学園都市の第七学区。紫色に怪しく光る”窓のないビル”の一角で、不気味なオレンジ色の培養液の中で天地を逆さにして立たずむ美形の男と、髪を耳に少しかかるくらいに伸ばした、身長175cmくらいの取るに足らない並一通りの容姿の少年が、静かに物騒な会話をしていた。
「次は”原石”狩りか」
「狩りという表現は正しくはない。これは”保護”だよ」
「誘拐と言っても相違ないんじゃないかい。アレイスター」
オレンジ色の培養液に浮かんでいるのはアレイスター=クロウリー。この学園都市の最高権力者であり、いまや世界のシステムを支配する、科学サイドの『裏ボス』のような存在である。
もう一人は『
「先ずはイギリスへ行ってもらおう」
「その心は?」
「どこぞの組織に最も狙われやすく、私の『プラン』にとっても有用な原石を発見したのだ。」
「プランとやらについてはいつ話してくれるんだアレイスター。いや、それは無駄口だったよ」
「君にはまだ早かろう。君は私の大事な駒。それだけで十分だろう?」
その原石の力は、とアレイスターは続ける。
「未来の観測、未来予知、時間の巻き戻し、などと言い換えられるが、その本質は同じだ。便宜上≪時間を遡ることができる力≫ということにしておこう」
「そいつは珍しいな。して、どうして解った。時間を遡っているならそれは”本人にしか観測できない”んじゃないのか?」
「私を誰だと思っている」
「その台詞はどこかの医者の受け売りか?」
まぁいい、と
「今すぐに行くのか?」
「あぁ。既に第23学区に足を用意してある。『時間を遡る』存在がいるということを疑い始めて確信に至るまで15日。しかし私以外にも観測できる者は居るだろうからな。争奪戦、いや、"保護合戦"はもう始まっているかもしれん」
不敵な笑みを浮かべながらアレイスターが言い終わると、彼の水槽の前の床がゆるりと開き、ノートパソコンが入るくらいの黒いアタッシュケースが現れた。
その刹那。
彼は紛れもなく、初めてこの光景を目にした。しかし彼は説明を受けることもなくすべてを理解したのだ。
「”送った”通りだ。まだ臨床試験は行っていないが、ツリーダイアグラムの検証によれば十分使用可能なレベルに達している」
そう。彼はこの黒いアタッシュケースの中身についての情報を受信したのだ。より詳しく言うなら、送られた情報を脳の一部の機械領域で受信し、大脳の記憶領域に知識として
定着させたのだ。
「これ。魔術サイドの人間に見られでもしたら不味いんじゃないか?」
「問題はない。この装置は君以外に使う予定はない。あちらが恐れるようなことは起こらない」
「それにしてもアレイスター。今日はいつもに増して楽しそうだな」
「当たり前だ。”プラン”進行の素材を入手し、新しい装置の実験も同時に実行できるのだ。このような楽しい事態は実に久しい」
「そうか。では行ってくる。到着したらまた連絡する」
アレイスターの浮かぶこの空間は外部から隔離されている。この世界の『空間』という概念に乗っ取って隔たっているのか、それともこの世界の常識を外れた隔ち方をしているのかは
わからないが、テレポーターを介さなければこの空間に入ることはできないのだ。
「いつもすまないね」
と、感情のこもっていない社交辞令を交わすと、
テレポーターの少女も顔色を悪くしながら、愛想笑いを浮かべ、自分と絶対防壁をテレポートさせる。
そしてひゅん、という音とともに彼らの姿はアレイスターの前から消えた。
「さて。現在世界のバランスを揺るがしている『世界同時多発的に発生した大量の原石』の保護運動への参戦。その初陣の結果は如何程かな。いや、成功してもらわなくては困る。"彼女"は特別だからな」
水槽の中で天地を逆転させてゆらゆらと浮かんでいる男は不気味な笑顔を浮かべた。
◆
