Fate/GO 特異点B 破面蠢動魔宮ラス・ノーチェス   作:愚者の憂鬱

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貴方が明日 消えるなら

私の命は 明日まででいい

貴方が明日 笑えるなら

私の命は 今日まででいい



DEAR MY SENIOR

 

 

 

 

 

 

 青白い閃光。

 スパークが迸る。

 普段となんら変わることはなく、コフィンからレイシフトを終えた獅郎達六人の前に現れたのは、どこにでもあるような一般住宅街であった。

 空には、ぞっとするほど美しく輝く三日月。

 眩い光が一片の雲の遮りもなく街に降り注ぎ、辺りには夜中とも思えない明るさがある。

 

「ここは……日本のどこか、ですかね。街並みの雰囲気からすると、そんな感じがしますけど」

 

 民家の上。

 瓦屋根に佇むマシュは、デミサーヴァントとして普段通りの礼装と、主武器の巨大な十字盾を片手に、傍の獅郎に確認を取るような問いかけをしてから直ぐに周囲を見渡した。人影は一つも見当たらず、遠くの地平には宝石のように瞬くビル群がある。

 思わずそれに魅入っていたマシュの横顔にわずかな笑みを浮かべてから、獅郎も自分の見解を打ち立てた。

 

「雰囲気も何も、日本だね、ココ。故国だから間違えようが無いと思うけど……流石にこの景色に見覚えがあったりはしないなぁ」

 

 何県だろう、と小さく呟いて、獅郎は顎に指を当てる。脳内では、様々な憶測が現れては消えていく中で、いまいち信憑性の高い仮説が浮かばない。

 そんな獅郎の背後から、明朗なソプラノが響いてきた。

 

「ほほー! これが未来の日本ですか。あくまで知識としては聖杯から与えられていましたが、いやぁ時の流れとはここまで劇的なんですね」

 

 そう行って子供のようにはしゃぐのは、桜色の着物に袴姿。革のブーツを履く、明治時代の女学生然とした──まだ幼さの残る色白の美女。

 沖田総司は、色素の薄い金髪を振りながら、見晴らしのいい屋根の上から辺りを見回して、ほへーと感嘆の声を漏らした。

 

「……極東の島国。ここが、マスターの生まれ育った国ですか。木々や動物達などの自然の気配が薄いですが、なるほどこれは人間からすると、大層に住みやすい場所なのでしょうね」

 

 そんな沖田のすぐ後ろで、同じく辺りを見渡し、静かに頷く女性。北欧人らしい整った鼻立ちに、シミひとつ無い白い肌。輝く金の長髪を三つ編みに結った、戦装束の聖処女。

 ジャンヌ・ダルクが、手に持った巨大な旗を足元に突いて、自身の主人の過去に想いを馳せ、感慨にふけっていた。

 

「……そうか、マスターもかつてこの世界で、無邪気な子供だった時代があったのだな。実際にその姿を見れないのは、少し残念に思うが」

 

 月下の風景に、そっと瞳を閉じる。

 翡翠色のドレスを身に纏った半獣の少女、神代の狩人──アタランテが、決して干渉できはしない主人の遠い過去を通して、自らの過去をも追憶する。右手に抱えた巨大な弓が、彼女の握力に僅かに軋んだ。

 そして、そのすぐそばの電柱の上。

 赤い毛皮のマントを夜風にたなびかせ、黄金の鎧を身に付けた青年。

 

「…なんだ、一人ずつ感想を言わなければいけない流れなのか?」

 

 目つきの悪い色白の男──カルナは、ボサボサの白髪を揺らしながら、自分以外の五人の方を訝しげに見つめた。

 

「……いや、何もそんなワケでは無いんだけど……」

 

 獅郎は、「余計なこと言うな」と思う反面「確かにそんな空気だったよね」と、同じ疑問を抱いていた者同士シンパシーを感じてしまっている自分がいることも認めていた。悪い奴でないことは確か。だが、どうにも言動の節々に要らん事を付け加える癖があるようだ、と獅郎は一人カルナについて冷静な分析を続ける。

