『春には産まれるって!』
そうか……産まれるのか。
『紫苑達の子供、女の子らしいね!』
『祝いの品、用意しとくか!』
『うん!』
……祝いの品か。
『ごめん……
優の……私達の赤ちゃんが……ごめんね』
……やっぱり、このご時世子供を産むなんて無理なんだ。
手に持っていた、鈴と手鞠の飾りが着いた簪を地面に落とした。そしてそれは無様に踏まれ壊された。
「……」
地面に尻を着いていた明日花は目の前に立つ、紫苑と優助に驚き目を見開いた。
二人の腹を貫く木の根……二人は同時に、口から血を吐いた。
「……た、隊長ぉぉぉお!!」
「紫苑さぁぁぁあん!!」
攻撃の手を止めた仲間達は、二人の方を向き呼び叫んだ。
「やれ…やれ……
なぜ……君まで。ここは…父親である…僕が」
「母親なら……当然でしょ?」
「……母…さん……父…さん」
膝を付いた二人に、明日花は我に戻り駆け寄った。
「アッハッハッハッハ!!
命を投げ捨ててまで、その娘を守りたいか?」
高笑いする久久能智神……
明日花は涙を流すと、それを腕で拭き取り立ち上がり鋭い目付きで、久久能智神を睨んだ。
「お前は……
お前は、私が殺す!!」
次の瞬間、首に下げていた幸魂が強く光りそして……
“パリーン”
「!?」
「さ、幸魂が……」
「割れた……」
(この気迫……)
(同じだ……あの人と)
優助達の前に立つ明日花の後ろ姿が、一瞬男の背中と重なって見えた。
「な、何だ!?その力は?!」
「明日花の中に眠っていた本来の力……」
「?!」
「あの幸魂は、その本来の力無くして己を守り切れるかを、試していたものだ。
紫苑の場合は別だがな」
「っ!!」
「幸魂が消えたという事は、明日花はもう……
己を己の力で守れるという事だ」
手に小さな火の玉を作り、風を起こす明日花。風は玉となり火を巻き込み徐々に大きくなり威力を増した。
「光坂流火風合術……狐火!!」
投げた火玉は、久久能智神に向かって一直線だった。彼女はすぐに防ごうと、木の壁を作り上げるが全てを焼き突っ込んできた。
火玉に当たった久久能智神は、悲痛な声を上げながらその場に膝をつき倒れた。
「己ぇ……
明日花……あなたは一体、何者なの?」
「……光坂の次期当主、そして新真田軍隊長。
名は光坂明日花だ!」
その声に反応するかのようにして、木の葉が舞い上がった。
勝てぬ悔しさで、明日花を睨む久久能智神だったが、何かを思い出したかのようにして、笑みを溢しながら高笑いし立ち上がった。
「何がそんなにおかしい……」
「この木の根は、私に力を与えてくれるもの……
分からぬか?明日花……今、この根が刺している者が誰なのか?」
「……!?
雷之介!!父さんと母さんを!!」
他の木の根を相手していた雷之介は、雷を刀に纏わせて二人の体を貫いていた木の根を切り落とした。
「アッハッハッハッハ!!
そんな事しても、もう遅い!!
二人の力は、この私久久能智神が受け取った!!」
木の葉を舞い上がらせて、久久能智神はその場から姿を消した。消えた彼女の姿を探す明日花だが、どこを見ても影も形も無かった。
「そんな……」
「紫苑さん!!」
「隊長!!しっかりして下さい!」
その声に、明日花は捨てられていた武器をケースにしまいながら、二人の元へ駆け寄った。
「母さん!!父さん!!」
「……あ、明日花」
「ごめん……私が油断してたから、攻撃を」
「いいのよ……
少しは、母親らしいことをしないと……」
「それは……僕の意見ですよ……」
苦しそうに笑う二人……傷口に目を向けると、傷はかなり深く一部の内臓が見えていた。
(……これじゃあ、助からない)
「明日花……久久能智神は?」
「逃げた……
多分、伊佐那海の所だと思う」
「……」
話を聞いた優助は、紫苑と目を合わせた。それを見た頭は、治療をしていた仲間達を退かし、二人の前に座った。
「……頭」
「覚悟は出来ているようだな……」
「……はい」
「うむ……」
「え?何をするの?」
「雷之介……
まだ明日花にはキツいわ」
「キツいって?
ねぇ、どういう事?母さん!
