Fate/GO 特異点B 破面蠢動魔宮ラス・ノーチェス   作:愚者の憂鬱

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我は灯火

徒の影に燻る 矮小な命

我等は月光

朧に輝き 救世を謳う



THE BLACK SINGULARITY

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……わ‼︎」

 

 衝撃。

 炸裂。

 爆炎の嵐。

 絨毯爆撃さながらのソレが、一人の青年を襲った。辛うじて直撃を避けようとも、煽りを受けた熱風が容赦無く頬に打ち付け、髪を撫ぜる。

 

「逃げるな獅郎! 恐れず立ち向かえ、我がマスターを名乗るのなら勇姿を見せよ!」

 

 どこからか轟くそんな叱咤を、マトモに聞き取る余裕も無く。

 黒崎獅郎は、ただ一心に足を動かしていた。

 力強く、されど素早く、一歩踏み出すごとにぐんぐんと加速する。

 しかし空を裂き飛来する小石は、容赦無く次々に押し寄せては、獅郎の足元で焔を吐き出し破裂した。獅郎の体がそれでも原型を留め、千切れることも灼かれることもないのは、事前に着込んでいた戦闘用ボディスーツが持つ耐熱性能のお陰か──それとも、単に相手方が手心を加えてくれているお陰か。

 黒い短髪をボサボサに振り乱しながら、子供っぽさを残しつつもそれなりに整っている顔立ちを、恐怖と焦燥に歪ませて、尚も追い立てる焔の中全力疾走を続ける。

 

「ちょ、ちょちょちょ‼︎ スカサハ⁉︎ 今日は一段と激しくない⁉︎ 何か嫌なことでもあったの⁉︎」

 

 頬を伝う滝のような汗を拭って──獅郎が、苦し紛れの問いかけを宙に投げ掛けた。

 

 人理継続保障機関『カルデア』。

 雪深い高山に置かれるその大規模施設の地下最深部には、元来人類の希望を背負って任務にあたるはずだった多くの魔術師達──彼等のために用意された堅牢な修練場があった。

 わざわざ計測するのも億劫なほど広大。フロア、壁面、天蓋には、科学と魔術の複合的テクノロジーを総動員して開発された耐衝撃素材を使用。障害物の類は一切設置していない、真っさらで真っ白な立方体の空間。

 予定通り、コレが然るべき人材によって利用されていたのなら、人類史救済のための大役として、さぞ多くの魔術師達の能力向上に貢献していたことだろう。

 だが、それも今や過去の話。

 全ての発端──圧倒的悪意によって仕組まれた大事故に晒され、二人を残し『使い物にならなく』なってしまった魔術師達は、現在揃って凍結保存中。

 よって修練場は、実質その残された二人のためだけの施設として、本来の用途こそ同じくも、設計者からすれば誠に遺憾たり得たであろう状況に落ち着くこととなったのであった。

 

 ──そんな伽藍堂の空間に、今は無数の焔華が咲き乱れていた。絶え間無く、飛び交う小石が爆裂しては、空気を弾き轟音を巻き起こす。

 全身タイツにも見紛う深紫色の戦装束に身を包んだ、美しき女サーヴァント──影の国の女王スカサハは、遠巻きに燃え上がる噴煙の煽りを受け舞い乱れる長髪もそのままに、片手に握り込んだ無数の小石──一つ一つに『爆発』のルーン文字を刻み、簡易な魔術を付与したモノを親指で弾き飛ばす。

 英霊の膂力で放たれるその小石は、狙いも正確にコンクリートをも砕く勢いで、逃げ惑う獅郎の足元に着弾し、またも爆炎を撒き散らした。

 

「つべこべ言うな。戦場での無駄な一挙手一投足は、そのまま自らの死に直結する!」

 

「し、死ぬって‼︎ たった今まさに死ぬ‼︎」

 

 爆発に掻き消えたかとも思えた獅郎の悲痛な声も、人知を超えた感覚器官を持つスカサハは難無く拾う。その上で精巧な彫刻を思わせる美貌に、はてな、とも言いたげな表情を浮かべて答えた。

 

「当然だ! 訓練だからこそ、殺す気で挑まずして得られるものなど何も無いだろう」

 

 スカサハがそれを言い淀むことは無く、その間も黙々と小石を獅郎の下へ飛ばす。

 

「くそッ‼︎ 後で絶対おっぱい揉んでやる‼︎」

 

 最早、泣いているのか怒っているのか自分でも分からなくなっていた獅郎は、剥き出しの欲望をそのままスカサハにぶつける。返ってくるのは無慈悲の爆撃だと頭では分かっていても、死を間際にした雄の性欲とは儚くも眩いものである。

