萃儀物語 ~Missing Demon~   作:Kano

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小さなカリスマたち

 「……っ! はぁ……っ! ……はっ……はぁ……」

 

 萃香は跳ねるように起き上がった。

 太陽はもう見上げるほどに昇っている。かなり体が火照っていたが、決して日光が暑いわけではなかった。全身に汗をかいていて、体を優しく撫でる風を少し寒いほどに感じていた。鐘を鳴らすかのように強く打ち付けてくる心臓を、服を握りしめることでなんとか抑えようとする。

 

 「また……この夢……」

 

 萃香は自分の頬に付いていた涙を両手で拭う。

 

 また、と言える程に、萃香は近頃この夢を繰り返し見ていた。萃香の記憶が正しければ、この夢はずっと昔の、それこそ萃香が『鬼の四天王』と呼ばれ始めた頃に体験したことそのものであった。四天王となったからには、何かを変えてやろうと考え、行動しようとした矢先の残酷な体験。

 しかし、この夢はまだ事の発端に過ぎない。

 この夢から起こった一連の出来事が、萃香にとって一種のトラウマのようなものになり、つい最近霊夢達に出会うまではほとんど地底に引きこもっていたのである。

 

 萃香はとりあえず自分の身の回りを見渡してみる。どうやら朝まで霊夢と飲んだ後に、そのまま縁側で横になっていたようだ。彼女の膝には薄い毛布が掛けられていたが、おそらく霊夢が、彼女が風邪を引かないようにと用意してあげたのだろう。

 

 「萃香ー、起きたのー?」

 

 そんな声が聞こえたと思うと、神社の正面がある方向から箒を手に持った霊夢が現れた。

 

 「なにあんた、ずいぶん汗かいてるじゃない」

 

 萃香の目の前まで来ると、一瞬怪訝そうな顔をした霊夢。ところがすぐに表情を戻すと、萃香の膝に掛かっている毛布を持ち上げ、それを手元で器用に畳んだ。

 

 「ふふっ、怖い夢でも見たのかしら?」

 

 今度は言葉に笑みを含ませ、畳み終えた毛布を小脇に抱える。

 

 「顔、洗ってきなさい。もうすぐお昼だから勇儀もそろそろ来るだろうし」

 

 そして毛布を片付けるために部屋に上がった霊夢は、去り際にそう言い残した。萃香は霊夢の言葉に素直に頷くと、神社の中にある洗面所へと向かった。

 

 ◆

 

 言われた通り顔を洗い身支度を終えた萃香は、ひとまず霊夢の下へと向かう。境内まで出てみると、だだっ広い空間の中央付近で霊夢は誰か二人と話していた。片方は短めの銀髪にメイド服、そしてすらりと長い足が印象的だ。もう片方は全身を紅基調の衣服で包んでおり、背中からは小ぶりな羽が生えていた。どうやら紅魔館の当主、レミリア・スカーレットとその従者、十六夜咲夜のようだ。どちらも萃香は一度闘ったことのある相手であり、その後何度か宴会でも顔を合わせている。それなりに親しいとも言えなくはない間柄なので、特に何かを気にすることなく萃香は話し掛けた。

 

 「おや、いつかの吸血鬼じゃないか。昼間に出歩くなんて、明日は雪でも降るのかね」

 

 いや、訂正しよう。

 ――――萃香は喧嘩を吹っ掛けた。

 

 「あら、そんな貴女はいつかの小鬼ね。体に見合った小さな虚勢をどうも」

 

 霊夢を見上げながら話していたレミリアは、萃香の声に気が付くとそちらへ目を向ける。

 目線そのものは萃香と同じくらいの高さなのだが、霊夢の時と違いどこか見下すように萃香を見ている。

 

 「小さな虚勢? 大きな威勢の間違いだろう。やっぱり吸血鬼風情じゃ鬼の力量はわからないんだね」

 

 萃香も負けじと腕を組み、仁王立ちをしてレミリアを見据えた。小さく鼻を鳴らしたレミリアだったが、その表情は平然を装っているように見えて明らかに穏やかではない。

 

 「吸血鬼風情とは言ってくれるわね。地底に潜ったような土臭い鬼と違って、私は風格も気品もある誇り高き貴族よ?」

 「気品だなんて、ろくに血も飲めない幼女が何を言う。今日のその服も口からこぼした血で染めたものかい?」

 

 何故か二人の間で唐突に始まった舌戦。その様子を、咲夜はただ黙って見届けていた。

 主人の動きに合わせて器用に日傘を動かし、かつ邪魔にならないような立ち振る舞いは、やはり瀟洒と呼ぶに相応しい。

 対して霊夢は、どこか楽しげに二人を見ている。彼女は一見、巫女装束に見える服装をしているが、脇は露出し下はスカートとなっており、巫女と呼ぶに相応しいかは疑問が残る。

 

 「私が幼女? あはは! 貴女の見て呉れの方がよっぽど幼女じゃない」

 「あいにくメイドに甘える我儘吸血鬼と違って、私は中身が成長しているから見た目は関係ないんだ」

 「あら……」

 

 ここでレミリアが口角を上げた。どうやら自分が優勢だと感じ始めたらしい。

 

