東方家族録   作:さまりと

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第64話【逃走】

「フフ~ン♪」

 

 時刻は午前九時。多くの人々が往来する賑やかな街中を、明渡桜はご機嫌にスキップを混ぜながら歩いていた。朝スマホが鳴ったと思うと、自分の想い人の信が遊びに来ないかと伝えてきたのだ。昔から付き合いがあるとはいえ、成長した今となってはお互いの家を行き来する回数は減っている。だからこうしてまた昔のように泊りに行けるのが顔だけでなく体にまで現れているのだ。

 そして今街中にいるのは、なにかお土産でも買っていこうと繰り出してきたわけだ。

 

「あれ?桜こんなとこで何してんだ?」

 

 ふいに声をかけてきたのは信と同じくらい付き合いの長い燈だ。カメラを持ちリュックを背負った彼は、締まりのない顔をした幼馴染に少し呆れていた。

 

「えっとね、信のところに泊まるからお菓子か何か買っていこうと思って」

「まずそのだらしない顔どうにかしとけ」

「おっと……」

 

 言われるとすぐに普段の顔に戻った。切り替えの早さはやはり信の親戚なのだと燈は感じる。

 

「でも燈も信の家に行くんでしょ?ここで何してるの?」

「俺はあれだよ」

 

 指で示した方向に顔を向けると、何やら派手な色の恰好をした人々が多くの人間に取り囲まれて写真を撮られている。世間で言うところのコスプレだ。

 

「今日のイベントは東方のコスプレしてる人も多いって情報だったからな。来ない訳には行かないだろ」

「ああ……」

 

【東方】という言葉で桜は納得した。よく彼が口にしている作品の題名で、おそらくあのコスプレしている集団の中にその登場人物の恰好をしている人がいるのだろうと。

 しかしその中に妙に目を引く光景がある。あるカメラを持った男性の集団が二人の女性コスプレイヤーの手を掴み何かを言い合っているのだ。流石に自分の幼馴染と同じ趣味の人間がすると考えるとあまりいい気はしない。

 

「燈、あれも何かの演出?」

「あれ?」

 

 その光景を目にすると一変した表情でその集団の中に突っ込んでいった。無理矢理男の手を引き剥がした後、しばらく言い争うとむこうの集団は「覚えていろ!」と今時使われない捨て台詞を残しその場を去った。直後警備員らしき人物たちが駆け付けたので逃げていったのだろう。

 突っ込んでいった燈は絡まれていた二人がばっちりポーズを決めた写真を手に入れると、お辞儀をされながら桜の元に戻ってくる。撮影中、向こうもかなり生き生きとした様子で行っていた為これが本来の姿なのだと初見の桜も理解した。

 

「いい写真撮れたぜ!」

「それはいいけど、さっきの奴らは何だったの?」

「あいつらなぁ……最近有名になってる迷惑集団だよ。無理な注文つけたり人を追いかけまわしたりと色々やっているんだが……そろそろ捕まんねぇかな」

「ほらほら。怖い顔してるとコスプレさん達も怖がっちゃうよ。それより燈も信の家に行くんだったらここで何かお土産でも買っていこうよ。イベントってことは普段売って無いのもあるんでしょ?」

「それもそうだな。せっかくだし一緒に回ろうぜ」

 

 という訳で意図せず合流した二人は共に時間を潰すことになった。しかし燈が迷うことなく進む後を桜がただ付いていくだけなのだが、会場全体の活気に飲まれその手の知識のない桜もコスプレイヤーと一緒にポーズを決め写真に写る。

 なんやかんやで時間はたち、お土産にアニメのキャラクターがプリントされた饅頭を購入し、燈はそれ以上に様々な購入した物を紙袋に入れて下げ鼻歌を歌っていた。

 

「楽しかった~!こういうのってちゃんと知ってなきゃ楽しめないと思ってたけど、全然そんなことなかったね!」

「だろ?さ、土産も買ったし祭りも満喫したし、あいつん家にいくか!」

 

 コインロッカーに預けていた荷物に戦火を加え、二人は次なる目的地の信の家へと向かう。

 普段から利用している電車に乗り、学校の前を通り、商店街を横切る。

 

「にしてもあの野郎……一人だけ異世界の生活を満喫しやがって」

「確かに。何もいくら不都合があるからってもうちょっと信用して欲しいよね。私たちの付き合いなんだし」

 

 はあ……と並んでため息をつく。長い付き合いなのに何も話してくれないというのは、理由があることが分かっていてもストレスが溜まるのだ。

  

「それも含めてしばらくあいつの家でだらけてやる」

「寂しがってる信にそれはご褒美だと思うけど……」

「私が知るわけ無いでしょおおおおおお!?」

 

 響いたのは少女の叫び声と男たちの雄たけび。少女の方はあまりに必死に発していた声だったため、反響してはいるがその方向が簡単にわかる。呑気な会話を広げていた二人は荷物を脇に抱え直し、言葉を交わさず、目を合わせることもなく同じ方向へと走り出した。

 

 

 

 side change

 

 

 

 男たちから逃げ続けた二人の体力はもう限界に近い。肩は常に上下運動を繰り返し、下半身の筋肉は風船のように張った感覚に陥ってしまい思い通りに動かない。

 今もなお自分たちを追い続けている男たちに目をやると、入り組んだ裏路地を走っている為頻繁に視界から外れはするが、決して遠くない距離にいることが反響音から分かった。

 恐怖と焦りが、すでにいう事を聞かなくなってきている体の動きを更に鈍くし、距離は徐々に徐々に詰められていた。

 

