徳川家康率いる東軍に敗れた西軍、石田三成は六条河原で斬首に処された。
そして西軍に付いていた上田、真田一族も……
「腹を切れと?」
忠勝が放った言葉に、信幸は驚きの顔を隠せないでいた。
「上田、真田は根絶やしにせよとの、大殿からのご指示だ。しかし、石田殿のようにさらし首にするのも忍びない。あの劣勢で秀忠様の軍の足を、止めたのは見事な働き」
「だから、腹を切る名誉を与えると?」
「そんな!!父上!!納得いきません!!
幸村はただ、上田を守っただけではありませんか!!」
「うむ……そうであるな」
「お言葉ですが義父上……そうなったのは、誰のせいでございましょうか」
「?」
「あの大戦であんな時に、何故大軍で上田に進んだのか……上田のような小さき城ならば、本来捨ておけばよいのです。
しかし秀忠様は、執拗に付け狙い何かを欲していらっしゃった。私欲で真田を狙っていたのではありませんか?」
「……何が言いたい?」
「どうか……真田にご容赦を!!」
そう言いながら、信幸は頭を下げた。彼に続いて妻の小松、小姓の七隈そして紫苑も頭を下げた。
「戦で負けたのならば、領を召し上げられるのは当然!!幸村もそれを承知しておりましょう!!
しかし、腹を切れとは余りにも無慈悲ではありませんか!!幸村はもう、大殿様に逆らうこともいたしませぬ!!私がさせませぬ!!(幸村よ……今はこの兄がお前を生き延びさせてやる)ですから!!」
「お父上!!」
(真田を守れるとはお前の言……違えた責は取って貰う。
このまま真田を終わらせはせんだろう!)
「……
分かった。
大殿に掛け合ってみよう。聞いてくれるかどうか分からんがな。
真田幸村……確かに、殺すには惜しい強か者ではある」
「……あ、有難く!!」
「それとは別に、紫苑」
「?」
「秀忠様からで、話を聞きたいとのことだ。
お主等の子供……明日花について」
その言葉を聞いた途端、優助は自分の耳を疑った。そして固まったかのようにして、忠勝を見た。
「……
あの子と私は……関係ありません」
「……しかし、お主等三人は真田に引き取られるまで、ずっと一緒だったと聞いたが」
「……確かに一緒だったわ。
けど、源三郎の元へ着てから、その後の二人のことは知知らないわ……秀忠には話すことは何も無いと伝えといて。悪いけど、席を外すわよ」
信幸を睨みながら紫苑は部屋を出て行った。しばらく廊下を歩いていた紫苑は、立ち止まり壁を力任せに思いっ切り叩いた。
(守るために、あの子と別れたのに……)
『母さん!』
ふと蘇る明日花の姿……
その時背後に気配を感じ、後ろを振り返った。そこにいたのは信幸だった。
「……紫苑」
「……そこまで、天下が欲しいの?」
「……」
「悪いけど……
もうあなたに、仕える気はないわ。
さよなら、源三郎……いいえ、真田信幸」
それだけを言うと、紫苑はその場を去った。その翌日、紫苑は信幸達の前から姿を消した。
春日山城……
文を読む兼続。
「……そうですか。
首を落とされたのですね」
「あ、あの兼続……大丈夫?