 

「……ってそんなことが本題じゃあ無いんだった。よし、全員聴いてくれ!」

 

 咄嗟に気持ちを改めて、獅郎は大きく手を打ち周囲のサーヴァント達の視線を一斉に集めた。穏やかな笑みを浮かべる者、うずうずと高揚している者、難しそうに眉をしかめる者──何を考えているのかよく分からない者。

 それぞれが主人たる少年の口元に意識を傾け、続く言葉を待つ。

 

「取り敢えずは情報収集から入ろうか。僕等は互いに念話通信機を使えるから、出来る限り分散してこの街の方々を見て回りつつ、何か異変が無いかを調べよう。──っと、そうだアタランテ、この街の名前がどっかの標識に書いてあったりする?」

 

 獅郎の問い掛けに、ドレスの袖の上から漆黒のグローブをはめた両腕を組み──アタランテは不敵な笑みを浮かべて応える。

 

「愚問だな、マスター。私の眼にかかれば、そんなことを調べるのは造作も無い」

 

 言うや否や、アタランテはふと目に付いた方向に首を向け、弓兵に必要不可欠な高水準の視力を持って、ごった返した都会の街並みをくまなく探る。得るべき答えは、数秒の間も無く見付け出した。

 

「……東京都の、『空座町(からくらちょう)』、と言う町らしい。細やかな番地なども分かったが……教えた方がいいか?」

 

「さっすがぁ、ありがと。でも番地の情報はそれほど重要じゃあ無いかな」

 

 びし、っと親指を立て、獅郎はアタランテにサムズアップをして見せた。当然だ、と言わんばかりに肩をすくめて見せるアタランテであったが、獅郎とカルナ以外のサーヴァント達には、そのポーカーフェィスが普段に比べ何処か浮き足立っているように感じられていた。

 

『えぇ、ちょっと! そう言うのは普通僕の仕事じゃないか? さりげなく僕の出番を削減しようとするのやめてくれよ!』

 

 耳に装着した通信機から聞こえてくるロマ二の悲痛な声をガン無視し、さて、と話を切り上げた獅郎は、そのままサーヴァント達に向き直る。それは、これから支持する細やかな行動の予定についての話であったが。

 

「Dr.ロマンの話によると、聖杯らしき反応がこの空座町──特異点から感知されたって事だから、きっとその手がかりが見つかるはず。みんな、くれぐれも気を付けて……──」

 

「さぁさマスター、一緒に街を見回りましょう!」

 

 獅郎が言葉を切るよりも前、突如として声を上げたのは沖田だった。嬉々とした表情で明らかなハイテンションを思わせる沖田は、着物の裾から、籠手を装着した右腕を天に突き上げと、そのままつかつかと獅郎に歩み寄り腕を掴む。

 しかし、そんな沖田の腕をさらに掴んだのは、鉄のガントレットに覆われた華奢な指。いつの間にか獅郎の背後に回っていたジャンヌの腕だった。

 

「ちょっとお待ちなさいセイバーさん。貴方この間もそう言って、レイシフト先の夜の森に獅郎さんを連れ込もうとしましたね。……一体なんのつもりですか?」

 

「えー、あの時だって結局ルーラーさんに邪魔されちゃったじゃないですか。此処は日本なワケですし、同じ日本出身者同士で見回った方が色々楽しめると思うんです」

 

 ぐんぐんと腕を掴んだまま沖田に詰め寄るジャンヌ。いきなり険悪な雰囲気が、二人の間から溢れ出す。元々顔立ちが似通っていることもあってか、沖田とジャンヌが何故か事あるごとに意見を衝突させる傾向にあったことを、獅郎はふと思い出した。せっかく兄弟みたいなんだから仲良くしたらいいのに、とかつて獅郎は一人っ子代表としてジャンヌに聞いてみたが、『もはや本能に近い反発感なので仕方ありません』と返され、すごすごと撃退されてしまった。

