萃儀物語 ~Missing Demon~   作:Kano

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桃太郎退治

 椀型に開かれた空間の中央に円盤が静止すると、映姫は前に歩き出す。彼女の足が向く先には淡い光が差し込んでおり、他に道も見られないことからして、そこが出入口なのだろう。特に名残惜しむこともなく、彼女たちは無機質な空間を足早に後にする。

 外に出てみるとその景色は、地平線が見えてしまうほど開放的になっていた。視界には数軒の建物が米粒ほどに映るものの、各々距離がありやはり物寂しい。空は分厚い雲で覆われているのだが、それらが暗褐色に光ることで、地獄の光源となっているようだ。

 何か違和感を感じた萃香は後ろを振り返ってみる。そこには、雪で作る鎌倉のようにぽつりと洞窟があるだけで、その上にはたった今通ってきたような筒状の空間がありそうにもない。不思議そうに眺める萃香に気がついた映姫が、彼女に近付いた。

 

 「ここの時空間は幻想郷から切り離されています。一般に、地獄に『落ちる』と表現されますが、実際に地下にあるわけではありません。上とも下とも言えない、まさに宙に存在しています。なお、旧都は幻想郷の地下に位置していますが、あれは幻想郷に移すにあたって、地上との繋がりを薄くするためにそうしたまでです」

 

 萃香が鼻から空気を取り込む。

 

 「なんだか、懐かしい匂いがするな」

 「そりゃあ、旧都は地獄から切り離された場所だからね。繋がりとしては絶たれていても、本質的には同じなのさ」

 

 違いといえばこの奇妙な薄暗さなのだが、旧都は地獄である必要が無いため、誰かが天候を弄っていてもおかしくはない。いや、弄らせていると言ったほうが正確なのかもしれない。地底には四季が存在すれば、冬になれば、冬だから、ごく当たり前に雪も降る。

 ふと前方から、慌てた様子で一人の女性が飛んできた。色合いは若干違えど小町と似た格好をしていることから、もしかしなくても死神なのだろう。

 

 「ぜ、是非曲直庁の……ものです……。緊急が故、……言葉遣いの無礼はお許しください」

 

 膝を付く彼女に映姫は歩み寄ると、優しく背中をさすった。

 

 「慌てず、ゆっくりと話してください」

 「あ、ありがとうございます……。閻魔様、つい先ほど、脱獄犯たちが最深部の関門を突破したとの連絡を受けました。どういう訳か封じられていた霊力が、……またどういう訳か一刻ほど前に突然解放されまして」

 

 勇儀を除く他四人が、勇儀の顔を見る。露骨に顔をそらした彼女を誰も見逃さなかった。

 映姫が軽く咳払いをする。

 

 「……霊力や妖力の封印は私がやったことです。またそれが解放されてしまったのもこちらの不手際でした。この事については後日皆様に公表しますから、あなたはもう少し、今起きていることの詳細を教えてください」

 「……はい。数は五体。彼らはまた同じように、かつて関わった看守たちに攻撃を仕掛けているようです。まだここまでは遠いですが、なにせ彼らは妖力を取り戻しているので、それも時間の問題かと……」

 「五体? 三体じゃなくて?」

 「先ほど二体増えたようですね。妖力を取り戻したことにより、別の監獄を破壊して中にいた二体を逃がしたようです。始めの三体ほど危険度は高くありませんが……え?」

 

 小町と萃香は再び勇儀の顔を見ている。

 

 「……もうこっちを見るな」

 「…………」

 

 彼女たちがそんなやり取りをしている間、映姫は手に持つ悔悟棒で口元を隠し、何か思考にふけっていた。やがてそれが解かれると、是非曲直庁の者に背を向ける。

 

 「承知しました。では貴女は持ち場に戻り、身の安全を図りなさい。これは最優先事項なので、他のことは、例えば妖怪に敵対するなどは一切しないように。……また、現在地獄にいるできる限りの人たちに、同様に保身するよう伝えてください。脱走者は私たちで片付けますから」

 「それでは閻魔様のお手を汚すことになります……」

 「あなたたちが千人でかかったところで敵う相手ではありません。それにこちらの方々が相手をするので、私は後方から手助けするだけです。こちらはいいので、早く戻りなさい」

 「いやしかし……!」

 

 なおも彼女は食い下がろうとするが、自分から離れていく映姫を見て諦めたのか、素直に頭を下げた。

 

 「……では失礼します。どうかご無事で。そちらの方にはご武運をお祈りしています」

 「また後ほど霊力が使えなくなるので、その点だけ気を付けなさい」

 

 それを聞いた彼女は言葉無くもう一礼すると、何処か遠くへ去って行った。

 

 「えーと……、映姫様がここでもう一度能力を発動して妖怪の霊力を封じる。その間に鬼たちが物理で応戦する、って訳ですかね。あたいは隙だらけの映姫様の護衛ってとこですか?」

 「相変わらず察しが良くて助かります。日頃から上司の気持ちも察して欲しいものですがね。とりあえず、説明の手間が省けました。そのような感じで動いてください」

 「でも今の閻魔に大技を発動するような体力が残っているのか?」

 

 原因を作った張本人の勇儀がそう尋ねた。映姫が微笑む。

 

 「先ほどのささやかな休息のおかげで、むしろパフォーマンスは上がっています。それに白黒付ける程度のことですから、大技と言う程でもありません。ので、心配には及びませんよ」

 

 軽々しく言ってのける映姫に、勇儀は舌を巻くしかない。

 

 「わかった、それならもう一つ質問だ。妖怪はどう処理したらいい?」

 