 しかし。

 

「そうだその意気だ! どれ、これから私に一発入れることが出来れば、その想い叶えてやっても良いぞ」

 

 土壇場に見せた強気な発言を、スカサハは一御が明確に示した『勇士』たる姿と見たのか。わずかな逡巡も見せず、艶やかな微笑みと共に受け答えた。

 

「え? マジ?」

 

 そして、兼ねてから憧れていた魅惑のボディに触れられるチャンスを突如前にした獅郎は、煩悩に足を取られ──直後、近距離から爆発の煽りを受ける。

 背面で受けた爆風が、わずかに体を浮かばせる。それによって充分な踏み込みを得られなかった足が、急速に遁走のスピードを奪っていく──そうでなくとも、とっくに心肺機能の方が追い付いていないというのに。

 

「うぉやっばい‼︎ 追い付かれる‼︎」

 

 修行──命懸けの花火大会が開始されて、既に十分以上が経過している。

 爆発音にも負けぬ勢いで叫ぶ獅郎は、目尻に涙を溜めながらも、着実に体力の限界を迎えつつあった。今すぐにでも、全身から力を抜いて床に飛び込んでしまいたいと願うが、その数秒後に自分が迎える運命を想像して、背骨を舐めるような悪寒を覚える。

 

「くっ……──こうなれば、一か八か‼︎」

 

 骨まで黒焦げになった自らの幻影を頭から掻き消して、一思いに覚悟を決めた。おっぱ──もとい生への活力は既に再充填が完了。残されたなけなしの気力を四肢に漲らせ、それまでのスカサハを中心にした円運動の走行軌道を突然変更──体ごとスカサハに向き直り、魔力を通し筋力を底上げした両脚で床を蹴って、一直線に駆け出した。

 

「⁉︎」

 

 獅郎の眼光を正面から受け止めたスカサハも、思わず目を丸くする。地下修練場には、遮蔽物や障害物になり得るモニュメントが配置されていない。そのため、それまでの獅郎は絶え間無く飛来する遠距離攻撃を『スカサハから見て常に左右方向へ動き続けること』で回避してきたのだ。言うまでも無く、このままでは獅郎が辿る末路は、真正面から無数の爆炎に呑まれての全身火傷だろう。

 

「それは勇姿でなく……ただの蛮勇と呼ぶのだ!」

 

 もはや、ここまで来て無用な手加減はしまい、とスカサハは、それまでと変わらず小石を打ち出し、真っ向から突っ込んでくる獅郎を迎え撃つ。

 スカサハの──もとい獅郎の読み通り、獅郎の体は途端に爆炎に襲われた。正面から押し寄せる濁流の如き焔に、まだまだ未熟な硬化魔術を全身に行使しつつ、喉を焼いてしまわぬよう顔面の前で両腕を交差させ、耐え抜く。

 

「──────ッッ‼︎」

 

 その間も、獅郎の足は全速力でスカサハの下へと直進した。

 残り二十メートル。

 爆撃がさらに命中精度を上げて、腕、肩、脚と、放たれた小石が必ず体のどこかを捉えるようになる。

 残り十五メートル。

 それまで獅郎の体を無傷のまま守ってくれていた戦闘用ボディスーツが、節々に焦げ跡を作って焼け切れ始めた。

 そして、残り十メートル。

 

「どれ、少し痛い目を見てみるか?」

 

 小さく溜息を吐いたスカサハは、掌に握り込んだ残り数個の小石を全て──正面に向かって放り投げた。

 

「────────な、」

 

 スローモーションになった視界一杯に、ふわりと浮かんだ極小爆弾の群れ。

 瞬間。

 思わず目を剥いて戦慄する獅郎を、それまでとは比べ物にならない衝撃──炎熱が襲った。ドズン‼︎ という重低音が地下室中に反響して、耐衝撃素材製のフロアが僅かに抉れる。それほどの威力、即ち殺傷力。

 弾けた閃光が消え入る頃には、そこに人影は無く、もうもうと立ち昇る噴煙がスカサハをも覆わんばかりに漂っていた。空になった掌で、スカサハは乱れた髪を整える。

 

「……まだ聞こえているか、獅郎」

 

 そして煙の向こうに転がっているであろう、自らの主人たる青年に声を掛けた。

 

「かつて儂の弟子に、一人の男が居た。凡ゆる困難に立ち向かう勇気と、それに見合う技を身に付けた男だ──それこそ、儂が手ずから槍を授けるほどにな」

 

