「しっかし久々だなぁ! 地霊での異変以来か?」
萃香の背中を何度も叩き、豪快に笑いながら勇儀はそう言った。
「天人の異変の後に会っているじゃないか。ほら、紫に頼まれてこの神社を建て直した時にさ」
「その節はどうも」
霊夢は勇儀に向かって、ぺこりと頭を下げる。
太陽も真上を通り過ぎた時間帯、レミリアとすれ違い様に現れた勇儀。そろそろ日照りもきつくなるころだからと、彼女を交え三人は涼しい縁側へと移動し、そこに座って会話をしている。屋根の影もそうだが、風に揺られる木々の音と風にさらわれて舞う青い葉が心地よい涼しさを演出していた。
「そういえばそうだったかな? まあ何としてもめでたい。友人との再会は確かに祝われるべきものだ。そこでどうだ、今から一杯や──」
「ったらダメよ。そんなことしてたら、あんたたち一生出発しないでしょ」
萃香への大酒豪からの甘い誘いを、霊夢は間髪入れずに阻止する。こんな些細な出来事でも酒飲みに繋げられたら、たまったものではない。
「なんだいケチ臭い……。そんなのだから賽銭も信仰も貯まらんのだ。もちろん萃香は飲みたいよな?」
掴みかかってくる霊夢を片手で制する勇儀は、仲間を求めるかのように萃香を見たが、萃香は申し訳なさそうな表情をしていた。
「うーん……。ちょっと吸血鬼との約束があるからさ、あんまりのんびりしていられないんだ」
勇儀は小首を傾げる。
「吸血鬼との約束? 決闘でもするのかい?」
「違う違う」
萃香は自分の瓢箪を持ち上げ、それを顔の横で揺らした。ぽかんと口を開けながら、勇儀はちゃぷちゃぷと音をたてて揺れる瓢箪を見つめている。
「酒の会に誘われていてね」
――――ガタン!
萃香の口から『酒』の単語が出るやいなや、大きな音を立てながら勇儀が勢いよく立ち上がった。その後ろでは唐突に力をいなされた霊夢が縁台に突っ伏している。ついさっき酒の機会をおあずけにされたばかりだから、余計にこの反応なのだろう。
「酒!? よし、私も行くぞ! さっさと閻魔のとこ行って、さっさと終わらせよう! 吸血鬼ってことは出るのは葡萄酒か! 久々にワインの味を楽しもうじゃないか!!」
興奮気味に喋りながら、勇儀は萃香の腕を引っ張って立たせる。
鬼って、酒をちらつかせたら結構簡単に釣れるかもしれない。
打ち付けた額をさすりながら、霊夢はそんなことをぼんやりと考えていた。
「ほんと勇儀は、酒のこととなると活発だねぇ」
「どの口が言ってるのよ」
すかさず霊夢が冷静に突っ込む。萃香は小さく笑い声を漏らすと、霊夢に向き直った。
「じゃあ霊夢、そろそろ行ってくるよ」
体の調子を確認するかのように、萃香はその場で二、三度跳ねる。しゃりしゃりと体をまとう鎖が音を立てた。その先に付いている、丸、三角、四角の分銅。疎、密、不変を表すそれらは総じて萃香を象徴している。戦いの際に邪魔そうだが、慣れの問題だろうか。
「そう。あんまり派手に暴れちゃダメよ。閻魔に叱られても、私何も出来ないからね」
二人を見送るために霊夢は立ち上がると、傍に置いていた箒を手に取った。
「さて、私も掃除の続きをしないと」
「行こうか萃香」
「うん。霊夢、行ってきます」
萃香はにっこりと霊夢に笑いかけると、勇儀と共に飛び立った。
「行ってらっしゃい。なるべく早く帰ってくるのよ」
飛び行く二人に向かって、霊夢は手を降りながらそう言う。それに応えるように、萃香は霊夢に向かって大きく手を振った。
「……と。やっとこさ出掛けたわね。ほんと手間のかかる娘だわ」
独り言を呟き、遠くに消え行く二つの点を目を懲らしながら見つめる霊夢。母親役もそろそろ板についてきたかなと、心の中でため息をつく。
「さて……」
ふぅ、とその場で一息つくと、何もない庭先の空間を睨みながら気怠そうに口を開いた。