 どう処理すればよいか。つまり生かすか殺すか、勇儀の質問の意図はそういうことなのだろう。もしもこれが鬼の仲間内での不祥事ならば、彼女たちは有無を言わさず殺すことになる。それが規律を重んじる鬼社会における決まりごととなっているからだ。ただここは地獄なので、責任者である映姫に判断を煽る。

 

 「……最悪、抵抗が酷いようなら抹殺もやむを得ないですが、出来る限り捕獲でお願いします。今後のためにも脱獄に至った原因を究明しなければなりませんからね」

 「ここって地獄なんだし、死んだとしてもまた戻ってくるんじゃないの?」

 「ここにあるのは生命を持った個体ではなくてあくまで魂だ。だから地獄で死ぬと、今度は輪廻転生の輪から外れることになる。厳格にはいろいろ条件があるんだけどね、今説明することでもない」

 「そういうことね。把握したよ」

 

 納得して二度ほど頷いた萃香が、勇儀に合図をして動きだそうとする。今にも飛び立つ二人に対し、映姫は悔悟棒で自分の手を打ち鳴らすことで顔を向けさせた。

 

 「なお移動についてですが、発動までに数分用しますので、猶予としてそれまでに妖怪を見つけて下さい。また、半刻ほど経過すれば技が止まりますので、それまでに決着を付けて頂けると助かります。その点、注意をお願いしますね」

 

 事のついでのように表立って言わなかったが、つまり自分の限界は持って半刻だと言っているようなものだった。映姫の言葉の裏を読み取った鬼たちは、何も言わない。

 

 「ここに残るあたいが言うのもなんだが、失敗するんじゃないよ」

 「位置も大体探れているし、半刻もあれば十分だ。頼まれた仕事はきちんとこなしてみせる」

 「そうですか。では、御健闘を祈ります」

 「ああ。報酬は酒で頼むよ」

 

 簡単な会話の最後に勇儀はそう言い残すと、二人は改めて向き直り飛び立って行った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 「あと、どれだけだったか、颯」

 

 一体の鬼が聞いた。頭には小ぶりな角が二つ生えているが、彼の長い黒髪がそれすらも隠してしまいそうだ。見るからに体格が良く、腕や脚、そして胴体に付いた大きな筋肉は、その体を覆う朽ち果てた布では到底隠し切れていない。

 鬼の中でも相当な上位に位置するのだろう。

 虎熊辰彦、それが彼の名前だ。

 

 「まだざっと百箇所ほどあるな。なんせここには千年近くもいる。だが、もうそれほど時間も残っておるまい」

 

 辰彦の問い掛けに隣にいた天狗、鞍馬颯が答えた。その顔を覆う、長い鼻と険しい赤ら顔をした仮面からは、口元だけを覗かせている。辰彦とは対照的に、彼は随分と色の抜けた髪を肩ほどまで伸ばす。胴着袴を着用し、その背中から生やすのは真っ白な大きな翼。

 

 「そうだな……。今、こうやって妖力が使えているとしても、このまま閻魔が黙って指を咥えているはずもない。地獄の出口で鉢合わせ程度が妥協点だろう」

 

 辰彦は右手に持っていたものを乱雑に投げ捨てる。地面に打ち付けられ微かな動きを見せたそれは、地獄にいた看守の一人だった。もう肉塊同然で虫の息と化しているものの、まだ生きてはいるようだ。

 しかし──

 

 「なぁにを言う。鉢合わせが妥協点なわけあるか。かつての半分も力の無い我らが敵う相手ではなかろうに。もう観光地巡りはやめて出口を目指そうぞ」

 

 看守の頭蓋は、いとも容易く一つの足に踏み潰された。水々しい果実が弾けるような、生卵が割れるような、凡人には聞くに耐えない音が鳴る。

 

 「そう焦るな、玉藻。最深部は既に突破している。それに、いざとなればそいつらを囮にすればよい。そのためにお前が連れて来たんだろう?」

 「ん? わんことにゃんこのことか? こやつらは儂の使いみたいなもんだ。囮になんぞさせんよ」

 

 ねっとりとした口調で喋る彼女の名は那須野玉藻。十二単に似た着物を着ているが、本物ほど重量感も感じられない。目を見張るほど整った目鼻立ちを持つ彼女は、頭の上から小ぶりな耳がひょこりと付いている。そして何よりも、腰から生える黄色い立派な九尾からは、たった今行われた残虐な行為がまるで嘘であったかのような、愛くるしささえ感じられる。

 そんな玉藻の左右に控えているのが、犬神鈴と桜河猫又。二人とも村の少女のような身なりをしているが、流石、元幻想郷の住人というべきか、実年齢はその何十倍となっている。無口な彼女たちは玉藻の視線に対し、訴えかけるように膨れっ面を向けた。

 

 「ほらほら、こやつらも囮と言われて怒っておるじゃろう。ごめんよぉ、儂は鈴も猫又も大切じゃからな」

 

 幼子をあやすみたく、彼女たちの頭を撫でる玉藻。鈴と猫又は屈託のない笑顔を返していた。

 

 「時に──、たーちゃんとりゅーちゃんよ」

 

 辰彦と颯の米髪が動く。

 

 「……貴様」

 「おい、誰がりゅーちゃ──」

 「脱獄もぉ、ここまでかも、しれんなぁ」

 

 焦るわけでもなく、まるで遠足気分だったかように、ただのんびりと玉藻はそう告げた。

 

 「……何を言っている」

 

 辰彦が眼光鋭く玉藻を射すくめる。気にも留めない玉藻は目線を上げて薄暗い上空を指差した。

 

 「主らには感じ取れん、か。まあよい。どうやら鬼さんが退治に来たようじゃな。きびだんごすら爺婆から貰っとらんのに、桃太郎もびっくりじゃな。かっかっか」

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