萃儀物語 ~Missing Demon~   作:Kano

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紅魔城遊宴

 鬼に関係する『ことわざ』といえば、結構な数が存在する。

 最も知名度の高い代表的なものは『鬼に金棒』だろう。これは強いものが良い条件を得て一段と強くなることを言う。他にも『鬼の目にも涙』は、冷酷で無慈悲な者でも時には同情や哀れみを感じて涙を流す、という比喩を表す。『鬼の居ぬ間に洗濯』となると、鬼のような強い存在の居ない隙にのんびりとくつろぐ、のような意味になる。そして『鬼が住むか蛇が住むか』となれば、世間もしくは人の心にはどんな恐ろしいことまたは考えが潜んでいるかわからないことの例えとなる。

 

 「それで? ……ふふっ。今のあなたたちには、どんなことわざが、あ、当てはまるのかしら? ……くくくっ」

 「なんであんたが『鬼の首を取ったよう』になってるのよ」

 

 上座に踏ん反り返りながらワインに口を付けるレミリアに、霊夢は的確に突っ込みを入れた。

 

 十六夜の次の日、いわゆる立待月の日に、兼ねての約束通り霊夢と萃香と、そして招待はされていないものの勇儀が紅魔館へと足を運んでいた。宴会というよりはむしろ会席と表現するほうが正しいように思えるほど、咲夜の準備した晩餐は豪勢なものとなっていた。そして長机にずらりと並べられた食べ物をぺろりと平らげた彼女たちは、今は食後の晩酌を楽しんでいる。

 この様な酒の場で鬼を煽ろうものなら一触即発であるが、不幸にもそれを咎められる者はこの場には霊夢しかいない。生憎昨夜は台所の方へと席を外しており、美鈴は門番の責務を全うしている。残るパチュリーは、同席してはいるものの、我関せずと澄まし顔をしていて役には立たず、横に立つ小悪魔も然りである。

 

 「いやだって霊夢、こーんなに愉快な日ったら他にないわよ? だって鬼の四天王が二人揃って力を失うなんて」

 「まあでも、日頃の行いが悪かったんじゃない? こうなったきっかけもお酒を飲んだからって言うし」

 

 霊夢までレミリア側の発言をしてしまえば終わりだと思われたものの、鬼たちは苦笑いで流しているあたり、そこまで沸点は低くないようだ。いつでも逃げ出せる準備だけは整えているパチュリーは、表情に出さないまま安堵する。

 

 萃香たちが飲んだ『神便鬼毒酒』は、鬼が飲めば毒となるがその他が飲めば力を得る、といった何とも都合の良い酒であった。しかし、この幻想郷において実在することは、昨夜の事件からも自明となっている。鬼がまだ地上にいた頃に生み出された酒であることまでは判明しているのだが、誰によってどこで作られた物なのかは定かとなっていない。そして何故閻魔の家の蔵にあったのかと本人に聞いてみても、どの酒も随分昔からあるのでわからないという。

 

 「それに偶然見つけられて良かったわね。わりとすぐに小町が見つけてくれたらしいじゃない」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 萃香たちが意識を失って半刻も経たない頃、ふと目が覚めた小町は部屋に居ない二人に気が付いた。そして外に探しに出た際に彼女たちは発見されたのだが、小町は当初、酔い潰れて寝ているのかと思ったようだ。しかし明らかな呼気の乱れと、普段なら寝ていても感じられるはずの覇気が全くなかったことから異変を感じ、すぐに映姫の家へと運び込んだのだった。朝に目が覚めた萃香たちは、何事かと映姫に激しく問い質されるのだが、本人たちは酒を飲んだ以外に覚えはなく、まさに酒を飲んだだけでこうなったのだからどうもに答えようがない。

 

 そうこうしているうちに、映姫の家の戸を激しく叩く者が現れた。映姫に顎で使われた小町が嫌そうに玄関に向かったものの、僅か数分も経たないうちに血相を変えて戻りこう言った。

 

 「……映姫様、昨日拘束した囚人五人が、夜更け前に皆脱走したようです。鬼たちの能力で拘束されていたはずなのにそれが解かれ、また彼らの妖力が唐突に跳ね上がると、すぐさま牢獄を脱したとのこと」

 

 報告を聞いた映姫は一瞬ふらりとよろめいたが、なんとか近くの壁に寄りかかる。幾らかの深呼吸をした後、映姫は顔を上げた。

 

 「…………わかりました。私は至急裁判所へと出向きます。あなたたちの体調はどうでしょうか?」

 「体調に関しては皮肉にもしっかりと寝たから申し分ないよ。ただ、一切の力を失っているけどね」

 

 ブラックジョークとでも言うのだろうか、軽い感じで萃香は返答し、勇儀に目を向ける。彼女も同意するように頷いた。

 

 「そうですか。それでは小町を送迎に使わせますので、あなたたちは幻想郷へと戻ってください。脱走した彼らの動向は読めませんが、仮に何処かで争いが起きたとしても、巫女を筆頭にそれを抑えられる人たちは多いはずです」

 

 冷静に指示を出した映姫は準備の為か別の部屋へと移動を始める。部屋を去る間際、扉の側にいた小町に一言二言小さな声で伝達をすると、振り返らずに萃香たちにこう言った。

 

