とある少女の育成計画   作:神道道也

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少女の育成計画

これはとある少女を一人の執事とその主達が育成していく記録である__

 

 

 

 

 

「足りない……」

 

静寂が広がっていた一室で、小さな呟きが静かに木霊した

 

その呟きをしたであろう、机に向かっている青年は、一度、万年筆を置き、深くため息を吐きながら頭を抱えた

 

「三十近くも違うなぁ……」

 

数の数え間違えなんて無いし……そう言いながら、青年は天井を仰いだ……と思うと、そのまま椅子の背もたれへもたれこみ、両手をダランと力無く垂れ下げる

 

「さて……どうしたものか……」

 

そのままボッーと天井のシミを眺めながら、今後の事を考える青年

その表情は明らかに面倒くさそうな顔をしており、余りそういう事を考えたく無い様子だ

 

そんな時だった、暖かく、気持ち強い風が部屋へ吹き込んだ

 

カーテンは風に煽られ、大きく飛躍する。そして、溢れんばかりの太陽の光が、とても明るいとは言えない部屋に満ちる

 

青年はそれをただ見ていた、そしてふと思い出したように青年は胸ポケットに手を入れ、徐ろに懐中時計を取り出すと何処か手慣れた手つきでリューズを押し、蓋を開いた

 

「もうこんな時間か……」

 

秒針は絶えず動き時を刻む、短針は12と1の間を指し、長針は6を指していた

 

寝るのには少し遅い時間だな……そんな事を呟きながら懐中時計の蓋を閉め、机の上にゆっくりと置き、椅子から立ち上がる

 

そして衣服掛けにジャケット、カッター、ズボンと掛けて行き、最終的に下着のみになる

 

寝巻きに着替えるのか、と思いきやそのままベットへ倒れこみ、何やら大きな鈴が二個付いた時計を弄り、そのまま気絶する様に夢の国へ青年は誘われていった__

 

 

 

 

 

 

____机に置かれている使い古された懐中時計……蓋にはお世辞にも上手いとは言えない漢字でこう彫られていた

 

”神道 漸”と____

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

next.漸side

 

 

リリンリリン……何処からか心地良くない鈴の音が自分の脳を刺激する、その心地良くない音は次第に大きくなっていき、脳の細胞一つ一つを刺激していく

 

「五月蝿い……」

 

そう言いながら私は動かしたくもない腕を動かし、煩く響いている鈴の音を止める

 

時間は五時半、いつもより遅い時間なのだが、「寝る時間が少し遅れた」と言うものだけでこんなにも起きにくくなるものだろうか?

 

身体や脳はまだ眠いと訴えかけ、布団は二度目の睡眠へ誘おうとする

 

何故こうも朝と言うものは……否、起きたばかりと言うのはこんなにも強い敵が多いのだ……戦闘なら勝てるのに……

 

と、まぁそんな風に愚痴っていても仕方ない、それは何処にいても、何時に起きても付いて回るものだ、そう諦めるとしよう

 

「……ふぁ〜あ」

 

大きな欠伸を欠きながら、ベットから出て、とりあえず洗面所へ向かい、顔を洗う

 

鏡に写る自分の顔、それは何処か眠そう……と言うよりは疲れていると言った方が正しいのかもしれない

 

「はぁ…」

 

まぁ悩みの種が一つ増えたし、なんて思いながら、ため息を吐きつつ昨日つけた帳簿の事を思い出す

 

昨日は月末で、棚卸しと言い、食料や備品、服などなど色々な物の数を数え、減り具合が使った数と同じなのかを照し合わす作業をした

 

結果は減りすぎた物が幾つかあった、特に多かったのは食料だ、そこまで気にする量では無いが……やはり減っているのものは見逃せない

 

今日はその犯人探しと言うわけだ、考えるだけで面倒くさいし疲れる、やりたくも無い事だ、どうしてこうなった

 

「……面倒くさいですね」

 

そんな事をボヤきながら、顔を拭き、カッター、ズボンにネクタイなどなどを着ていきいつもの格好、俗に言う執事と言うものの格好になる

 