 遠い過去に想いを馳せるスカサハの瞳が、辺りに漂う煙を反射して、暗い光を放つ。ヴェールのような煙幕の向こうからは何の反応も帰ってこなかったが、それでもスカサハは気まぐれな語りを続けた。

 

「だが、そんな男でも最後は死んだ。私はお主に『勇士であれ』と言い聞かせるが……人間には、どれだけ個の力量を研鑽しても越えられない『死』と言う壁があるだろう」

 

 日頃から感情の機微に疎いスカサハが微かに目を細め、哀しげな眼差しが煙幕を突き刺した。それは、彼女自身がその『死』の壁を超越した場所に居座るが故──数多の弟子を見送ることしかできなかったが為か。

 ──煙が、段々と晴れていく。

 

「生き急ぐことは無いのだ、獅郎。お主はまだ若い。人理の滅びたこんな世界で未来を語るのもどうかとは思うが、これから少しずつで良い、私と共に強くなれ。故に、今のような特攻は……──」

 

 沈黙。

 スカサハがその日初めて、明確な驚嘆の表情を浮かべた。装束と同じ深紫の長髪が、一斉に逆立つ。

 黒崎獅郎は、スカサハの集中爆撃を凌ぎ切り、姿勢を低く煙幕に紛れて、着々と反撃のタイミングを計っていたのだ。

 スカサハが、獅郎の右手に握り込まれた瓦礫──フロアから剥がれ落ちた床の欠片を目視した時、既に獅郎の体は動き出していた。

 

「……僕はクー・フーリンとは違うよ、スカサハ。兄貴は僕になれないし、僕も兄貴になれない……だけどさ」

 

 スーツのそこら中に焼け跡を作りながらも、その眼は未だ死んでいない。

 獅郎は、全身から絞り出した渾身の力で、右手の瓦礫──指先にこびり付いた煤でルーン文字を刻んだそれを、スカサハの額に向けて投げ込んだ。

 

「……とにかくおっぱい揉ませろ‼︎」

 

 下衆な欲望丸出しの雄叫びが、修練場に木霊して──直後、強い衝撃がスカサハの視界を揺らす。

『加速』のルーン。

 物体に与えられた運動速度を飛躍的に増大させる、スカサハが獅郎に教授したルーン魔術の一つである。通常、サーヴァントの体に傷を負わせるには『神秘性』を内包する攻撃手段以外に方法は無いとされるが、スカサハの保有する『対魔術』スキルは他サーヴァントの追随を許さぬレベルにまで極まっているため、まだまだ未熟な腕前の獅郎では、逆立ちしてもスカサハに有効な一撃を入れることはできないはずであったが──。

 

(それでも、多少の目くらましにはなるだろ⁉︎)

 

 獅郎の思惑通り、額に直撃して粉々に砕けた瓦礫がスカサハの視界を一時的にブラックアウトさせる。如何なる達人と言えど、目を潰してしまえば多少なりの隙はできるはずだ、と。決死の覚悟で作り出した絶好のチャンスを逃さず、獅郎はスカサハとの間に広がる残り十メートル余りの距離を一気に詰め寄った。

 徒手空拳の両腕には、今度こそ魔力切れを起こす限界まで全血を集合させた、身体強化魔法を発動させる。

 

「……ッぜぇあ‼︎」

 

 全身全霊の一撃。

 フロアに亀裂が走るほど左足を強く踏み込み、瞼を閉じたままのスカサハへ渾身の右ストレートを繰り出す。元来女子供を好んで殴る趣味など無い獅郎には、隙だらけかつ自身の好みどストライクの容貌をした美女を傷めつけることに抵抗を覚えなくも無かったが、今回ばかりはそうも言っていられない。

 獅郎は迷いを振り払い、奥歯を噛み締める。

 そして。

 固く握り込み、礫と化した拳がスカサハの腹部に激突した。みちみち、めりめり、と女性らしい柔らかな感触が腕に伝い、獅郎は苦々しい表情を浮かべた。

 

「…………っく……!」

 

「……………………………」

 

 瞬間、獅郎が覗き込んだスカサハの表情は、いつの間にか普段の冷たい鉄仮面に戻っていた。当然か、と内心で呟く。幾ら急場凌ぎの魔術を纏っていようと、たかが三流以下の魔術師の拳が彼女に効くはず無いのだ。

 現に、スカサハの腹を打ち抜いたはずの獅郎の拳は、一寸たりともスカサハの立ち位置を押しやることが出来ていない。むしろ、互いに肌を合わせられるほどの距離で硬直してしまっている獅郎の位置こそ、そのまま次手で詰みを迎えることは不可避の状況である。