旅客機とは本来『快適な空の旅を』というのを一つのコンセプトに開発されるものであるべきだ。
が、
超音速というだけあって、それはマッハ7という驚異的な速度で飛行しており、中の人間がいい気分でいられるはずがない。
しかし彼は、人間の適応能力はすさまじいな、と改めて自覚していた。マッハ7に達して数分後には、
臓器という臓器の重さを感じ、血の流れを自覚できるという奇妙な感覚に、自然と慣れてしまっていたのだ。
「しかし、地上に降りてもしばらく感覚が残るだろうな・・・」と、絶対防壁が、腹を圧迫された苦しそうな独り言を漏らすと、それに返すようなタイミングで若い男のアナウンスが鳴る。
「パラシュート降下地点まで、残り5分。パラシュートと装備の最終確認を」
そして、黒い軍用リュックサックから『ホログラム投影用人工皮膚』と書かれた清潔そうな白いケースを開け、顔に張り付けていく。
これは、顔を隠すためのもので、付属の小型端末に映し出されている顔をタップすると、その通りに顔を変えられるという優れものである。
「降下地点に到着。ハッチ開放。コード01は降下を開始せよ」
「了解。コード01。降下を開始する」
開いたハッチから-50℃の冷気が流れ込んでくる。それもそのはず、ここは高度1万メートル。
今回の、いや"今回も"だが、作戦は隠密作戦。学園都市による作戦だとは知られてはならない。それ故、対空レーダーに引っかからない高高度からの降下。
真っ黒な服装のせいか、それは夜空を斬る烏のようであった。
超音速旅客機からぐんぐん距離が離れていく。が、地面はまだまだ先である。
すると、彼の視界の隅に、『着信 アレイスター』というポップアップが現れた。これも彼が脳の一部を機械化しているが故に成せる業である。
アレイスターから掛けてくるということは、不測の事態が起こったということに相違ないはずだ。出るのが億劫だが仕方あるまい。
「こちらからかけるはずだったが?」絶対防壁は300kmの速度で落下しているにもかかわらず、地上にいるときと変わらない声で返答する。
「ああ。不味いことが発生した。たった今衛星で、不審な5人が目標の家に突入する様子をとらえた。敵の装備などは不明。が、少なくとも全員が魔術師であることは確かだ」
絶対防壁は、何を根拠に、と言おうとしたがどうせお前ははぐらかすのだろう、と一人ごちる。
「了解。降下と同時に制圧する。あぁ、解ってる。一人生かして尋問するんだろ?」
「物分かりがよくて助かる」
と、最小限の業務連絡を済ませるころには、地面はすぐそこであった。
『敵は魔術師』根拠は聞かなかったがアレイスターが言うのだから間違いはあるまい。
その側面に付いたボタンを押すと、2本の針が現れ、ランプが青色から赤色に変わる。
「コード01、作戦を開始する」
◆
目標の家は、いわゆる豪邸というやつだろう。
家の敷地は白くて高い壁に囲まれており、
巨大な正門からは赤茶色の煉瓦の小道が一本、丸い噴水まで続き、そこを起点として四方に小道が分かれている。
また、その一本一本の小道に沿って木の高さ、その葉の広がり具合までもが同じ黄緑色のブナの木が等間隔に植えられている。
また草花も、無秩序のように見えて、それでいて均整を保ちながら植えられている。いわば日本の伝統芸能における"型破り"といった具合だ。
そして、そんな赤煉瓦の小道を正門から真っ直ぐ進むと、この広大な敷地にそぐう巨大な建物の玄関にたどり着く。
建物、もとい家は、外壁と同じ白色を基調とし、各所に目立ちすぎない小さな装飾がなされている。また、絶対防壁の降り立った屋根は小道と同じ赤茶色の屋根である。
そんな家の裏手を見てみると、かろうじて家本体は無事だが、その白い高壁に黒塗りのワゴンが突っ込み、大きな穴が空けられてしまっている。恐らく正門は目立つため、人気の少ない裏道から侵入しようとした結果であろう。