姿鏡で変な所は無いか最終チェックした後、机の上に置いてある懐中時計を取る

 

使い古してしまった大切な懐中時計、あれ程美しく輝いていたそれも、今は傷だらけで古ぼけた雰囲気を醸し出している、誰がどう見ても替え時だろう

 

だが私にとってこれは命よりも大切な物の一つだ、誰にどう言われようとも替えることは無いだろう

 

そんな事を思いながら傷を撫でていると、ふとこんな事が頭に浮かんだ

 

今の自分を亡き旦那様が見たらどう思うのだろう…と

 

きっと「お前らしいな!」と笑いこけながらそう言うに違い無いだろう、そして笑い終わった後に半笑いでこう言うに違い無い

 

「『これもまた一つの運命だ、そしてこの運命は素晴らしい物に違い無い。運命の化身とも言える私がそう断言しよう』……ですかね…ふふ」

 

旦那様の口癖を真似して言ってみる、すると不思議と笑みが溢れる、そして何処かが暖かくなる

 

確かにそうだ、これもまた一つの運命。ならば受け入れるとしよう、この懐深いスカーレット家の所有物として、執事として……一員として、迎入れようか

 

「さて……行きましょう」

 

今日《こんにち》もまた、このスカーレット家に尽くすとしましょうか

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

それは此処、スカーレット家が所有する紅魔館と呼ばれる館の一室。

 

そこには羽根の生えた小さな子供が数十名おり、会話は無いものの何処か楽しげに周りの者と話していた

 

そんな様子を後ろから眺めながら私は背を壁に預ける、そして胸ポケットから懐中時計を取り出し時間を確認した

 

「……五分前」

 

六時五分前、それが今の時刻だ。それを私は理解すると思わず大きなため息を吐く

 

「何が夜礼ですか、自分が守らない癖に」

 

朝礼ならぬ夜礼なんてどうでしょう!そう彼女は提案した、だから任せたのだが……三日もせず内に遅刻遅刻遅刻、最終的には出る気配すら感じさせないくらい彼女は来ない

 

こんな風に言い出しっぺな彼女に文句を付けていると、部屋のドアが開いた。それに気付いた私は半分の期待と半分の呆れの目で開けた人物を見た__

 

「あ、おはよう御座います!漸さん」

 

__期待はある意味裏切られなかった。

 

「おはよう御座います。小悪魔さん」

 

思わず大きなため息を吐きながら頭を抱える所だったがそれでは小悪魔さんに失礼だろうと止まり、何とか挨拶をする

 

 

赤い色のロングヘアーに生えている小さな蝙蝠の様な羽根、それは背中にも生えており、そちらの羽根はしっかりと背丈にあった物になっている

 

紅魔館の地下にある図書館の本の整理や、図書館の主。パチュリー様の世話をして貰っている人物、小悪魔さんだ

 

「漸さんはいつも早いですね、流石です!」

 

「ふふ、そんな事ないですよ。今日は少し長めに寝てしまいまして」

 

目をキラキラと輝かせ、頭の羽根も何処か嬉しそうにパタパタと小さく動かす

 

そんな風に尊敬の眼差しで見られるとやはり恥ずかしい物だ、ポリポリと頬をかきながら、思わず口が滑ってしまう

 

すると彼女は

 

「そうなんですか?漸さん、無理ばかりしますから身体は気を付けないと行けませんよ?」

 

先ほどの楽しそうな雰囲気は何処へやら、一瞬で物悲しそうな表情へ変わり、頭の羽根も何処か悲しげに垂れてしまっている

 

「言葉が少し足りませんでした。昨日は寝るのが遅くなってしまい、そのまま起きるのも遅くなった……と言うべきでしたね」

 

心配を掛けてしまった私は慌てて訂正をする。すると彼女はプクッと可愛らしい頬を膨らませこう言った

 

「それが無理なんですよ!漸さんはいつもそうなんですから!」

 

「ふふ、仕方ありませんよ。昨日は月末、棚卸しがありましたから」

 

「むぅ…だから私も手伝うって言ったのに」

 

