊力の類を封じ込めることで、妖怪の脱獄に策を打ちました。途中、飛翔などを行わない限り、最深部周辺から地獄の入口まで辿り着くことは出来ないからです」
確認するように、戒めるように、吐き出すように、映姫は言葉を連ねていく。
「ちょっと待てよ。そんなことをしたら、地獄にいた者たちは……?」
勇儀が声を上げる。
「見殺しです。妖怪の妖力を封じてはいますが、同様に門番たちのそれらも封じていますからね。幸いにも妖怪たちは、今までお世話になった方々へ挨拶回りに行っていたようで、地獄を出られる前に封じ込めることが出来──」
「見殺しにしておいて幸いって……、お前は自分が言っていることがわかってるのか?」
声に被せるように今度は萃香が、語調を強めて映姫に問うた。全員の視線は、うなだれる映姫に集まっている。
「……最悪を想定した行動をしたまでです。いくら私自身が力を持つとはいえ、相手は複数で相当な手練れ。もし……何かの拍子で私が殺されるようなことがあれば?」
映姫は言う。
「もし私が足止めを喰らい、相手のうち一体にでも突破されるようなことがあれば?!」
映姫は畳み掛けるように言う。
「それがもたらす影響を考えてください。それがもたらす被害を考えてください。私は閻魔です。私の決断は適切なものであり、確実なものでないといけないのです。今現在殺されつつあるかもしれない方々に大変失礼であることは百も承知しております」
映姫は訴えるように言う。
「しかし……しかし、私の気持ちもわかってください……!! 私は閻魔であると同時に……部下を持つ……仲間を持つ、一個体でもあるのです……」
「…………」
もはやなんと声をかけて良いのか、小町にはわからなかった。目の前で首を垂れる上司のちっぽけな背中を擦りながら、その上司が一人で背負っていた物の大きさを再認識することしか出来なかった。
「……悪かったよ。何も知らない私たちがあんたに言及するべきじゃないな。続けてくれ」
バツが悪そうに頬を指先でかきながら言う勇儀。
「いえ……良いのです。つまり私の採った行動がどういう意図であれ、第三者から見れば極悪非道な行いだったと、それだけのことですから……」
「……ごほん。それで、発動後はどうなったの? 主に私たちに手紙が行き付くまでの経緯だな」
このまま喋らせておけば次から次へと悲観的な言葉が出てきそうだったので、萃香は先を促した。
「はい。私はその時点で彼岸を離れることが出来なくなります。当然自ら退治に赴くという選択肢はありませんから、誰かを頼ることにしました。私が求めたのは、能力を封じられてもなお、途方もない力を持つもの。それが──」
「私たち鬼だった、というわけか。成る程、呼ばれた理由はこれで納得した。いかにも、私たちを差し置いて、単純な力勝負で右に出るものはいないからな」
「ええ。それに信頼面においても、長く幻想郷を支えてきた貴女たちを頼るべきだと考えたのです。単純な力と言えば天人たちも持ち合わせていますが、彼女らは信頼面に欠けますからね。あともう一つ貴女たちを呼んだ理由はあるのですが、それは……後ほどわかるでしょう」
ふっ、と映姫は一息つく。
「私は事件の隠蔽、もとい拡散を防ぐために、できる限りの重役にだけ詳細を伝えました。そしてこのような状況下では仕事は行えないので審判は休止。続けて彼岸の住民への拡散を防ぐために能力発動禁止令を発令しました。そして小町……」
長い説明の間に落ち着きを取り戻した彼女は、自分の体を支える小町に目を向けた。
「私の直属の部下として一番信頼を寄せている小町には、審判の休止以外あえて何も話はしませんでした。察しのいい貴女ですから恐らく、能力が使えないだけでなく、事件のあらましの大半は予測が付いているのでしょう?」
「え? あ、あはは。まあ……多少ですけどね……」
「道中で死神の推測を聞かせてもらったけどな、十中八九、閻魔の話に沿っているぞ」
感心の表情を浮かべて、勇儀は小町のたどたどしい言葉を補った。
「やはりそうでしたか。もし直接話をしていたならば貴女のことですから、あたいが倒してきますよ、とか何とか言うと思いましてね」
「うっ……」
照れ笑いが苦笑いに変わる。
「それに対して、私があえて話さないとわかると、貴女は自分勝手に動こうとはしないでしょう。部下として指示が無ければ動かないのが、日頃からの貴女ですものね。サボり癖が治らないのも許容急出来ません。とりあえずはそれらを見越してのことでした」
「え、映姫様……、もっと前向きな理由はなかったのですか?」
半分泣きそうになりながら、望みにすがるように小町が尋ねる。
「……彼岸では、貴女も貴重な戦力です。最悪、地獄が突破された時の為にも、貴女には安全に彼岸にいてほしかったのです。悪い言い方をすれば最後の砦」
もう大丈夫だと言って映姫は立ち上がる。ところが他の三人から顔を逸らし、皆に背を向けた。
「加えて……貴女に危険を追わせたくない、というのもありました。上司の失態ですので、部下は関係ありませんから。……閻魔が特定の相手を贔屓するなんて、あってはならないことですがね。先程の言葉に対し、、良い言い方をすれば最後まで無事でいて欲しい人でした……おっと、話がそれつつあります」
慌てて、取り繕うように話を続ける。
「貴女たちまで話が行き着いた理由でしたね。ちょうどその頃、ブン屋が彼岸まで来ていました。彼女には半年に一回ほど、幻想郷の様子を知らせる為に彼岸に来てもらっているのですが、時期が偶然にも重なったというわけです」
「はあ、それで天狗が手紙をね」
「ええ。長い間彼岸に滞在されると噂を嗅ぎ付けられる危険もあったので、追い出すという意味合いも含んでいましたが。手紙を渡したのは三日前の出来事でした 」
ブン屋なのだから、特別な場所を訪れれば何か話題を探すのは当然のこと。特に最近ネタに飢えていた文に対しては、映姫のこの判断は正しかったと言える。
「……ん?」
萃香が疑問符を浮かべた。
「一日ほど時間差があるけど? 私たちが手紙を受け取ったのは昨日だったし」
「それは恐らく、私が緊急だと伝えなかったせいで自分の都合に合わせたのでしょう。私としても、緊急と伝えればそれこそ自分から噂を広めているようなものですから、貴女たちが来るまで多少の日数が必要になるのは覚悟をしていました。その結果、先ほど倒れてしまっていたのはお恥ずかしい話ですがね」
「そういうことか。でもまあ、天狗も多少は察しが付いていたみたいだったけどね」
萃香は言っているのは、文がわざわざ霊夢が席を外すように仕向けたことだろう。せっかくのスクープの匂いがするのに、同じく退屈している巫女の耳に入れてしまえばたちまち手柄は横取りされてしまう。文なりに、やはり多少は何かを掴んでいるのかもしれない。
「以上、所々端折りましたが、現在までの出来事です。さあ、もう地獄に着きますよ」
映姫の言葉を聞いていたかのように、四人を乗せた円盤は減速を始めた。