「あの小賢しい田舎者がぁ!!」
家康は、広げていた紙をぐしゃぐしゃにしながら怒鳴った。
「チクチクチクチクと……人を小馬鹿にしおって!!
叩き潰すぞ!!」
ぐしゃぐしゃにした紙を床に叩き付けた。この紙が『直江状』……差出人は、名の通り『直江兼続』。
与板城―――――
手紙を受け取った家康の様子を、家来から聞き薄く笑みを溢す兼続……
「やはり、頭に血が上りましたか」
「兼続?あの……家康公がスッゴイ怒ってるみたいなんだけど……何かした?」
「フフ……いいえ。
お手紙をいただいたので、お返事を書いただけです」
「(え?いつ手紙着てたの?)でも…あの……なんかした?」
「殿はご自分の領土を整備したり、武器を増やしたりすることを、どう思われますか?」
「え?
それは……民の事を思えば、橋や道を造ることは当たり前だし……
いざ戦が始まって、参加しなきゃならないなら、槍も鉄砲も必要だし……普通じゃないかなぁ?」
「ですよね……
その普通の事に、尋常ではないイチャモンをつけてきたので、至極丁寧に他意はありませんよと、ご説明し上げただけです。
それで、お怒りになるなど……逆恨みも甚だしい(怒るように書いたのですが……少々やり過ぎましたでしょうか?)」
「うん……そうだね」
「殿は何もご心配なさらぬよう……
この直江兼続……上杉家を窮地に追い込むようなまねは絶対にいたしませぬので」
「うん!分かってるよ!兼続に任せる(頼もしい……)」
(そう……追いつめるのは我々。
三成殿と綿密に練ってきたのだ……
さぁ……藪から出て来い!狩るぞ……狸!!)
上田城―――――
「何だと?
鎌之介が上田からいなくなった?」
幸村は才蔵からそう聞くと、少し慌てた様子で体を起こし彼を見た。
「すまん……たぶん俺のせいだ」
「仔細は後で聞く。とにかく連れ戻せ!
甚八も一緒にだ。頼んだぞ、才蔵!
今、家康が上杉に向けて、兵を動かしている。万が一を考えて三人が欠けるのは、ちと困るのだ」
幸村から言われ、才蔵は早速鎌之介を捜しに森へ行った。
「(チックショウ…あのバカ……足取りが全然つかめねぇ!)
どこ行きやがった!!面倒掛けやがって!!」
『鎌之介?
鎖鎌引きずって、二日ほど前見かけた。様子、変』
佐助から聞いた話を思い出しながら、才蔵は目頭を抑えた。
(八つ当たりをした後だよな……あん時は、本気で凹っちまったし……
皆に迷惑かけたのは俺だ!!
しっかし、いつもなら痛ぇの喜ぶくせに!!何でいなくなんだよ!分かんねぇなアイツは!
とりあえず先に、甚八のオッサンだ!奴なら戻る所は一つ!)
琵琶湖―――――
「だから帰らねぇって!」
琵琶湖に浮く、甚八の船を見上げる才蔵に、彼はそう答えた。
「今の俺様にゃあ、上田にいる理由がねぇ!元々、長居するつもりもねぇからな。明日花と優助がいるっつうだけで、ここにいただけだ。
それに俺様は、殿様にもオメェ等にも悪いことしたとは思っちゃいねぇし」
「誰も謝れなんて言ってねぇし、それに今回は俺のせいで……」
「何言ってんだ…オメェなんか関係ねぇさ。
俺様が殿様に、愛想を尽かしただけだ」
「……」
自分を見てくる才蔵に、甚八は鼻で笑い口に銜えていた煙草を吸い煙を出した。
「そして……自分にもな。
偉そうなことを言っても、今の俺様じゃあの頑なな女を変えられねぇ……んなの情けなさ過ぎんだろ。
だから、アナを落とせるぐらい……ちょっくら漢(男)を上げてくらぁ。
じゃあな才蔵」
「おい!甚八!!」
「オラ、行くぞ!!野郎共!!」
甚八の呼び掛けに、船は動きだし湖の彼方へと消えて行った。
「ああ……もう陽が沈む」
鎌之介を捜索してから数時間が過ぎ、空は茜色に染まり出していた。
「成果なし……か。
変体は行動が未知過ぎて分かんねぇ……クソ!」
ふと空を見上げると、一匹のミミズクが鳴き声を発しながら空を羽ばたいていた。
「朱刃?」
「若!