どうやらヘソを曲げてしまった様で、頬はまだ膨らませたまま、そっぽを向いていまう

 

そんな余りにも可愛らしい姿に先ほどから私の頬は緩みっぱなしだ、こんなにコロコロと表情を変え、最後にはこんなに子供っぽい事をされれば誰だってそうなるだろう

 

だけどそれを眺めている訳にもいかない、このままご機嫌斜めが続くと以外と面倒だったりするのだ、この子は

 

なので機嫌をとる様に頭に手を伸ばし、ゆっくりと撫で始める、そしてこう私は続ける

 

「貴女はパチュリー様の使い魔なのです。ですから私の管轄下にある訳でも無く、私の直属の部下でもありません」

 

「ぶ、部下みたいなものじゃないですか」

 

撫でられている事が心地良いのか、分からないが何処か嬉しそうな声音で反論する、しかも強ち間違っていない

 

「まぁ大きく言えばそうですが…今は置いておきましょう。ですから私の仕事をさせる訳にはいきません。何よりも……」

 

「……?」

 

言葉が途切れる私を、不思議な顔で見つめる彼女。貴女はパチュリー様に支えて何十年経ってると思ってるのですか、いい加減分かってほしいものです

 

「パチュリー様の使い魔はこの世でたった一人、貴女だけなのです。それを私が取ろうなどあってはならない事なのですよ。分かりましたか?」

 

「……そう、ですね……で、でもそれなら私だって漸さんがこの世でたった一人の…………上司ですよ」

 

小悪魔さんの言葉が途切れると同時に思わず撫でている手が止まる。何か変な事でも言われるのかと思いきや、普通に普通な事を言われてホッと安心する

 

「ふふ、そうですね。では私も今後は気を付けますね、小悪魔さんも気をつける様に……ね?」

 

「……はい!」

 

「いい返事です」

 

そう言い私は撫でるのを止めた、彼女は名残惜しそうに私の手を見つめる

 

そんなに撫でられるのは良いものなのだろうか?撫でられた事などそんなに無いため分からないが……

 

まぁ撫でててアレだけ気持ち良いのだから、撫でられるのも良いものなのだろう

 

とそんなどうでも良い事を考えているとクイックイッと袖を引っ張られる、不思議に思い、そこに視点を動かせば妖精メイドが居た

 

「どうしましたか?」

 

「…………!」

 

妖精メイドは人指し指を立て、部屋の前の方を指す、目で追ってみれば先には壁掛けの時計があり、明らかに夜礼開始の時間を過ぎていた

 

「あ、すみません。気付きませんでした、過ぎていましたね」

 

「……!……?」

 

妖精メイドは全くもう!と言った感じで腕組みをした後、今日はどうすれば良い?といった感じで頭を傾げた

 

「今日もいつも通りに働いて貰えば構いませんよ。分かりましたか、皆さん」

 

「「……!!」」

 

前に居る一人にだけでは無く後ろに居る全員にそう伝える、そしてそれぞれ簡単な意思表示をさせた後、解散させる

 

「では、解散。夕食を取ってから清掃に向かって下さいね」

 

そう言うとそれぞれグループを作りながら、部屋から出て行く。皆仲良くしている様だ、何だか安心した

 

「……よ、妖精の言葉、聞こえるんですか?」

 

小悪魔は少し驚きながらそう質問する。羽根も心なしか何時もより上を向いておりピンッと張っている……犬の尻尾か何かなのかな?

 

「分かりませんよ、ですがどれだけ一緒に働いてきたと思っているんですか?顔を見れば大体分かります」

 

妖精は基本的には喋る事は出来ない、口や舌、喉などは一応あるものの発声する様には作られていないそうだ。もう一つ付け加えれば、食事を摂る必要もない

 

「す、凄いです!」

 

「ふふ、小悪魔さんもその内分かるようになりますよ。さて、私達も行きましょうか」

 

「はい!では小悪魔!今日も頑張らせて頂きます!」

 

「ええ、頑張ってきて下さい」

 

そう言い小悪魔さんは元気良く部屋から出て行った

 