 以降、二人の口喧嘩に介入することを諦めていた獅郎であったが。

 

「やかましいぞ二人とも。決めあぐねると言うなら、私がマスターのお守りを担当するが」

 

「ちょっ、何さりげなく漁夫の利キメようとしてるんです? ダメですからねアーチャー!」

 

「そ、そうです! ふざけないでアーチャーさんもセイバーさんを止めてください!」

 

 最近は新たに個性的なメンバーを加えてしまった一行は、より騒がしく、よりギスギスすることが多くなった気もしていた。

 

(まぁ、僕としては悪い気しないけど)

 

 獅郎はそんな美女三人が自分を巡って争う姿に、人知れず得意げな表情を浮かべていた。生粋の女好きとしてその悪名をカルデア中に轟かせている獅郎であったが、なまじ尋常でない求心力といざという時の判断力に長けているため、存外彼を慕うサーヴァントは多い。中には、心酔していると表現してもいい輩まで現れる始末である。

 

『うわぁ、相変わらず女難の相は消えないねぇ。そろそろ赤い弓兵さんにでも相談したらどうだい?』

 

「煩いですよロマ二さん」

 

 しかし。

 鼻の下を伸ばし、キャットファイトを繰り広げる三人を遠巻きに眺めていた獅郎は、突如として体を貫く冷ややかな視線を感じた。

 考えるまでもなくそれは、獅郎の傍らでじっと身じろぎひとつしていない、麗しの後輩から発せられていたものだった。心配になるほど白い肌が、四肢を大きく覗かせるデザインの黒い戦闘用礼装の端々から見て取れる姿のマシュは、ただ無言のままに獅郎を見つめ、右手に抱える巨大な盾の柄を力強く握っている。

 

「……ちょ、っと三人とも聞いてくれ。……僕、今日はマシュと一緒に行動しようかなー、なんて」

 

 マシュ自身の身長すら超える大きさのその盾に、確かな命の危機を感じた獅郎は、それ以上マシュの機嫌を損ねないよう、真っ青な顔色で場にフォローを入れた。

 それを聞いたマシュは、誰にも気付かれないほど僅かに頬を紅潮させたが、視線はつんと獅郎からそっぽを向ける。

 待ったをかけたのは、それまでやいやいと言い争っていた三人のサーヴァント達だった。

 

「え、ええっ⁉︎ なんで今日はマスターから選ぶんですか? 普段は自分から誰かを指名することはあんまり無いのに……」

 

「ま、マスターがそう言うならそれで良いのですけど……でも……」

 

「……なんだルーラー、貴様もなんだかんだ言って狙っていたのではないか」

 

 ち、違います! とジャンヌの声が響き、一度は鎮まったはずの再び三人が騒ぎ出す。やれやれと眉間を揉む獅郎。ふと、三人の後方でじっと瞳を閉じ腕を組んだままのカルナが視界に入ったが、珍しく場をかき乱すKY発言をしないインドの英雄に内心ホッとしつつも、このままでは延々に収拾がつかないと悟った獅郎は、覚悟を改め強引にその場を離脱することにした。

 

「じゃ、僕とマシュはこっち探すから、あとはシクヨロ!」

 

「えっ、ちょ、先輩⁉︎」

 

 ようはただの逃亡である。

 突然のことに驚き頬を染めるマシュの手を取り、獅郎は明後日の方向に走り出した。そのまま全身に強化魔術を施し、信じられない重量の盾ごとマシュを抱え──お姫様抱っこで屋根をひょいひょいと飛び移る。

 次第に、三人娘の喧騒は遠くなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 空を覆う闇。

 そのど真ん中を我が物顔で居座る三日月が、悠然と目下の街を照らしている。

 辺りには人々の喧騒も、車両のエンジン音も無い。ただどこまでも停滞していくような時の流れが、静かに、静かに流れていた。

 そんな平穏を切り裂いて。

 ぱき、と小気味良い破砕音とともに、宙に浮かぶ月の表面に一文字の亀裂が入った。樹木が枝を伸ばすようにどんどんと広がっていき、音も大きくなっていく。

 やがてそこは、複数の人間が余裕で出入り出来るほどの巨大な穴となった。

 それは、『虚膣(ガルガンダ)』と呼ばれる時空の門。

 人智を超えたある存在──種族達が、自らの世界と、外側の世界を行き来する際に使う架け橋である。

 

