「そのままあと十回振って」
「は~い」
「え~」
「え~じゃない!!
強くなりたきゃ、文句言わずにやる!!」
ダルそうに返事をした少年に、明日花は怒鳴ったが彼は生返事をしたまま木刀を怠く振った。
「アイツ……はぁ」
「相変わらずだね?あの子達」
「?
あ、大助」
縁側に腰を下ろす大助に、明日花は顔を向けた。
「刀の指導って、やっぱり大変みたいだね?」
「そう言うなら、お前が代わりにあの三人見る?」
「……それは遠慮しとく。
何か、懐かしいね。ああいう光景」
「そうだね。
覚えてる?父さんが言った事」
「もちろん……あの時、優助さんが云ってたこと今なら分かるよ」
十数年前……
上田城の庭で、明日花は優助と共に木刀を持ち組手をしていた。その時大きな音が城内に響き渡った。
「な、何だ?」
「……」
音の方に駆け寄ると、そこに煤を着けた弁丸が、十蔵から雷を喰らっていた。
「全くお主は!!一歩間違えたら、死んでいたのだぞ!!」
「ちょっと火薬の量を間違えただけだって……」
「ちょっとやそっとの量で、皆が怪我するのだぞ!!
分かっておるのか!!」
「分かってるよ!もう」
その光景を見ていた優助は呆れて、軽いため息を吐いた。
「全く……」
「ありゃりゃ、あんなに怒られちゃって」
「まぁ、十蔵の言っていることは事実ですし……
明日花、決して真似はしないで下さいね」
「しない。
火薬使う一族の人から、思いっ切り拳骨喰らった記憶があるから」
「火縄銃を悪戯して、一族の人から拳骨貰いましたからね。君は」
「そう言えばそれ、いつの話?明日花、全然覚えてない……痛みは覚えてるけど」
「二、三歳の頃ですよ。
あの後、大泣きして大変でしたから」
怒られた弁丸は、耳を擦りながら縁側を歩いていた。
「筧のオッチャン、いつもうるせぇなぁ。
火薬に関しては、オイラの方が一番分かってるのに……?」
縁側に座り、刀の手入れをする明日花の姿が見え、弁丸は彼女の元へ駆け寄った。
「何やってんの?」
「?
あ、弁丸。刀の手入れだよ」
「昨日もやってたじゃん」
「毎日欠かさずやらないと、斬れ味が悪くなっちゃうの」
「フ~ン……なぁ、オイラにも刀握らせてよ!」
「え……そ、それはちょっと」
「ちょっとだけちょっとだけ!」
「あ!」
明日花から取った刀を、弁丸は庭で握った。だが刀は思った以上に重く、構えるだけで手一杯だった。
「お、重い……」
「危ないから返して!」
「だ、大丈夫!
とお!!」
無理に持ち上げ振った刀は、明日花の頬を掠り部屋の壁に刺さった。部屋にいた優助は怒りのオーラを放ちながら、刀を握り出てきた。
「と、父さん……ちょっと怖い」
「誰です?刀を投げたのは」
「な、投げたのは弁丸で……」
鈍い音が城内に響いた……庭で正座をする弁丸と明日花の頭には、大きなコブが出来ていた。
「刀も扱ったことのない子供に、刀を持たせるとは何事ですか!!明日花!!」
「ご、ごめんなさい」
「弁丸!!君も、一歩間違えたら命を落としていたかもしれないんですよ!!」
「わ、分かってるよ!」
「分かっていないじゃないですか!!
いいですか!刀というのは人を簡単に斬れます。現に明日花の頬を斬っています」
「あ……」
「これが少しでもズレていたら、明日花は死んでいたんですよ!!分かりますか!!」
「すみません……(ちょっと、振っただけなのに)」
「……全く反省してないようですね」
「え?」
「弁丸……君は確か、侍になりたいと言ってましたね」
「うん」
「その様子じゃ、侍に等なれませんよ」
「……」
「と、父さん言い過ぎ!」
「もういいです。
部屋へ戻りなさい」
「父さん!!
あ、弁丸!!」
優助が去ると同時に、弁丸もどこかへ行ってしまった。
別の所へ来た優助は、目頭を押さえながら深くため息を吐いた。ふと庭を見ると、火薬を片付ける十蔵と清海の姿があった。
「何をやっているんですか?」
「火薬を片付けているんだ。
このままでは、火事になりかねん」
「また弁丸ですか……手伝います」
「助かる。
しかし、弁丸はどうしたものか……危ないというのに、説教しても直らん」
「子供というのは、そういうものですよ……とくに男の子はそうでしょう」
「やはり、子育てをしている者は話が違うな」
「先程、弁丸を怒ったばかりですから」
「また何か、やらかしたのか?」
「明日花の刀を、面白半分で振ったんです。
けど、束が手から離れて先程」
腕に出来た切り傷を優助は見せた。
「……ハァ。
ただでさえ、明日花がまだ手がかかるというのに……うるさい子供が、もう二人もいるとなると」
「二人?もう一人は?」
「君の義妹の伊佐那海です」
「伊佐那海は、もう手はかからん!!」
その頃弁丸は、森の中を小石を蹴りながら歩いていた。
「何だい!皆、オイラの事子供扱いして!!