シーン……と静まり返る部屋、少し何をしなければいけないかを考えたら、直ぐに答えは出てくる

 

「…なんで起きてこないんですか、あの馬鹿は」

 

そう言葉を静まり返る部屋に残し、私はその馬鹿と呼ばれた人物の部屋を目指すのであった

 

 

 

 

★★★★★

 

 

 

とある一室前、私はこの日何度目かのため息を吐く。

 

この部屋には言い出しっぺの阿保で馬鹿野郎がいる部屋だ、きっとまだ寝ているだろう

 

そう考えると怒りを通り越して呆れが出てくる、お前は一体この何百年間何をして来たんだ

 

そう思いながらノックもせずドアを開ける、するとお着替え中……ということは勿論なく、気持ち良さそうに涎を垂らしながら寝ていた

 

「すぅ…すぅ…」

 

「……はぁ」

 

やっぱりか、何処か期待していたのだがやはり裏切られる、もういっその事裏切った罰としてこの屋敷から追い出してやろうか

 

なんて物騒な考えが出るが、執事長であるとは言え、お嬢様の所有物を勝手にするなど出来るはずない

 

だが、何故こんな奴を雇ったのか……謎は深まるばかりだ……

 

「美鈴、起きなさい。何時だと思ってるんです?」

 

「……んん〜、もうたべられませんよ〜……すすむさん〜……むにゃ」

 

肩を掴み、揺らして起こそうとするものの、この馬鹿……否、美鈴は寝言を言いながら寝返りをうち、背をこちらに向ける状態になる

 

そんな彼女の行動に怒りが再燃してしまう

 

こいつはやはり馬鹿だ、いつも優しく起こしてくださいとか言うくせに起きる気配がまるで無い、ていうか私が起こす前提なのが腹立つ、何故私が美鈴を起こさなければならないのだ、私はお前に支えてる訳でも無ければ、所有物でもない、私を舐めてるのか?舐めてるんだな?良し、殺す

 

「…美鈴?早く起きなさい、で無いと一生起きれなくしてあげますよ?それはそれで貴女は幸せに感じるでしょうがねぇ」

 

そう言いながら私は懐からナイフを取り出す、そしてそのナイフを手で遊びながら、ほんの少し殺気を出す。

 

すると彼女は飛び起きる

 

「だ、誰ですか!?……って漸さん!?あっもしかしてまた私……」

 

腰まである赤いストレートヘアーを揺らしながら、飛び起きる美鈴。青みがかった灰色の目で私を一瞬睨む、が私だという事に気がつくと、顔から血の気が引いていき、まさにお先真っ暗とでも言いたげな表情を作る

 

「ええ、そうですよ。またですよ、また。弁解はありますか?美鈴?」

 

良い笑顔で私は美鈴にそう尋ねる、すると美鈴は逃げるようにベットから降り、ベットの端を掴みながらその場でうずくまり、涙目で私を見つめこう叫んだ

 

「ひぃぃ!すみませんでしたぁ!弁解も弁明の余地もございません!この美鈴が悪いんですぅ!」

 

何この可愛い生物、思わずそう思ってしまい、サディスティックな精神が煽られるが、これ以上虐めると仕事に影響が出そうなので辞めておく

 

「…はぁ、もう良いですよ。怒っていません。早くそのダラシない格好から着替えなさい、特に前と下、女の子なんですから寝巻きを着なさい」

 

「……あ、あぅあぅ」

 

そう言うと美鈴は赤面し、顔を隠してしまう。まぁそれもその筈、今の美鈴の格好は上はカッターで上から二番目までのボタンが外されており、女性の特徴的な胸が半分以下で有るが見えてしまっている

 

下に関しては…………あー、まぁ…そのー……ね?…………ズボンを履いていないと言っておこう

 

「外で待っています、早く着替えて出てくるように」

 

「……は、はいぃ」

 

そう言い残し、私は部屋を出る……

 

 

 

そして数分後

 

「お、お待たせしました。漸さん」

 

「そう待っていませんよ、メイド長殿」

 

そう申し訳なさそうに部屋から出てくる美鈴、服装は何処からどう見てもメイドの格好をしており、頭にはホライトブリムを付けている

 