「────────…………」

 

 穴の中から、無数の人影が浮かび上がった。それは虚空を確かに踏みしめて、一歩、また一歩と、暗がりの中から進み出る。

 現れたのは、全身白い装束に身を包んだ、異形の集団だった。全員が袴に足袋、腰に日本刀のようにも見える刀剣を差し。

 

 頭部には、それぞれ形状の違う『欠けた仮面』。胸元や腹部が大きく肌蹴た装いをしている者には、その中心に大きく穿たれた『孔』があった。

 

 それは、彼等がかつて人だった頃に失った、心の痕。亡くし、彷徨い、欠落した大事なモノが『在ったはずの場所』だった。

 

「ぶっはぁはははははは‼︎ 久々の現世だなぁオイ‼︎ 相変わらず霊子が薄くて息がし辛いぜ‼︎」

 

 筋骨隆々。下顎を仮面が覆う、見上げるほどの巨漢が、野太い大声を夜の街に響かせる。それを、側に立つ小柄な男が冷たい無表情で諌めた。

 

「五月蝿いぞヤミー……。今回はこっちで突然感知された謎の力、その正体を探ることだけが目的だ。本来はお前のような暴れるだけが能の馬鹿、連れて来る必要は無かった」

 

 異様に青白い肌をしたその小柄な男は、細い両手を袴のポケットに突っ込んで、遠くの街並みをじっと見つめている。左半頭を覆うのは、真白な頭骨を模した仮面。

 その風貌は、何処か根拠の無い虚無感を想起させる。

 

「おいおい連れねぇこと言うなよウルキオラ‼︎ つーか暴れるだけの馬鹿って言やぁ、コイツも大概じゃねーか⁉︎」

 

 ヤミーと呼ばれた大男はそう言うと、親指を突き立て自身の後方に居る別の男を指した。

 引き締まった筋肉と、胸元の大きく露出した短ランのような上衣。臍の辺りにはぽっかりと空いた大孔が穿たれ、空のように碧い髪を逆立てた、野獣の如き鋭い顔付き。

 男は自らに向けられたヤミーのゴツゴツとした指に、僅かに眉を顰め、唸るような低音を発する。

 

「……喚いてんじゃねぇよ雑魚が、殺すぞ」

 

 途端に。

 空気と、ヤミーの愉しげな表情が固まる。

 代わりに、刺すような殺意と一触即発の雰囲気が周囲に満ち始めた。野獣の男と、ヤミーの視線がばっちりと噛み合って、視覚化されんばかりに火花を散らす。

 

「……お?」

 

 挑発的な声色で相手を煽りつつ、忌々しげに顔を歪めたヤミーが、一歩大きく野獣の男へ足を踏み出した。あわや戦闘が開始されんとしたその時、二人に制止をかけたのは、それまで黙り込んでいた全く別の男だった。

 

「止めろグリムジョー。そんな『程度の低い』争いは、お前に似合わない」

 

 長身の白装束に、左眼から頭部にかけてをすっぽりと覆い、右側頭へと大きく突き出した異形の仮面。それから、辮髪が特徴的な壮年の男。

 悪びれのない冷静な表情で言い放たれたその言葉に、ヤミーは明らかな自身への嫌味を感じ、咄嗟に怒りの矛先を変える。

 

「待てよてめぇコラ、誰に向かって口聞いてんだこの……──」

 

「いい加減にしろヤミー」

 

 今度こそ決壊するかと思われたその時、ヤミーの傍らに立ち尽くしていたはずの小柄な男──ウルキオラと呼ばれた男が、全身から辺りを呑み込まんばかりの殺気を放出した。

 その場にいた全員が、瞬時に息を呑み、身体中から嫌な汗を吹き出す。その中でさほど動じることがなかったのはただ一人、空色の髪をした獣のみ。

 