「覗きなんて、相変わらず悪趣味ね。紫」
◆
快晴の空を駆け抜ける二つの影。のどかな幻想郷を北へ向かってしばらく飛翔を続けていた萃香は、隣を飛ぶ勇儀の合図により高度を下げていった。
「ここら辺からは歩きだ。閻魔の所にはこの道を歩かないと辿り着けないからな」
勇儀は地上へと軽やかに降り立つとそう言った。続いて萃香も勇儀のすぐ傍に着地する。
「あぁ、そういやそうだったね」
萃香は、降り立った場所の目と鼻の先にあった廃れた看板に目を向ける。角が欠けたその看板には、風化して擦れた薄い字で『この先、中有の道』と書かれていた。
中有の道とは、幻想郷にある三途の川に通ずる唯一の道である。このほかの場所、例えば森や上空から向かったとしても、三途の川へは辿り着けないようになっている。間違って関係のないものが地獄に迷い込まないようにと閻魔が結界を張っているのだ。この道では、地獄に落とされた妖怪などの罪人が卒業試験を兼ねて出店をやらされており、日夜賑わいを見せている。中には出店で働く事が楽しくなって、試験に合格した後も働き続ける者や、死に逝く魂がここで生きる楽しさを思い出し現世に戻っていくこともあるようだ。訪れる客は意外にも多く、三途の川に向かう死人だけでなく幻想郷に生きる者もよく利用している。
萃香も勇儀も鬼が妖怪の山に住んでいた頃には頻繁に顔を見せていた。やはり地獄に通ずる道とあって、ここの顔ぶれは多種多様。酒場で初めて顔を合わす者と仲良く酒が飲めるのも、屋台ならではの醍醐味である。しかし、住家を地底へと移した後は、地上に出る回数と共にここを訪れる機会も際立って減ってしまっていた。
「誘惑に負けないようにしないと」
萃香は自分に言い聞かせるようにそう呟くと、三途の川を目指し歩き出した。
「誘惑って……あぁ、ここいらには屋台が大量にあったな。……早く酒が飲みたいもんだ」
つい数刻前に霊夢によって阻止された至福の時を思い、やれやれと小さく呟いた勇儀は萃香に続いて前に進んだ。
◆
『お、萃香じゃないか! 随分長い間見かけなかったけどどうだい、安くするよ!!』
『萃香! 今日はいつもの酒が大量にあるぞ! 寄ってきな!!』
『誰かと思えば勇儀さん! 久々に飲み比べ大会でも開きましょうか!! 今日はなかなかの面子が集まる予定ですぜ!!』
右から左から、数多の誘惑の声が大酒豪二人に襲い掛かる。
「最後に来てから随分と経ってるけど、店主の顔ぶれはあんまり変わってないな」
「……くっ。これから地獄に向かうわけだが、ここの方が私たちにとっては地獄だな……」
感心している萃香の横で引きつった笑顔を浮かべながら、店主達に手を挙げて応えていた勇儀が言った。
何も事情を知らない店主達からすれば、超お得意様が久しく訪れたこの稼ぎ時を逃すまいと必死になるのは至極当然の事であろう。これがもし普段ならば、二人とも喜んで飛び付いていたはずだった。ところが霊夢にしっかりと釘を刺されており、尚且つ萃香と一緒にいるため、勇儀はなんとか自我を保てている。
「もし飲んで帰ったら、その方が私は地獄を見るよ」
勇儀とは相反して屋台には目もくれず、萃香は涼しい顔をしながらそう返した。
「ん? 霊夢のことかい?」
「いつも怒らせてるけどね。流石に今回は吸血鬼との約束も絡んでるからさ、怒ったら本気で退治されそうだよ」
ケタケタと笑う萃香。そんな萃香を見て、勇儀は疑問符を浮かべた。
「退治って、そこまで言うほどだったかな。以前私と戦った感じだと、確かに実力はあると思ったが萃香がやられる程ではなかったぞ? まあ居候のみで逆らえない気持ちはわかるけど」
「ふふっ。私ほどじゃないってか。普通はそう感じるだろうね」
萃香の言葉に、勇儀は訝しげな顔をした。