そんな美鈴に皮肉を込めて、メイド長などと言ってみる。すると彼女はうっ…と肩を少し窄め、縮こまってしまう

 

「いつも本当にすみません、夜礼も任せっきりで……」

 

「そうですね、メイドの長である貴女が出ないとは妖精メイド達に示しがつきませよ」

 

「……うぅ、はい」

 

本人はきっちり反省している様だが、やはり言葉にして伝えないといけない事もある

 

……まぁその程度で美鈴の寝坊癖が治る事は無いのだが……困ったものだ

 

「それにいつも瀟洒に居なさいと言っているでしょう。襟が立っていますよ、ほら動かない」

 

「あ……ありがとうございます」

 

美鈴の首後ろに手を伸ばし襟を正す、ついでに青の紐状リボンも結び直し、格好だけでも良くする

 

「……全く、此処に来て何百年経ってると思っているんですか」

 

「えっと、そんなに経ってましたか?」

 

「間違いなく百年以上は居ますよ。妖精メイドでも仕事を覚えます」

 

「うっ……はい」

 

どんどん縮こまって行く美鈴、背丈や身体が何時もより小さくなっている様に感じる

 

「分かっているなら頑張りなさい。これでも貴女には期待しているんですから」

 

「……っはい!頑張ります!」

 

期待している、その言葉を聞いた瞬間。美鈴はパァァ!と明るくなり、両手で胸の前に小さくガッツポーズの様な物をし意気込みを見せる

 

「ふふ、良い心掛けです。ではそんな美鈴に今日の仕事を伝えますね」

 

「はい、どんと来いって奴です!」

 

張り切る美鈴、その目は何処か燃えており、なんでもやってのけそうだ……

 

まぁそのなんでもをやってもらう事になるのだが

 

「今日は全ての仕事をお願いします」

 

「はい!頑張ります!……って、え?」

 

「聞き逃してしまいましたか?ではもう一度言いますね、今日は全ての仕事をお願いします」

 

一字一句間違える事なく、もう一度美鈴にそう伝える。すると美鈴は石の様に固まり、動かなくなってしまった

 

はて、何かおかしい事でも言いましたかね?

 

「言いましたよ!全てって全てなんですか!?」

 

「全ては全てですよ。後、心の声に突っ込みを入れないで欲しいですね」

 

「だだ漏れでしたよ!な、何でそんな事になったんですか?もしかして漸さん、お休みをとったとか?」

 

だだ漏れだったか、これはいけない。気を付けなければ、変な事もうっかり言ってしまうかもしれないからね

 

「違いますよ、別の仕事が入ったとでも言うのでしょうか。そちらの方に集中したいので、今日の所は全て美鈴にですね」

 

「そ、そんなに大変なお仕事なんですか……」

 

「ええ、なんせ私に気配も何も感じさせずにこの館に侵入して居る者が居ますからね、相当の手練れかと」

 

「し、侵入者!?それに漸さんに気配すら感じさせないなんて……危険ですね」

 

私が気付けない。それは最も危険な事だ、気配を気付いた頃にはお嬢様が死んでいました。なんて事になったら笑えない

 

「そうなんですよ、ですから全てお任せする事になりますが……やって頂けますか?」

 

「そんな危機に瀕していたんですね!分かりました!迷惑かけてますし、汚名返上と行きます!」

 

汚名返上って、それに迷惑かけてるその自覚があるならさっさと治しなさい

 

……まぁその前向きな所がきっと気に入られたのでしょうか

 

「では任せます、くれぐれもお嬢様に失礼の無い様に」

 

「はい!美鈴、今日も一日頑張ります!」

 

誰かと似た様な言葉を残し、勇み足で駆けていった美鈴の背中をみながら私はこう感じた

 

「……大きくなりましたね」

 

入った当初と比べるとそこまで背丈は変わってないが、その背中は何処か大きくなった気がした

 

「私も負けては要られません」

 

そう言い、侵入者を捕まえるべく私は食料庫へ足を向けた

 

 

 

○○○○○

 

 

 