 「こちらを落ち着かせ次第、私も幻想郷へと出向きます。…………巻き込むような形になってしまい、本当にすいませんでした」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 「命に別状は無いし、そこまで焦ってもいないさ。失ったものは取り返せばいいだけの話で。でもあの死神には感謝しておかないとね。あのまま外で寝ていたら今頃風邪を引いてただろうし」

 

 予想外にも楽観的な振る舞いをする萃香に対し、レミリアは面白くない様子を見せた。

 

 「なによ、今のあんたなんか私が本気を出さなくても倒せるのよ? それにはちっとも焦らないわけ?」

 「お前は完全でない敵を倒して誇る気でいるのか?」

 

 レミリアのプライドを深くえぐる返しをした萃香には、自分の置かれている状況に似合わない余裕が垣間見えている。かたや勇儀は、卓上に並んだ数種類の葡萄酒を飲み比べていて、話を聞いてすらいない。

 

 「……ふん、ただ言ってみただけよ。それに、大事件にはならなさそうじゃない。良かったわね」

 「あら、もう『見えている』の?」

 

 霊夢がそうレミリアに問う。他でもないレミリアの能力『運命を操る程度の能力』についてのことだろう。

 

 「……さあ? なんのことかしらね?」

 

 レミリアははぐらかした。この能力が果たしてどのような効果があるのかは明らかにされておらず、また彼女も決して語ろうとはしないのだ。彼女は続ける。

 

 「ただ、私が干渉してそういう結果になるわけじゃないわよ? 鬼の運命なんて、とてもじゃないけど干渉したくもないわ。それに、あくまで『ならなさそう』なだけで、運命なんて行い次第でいくらでも変わる」

 「なーんだ、吸血鬼の力は鬼の運命に手出しをできる程ではないってことか」

 「なっ、ちがっ……! いいわよそこまで言うなら……あら」

 

 扉の向こうの気配に気が付いたレミリアは、言葉を途中で止めてそちらを睨んだ。軋む音を立てながら開かれた扉の先には、二つの人影が見える。

 

 「……あなたたちを招待した覚えはないけど? ま、来るだろうとは思っていたけどね。何か伝達事項があるのでしょう?」

 「えぇ、遅ればせながら詳細が幾らか判明したので説明させてもらいます。……おっと、挨拶が遅れましたね紅魔の主。私は幻想郷の閻魔、四季映姫と申します。お久しぶりですね」

 

 入り口から一歩も動こうとはしない映姫は、その場でぺこりと頭を下げた。横に立つ小町も釣られて頭を下げる。

 

 「そんなもの、城の門前から放ってた気持ち悪い気配でわかってたわよ。さっさと空いてるとこに座って喋って帰って」

 「どうも幻想郷の上層部には嫌われる傾向にあるみたいですね。冥界の姫も八雲の賢者も私が来ると逃げてしまうのです」

 

 困惑したような表情を見せるが、それは見かけだけで内心は何とも思ってはいないはずだ。横で苦笑いを浮かべる小町がそれを物語っていた。映姫は言われた通り小町と並んで、空いている席に座る。

 

 「そっちのほうはもう落ち着いたのか? あれから一日も経ってないと思うが」

 

 映姫の真正面に座っていた勇儀が口を開く。あれだけ酒をあおっていたというのに、やはり顔色ひとつ変えてはいない。

 

 「えぇまあ。脱走された以上は、こちらとしては今後の対策くらいしかすることがないのですが、その内訳は順を追って話します」

 「まずは……そうだな。どうして脱走に至ったかが知りたい」

 

 勇儀がそう切り出したと同時に、咲夜が部屋に戻ってきた。手元には小さな盆を抱え、その上に赤い液体の入った二つのグラスが置かれている。主と違って持て成すような笑みを浮かべている彼女は、新たな来客たちの前に静かにそれらを置いた。しかし映姫は手をつけようとはせず両手を膝の上に置いたまま話を進める。

 

 「あなた方があの日、最後に飲んだ酒のことは覚えていますか?」

 「……神便鬼毒酒、だったな。あいにくその後の記憶はないが」

 「あら、随分と珍しいお酒の名前が出てきたわね。ま、酒というより薬に近いものだけど」

 

 パチュリーが話に入ってきた。読みかけの本を閉じると、自分のグラスに口を付ける。彼女は鬼たちが差し入れた米酒を飲んでいた。

 

 「パチェは詳しいの?」

 「詳しいというか、いつか本で読んだだけよ。飲むと鬼が力を失い、その他の物は力を得る。なるほど、その効果であなたたちの力は体から離れているのね」

 「離れている? 含みを持たせた言い方をするじゃないか」

 「そう、離れているのよ。身につけた力なんてものは、肉体の衰えなどがない限りはそうそう消えない。神便鬼毒酒っていうのは、鬼の有する力を切り離す役割でしかないわ。現にあなたたちの体調に変化はないでしょ?」

 

 饒舌に喋る彼女はとても今日一日静かにしていたとは思えないが、しかしその声色はさして興味がない様子だ。ただ自分の持っている知識を話しているだけにも見える。

 

 「で、その離れた力とやらはどこに行くんだ?」

 「そこまでは知らないけど、何かしらに蓄えられるんじゃない? 後々鬼以外の誰かに与えられるわけだし」

 「……そういうわけだったのですね。これで辻褄が合いました」

 

 映姫は小町と顔を見合わせて一つ頷いた。

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