い、石田殿とは仲良かったから……
その…えーと」
「……
ご心配痛み入ります。
戦は負けたらそれまで。私は上杉が守られただけでよいのです。(三成殿……さぞ悔しかっでしょう)
それでは失礼いたします」
「う、うん……」
(狸を藪から出したまではいいが、相次ぐ味方の裏切りに……
罠を掛けられていたのは我々だったのか……人の欲という罠に、志半ば……本当に口惜しい。
しかし、あの幸村が生き延びたならば、このままでは済まさない。なぁ……幸村)
それから、半年後……
戦から半年、真田は流罪になった。
伊佐那海が守ってくれた上田から、あっさり引き剥がされ、今は紀州九度山に住んでいた。
才蔵達は、あの戦の後散り散りになってそれぞれどこかへ行った。佐助は時々情報を持って帰ってくるがアナスタシアは、かなりの深傷を負い半蔵が伊賀へ連れて帰った。
その中優助は、アナスタシアと同様に深傷を負った……それをどこかで聞きつけた光坂一族の者が、彼をどこかへ連れて行った。優助が連れて行かれる寸前、明日花は彼を残して上田から姿を消した。
その頃、政宗は……
「はぁーーー」
深いため息を吐きながら、政宗は畳の上に横になった。
「何ですか?」
「面白くねぇなと思ってよ……
先の戦もさっさと終わっちまって、いつの間にやら家康が大将っつう空気。あれ以来、戦も起きねぇし、力の広げようがねぇな……手詰まり感、半端ねぇ」
「で?」
「戦なら誰にも負けねぇんだよ。
戦さえ出来りゃあ、この奥州をもっと大きくできんだよ」
「出る杭は打たれる……石田殿をお忘れか?」
「やりにくい世の中になったと思わねぇか?一国が動けば、他国全てから睨まれる……
一対一なら負けねぇっつうのにな!」
「そういえば先の戦では、上田がかなりの少数で秀忠軍を負かしたと聞きます。
そうなると、数云々とは言えぬでしょう」
「真田だろ?アイツの飼い犬共は、曲者だからな。
特に優助と明日花は。
しかし、あの秀忠は何でまた上田なんかに寄ったんだ?あんな数でよ。
本隊に遅参して、狸爺に相当怒られたみてぇじゃねぇか。
何を狙ってたんだろうな?」
「さぁ」
「あーーーー!!クソ!!
このまんまじゃ終わんねぇぞ!!
あの狸爺の好きにはさせねぇ!!このまま天下渡して溜堪るか!!
力だ!!力が欲しい!!」
政宗の叫び声に答えるかのようにして、城の近くの森から黒い霧が上がった。しばらくして黒い霧は、風と共に消えた。
丘の上に寝そべる才蔵……手に持つ奇魂を太陽に翳し眺めていた。
半年前……
火傷を負い、冷えた布で体を冷やされ寝ていた才蔵に、幸村は奇魂を置きながら言った。
「伊佐那海は、人としての己を捨てることで上田を守ったのだ」
「……これが無きゃ、アイツ」
「黄泉の神となるだろう……
一日千人を殺すと宣言した女神だ。この世に死をもたらす……」
「アイツにゃ、似合わねぇな」
『アタシ強くなったんだよ、才蔵』
(いつも笑ってたくせに……人間を捨てて強くなったって、嬉しくねぇよ伊佐那海……
いや、全部俺の未熟さのせいだ……何も見えちゃいなかった)
「無論、手を拱いて伊佐那海を殺しの女神にしてしまうわけにはいかん……
ましてや、明日花に彼女を殺させることもいかん……
が、儂はここまでだ。才蔵、お主の手でまた髪を纏めてやってくれ」
その事を思い出しながら、才蔵は立ち上がり何かを決意したかのようにして、どこかへ向かった。
奥州……
「ギャアアア!!」
「勘弁して下さいってばぁ!!」
「うるっせぇ!!