 獅郎は、やがてすぐに訪れるスカサハの反撃を予見して、恐怖のあまり瞼をきつく閉じた。

 しかし。

 

「……見事だ」

 

 獅郎の頬に触れたのは、柔らかな慈しみに満ちた掌。花が綻ぶように微笑みを浮かべるスカサハの言葉だった。

 鼻が触れ合うほどの距離にある至上の美しさに、獅郎は思わず時も忘れ惚けていたが──やがて、ぷつりと途切れた緊張の糸が、溜め込んでいた疲労感を一気に解放した。

 

「……………あ…………れ……、」

 

 突如、膝から、腕から、体から、全身の筋肉が獅郎の意思に反して急速に弛緩していく。心地のいい浮遊感を覚えながら──そこで、獅郎は意識を手放した。

 スカサハは、だらりと崩れ落ちる獅郎の体をすかさず両腕で支え、正面から抱きとめた。

 

「よもやこの私に、本当に一撃見舞うとは」

 

 さほど身長差は無いとはいえ、それでも女性のスカサハと比べれば、男性の獅郎の方が体は一回り大きい。覆い被さるようにもたれかかる獅郎をサーヴァントの筋力で難なく支えはしたが、スカサハの顔は獅郎の首元にすっぽりと埋まってしまった。

 硝煙と男らしい汗の匂いが、鼻をつく。

 

「……そうだな、少し、休憩にするか」

 

 しかしスカサハの表情は、彼女自身が悠久の生の中でいつか失ってしまった『何か』を思い出させるような、温かで優しい感情に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 伽藍堂の修練場。

 今はもう、そこに焔は無く、噴煙も爆音も鳴りを潜めている。

 静寂の中で目を覚ました獅郎の瞳に最初に飛び込んできたのは、大きく突き出た双丘であった。ひどくぼやけた視界が、だんだん輪郭をはっきりと描き出した頃、ようやくそれが『豊満な乳房を下から見上げた様』であることに気付く。

 

「……起きたか、獅郎」

 

「…スカ、サハ?」

 

 双丘の合間から顔を出した、絶世の美女。そこからさらりと垂れた深紫の長髪が、獅郎の鼻筋をくすぐった。

 

「せっかくだ、もう少し寝ていろ。今のままでは、またすぐに倒れて修行どころではなくなる」

 

 獅郎は、そう語るスカサハが既に戦闘用の装束──彼女の髪色と同じ、深紫の全身タイツ──もといボディスーツを着ていないことに気付く。

 代わりにそこにあるのは、真っ白な毛糸で編まれたニットのワンピースセーター。先刻起きてから、後頭部を優しく包み込む柔らかな肉感からして、太腿の大きく露出した──以前自身がバレンタインデーのお返しとしてプレゼントしたモノだと理解した。

 

「……君の膝枕なら、いつまででも寝られるよ……」

 

「……やはり今すぐ叩き起こしてやろうか」

 

 冷たく言い放ったスカサハの表情は、相変わらず無機質ながらも、どこか満更でもなさげに緩んでいる。そんな姿がいやに面白く感じて、獅郎もまた微笑んだ。

 

「にしても、やっぱり兄貴から聞いてた通りだ。……容赦無いね、スカサハは」

 

 スカサハはその言葉に一瞬何かを言い淀んだが、すぐに無感情な顔立ちを取り戻す。

 

「あれぐらいやって当然だ、とさっきも言っただろう。それに元はと言えば、お主が『魔術の訓練をしたい』と言いだしたのが始まりだ」

 

 そう。

 そもそも獅郎が、サーヴァントにして手練れの魔術師であるスカサハに修行をつけてもらうようになった理由は、度重なる『聖杯探索』の中感じた、自身の能力の圧倒的矮小さがためであった。肝心な局面で何の力にもなれず、ただ付き従ってくれるサーヴァント達が勝利を与えてくれるのを待つばかりであった自分に嫌気がさしたのだ。

 獅郎が当初それをあるサーヴァントに相談した時には、『貴方は、私達の心を繋ぎ止めてくれていればそれでいいのです』と一蹴されてしまったが。それでは男としても、魔術師の端くれとしても立つ瀬が無いと、一念発起した結果現在に至る。

 獅郎はスカサハの柔らかな太腿──至福の感触を噛み締めながら、そうだったね、と返した。

 しばしの沈黙。

 瞳を閉じて尚も太腿を味わっていた獅郎がふと目を開けると、おっぱ──双丘の向こうから、スカサハと目が合った。天井の光を背負ったスカサハの顔は、何故か神妙な顔つきをしているように見える。