「グッ!」

 

 結果、二人分の推進力を生みだしていた蓮子は、曲がり角で建物に足を引っかけ転倒してしまった。手を引かれていたメリーも、彼女につまずき転倒してしまい、その重みが彼女の体にさらなる負担をかける。

 

「蓮子!ごめん大丈夫!?」

「大丈夫大丈夫……ほら早く……ッ痛」

 

 急ぎ立ち上がろうとするが、またその場に倒れてしまう。片足を先の転倒で痛めてしまい地面に着くこともままならず、既に片足で立ち上がるほどの体力は残っていない。

 

「ごめんさない!でも急がないと……掴まって」

 

 メリーが肩を貸しながら逃走を再開するが、先ほどまでに比べ比べるまでもなく遅くなり、バタバタと騒がしい足音が聞こえるほど距離は短くなっている。

 まず間違いなく、このままでは逃げ切れない。

 

「メリー」

「それ以上言わないで。言ったとしても、絶対やらないから」

 

 言葉を遮られ、提案の前に否定されてしまった。相方の表情からどんな言葉を投げかけてもその意思が揺るがず、曲げる事は無いと分かる。長い付き合いの相方の横顔が、いつもと違い一瞬たくましく見えた。

 

「……っていうのは建前で、ぶっちゃけもう一人で逃げる体力なんて残ってないわ。今なら亀にだって負ける自信もあるのだけど……もうちょっと体重掛けていい?」

 

 この状況でなんの冗談かと一瞬思ったが目がマジだ。体を預けていたはずなのにいつの間にか片足で普段の二倍の体重を支えており、相方の足腰は生まれたての小鹿より弱々しく震えているのだ。

 不思議なことに先程までは平気だったのだが、意識してしまうと途端に疲労が肉体に影響を及ぼし始め、その影響は強くなっていくのだ。それこそもう、歩くどころか立つことさえも困難なほどに。

 

「もう……無理」

 

 肉体が重力に逆らうことが出来なくなり、視覚はゆっくりとその世界を狭めていく。熱のこもる肉体とは反対に冷たく無機質なコンクリートに叩きつけたれる覚悟も間に合わない。

 

「え?」

 

 しかしそんな覚悟は必要ない。

 倒れこむはずの体は予想より早く抵抗を感じ、それは地面と全く違い柔らかく温かい。この世界に来てから常に感じていた、人の温もり。

 

「「大丈夫(か)?」」

 

 メリーを支えたのは綺麗な長髪をポニーテールにまとめた少女。

 蓮子を支えたのは平均より背が高く、髪が荒く切り揃えられた少年。

 それぞれが初対面の相手に体重をかけまいと重力への抵抗を試みるが、そんなことが出来る体力など残ってはいない。しかしメリーと蓮子がどんな行動を起こそうとしても関係ないのだ。背後には悪意のある多数の人間が迫ってきている。

 

「大丈夫じゃなくてもいいから!動くなよ!!」

「しっかり掴まってて!」

 

 二人の力が入らない体が軽く持ち上げられ、すぐそこまで迫っている汗にまみれた集団を引き離し始める。消耗していたのは向こうも同じようで一人、また一人とその鬼ごっこから脱落していく。

 

「ごめんね!緊急事態だから持っちゃったけど」

「それはいいんですけど……」

「悪いが自己紹介は落ち着いてからだ!落ちるなよ!」

「ちょっ!」

 

 さらに速度が上がり、後方の集団がみるみる引き離されていく光景が蓮子の目に映る。しかし何故後方の集団から逃げている蓮子がそれを確認できているのか。駆け付けた少女に横抱きされたメリーとは違い、蓮子がされているのは重い物を運ぶため古来よりこの日本で多用された効率的な運び方。

 

「この持ち方はおかしいでしょおおおお!!」

 

 俵のように担がれた彼女は、残り少ない体力を振り絞り抗議の雄たけびを上げる。

 

 

 side change

 

 

 ここはとある森の中にある小さな平地。木の根や地面に埋まった岩などが綺麗に取り除かれ、なにかをするにはちょうど良い空間。今日は天気がいいこともありピクニックや昼寝をするには絶好の場所となっている。

 しかしそんな空間とは相反し、そこに集まるのは多数の異形の者達であった。

 

「てめぇら全員揃ったか!?……って、ケンの野郎はまだ来てねぇのか?」

「ジンよ。ケンであれば寺子屋の用事で遅れると言っていたが、聞いていなかったか?」

「ああだったな。仕方ねぇ、俺が向かいに行ってくるから先に始めててくれ」

「いや、オレが行こう。丁度今月の行事について里主と打ち合わせしなければならなかったところだ」

「わりィなボス。じゃあ頼むわ」

 

 集団の中で最も巨大な体を持つギンはズシンズシンという振動を地面に響かせながら目的の場所へと向かう。人里のどこで人手が不足していて加勢に行けばいいのか、それを人里と妖怪集団の長同士で打ち合わせそれぞれで連絡し参加する。まだすべての人間が信頼していないのでこれ位の接触が一番お互いやりやすいのだ。

 

「ケン以外は全員揃ってんだな?なら今日の鍛錬始めんぞ!!」

「オオッ!!」

 

 そうして異形の集団たちは、初めて師に教えを乞いてから毎日続けている鍛錬をいつも通りに始めた。

 

 

 

 


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