あえて窓を割って侵入したのは、現行の敵の作戦にイレギュラーをもたらし、作戦進行を停止させるためである。
すると案の定、英語で慌ただしく騒ぐ男の声と、それを制する男の声がし、一階から階段を上る足音が近づいてくる。
が、そんな解析も特に意味はない、と部屋の隅でP226を構えながら
敵が魔術師であるなら、体格の良さよりも、敵の魔術の素質を脅威とすべきだからだ。
すると、ドアが大きく開け放たれ、手に収まるくらいの大きさの”筒”が投げ込まれた。
その閃光と爆発音で、人の三半規管を潰し、平衡感覚などを失わせるスタングレネードである。
直後、閃光と爆発音が部屋を包み込み、それと同時に短機関銃MP5で武装した魔術師二人が部屋の四隅を警戒するように突入してきた。
その刹那ダン、ダンという発砲音が断続して響く。
一人は脳漿を床にぶちまけ、もう一人は間一髪でヘッドショットコースの弾丸を避け、右肩に被弾していた。
「がっ・・・。糞が!」
魔術師は被弾した右肩を気にしながら短機関銃を左手に素早く持ち替え、ストックを脇に挟むようにしてフルオートで発砲する。勿論銃口は絶対防壁のほうに寸分の狂いなく向いていた。
が、弾丸はすべて
「お前、まさか学園と」
一発の発砲音と共に頭が弾けるグシャリという気持ちの悪い音がする。
「魔術師の癖に魔術を使うことなく殺されるとはな。本当に敵は魔術師なのか」と、静寂の中独り言を漏らす。
先行させた二人が帰ってこないというのに敵は動かない。アレイスターの情報によるとこの館に侵入した敵は5人。残り3人である。
『アレイスター。聞こえるか?』
『目標は確保できたか?』
『魔術師”らしい”二人を処理したところだ。敵は外に出ていたりはしてないよな?』
窓からの突入により、奴ら作戦の進行を一時的に停止できた。が、それは時間制限付きである。
奴らの目的はあくまで原石の回収。彼らにとって
それ故、
『あぁ。虫の一匹も出ていない。恐らくまだ家の中だろう』
『了解』
どうやらまだ逃走はしていないようだ。
が、時間の問題。敵の襲撃というイレギュラーな事態に冷静になれば、乗ってきた車での逃走を図るだろう。
絶対防壁は、部屋から出て、長い廊下を走り、端の窓から奴らの車に手榴弾を投げた。破片が飛び散り、右側のタイヤに穴をあける。
「これで、逃走はできないだろう。かね?」
突然
が、ナイフは空気を斬っただけで、魔術師は、
目は細く、髪は初老の男性特有の白髪。身体は細めだが、決して痩せているというわけではなく十分に鍛え上げられた筋肉が藍色の修道着の上からでも見える。
「原石はどこだ」
「原石?あぁ、かの神の子のことか。彼女ならば我々の教会へ神聖なる聖職者がお連れしているところだ」
「神の子?まさかイギリス清教か」
「イギリス清教など、所詮は異端よ。王政と結びつき、信仰よりも地位の向上を重要視する集団。そのような無粋な猿どもと我々の崇高なるわしらを同じとみなすなど、許せる発言ではない」
「ならば魔術結社か」
「そんなことはどうでもいい。我々はいわば神の使い。そんな我々に牙をむくなど正気ではないただそれだけが問題だ」
話をしても無駄だ、
一人残しておく約束だが、こいつじゃなくていい。
弾丸は空気を裂き、一直線に、そして正確に魔術師の死へと向かっていく。
が、魔術師は不敵な笑みを浮かべ、弾丸を”逸らした”。
立て続けにもう3発の弾丸を発射するが、やはり結果は同じ。弾丸はすべて魔術師後方のガラスを割るばかりである。
『魔術か。さっきの謎の気配も恐らく魔術的な幻惑術』
ならば、と
が、魔術師は動かない。目を細め、腕を後ろに組んだまま、何らかの魔術を行使し、銃弾をすべて逸らし、全て後方と右側面のガラスに命中させる。ダメージは通らない。