 

「……何故だろうな」

 

 スカサハが、じっと獅郎の瞳を覗き込む。

 

「影の国を治めていた頃の私は、師事を執る際に半端な手加減などしなかった。……比喩でも何でもなく、本気で弟子達を殺すつもりで挑んだ。だが、何故かお主を前にすると、私の意志は目に見えて揺らぐのだ」

 

 獅郎も知らない、スカサハの遠い昔の記憶。

 一体どれだけの出逢いと、どれだけの別れを経験してきたのだろう、と。過ぎ去った日々に想いを馳せるスカサハの表情を見て、獅郎は胸の内に僅かな疼痛を覚えた。

 自分ならどうするだろうか、と。

 どれだけ深く絆を結ぼうと、やがてそれが風に錆び付き、千切れてしまうのなら──不死の体を呪うことも、きっとあったかも知れないと。

 

「……あまつさえ、『共に生きろ』と、そう言い換えてしまってもいい文言が口を吐いてしまった。悠久の時を生きてきた私だ、ついに気でも狂ってしまったのだろうか……」

 

 それは、彼女が聖杯に望む願いと、真っ向から矛盾すること。スカサハが、自嘲気味に微笑んだ。

 悲哀。

 追憶。

 悔恨。

 様々な感情がスカサハの顔を過るのを感じ取った獅郎は、それでも静かに笑った。

 

「一緒に生きて行こうよ」

 

 静かな声音が、スカサハの耳に流れ込む。

 

「僕はスカサハと……君達と出逢って、まだそんなに時が経っていないけれど。一緒に生きて、どうか頼りない僕の行方を切り開いて欲しい」

 

 獅郎がスカサハの頬に手を伸ばし、絹のように滑らかな肌をそっと撫でた。スカサハは、それに一切の嫌悪感を示すことなく、寧ろどこか熱のこもった眼差しで獅郎を見つめ返している。

 

「そんで、全部終わった平和な世界で死ぬほど人生を謳歌して……──君が呆れるほど長生きして、笑って死んでいくからさ」

 

 そして、無邪気に笑って見せる。

  その時スカサハは、胸を焼くような『何か』が自身に芽生えたのを感じた。それは、今まで気が遠くなるほどの人生を送ってきた中でも、一度だって味わったことのない感覚。思わず頬が紅潮し、口元が緩んでしまうような、甘い『何か』だった。

 

「……全く、お主という者は」

 

 スカサハは頬に置かれた手を取って、その熱を体に刻み込むように、そっと胸の合間にうずめる。その柔らかな重量感に鼻の穴を膨らませながらも、獅郎は屈託無い笑顔でスカサハを見つめ続けた。

 ──しかし。

 

「……あ、忘れてた‼︎ 約束‼︎」

 

 二人だけの世界にどっぷりと浸かっていたつもりのスカサハを置いて、獅郎が大声を上げて飛び起きた。いつの間にそこまで回復していたのか、とスカサハは目を丸くしたが、本題はそこではない。

 

「おっぱいだよおっぱい‼︎ 僕がスカサハに一撃でも入れられたら、おっぱい幾らでも揉みしだいていいって約束‼︎」

 

 必死の表情。両の手をわしゃわしゃと動かし、身振り手振りで自身の興奮を表現する性欲の塊。そんな獅郎を遠い目で眺めていたスカサハは、『揉みしだいていい』とまで言ったか、と若干誇張気味になった主張に大きく溜息をついた。

 スカサハは獅郎を、日頃から巫山戯てはいるが、根の部分では一途で強い意志を持っている男だと、彼女にしては類を見ない高評価を下していたのだが。

 

(しかし、肝心な時に限って空気を読まない癖はなんとかならないのか……)

 

 忌々しげにこめかみに手を当てるスカサハにも構うことなく、獅郎は欲望の赴くまま駄々をこね続ける。

 

「一応通したでしょ、一発!」

 

 その場をぴょんぴょんと飛び跳ね、くねくねと艶かしい動きで腕を振り回す──成り行きとはいえ、自らの主人を務めているはずの男に、憐れみや羞恥を超えて最早苛立ちを覚えたスカサハは、呆れて説教をする気にもなれなかった。

 

「……仕方ない」

 