逃げんな!!壱丸!!弐虎!!」
長刀を振り回しながら、政宗は部下の二人を追い回していた。
「手合わせなら、茂実様とか鬼庭さんとやって下さいよ!!」
「あいつ等は国境の、上杉残党鎮圧に手こずってんだよ!!」
「こ、小十郎様は!?小十郎様とヤリャいいでしょう!!」
「奴と闘ったら、うっかりどっちか死んじまうだろうが!!」
「それもう、手合わせじゃ無いっすよぉ!!」
「つうか、俺等がヤバい!!俺等が死ぬ!!」
「つべこべ言わずに、掛かってこい!!」
「無理ですって!!」
逃げていた二人は、何かに躓き見事に転び倒れた。政宗は長刀を振り翳し、高笑いをしながら振り落とそうとした、
「ちょ、待っ!!殿、待ってぇ!!」
壱丸の言葉に、政宗はぎりぎりで長刀を止めた。
「おい壱、どうした?」
「と、殿あれ……」
壱丸が指差す方向に、それはいた。
上田から姿を消した伊佐那海と素戔嗚尊……
素戔嗚尊は伊佐那海を抱き、繭を作り深い眠りに入っているようだった。
「こ、この娘」
『女の人が泣いている』
『私は暗い闇の中……もう愛しいあの人に会えない。
悲しい……淋しい……かなしい。
許さない……許さない』
『やめて……やめて……
押し潰される』
『殺ス、誰モ彼モ、アノ人が作ッタモノ全テヲ』
『闇に飲み込まれる!!』
「オイ、生きてるか?」
政宗は声を掛けながら、伊佐那海に手を伸ばした。すると彼女はゆっくりと目を開け、そして笑みを溢しながら口を開いた。
「お主のお陰で目が覚めた。
この女、奇魂が無くても我を縛り付けおってな。お主の凶々しい欲に触れて、ようやく出てこられた。
そなたは誰じゃ?欲深い者よ」
「そういうテメェは、真田の巫女じゃねぇのかよ?」
「我が名は伊佐那美(イザナミ)。黄泉比良坂を越えたのは幾年振りか……
懐かしい……かつては妾の国だった所よ」
不気味な彼女の目つきに、壱丸と弐虎は鳥肌が立った。
「と、殿……これはヤバ……い」
「伊佐那美だぁ?!始まりの神だと?お前が?
何を持って、そう言うんだよ」
「……フム」
政宗の目を見詰めた伊佐那美は、何かを見たのか不敵に笑い言った。
「そなたの臣下が、今攻め倦ねておる城。妾が屠ってやろう。
素戔嗚尊!
しばし待っておれ」
素戔嗚尊が出した雲に紛れ、伊佐那美は姿を消した。
奥州を国境。上杉残党の拠城……
「何だ?あの雲」
「雨でも来ますか」
突如雲が広がり、中から伊佐那美が姿を現した。
「フフフ……
こんにちは、愛しい子孫達よ……そして……
さらばだ!!」
伊佐那美が手を翳すと、その地は突如爆発した。そして跡形も無く城は無くなり城を守っていた者達も亡くなった。伊佐那美は、高笑いをしながらその場から姿を消した。
「城が……跡形も無く」
「夢を見ているのか……
急ぎ早馬を出せ!!殿に報せを!!」
その報せは、奥州の城にいる政宗の耳に届いた。
「一瞬だと?本当か」
「はい。綱元と茂実が早馬で報せをよこしました。
その力、とても人のものにあらずと」
「……そうかそうか、なるほど。
馬鹿息子(秀忠)が、あの軍勢で上田に押し入ったのはこれか……
どこで聞いたか知らねぇが、あの女を手に入れるつもりだったんだな。
いや、狙いはあの女だけじゃねぇな……他にもいたなぁ」
「他に?」
「紫苑と優助のガキ、明日花だ。
アイツは幸魂の持ち主だ。あの馬鹿息子が、見逃すわけがねぇ……
クッククク、凄ぇな俺!いや俺の直感てやつか?
あの簪じゃなくて、この女に何かあるつってたよなぁ?その通りだった。
だったら明日花も、あの女と一緒だ!!
いいか小十郎……これは天啓ってやつだ!!『神』っつうもんが、今目の前に!!政宗の元に降りてきたんだ!!
この俺に……この世を手にしろと!!
今この手の中に、圧倒的な力が……ある!」
某所……
「この様な者達を知らぬか?」
「さぁ、知らないねぇ」
見せられた二枚の紙を見ながら、女は答えた。
紙を見せた十蔵は、深くため息を吐いた。
「手掛かり無しか……」
その二枚の紙に描かれていたのは、鎌之介の似顔絵と明日花の似顔絵だった。