「そいつの言い分は正しい。無駄な行いを藍染様に報告されたくないのなら、大人しくしているべきだ」

 

 ウルキオラが、虚ろな瞳で辮髪の男を見やる。それだけで男は、立つこともままならないほどのプレッシャーに全身を襲われ、戦慄を禁じ得ずにいた。

 しばしの沈黙が横たわる。

 しかし。

 誰もが閉口し、ウルキオラの次の言葉を待つ中、平然と虚空に足袋を踏み鳴らして、何処かへ歩き去ろうとする影が一つ。

 

「……どこに行く、グリムジョー」

 

 呼び止められた野獣は、振り返ることはなくとも、一度足を止めた。空色の頭髪が夜風に靡き、どこか鬣のような印象をその場の全員に与えた。

 

「……決まってんだろ」

 

 煩わしそうに眉を顰め、野獣が答える。

 

「正体が分からねぇなら、屍体にして藍染のトコに引き摺って行きゃあいいんだろうが」

 

 その応答に、ウルキオラとヤミー以外の男達が俄かな笑みを浮かべた。

 

「……なるほどな。了解した、グリムジョー」

 

 辮髪の男もまた、薄っすらと微笑み自らの王たる男に応える。

 瞬間、野獣の姿が虚空へと掻き消えた。

 僅かにその場に残された残像が消え入る頃、野獣を取り巻いていた男達も空気を蹴り出し、爆発的なスピードで眼下の街の方々へと散っていく。

 流星のように尾を引く五つの光を無言のまま見送り、遠くの景色を眺めるウルキオラ。それをを横目に、ヤミーは鬱屈とした気分を隠すこともせず大きな舌打ちをした。

 

「……ちっ、相変わらず糞ムカつく野郎だぜ」

 

 ウルキオラの背中は、その言葉に微塵の反応も示さなかった。元々同意を求めたわけでも、会話を楽しもうとしたわけでもなかったヤミーは、すぐにまた舌打ちをしてずんずんと宙を踏み進み、街に繰り出そうとする。

 

「馬鹿ほど思考が読み易い」

 

 そんなヤミーの耳に、いつも通り感情の抜け落ちた男の声が入ってきた。

 

「既に護廷十三隊は藍染様の手で総員の半数以上が壊滅させられ、隊長格は山本元柳斎を含めたほぼ全員が死亡した。奴等にとって頼みの綱だった『死神代行』……それすらも、グリムジョー自身の手で打ち倒されたようだ」

 

 首を捻り、怪訝な顔でウルキオラの背中を睨むヤミーだったが、やがて構うことなく歩を進めた。

 ヤミー自身は索敵能力に長けているわけでは無い──寧ろ決定的なまでに苦手としている部類の技能であったが、それでも現状、街中に散っている大小それぞれの『彼らの概念とは違う』力の脈動をひしひしと感じ取れていた。それは、それほどまでに相手が強大な力を有していることの何よりの証拠でもある。

 

「奴は密かに、ただ崩玉の覚醒を待つばかりの退屈な現状を憂いていたのだろう」

 

 ヤミーの脳裏に、出撃前のグリムジョーの姿が思い浮かぶ。団体行動を極端に嫌う男が、珍しくウルキオラに追従するかたちをとってでも現世に渡ろうとする様。

 その時に伏せた表情から覗かせた、鋭い眼光を。

 

「だから言ってんだろうが……アイツも暴れるだけの馬鹿だってよ」

 

 忌々しい、と言わんばかりに吐き捨てて、ヤミーは宙を蹴った。空を掻き分け、夜を滑空するかのように加速する。

 ウルキオラの小さい背中はどんどん遠くなり、やがて完全に見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 任務開始から、一時間以上が経過した。