 結果、全てを諦める。

 正直、戦闘以外で他人と深く触れ合うことは何千年ぶりかも分からないが、別に触られても減るものではないし──いくら触られたところで、相手が獅郎なら、別段嫌な気もしない。そう思い、獅郎の頭を迎えていたままの姿勢──綺麗な正座姿で、スカサハは折り畳んだ両腕を、胸元で内側に引きつけ。彼女の胸部に付いた二つの柔肉が、むにゅりと寄せ合った。

 

「ほら、好きなだけ揉め」

 

 その顔には、僅かな羞恥の色がさしている。

 

「え?」

 

 しかし、目に見えて動揺したのは獅郎の方であった。

 あのスカサハが。

 いくら(性的)触れ合いを試みても、つれない表情で槍を投擲してきたあのスカサハが。

 こうもあっさりと、自分に体を許した。

 

(ど、どういうことだ⁉︎ 何か裏でもあるのか、揉んだ後指を全部捥ぎ取られるとかか⁉︎)

 

 ──黒崎獅郎。

 今や人理を背負って立つ英雄となりつつある青年だが、色を好む割にはどうにも相手方からの好意に鈍感である。

 深刻に眉毛を潜め、戦闘時さながらの本気度を持って、おっぱいに臨む。

 あと一歩踏み込めば、何を思ってか神妙な顔付きで瞳を閉じたスカサハが待つ。そんなところまで近付いて起きながら、最後の一歩を繰り出す覚悟が固まらない。

 

 

(……いや、何を迷うことがある! スカサハのおっぱいに比べたら、両の指なんか安いもんだ!)

 

 今一度、獅郎はスカサハの全身を舐め回すように観察した。

 語るまでもない絶世の美貌と、艶やかな髪、ハリのある肌。

 ニットの下から膨らむ乳房は、よく見ると乳頭部分がつんと立っている──まさか、ノーブラだとでも言うのか。

 太腿の付け根辺りで途切れた裾からは、この分では着けているかもわからないショーツが今にも覗きそうである。

 こんなモノを見せられて、理性を抑えられる男がいるはずもない。獅郎は、ようやく決断した。

 

「……じゃ、じゃあ、遠慮なく……」

 

 しどろもどろになりながら、ゆっくり、ゆっくりと腕を伸ばす。普段は女性サーヴァント相手に人目をはばかることなくセクハラを繰り返す獅郎──人間の屑であったが、いざ本当に『そういう』雰囲気になると、何故か童貞感を隠せなくなってしまう。

 

「…………ん、」

 

 薄眼を開けて、にじり寄ってくる獅郎の姿を確認していたスカサハも艶かしい吐息を放ち、男らしく無骨な指が自らの肉に沈んでいく様を想起し、頬を少し紅潮させた。

 その瞬間。

 

「話は聞かせてもらいました、先輩」

 

「あッッッッッッッッふぉ‼︎」

 

 突如、背後から聞き慣れた少女の声に呼ばれて、獅郎はスカサハから弾かれるように後退した。勢い余って足を縺れさせて、二転三転と地面を滑る。

 

「…………やはり来たか」

 

 スカサハがなんとも言えない表情で見つめる先に、その少女は立っていた。

 紫がかったセミロングの白髪。

 右眼側を隠すアシンメトリーな前髪と、黒のシックな眼鏡。

 マシュ・キリエライトは、カルデアの女子制服の上からパーカーを着込んだ普段通りの格好で、その表情に明らかな怒気を宿していた。

 

「ちょ、マシュっ‼︎ いつの間に、って言うか来るならもっと早くに声掛けてよ‼︎ ビックリしすぎて変な声出たわ‼︎」

 

 服についた埃を落とそうとして、既にそこら中が煤けていることを思い出した獅郎は、慌ててマシュの下へ駆け寄る。

 しかし、マシュはそんな獅郎を一瞥するだけで、まともに目も合わせず淡々とした声色で受け応えた。

 

「急に来られたら困るような、いかがわしい事をしているのがいけないんです。それと、私は普通に入り口から入室しましたよ。……先輩はともかく、ランサーさんは気付いていたと思いますけど」

 

 そう言って、ジロリと横目でスカサハを睨み付ける。その視線には様々な意図が含まれていたが、当のスカサハはそれをどこか挑発的な微笑みで受け止めた。

 

「ああ、勿論気付いていたとも。その上でなんら問題無いと判断したから、こうして私のマスターと触れ合っていたわけだが」

 

 まぁ未然に終わってしまったがな、とスカサハがぼそりと呟くも、マシュは普段のポーカーフェイスからは想像し難いほどの敵愾心を剥き出しに食い下がる。

 

「倫理的にもカルデア内の風紀的にも問題大アリです。あと先輩は『あなたの』マスターではなく『みんなの』マスター、そこを勘違いしないでください」

 