が、ダメージを与えられないとわかってもなお、
それでも魔術師は微動だにしない。
『何か奥の手があるのか?いや。敵の目的はあくまで俺の足止めだ』
魔術師と
傍から見れば自爆行為である。が、彼の学園都市製の能力、すなわちLevel4『絶対防壁』には通用しない。
手榴弾が爆発し、その鉄の破片が全方位に飛び散る。
が、
「無駄だとは思わんかね?そのような玩具では私を殺すことなどできん。どうだ?ここらで退散するというのは。私も君と共に懺悔をしてやろう」
魔術師はゆっくりとした口調で絶対防壁の努力を嘲笑う。そしてここまで接近されているにも関わらずやはり動かない。
が、当の
魔術師はそれを見て、まるで小さな子供が、初めて自転車に乗ろうと、何度も転び、がむしゃらに立ち向かう姿を傍から見るように優しく鼻で笑う。
廊下中の"ガラス"が逸らされた弾丸で断続的に小気味のよい音を立てながら割れ、そして遂に最後の一枚に弾丸が突き刺さる瞬間。
―――――Over clock to four times
すると、人間の思考、知覚速度をはるかに超える速さでで薄い物体が振られ、空気を裂く音が聞こえると同時に、魔術師の首にじわじわと赤い線が滲み、次に魔術師の心臓が拍動する時には、その動きに合わせて首筋から血が噴き出した。
魔術師は白くて清潔な壁を、波打ち模様に赤く汚しながら、驚きと苦痛の顔を浮かべ、絶対防壁の方へと数歩歩いた後うつ伏せに倒れた。
「な・・・」
「お前の魔術は『身代わり』だろう?魔術には詳しくないが、逸らされた弾丸や手榴弾の破片が全てガラスに吸い寄せられるというのがヒント。お前は自分の『身代わり』の設定をあらかじめ決めておく必要があったんだろ。ならば『廊下のガラス』が全て割られ、次の『身代わり』を再設定するその瞬間。そこが唯一の隙だ」
と、
が、魔術師の心臓は停止したらしく、勢いのある出血はなくなり、大噴火が終了した火山からマグマが流れ出すようにただ血がドロドロと流れ出しているだけで返答はない。
「足止めに終始しなければまだ勝機はあったかもな」
『アレイスター。敵二人が目標の原石を抱えて逃走した。敵の場所は分かるか?』
『目標は外には出ていない。恐らくその付近に通る古い下水道を移動している。幸いその下水道は一本道だ。成人男性が走った際の速度と経過時間を考えると、先程の術式を使えばすぐに追いつけるだろう』
すると、絶対防壁の視覚に下水道までのルートが表示される。
―――――Over clock to four times
再び術式を起動する。すると血の匂いと硝煙の匂いが漂う戦場に、
◆
マンホールを開け、下水道に入った絶対防壁は、人を超えた速度で走っていた。正確に言うならば、"人から見れば"であるが。
50メートルを8秒で走ることができるなら2秒で。100メートルを16秒で走ることができるなら4秒で走り抜けることができる速度だ。
アレイスターの言った通り、
しかし、魔術師の一挙一足、何もかもが遅い。一人は走馬灯を見る間もなく心臓が一突きにされ、もう一人はみぞおちに、腰の乗った重い拳が突き刺さり、右肩に抱えるようにして運んでいた原石をずり落とす。
黒いロングコートを惜しげもなく床に広げ原石、もとい少女を寝かしてやる。
「おい。起きろ魔術師」
しかし、不意の重い一撃で完全に気を失っているようで、起きる気配がまるでない。
「単刀直入に聞こう。お前らは何者だ」
「お、俺たちは『福音騎士団』規模は100名足らずで、い、いわゆる魔術結社って奴だ・・・。お、俺はまだ入隊してたった一か月なんだ。だ、だから・・・・・」
「この原石は?どうするつもりだった」
「お、俺は知らねぇ!あの初老のジジイは何か聞かされてたみたいだが、俺は何も知らねぇ!そいつを回収してどこかに受け渡すとしかな!」