 獅郎とマシュは、住宅街の隙間や怪しげな建物の奥など、大凡それらしきところを粗方探し回っていたが、聖杯の手がかりになりそうなモノは何一つ見つけられていなかった。

 無論、開けた道路や繁華街の近くには、やや疎らとは言え人の姿が見えたため、素人もどきの獅郎が使う程度の低い隠形でなんとか人目を避けつつの行動である。

 獅郎はともかく、マシュの装いではとても人混みに溶け込むことはできない上に、職質にでもあってしまったら後々面倒なことになると

 

「ねぇ〜いい加減機嫌直してよマシュ〜」

 

「だから、最初から怒ってなんかいないです」

 

 現在足を踏み入れたのは、転送された地点から十数キロ離れた、街の外れの小高い丘。小さい自然公園のようなそこは、鬱蒼と生い茂る緑の木々の中に開けた無毛地帯が点々としていた。

 しばらくの間はマシュを抱えていた獅郎も、丘に差し掛かる頃には体力の限界を迎え、以降は付かず離れずの距離でマシュの後をついて回っていた。

 上がっていた呼吸も整ってきた頃。

 肉付きの良い真白な肌を覗かせて、道無き道の傾斜を登るマシュの尻を、獅郎はじっと眺めながら押し問答を続けていた。

 

「嘘だね」

 

「違います」

 

 背中からは覗けないマシュの表情を思い、獅郎はじわりと困窮する。どうにもこのままでは、しばらく機嫌を直してくれそうにない。

 思い切って、獅郎はマシュが盾を持っていない空の側の腕──左手を掴み取る。突然のことに驚き振り返ったマシュの顔は、やはり獅郎の想像通り哀しげに歪んでいた。

 

「僕分かるんだって、マシュのことなら」

 

 こんな顔を見るのは初めてだ、と思わず息を飲む。赤子に言い聞かせるような優しい微笑みを浮かべ、獅郎は努めて相手を不安にさせない声色でそう言った。

 俯いたマシュはしばらく黙っていたが、ぎり、と奥歯を噛み締めるような音がしたかと思うと、突如強い力で獅郎の腕が弾かれ、マシュの左手から解けた。

 

「分かってないですよ!」

 

 聞いたことのない、激情に彩られた声。獅郎はそれに目を剥いて驚き、誰よりもマシュ自身がそれに一番驚いていた。紫がかった白髪の隙間から、潤んだ瞳が獅郎を覗く。

 

「何にも分かってないです……先輩はいつも…」

 

 獅郎はただ、硬直する。

 硬直したまま、マシュの言葉を聞き続ける。

 

「大したことなんかじゃ無いんです。でも、私にとっては初めてのことで、初めての感情で……──」

 

 マシュも、獅郎が敢えて聞いてくれていることを悟り、思うまま口をつく言葉を紡ぎ続けた。

 

「……先輩、あたし、先輩の……──」

 

 瞬間。

 二人の耳を劈いたのは、隕石が降ってきたかと思わんばかりの轟音。その音源たる謎の流星は、二人の頭上すれすれを通過し、丘のすぐ先に広がる無毛地帯に落下したと思われた。

 音に少し遅れ、膨大な量の土堀が前方から波のように殺到する。マシュは咄嗟に獅郎の前に立ちはだかり、手に持った十字盾で押し寄せる瓦礫や突風を受け流した。

 

「な、んだ、今の……⁉︎」

 

 突然のことに驚愕を隠せない獅郎は、丘の前方──爆心地と思われる方角を睨み付けた。

 

「先輩……なんだかよく分かりませんが、魔力とは違う強力なエネルギー反応がします。恐らくアレが、この特異点の秘密に繋がるのでは」

 

 既に戦闘のスイッチを入れたのか、マシュは険しい表情を浮かべる。

 

『……どうやらマシュ君の言う通りだね』

 

 耳の通信機から、ロマ二の声も聞こえた。

 

『流石に聖杯の反応とは規模が違うけど、今君達の頭上を通過したその物体は、確かに聖杯と似通った質のエネルギーを内包しているよ。……きっと何らかの手がかりを持っているはずだが、果たして鬼が出るか蛇が出るか」