 スカサハはマシュ・キリエライトのことを、無表情でどこか空虚な雰囲気を醸し出している少女、と認識している。故に、マシュが何かに執着を見せたり、感情を取り乱す様を見ると少し面白くなる傾向にある反面、同族嫌悪とも言うべきか。常に凛然としているようで、自分と同質の空虚さを併せ持つスカサハのことを、マシュは何故か良く見れないことがあった。

 

「……なるほど、肝に銘じて置こう」

 

 ようやく正座を解いたスカサハは、ぺたぺたと生足の裸足でマシュの下へ歩み寄る。そしてどこか裏を感じさせる神妙な表情で、マシュの鼻先近くで正面から向かい合って答えた。十センチ近く身長差がある二人では、マシュはスカサハを見上げる形になるが、それでもそんな圧迫感に負けず、マシュは相手と至近距離から視線を交わしたまま、側に所在無さげに佇んでいた獅郎に声をかけた。

 

「先輩、新たな特異点が発見されました。ブリーフィングを行うので、すぐに着替えて上に来てください」

 

「……あ、えーと。その、なんて言うか……分かりました」

 

 急に声をかけられた獅郎は一瞬答えに言い淀むも、これ以上現状を悪化させたくない思いから、是非もなく承諾した。

 それと同時に、マシュとスカサハも視線をぷつりと切った。

 

「そういうことなら、私も一度自室に戻ろう。……次の獅郎との修行を準備しなければ」

 

 しゅんと沈み込んでいる獅郎を見遣ったスカサハが腰に手を当てて言う。マシュはその言葉に一瞬ぴくりと体を震わせたが、直ぐに踵を返して二人に背を向け、修練場を後にする。

 

「では先輩、上で待っています」

 

 その声は、いつも通り平坦で感情の昂りをまるで見せないが、獅郎にはなんとなく彼女が不機嫌なままであることが分かった。

 

「あと、ドクターとダヴィンチさんがまた怒ってましたよ。修練場の修理を毎回担当しているのは自分達だ、と」

 

「……それは今度本当に謝りに行くよ」

 

 遠くなっていくマシュの背中を見送りながら、獅郎の脳裏に、カルデア最大の苦労人──ロマ二の顔が浮かぶ。いつも爽やかな美青年風の男だが、偶に廊下ですれ違うと、急に二十年近く老け込んだかとも思えるほどやつれているから心配である。

 その度に、『技術士関連の仕事にだけは絶対に就かない』と獅郎は決意を固めるのであった。

 

「……それにしても、新たな特異点、ね」

 

 今になって、獅郎はマシュの言葉を反芻する。これまでも何度か、突如として観測されるようになったイレギュラーの特異点は存在した。果たしてそれが『人類史再生』に必要なモノか否かは、ロマ二の見解を聞くまでは分からないが──結果としてどちらであろうと、獅郎が取る行動に変わりはない。

 

「是非もないことだ。……どうせ行くのだろう。そこに悲劇と、人々の嘆きがある限り」

 

 獅郎が声に振り向くと、スカサハは穏やかな微笑みを浮かべていた。

 

「うん。行くよ」

 

 迷いのない眼差し。

 そこに強い意志と、確固たる覚悟を見て取ったスカサハは、それでこそだ、と深く頷く。

 

「用があればいつでも呼べ、マスター。このスカサハが、お主の行く手を阻む全てを打ち払ってみせよう」

 

 そう言って、スカサハの体が眩い粒子と共に宙に溶け出す。やがて、どこからともなく吹き付ける風が、その姿を消し散らした。

 ──広大な修練場フロア。

 一人残された獅郎は、怪訝な表情を浮かべるのであった。

 

「……さて、今回も大仕事になる予感がするな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「やぁ黒崎君、待ってたよ」

 

 取り敢えず自室でスーツを脱いでから、手早くカルデアの制服に着替えた獅郎は、俄かに息を乱しながら管制室に辿り着いた。

 中には既にマシュと、職員制服の上から白衣を着た好青年──ロマ二が、数枚の紙媒体資料とタブレットを抱えて、人好きのする笑顔で獅郎を迎えた。

 

「いやぁすいませんドクター。最近修行に熱が入っちゃって……」

 

 ははは、と獅郎は乾いた笑いを吐き出しながら、ちらりと横目でマシュを見つめる。一瞬だけばっちりと視線が噛み合ったが、相変わらず不機嫌そうな顔をしたマシュの方から思い切り睨みつけられた。

 

(……さっきは流石にまずいところ見られたなぁ、やっぱりあれが原因だろうか)