数時間後__食料庫内

 

「……ふぅ」

 

ため息の様な、だけど普通に息を吐いた様にも見える物をしてしまう見張りこと私

 

今朝……ではなく夕飯時に美鈴と話していた時からもう大分経つ、私はその間もただこの薄暗い倉庫内でただ侵入者を待っている

 

だが待てども待てども、それはやって来ない……まぁそうそう簡単には尻尾を掴ませてくれないのだろう

 

「……月が」

 

ふと月明かりが倉庫内を照らす、それは何処か優しい光で、暖かかった

 

思わず窓辺に移動し、月を見上げた。

 

それは美しく、そして幻想的だった、きっと丸い丸いお月様と言うのはこの月の事を言うのだろう

 

だが、この時間にしては月の出が少し遅い様に感じた、確かに今は春の終わりかけで昼が長くなっている

 

だけども、これは明らかに遅い位置だ……はて?どうして……

 

ああ、そういう事か

 

「……なるほど、今日みたいな日の事を確か__」

 

言葉が続く筈だった、だがその言葉はある音に遮られた

 

ガタンと誰かが倒れる音、それは確実に背後からしている、そう自分以外は誰も居ないはずの背後から

 

「誰ですか?こんな夜更けに」

 

だからと言って驚きはしない、来るべき時が来た。ただそれだけのこと

 

恐怖を与える様に強めの殺気を出しながら、だけども品を忘れずに、ゆっくりと振り向く

 

「……っ」

 

「待ちなさい!」

 

するとそれは慌てて逃げ出し、音を立てていることも気にせず、無我夢中といった感じで倉庫から出る

 

恐怖で動けなくしたつもりだったか、意外と肝が据わっている様だ、慌てて私も倉庫を出るがそこには__

 

「……居ない?」

 

__姿、形も無かった。まるで最初から居なかったの様に、自分は幻でも見たのだろうか?

 

そう思った時だった、自分の立っている足元あたりから、とある鉄臭い匂いがした

 

興味本位で追って見てみれば、赤い液体が小さくであったが、確実に垂れていた

 

この匂いと色からして血液だと判断し、その場に座り込み少し小指に付け、指に付けた部分を舐める

 

「……不味い」

 

思わずこめかみを押させてしまうほどそれは不味かった

 

明らかに足りない栄養に水分、それに余り良い血の匂いでは無い

 

よっぽど堕落した生活をしているのか、それともただダラシないだけなのか分からないが、後者ではこんな館に用などは出来ないのできっと前者だろう

 

とと、いけない思考がずれた、悪い癖だ。

 

血液がここに垂れているということは怪我をしたという事、ならば匂いを追えばいい

 

「…………!…もう敷地から出ているのですか…やりますね」

 

全神経を嗅覚に集中させ、微かな血の匂いを追う。するともうその匂いを出しているであろう人物は既にこの館の敷地内から出ていた

 

「そこならまだ跳べますね」

 

私はそう判断するとゆっくりと立ち上がりそしてこう言う

 

 

 

 

「瞬空」

 

 

 

 

__世界が一新した、先ほどまであった紅い壁が続く廊下からうって変わる

 

外の何処か、草木は優しい月明かりに照らされ、薄気味悪い風に吹かれ不気味に揺れる。辺りを見渡せばそれはそれは広大な森が広がっている事だろう

 

だが私は一点からその視線を動かさなかった、否、動かせない

 

私の両腕は何処かの館に侵入し怪我をしたであろう腕とナイフを持った腕を押さえ込む

 

別に視点を動かしても、口を動かしても、両腕を動かしても良かった。だけど私はある事実から動けなかった__

 

 

 

 

 

 

 

「子……供……?」

 

 

 

 

 

 

 

__満月よりほんの少し掛けた、月の出の遅い月が子供の腕を掴み押さえ込む大人と押さえ込まれている子供を照らす

 

子供は銀髪の美しい髪を風に撫でられると、怯えきった冷たい蒼い目が撫でられた髪の間から覗いた、そして震える唇でこう言った

 

 

「はな……して……」

 

 

…to be continued

 

 


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