 

「……どうします」

 

 マシュは、マスターである獅郎の指示を待っていた。それに気付いた獅郎も、思いに応えるべく気を引き締め直して、全身に強化魔術を発動した。

 

「……行ってみよう」

 

 腐葉土を踏み締めて、斜面を駆け登る。マシュはすぐその後を、デミサーヴァントの膂力を持って驚異的なスピードで追いすがった。

 林に漂う土煙を辿り、二人が件の場所へ到達するのに、そう時間は有しなかった。

 視界が開けて、赤茶けた地面が緑のど真ん中に居座っている。獅郎が睨む目線の先には、未だもうもうと立ち込める土煙。

 二人が息を吐く暇もなく、会話を交わす隙すらなく、地面に足を踏み入れたと同時。

 煙のヴェール引き裂いて、異形の装いをした巨漢が現れた。

 

「ったくよォ、どいつもこいつも我先に強そうなのに向かって行きやがって。……おかげでとびきり弱そうなのが当たっちまったじゃねーかオイ」

 

 その全貌を目視した獅郎の瞳に、緊張と詮索の光が同時に宿った。その全身から漏れ出す力の奔流は魔力ではないが、ただ尋常でない『量』であることだけは辛うじて理解できる。

 そして、装い。膨れ上がった筋肉の上から上着を羽織り、胸から腰にかけては大きく開き露出して、下半身には袴と足袋。

 特筆すべきは、腰に下げた日本刀らしき武器と、胸元に大きく穿たれた孔、下顎に張り付いた骨のような仮面。全てが脈絡無く同一の存在に備わり、とびきりの異彩と得体の知れない恐怖を生み出していた。

 

「……こいつは、」

 

「……先輩、下がっていてください」

 

 一歩踏み出そうとする獅郎を、隣に立つマシュが片腕で制した。その顔はやはり険しく歪んで、眼前の謎の男から目を離さないでいる。

 剣呑な空気が漂い始めた。

 闘争の前兆を過敏に感じ取った異形の男は、スキンヘッドにした頭にぐにゃりと皺を寄せ破顔すると、未だ足元を漂う土煙を掻き分けて進み出た。

 

「……おっとぉ、そうだった。オイお前ら! 何者だ⁉︎ どっから来たァ!」

 

 しかし、すんでのところで何かを思い出したようで。男は面倒くさそうに渋面を作り、どこかうわの空な雰囲気で獅郎達に問いを投げた。

 やはり当然だが、自分たちだけでなく相手方もこちらの正体に心当たりが無いのか、と獅郎は無言のままに頭を回転させる。果たしてこれを無視するか、会話によって情報交換を成立させるべきかを僅かに逡巡し、横目でマシュにも意見を呼応とする。だが、マシュの視線は一向に眼前の男から離れようとはしない。白い肌から玉のように吹き出た汗の粒を見てようやく、獅郎は覚悟を決めた。

 

「……アンタこそ、その仮面は趣味なのか。つーかその胸の傷……普通に大丈夫ですか!」

 

 いっそのこと、思ったままの疑問をぶつけた。敢えて相手の質問に答えるでもなく、質問に質問を返したことに、相手の機嫌を損ねたらどうするのか、とマシュは獅郎を思わず糾弾したくなったが、そんな暇も無いほどにマシュと男との睨み合いは膠着していた。

 

「あァ? お前らまさか、破面(アランカル)どころか(ホロウ)も知らねぇのかよ! ……こりゃあいよいよ、この世界の人間かも怪しくなってきたな」

 

 男は、武骨な指でぼりぼりと頭を掻き、どうしたもんかと若干辟易しているかのように、獅郎の目には見えた。

 

「……あァまぁいいか、ウルキオラがこっち来るまで少し愉しませてもらうぜ‼︎」

 

 だが、そんな晴れない表情も一瞬で消え去り、途端に狂気的な笑みを浮かべた男は、巨大な両拳を握り締めて再び歩き始めた。

 一歩、また一歩と。

 踏み出す度、一帯に振動が広がっていく。

 