 

 未だマシュの異変の理由にピンときていない獅郎は、微妙な表情を浮かべたままマシュから視線を逸らす。これ以上睨まれ続けたら、胃が持ちそうになかった。

 

「正確には『修行』に、でなく『スカサハさん』に、ではないですか?」

 

 しかし、そんな獅郎の思惑とは裏腹に、マシュは的確に嫌なところを突き刺し、抉り、掘り返す。ここ最近妙に人間味を帯びてきた無表情な後輩に、獅郎は内心旋律を禁じ得なかった。

 

「……やっぱりまだ怒ってる?」

 

「何がですか? 先輩の言うことはよく分かりませんね」

 

 取り付く島もない、と思わずげんなりとする。一方的に険悪な雰囲気が辺りに充満しだす中、助け船を出す──出さざるを得なかったのは、やはりロマ二だった。

 

「ま、まぁとにかく、今回も特異点が新たに観測されたって話だよ、二人とも」

 

 ロマ二は手に持ったタブレットをさっと操作して、観測した謎の特異点についての粗方の概要を表示した画面を出した。マシュと獅郎も、それを覗き込む。

 

「恐らく今回は、人理修復に直接の関係がないモノだろう。それに、いつかと同じようにシバを通しても全く観測が出来ない。規模も時代も、完全に謎だ」

 

「……つまり、レイシフトしてみなきゃ何も分からない、ですか」

 

「でも、聖杯らしきモノの反応とかは分からないんだよね?」

 

 確認した画面上の情報とロマ二の言葉に、獅郎もマシュも難しげに眉をひそめる。聖杯探索にイレギュラーが発生することは、今まで珍しくもなんともなかったが、やはり情報不足とはそれだけで任務の危険度を段違いに増大させる。

 全ての始まり。獅郎がカルデアに召集されてから、カルデア内の時間で約数か月。現在生き残っている全カルデア職員──獅郎、マシュ、ロマ二は、それを身に染みて体験していた。

 

「いや、実はそれらしき存在は確認されて……と言うか、それくらいしか分かることがないんだけどね」

 

 ロマ二が、どこか申し訳無さそうに頭を掻いた。普段、肝心なところでばかりトチを踏んだり、物腰が軽いことがあってか、カルデア内でのロマ二の扱いはかなり悪い──俗にいう弄られキャラである。

 しかし、与えられた仕事をサボるようなことや、全人類の救済を掛けた大仕事に対して不誠実な態度をとるような輩ではない事は、獅郎もマシュも十二分に理解している。

 自分を責める様子を見せたロマ二に、獅郎は微妙な後ろ暗さを感じた。

 

「とにかく、行ってみよう。僕とマシュ、後は僕が連れて行けるだけのサーヴァント達……取り敢えずいつものメンバーで。何か異変が起きたらすぐに戻るよ」

 

 笑顔を浮かべ、ロマ二に向かってサムズアップする獅郎。今まで幾度と無く困難を打ち破ってきた未熟な英雄の姿を見たロマ二は、しばらくぽかんと呆けてから、力強い笑みで応えた。

 

「…そうだね、お願いできるかな」

 

 そんな二人をじっと見ていたマシュは、小さく溜息を吐いて、くるりと踵を返す。

 

「了解しました。ではすぐに沖田さん達を呼んできますね」

 

 ようやくいつも通りの平坦な声色──未だどこか不機嫌な感じもするが──で、マシュが小走りで動き出す。やがて自動ドアから管制室を退出したマシュの背中をじっと眺めていた獅郎は、どうにも原因が分からないマシュの機嫌の悪さにげんなりとした。

 

「……幾ら何でも、あんなに怒るかなぁ、普通」

 

 ぼそりと漏らしたそんな独り言を、ロマ二が思わず拾う。

 

「多分だけど、また黒崎君が女心を理解してないからあんな感じなんじゃあないの?」

 

「いやいや、むしろ普段から女心しか考えてないですよ、僕」

 

「それはそれで気持ち悪いよ……」

 

明らかな侮蔑の目が、獅郎に突き刺さった。

 あのロマ二からドン引きされてしまった。

 後に獅郎は、『この時ほど傷付いたことは無い』と、しばらくの間カルデア中に語り歩くことになる。勿論、『そりゃあお前が悪いよ』以外の結論がサーヴァント達から返ってくることは無かったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




普段ポエムを書いてる時の師匠がどんなこと考えてるのか知りたい。どうやったらあんなセンスの塊みたいな詩が浮かぶんだよキレるぞ。
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