!!あ!雷之介!下ろせ!!」
明日花を担いだ雷之介は、二人に目を向け合わせた。しばらく見つめると、騒ぐ明日花と共に別の場所へ行った。
「あの子には……まだ、言えないもの」
「紫苑……」
「明日花が……長く生きるには、私達の命を捧げなきゃいけないんでしょ?」
近くにいたもう一人の久久能智神に、紫苑は目を向けながら質問した。
「……お前達がこの世で、生きている間しか明日花は生きられない」
「なら、お願い」
「?」
「……僕達の残りの命を、あの子に」
「……」
「あの子には、もっと長く生きて欲しい……
私達が成せなかったものを、あの子に成して欲しい……
同じ意見よね?頭」
頭は黙って、頷いた。
「……いいのか?それで」
「……」
「明日花は……
お前達と一緒に、過ごしたいという思いと……
お前達と一緒に、戦場に立つことを夢見ながら……
今まで生きていたんだぞ……」
「……一緒に何て、無理なの……
明日花はまだいいわ……あの子の主は、武田ではない。
けど……」
大粒の涙を流す紫苑……体を小刻みに震えさせながら、顔を上げて言った。
「あの子は……
真田が認めてくれた……光坂の最初の一人。
それに受け答えで欲しいの!何年掛かってもいい!あの子の主が……自分の主が、真田という事の自覚を持って欲しいの!
私も優助も頭も……皆、武田に仕えて生涯を閉じるつもりだった。
特に、私達三人はそう……自慢じゃないけど、私達はずっと武田の傍についてた……
笑う時も泣く時も、酒を飲み交わす時もいつも一緒だった……
そんな私達が、いきなり真田に仕えろなって無理よ……」
「紫苑さん……」
「静かに過ごすつもりが……突然、真田の兄弟に仕えろなんて。
元々は、この国を治めていたのは武田なのに……あの人が……
勝頼が自害したからって、どうして真田に渡さなきゃいけなかったの?!」
「紫苑、落ち着いて!
傷口が!」
「人を道具にしか使わないで、バラバラにして!」
「紫苑!」
「だって……」
「お前の言い分は、よく分かる……
だから……俺は断った。そして、影からこの国を守ることにした」
「私達も……お頭達に、ついて行けばよかったのかな……
そうすれば……明日花と」
「……」
「さぁ、やって」
「……」
「早くやらないと……あの子が着ちゃう。
私に似てるから……雷之介の手を振り払って、こっちに駆けてくるわ」
紫苑の言葉に、もう一人の久久能智神は印を結びながら、三人の前に立ち技を放った。
その光は遠くから駆けてくる明日花と雷之介の目に入った。明日花は只事ではないと思い、二人がいるところへ急いだ。
二人の元へ駆け寄る明日花……そこにいたはずの頭ともう一人の久久能智神の姿は無く、いるのは先程まで横になっていた紫苑と優助が立っていた。
「……母さん……父さん」
「明日花」
「?」
「これを受け取りなさい」
そう言いながら、紫苑は右耳に着けていたピアスと脇差を優助は左耳に着けていたピアスと短剣を、差し出した。
「あれらって確か……あの人から貰った」
「シッ!」
「僕達はあの久久能智神を追い駆けます……
明日花……君は、僕達の最期を見届けて下さい」
「……え?
どういう事……」
「……」
「な、何で……何で、二人の最期を見なきゃいけないの?
何で、あいつと戦うだけで死ぬって分かるの?
だって……あいつに、傷を治して貰ったんでしょ!?」
「傷は治されたわ……」
「じゃあ」
「けど……もう無理なの」
「……」
「明日花も見たでしょ……
私達がもう、助からないって……分かってたでしょ?」
「それは……」
「残った時間で、僕達はあの久久能智神と戦うだけです。
明日花」
「?」
「今日から、あなたが光坂の頭となり、そして……
真田に仕えなさい」
「……何で」
「?」
「何でそうやって、全部決めるの!?
そんなに私が信用できないの?!」
「明日花……」
「死ぬなんて絶対許さない!!
私が真田に仕えたら、母さんも父さんも自由になれるんだよ!?それまで待ってよ!ねぇ!!」
「……」
「……それぐらいにしとけ」
「雷之介……けど!」
「お前、分かってんだろ?この二人はもう、助からないことくらい……あの傷見れば」
「っ」
「……このご時世、お前は一番恵まれている。
親がいて家族がいて……お前を認めてくれる仲間もいる」
雷之介の言葉に、明日花は才蔵達を思い出した。大粒の涙を流しながら、悔しそうに草を握った。
「……お願い」
泣き声で言いながら、明日花は涙を拭き顔を上げて二人を見た。
「父さんと……母さんの……
最期の生き様を……見せて」
腫れ上がった顔で、明日花は笑顔を作り二人に見せた。
堪えていた涙が、一気に溢れ出た優助と紫苑は彼女を力強く抱き締めた。明日花も二人を強く抱き締め、決して忘れないよう温もりやにおいを体に染み込ませるようにして、顔を埋めた。
「ごめんね明日花……母親らしいこと何にもできないで!」
「父親らしいことも……親らしいことも出来なくて……すみません!」
「謝るのは明日花だよ……
父さんにはいつも迷惑ばかり掛けて……
母さんにはいつも心配ばかり掛けて……
ごめんなさい!
それから……
明日花を産んでくれ……明日花を愛してくれて……
ありがとう!」
「母さんからもお礼……
私のお腹に宿ってくれて、ありがとう……」
「父さんからも……
僕等の元に帰ってきてくれて、ありがとう……」
三人の姿に、一族一同は皆涙を流し悲しんだ……雷之介は一人背を向け、時が経つのを待った。