佐助からの報告です!徳川の兵、およそ四万が中参道を進んでいると!」
一六〇〇年・夏―――――
あの書状を握り潰した後、徳川家康は上杉征伐のへいを会津に向けていた……兼続の狙い通りに……
家康が腰を上げたら、石田三成が後ろから叩く……それは、必勝の策だった。
「そのはずだが……間者か……
ともかく、三成の挙兵を嗅ぎ付けて兵を反転させたか」
「徳川本隊は東海道を……中山道を北上するのは、徳川秀忠率いる別働隊……
なぜ別働隊に四万もの兵力を割いて」
「狙いはここ(上田)。
単なる私怨では、動かせない数だ。奪うつもりだろう……伊佐那海と明日花を」
「何故、明日花まで!」
「光坂一族のことを、家康は知っている。
そして、かつて武田に仕えていた隊長の優助と副隊長の紫苑……その二人の子供である明日花。
……どこかで情報が漏れたんだろう。明日花が……久久能智神だという事が。そして、彼女が幸魂を持っているという事が」
「……」
「とにかく、才蔵を急ぎ帰城させよ」
「はっ!」
「あの二人が帰ってくれればいいのだが……」
(何が起きている?)
襖越しから二人の話を聞く七隈……
(四万もの兵……狙いは上田……
そして…伊佐那海とはあの女童か。それと明日花は確か、紫苑の子供……
徳川の軍の中には、当然信幸様も……ここで養生しろと言うご命令が歯痒い!
信幸様!)
同じ頃……
服を着替える紫苑……
「母さん?」
「そろそろ動き出す頃ね……
そうよね?優」
「……
やはり、感じていましたか」
煙草の吸い殻を地面に落とし、優助は火玉を踏み消した。
「母さん、帰るの?」
「……ごめんね。
また強くなったら、会えるわ」
「……いつ?」
「っ」
「今度はいつ会えるの?」
「明日花」
「父さんだって、寂しいんじゃ……!」
不安がる明日花の額に紫苑は唇を当てた。唇を離すと、紫苑は微笑みながら、彼女の頭を撫でた。
「おまじない。
大丈夫。あなたは強いわ」
「……」
「元気でね。明日花」
明日花を強く抱き締める紫苑……彼女は、手に持っていた雪の結晶の簪を、明日花の髪に挿し優助に、ピアスの片方をあげると二人に笑みを浮かべその場を去った。
「母さん!!待っ」
「明日花!」
追い掛けようとした明日花を、優助は引き止めた。明日花は目から大粒の涙を流し、彼の方に向き抱き着き泣き出した。そんな彼女を、優助は抱き締め慰めるようにして優しく撫でた。
とある山中―――――
「ア~~~~~……
田舎臭ぇ風だなぁ。
あの豚め……この俺が何も知らねぇとでも、思ってやがんな?いつか暗殺するぞ、コラ」
「殿!!お口を慎んでください!!
江戸中納言秀忠様であれど、今のような失言が父上家康公のお耳に入れば、またお叱りを受けまするぞ!」
「今、俺……豚としか言ってねぇよな?
お前は俺の親父を、豚だと思ったのか?」
秀忠は腰に着けていた鞘から刀を抜き取り、眼の前にいる部下を切り裂いた。
「『失言』な……死んで当然だ。
おい!信幸を呼び寄せろ!上田の情報を全て白状させる!
ア~~~~~早く会いてぇなぁ……
皆殺しの女神と大地の女神って奴によぉ」