 「私の従者なんだから、それをどう使おうが私の勝手でしょ? それよりつい最近一人が寂しくなって地上に出てきたというのに、貴女はどう中身が成長しているというのかしら?」

 「…………」

 

 咄嗟に言葉が出てこないのか、萃香は黙ってレミリアを睨む。レミリアはトドメと言わんばかりに、萃香にとっては腹立たしい表情でこう告げた。

 

 「嘘を嫌う鬼が見た目も中身も偽るなんてね。お嬢さん、今年で幾つになったの?」

 

 暫しの沈黙。レミリアは優越感に浸り、萃香は小刻みに奮え、咲夜と霊夢は目を閉じて静かに成り行きを聞いている。

 

 「……ほーぅ、なかなか減らない口だね。前と同じように、格の違いを見せ付けてやろうか?」

 

 レミリアの言葉を何かの合図と判断したのか、萃香はそう切り出した。

 

 「その方が話は早そうね。前回は侮ってかかったけど、今日は違うわよ」

 

 レミリアも萃香の言葉に乗り気を見せる。

 

 「良いことに太陽も雲に隠れているわ。再び陽が射すまでに立っていた者が勝ち」

 「そんなに時間はいらないさ。一撃で仕留めてやるよ」

 

 睨み合う二人。辺りを刹那の静寂が包む。

 そしてレミリアがいよいよ身構えた時。

 

 「お嬢様、そこまでにしてはいかがでしょうか」

 

 ここでようやく、咲夜が二人の間に割って入った。霊夢も後ろから萃香の両肩に手を回し、彼女を抱き寄せている。不満げな顔を見せるレミリアをよそに、咲夜は一呼吸置くと、彼女の目をじっと見て一気に話し出した。

 

 「一度闘った相手とはいえ宴会でも顔を合わせますし、憎み合うほどの間柄ではないはずです。それにお嬢様は誇り高き吸血鬼。彼女は人間も妖怪も畏れる鬼。お互いに種族も違い、そして頂点に立つ舞台も違います」

 

 さらに咲夜は言葉を続ける。

 

 「また、仕切る立場にある者同士が争い合うとそれに従う者達も黙ってはいないでしょう。無論、抗争が起きたとしても、お嬢様にはそれを抑えるだけの実力がありますが……」

 

 そして誰にも口を挟ませることなく話をまとめていった。

 

 「私としては、大切なお嬢様のお体が何より心配なのです。傷一つ付いてもらいたくないのです。故にこのような不毛な争いは止めて頂きたく思います」

 「そんな大袈裟な……」

 

 霊夢はそう小さく呟いた。たかが喧嘩、されど喧嘩、である。このレベルの者たちの争いとなると、周りの環境がそれに耐えられない場合もあるため、一概に大げさとも言い切れない。

 

 「……それもそうね」

 「へ!?」

 

 霊夢は頓狂な声を出す。霊夢の冷めた反応とは裏腹に、あっさりとレミリアは咲夜によって説得されてしまった。流石従者と言うべきか、咲夜は自分の主を持ち上げながらも、この一触即発の場を見事に鎮めた。彼女はどこか誇らしげに、レミリアの横へと場所を戻す。

 

 「そうだ、丁度良かったわ。今さっき霊夢を紅魔館に招待したんだけど、貴女もどうかしら? 鬼の出す酒も興味深いのよ」

 

 つい数分前まで言い争っていたことが嘘であったかのように、けろりとしながらレミリアはそう萃香に提案した。

 

 「……うーん、そうだね。たまには葡萄酒も良いかな? お言葉に甘えるとするよ」

 

 そして特に深く考えるでもなく、萃香も簡単にそれに応じてしまう。流石に咲夜も、これには呆れた顔をしていた。

 ここで霊夢が、回す両手をそのままに萃香を前後に揺らす。

 

 「あんた、これから用事で出かけるじゃない」

 「あ……」

 

 霊夢からはもう、ため息すら出てこなかった。

 

 「その用事が終わってからでいいわよ。こちらもそれなりに準備が必要だし。咲夜、どれくらいで仕上がるかしら?」

 「そうですね。一日もあれば、それはそれは素敵な宴会が開けますわ」

 

 レミリアの問いに咲夜は笑顔でそう返す。

 

 「じゃあ明後日くらいに伺おうかな。なるべく早い時間に行けるよう終わらせてくるよ」

 「そう、わかったわ。あまり早い時間に来られても私が起きてないんだけどね。では明後日また会いましょう」

 

 レミリアは咲夜を見上げると、顔で合図をしてくるりと体の向きを変えた。

 

 「失礼しました」

 

 最後に咲夜が霊夢達に深く一礼し、二人は帰路につく。

 

 

 「結局……、何しに来たんだ?」

 

 レミリア達が神社の階段を下りていくのを見送りながら、萃香は口を開いた。

 

 「あまりにも暇だったから昼間に出歩いてみたそうよ。ここに来たのもほんの気まぐれなんだって」

 

 霊夢は萃香を抱き寄せる際に地面に置いた箒を拾い上げる。

 

 「皆、暇なんだね」

 「私からしてみれば、今日はずいぶんと忙しいけどね」

 

 ほら、と言って、霊夢は階段の方を指差した。

 

 「今度は貴女のお客さんよ?」

 

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