オイラは、罠や火に関しちゃ皆より長けてるのに!!」
怒り任せに、小石を思いっ切り蹴り飛ばした。その石は、前方にいた山賊の足に当たってしまった。
「何だ?誰だ、俺に石を当てたのは」
「あ……えっと」
隙を見て火薬玉を投げ付けた弁丸は、爆発と共に逃げ出した。
爆発音に、川にいた明日花は顔を上げ森の方を向いた。風に乗って火薬の臭いに気付いた彼女は、まさかと思い火薬の臭う方向へ向かった。
茂みの中を、弁丸は走っていた。その後を山賊達は、武器を放ちながら追い駆けていた。
「待ちやがれ!!くそガキぃ!!」
「待つわけねぇじゃん!ベー!!」
「こっっっの!!」
森の中へ入り、茂みに隠れる弁丸……だが隠れていたのも束の間、背後から首根っこを掴まれ持ち上げられた。
「離せ!!」
「離すか!さぁて、金目のものを貰ってあの世に」
言い掛けていた相手が突然手を離した。尻餅をついた弁丸は、後ろを見た。
「上田の森で暴れるとは、いい度胸してるな!」
刀を肩に置いた明日花は、悪戯笑みを浮かべながら倒れた山賊の体に足を乗せた。
「あ、明日花の姉ちゃん!何で」
「火薬の臭いがしたから」
「このクソガキ!!」
頬を殴り飛ばされた明日花は、傍にいた山賊の腕の中へ当たりそのまま拘束された。
「女にしちゃ、上等な刀だな」
「そりゃどうも!」
「どれくらいの切れ味か、試させて貰おうか?」
刀を振り上げた瞬間、弁丸は火薬玉を二人目掛けてパチンコで飛ばした。爆発で怯んだ隙を狙い、明日花は彼等から離れ刀を奪い取り、弁丸と共に川の方へ逃げた。
「なめた真似しやがって!!
追い駆けるぞ!!」
川へ来た弁丸達……川に顔を突っ込んでいた明日花は、勢い良く頭を上げ水を振り払った。
「姉ちゃん、顔大丈夫?」
「平気平気!
ちょっと掠っただけだし」
「……オイラ、やっぱり侍になれないのかな」
「え?何で?」
「だって、明日花の姉ちゃんを怪我させちゃったし……」
「大丈夫だよ。このくらいの傷、昔からしょっちゅうだったし」
「……」
「……もしかして、父さんの言葉気にしてる?
侍になれないって」
「……うん」
「侍かぁ……
女の私には分からないなぁ……」
「……」
「見付けたぁ!!」
茂みから出て来た一人の山賊に、弁丸はパチンコを構え明日花は刀を構えた。
「良い心構えだな!!」
「……!!弁丸、避けろ!!」
背後から現れたもう一人の山賊の気配に気付いた明日花は、弁丸を突き飛ばした。彼は飛ばされた拍子に、川へ入り明日花は山賊から、背中に攻撃を受けた。
悲痛な声が森全体に響いた。ざわついた木々に、城にいた優助は異変を感じ、すぐに森へ向かった。
「痛……」
「姉ちゃん!」
背中から手を出しながら、明日花は刀を上げそして油断している山賊に向かって勢い良く振り下ろした。
山賊は血を吹き出しながら、そのまま倒れた。
「この尼!!」
「姉ちゃん!」
“キーン”
山賊の攻撃を、間一髪優助が刀で防いでいた。
「と、父さん……何で」
「娘に刃を向けるとは、いい度胸をしていますね。
覚悟は良いと言うことでよろしいでしょうか?」
微笑みながら、優助は刀を振りいつの間にか山賊の背後にいた。山賊は胸から血を流し倒れた。
「はい、お仕事完了」
「ふぇー」
「流石父さん!」
背中に出来た明日花の傷を、優助は治療していた。その間、弁丸はずっと目を合わせないよう立っていた。
「全く、こんな無茶をして」
「ごめんなさい……」
「まぁ、傷跡も残りませんし、大事には至らないでしょう。
弁丸、君も明日花の後で腕の火傷、手当てしますからね」
「!…う、うん(何で……)」
「それにしても、良く明日花達がここにいるって分かったね」
「風の報せですよ」
「ふ~ん……
ねぇ、父さん」
「何ですか?」
「侍って、どういう人の事を言うの?
やっぱ、父さんみたいな人?」
「そうですね……
大事なものを手に入れた人じゃないですか」
そう言いながら、優助は明日花の頭に手を置き撫でた。
「大事なもの?それって何?」
「それは自分で探しなさい。
もっと色んなものを見て、色んな人と出会いなさい。そうすれば、いずれ大事なものが手に入り守りたくなります。
その時こそ、君が侍になった時だと思いますよ」
誇らしく、だが少し悲しそうな表情を浮かべながら、優助は二人に言った。
「大事なものが、今何なのか分かる気がする」
「……そうか」
煙管を銜えていた明日花は、煙管を離しソッと息を吐き煙を出した。
「私の中じゃ、大助はもう立派な侍だと思うよ」
「そう言って貰うと、嬉しいよ」
「でも、一番は父さんだからね」
「はいはい」
楽しげに話す大助と明日花……その時、木刀を振っていた少女が泣きながら、彼女の元へ駆け寄ってきた。
「何?どうしたの?」
「兄上が木刀で殴ったぁ!」
「コォォォラァァ!!
人に木刀向けるなぁ!!」
刀を手に明日花は、少女を大助に渡し少年の元へ駆けていった。彼はヤバいと思い、急いで逃げ出した。そんな姿を見て少女と大助は大笑いした。
その光景を、離れた場所から雷之介はうるさそうに眺め、その背後に生えていた木に、二つの人影が見えた。
人影は口角を上げると、手を繋ぎ消えていった。