第10十刃(ディエス・エスパーダ)、ヤミー・リヤルゴだ‼︎ 俺と殺るのはどっちだ⁉︎ 餓鬼共‼︎」

 

 怒号、口上。

 大気を押しのけるかのような声量が、ヤミーの口から飛び出した。

 

「先輩、下がって。どうやら私達に関係なく、相手はやる気満々のようです」

 

 マシュは半ば突き飛ばすようにして、獅郎を無理矢理自分の背後に下げた。その間もヤミーの全身の筋肉はみるみると膨張し、既に相手を攻撃する準備にかかっていることが分かる。

 

「戦うことが私の仕事です。先輩の気持ちは嬉しいですが、あなたが倒れれば人理の未来はそこで潰えるのも同然なのですよ?」

 

 痛いところを突かれた、と獅郎は歯噛みした。確かに、現状のカルデアには獅郎以外のマスター適性を持った魔術師が存在しない。幾らサーヴァントを呼び出したとしても、それを運用し現界に留める魔術師の役割がなくては全てが無意味である。

 獅郎一人の消失は、即ちカルデアに置かれた全サーヴァントの消失も意味するのだ。

 

「でも……!」

 

 それでもここに来て、獅郎もまだ引き下がれないでいた。元はと言えば、自分がマスターとしてサーヴァントの助けになりたいがために、わざわざスカサハの師事を受けてまで強くなろうと足掻いていたのだ。

 ここぞという時にその成果を発揮しないで、自分はどのツラを下げてマシュ達のマスターを名乗れるのか、と。

 しかし、ふと獅郎の目に入ったマシュの顔は、いつの間にかとても穏やかに獅郎を見つめていた。

 

「大丈夫です。必ず先輩を守って、奴から情報を聞き出しますから」

 

 激しく葛藤する獅郎とは対照的に、マシュは優しい声色で獅郎に呼びかけた。荒立つ獅郎と、それを宥めるマシュ。それはさっきまでの二人とは、まるで正反対の立ち位置になっていて。

 何故か獅郎は、その言葉に酷く落ち着かされた。

 

「……マ、シュ……」

 

 名を呼ばれたマシュは、何を思ったのか深く頷いて見せると、さらに一歩獅郎の前に出た。ブーツのように装着した黒い鉄靴が赤土を踏み、右手に携えた巨大な盾ががしゃりと重厚な音を立てた。

 

「まずは私からお相手します。私は──」

 

 数多の英霊と渡り合う中で、自然と意識するようになったこと。マシュは眉を鋭く寄せると、ヤミーに口上を名乗り返そうとする。

 

「オイ‼︎ 別にてめぇの身の上なんざ興味ねぇよ‼︎ どうせ死体持って帰ってザエルアポロ辺りに弄らせりゃあ分かることだ‼︎」

 

 それを全く意に介さず。

 マシュが明確な戦闘の構えを見せるよりも前に、ヤミーは駆け出した。高らかに上がる笑い声は、既に相手を以下に嬲って殺すかしか頭にないようにも感じさせる。

 

「……そうですか。なんだかよく分かりませんが……」

 

 ぐんぐんと大きくなってくるヤミーの姿に、マシュが慌てる様子はない。ただ冷静、かつ迅速に全身を大きく捻り、次に繰り出す一撃の威力を高めていく。

 

「──あなたが非常に腹立たしい部類の人物だということだけは分かりました」

 

 ヤミーが岩塊のような拳を爆速で突き出し。

 マシュが全力で盾を振り抜く。

 二人の間に、豪快な衝撃音が生じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうか、そんな哀しい顔をしないで

貴方は優しい人

いつだって誰かを想い 誰かに想われる人

誰かのために 自分の血を流す人

だから私は、貴方のために戦うのです

きっと貴方が 真に欲するべきものは

敵を殺す剣ではなく

自らを守る 小さな盾だけで事足りるのだから
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