「しまったな。まぁ良い。どこか、とはどこだ」
「だから知らねぇって言ってるだろ!俺は知っていることは全部話した。た、頼むよ・・・・。もう許してくれ」
「悪いがそれはできない相談だ。最後に言い残すことは?家族、友人、恋人。名前と住所を教えれば伝えてやるくらいのことはできる」
少しでもそのリスクを負うのは避けたい。最も同情から遠い合理的な判断である。
魔術師は、この上なくドブ色で光を失った顔を浮かべたかと思うと、突然くすくす笑い始め、それは次第に高笑いへと変わり、
薄暗い下水道中に響いた。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
若い魔術師は高笑いを終えると、息を大きく吸い、叫び声を上げ、体中に魔力を通した。すると体中の血管が浮き出て、不気味な赤い光が魔術師の皮膚から漏れた。
魔術師の身体が僅かに溜まった下水に着水して数秒後。その下水道は巨大な爆発とともに崩壊した。
◆
場は再び第七学区の窓のないビル。
「ご苦労だった。原石も無傷。イギリス清教もこの事態を睨み合う魔術結社同士の抗争で処理しているようだ。素晴らしい働きだ。
「あの原石の家族は。」
というのも、
頭から脳がはみ出た。高そうな絨毯に赤い染みをつくる”それら”を。
「死んだ。いや。殺されていた。君がたどり着くまでに彼らの手によって」
アレイスターは興味がなさそうに淡々と答える。
「仕方があるまい。君はあそこまで世界で最も早い移動手段を使い、誰よりも早く向かったのだ。結果的には残念な結果となったがな。つまりあの原石の家族を守る為に世界で最も努力したのは君ということになる」
それに、とアレイスターは付け加える。
「そして少なくとも"彼女"は助かった。あのまま良くもわからぬ組織に引き渡されていたらどうなっていたこと か。誰も君を咎めようなど思わんよ」
アレイスターのこの発言により、
彼は脳の一部、人間の感情に多く関わる大脳部分を機械化している。なので通常の人間の感情レベルを大幅に下回っており、普通の人間にはできない”合理的判断”ができすぎるほどできる。
だから彼の乏しい感情ではこの発言に立ち向かうことなど到底できはしないのだ。
だが、
「原石と。あの”少女”と会ってくる」
感情は薄れてしまったが全くない訳ではない。
『でも、それでも少女に一言謝った方がいいだろう』そのくらいの感情はある。
「そうか。彼女は例の医者の所に移送した。面会の許可を申請しておいた。今すぐ行くと良い」
一息間を空けてアレイスターがゆったりとした口調で答えた。
数十秒の沈黙の後、
◆
アレイスターの言った『例の医者』とは、今
「それで、君がアレイスターの言っていた保護者……、ということで良いんだね?」
「えぇ」
保護者って年齢でもないんだけどねぇ、とカエル顔の医者はシャーペンで頬を掻きながら少女のカルテに目を落とす。
「彼女はどうですか?」
「身体も心も健康そのものだよ。親が死んだと聞いたがケロッとしているね。念のため精神鑑定を行ったけれど大きな異常は見受けられないね」
「そうですか」
が、カエル顔の医者はまだ言いたいことがあるらしく、待つんだ、と先程とは違いどこか凄みのある声で引き止める。
「彼女。どういう訳で親が殺され、学園都市にまで連れてこられたのか、僕には関係ないし詮索もしない。だがね」
カエル顔の医者はさらに声色を渋くした。
「僕の患者を玩具にするのはやめるんだよ?」
「少なくとも俺にそんなつもりは毛頭ない」
捨て台詞のように、カエル顔の医者に背を向け言う。しかし紛れもなくこれは彼の本心であった。
◆
コンコン、と小刻みに病室のドアを叩く。
すると一息空いて、
「どうぞ」
と、"日本語"で、高くて耳通りの良い澄んだ声がドア越しに聞こえる。
「具合は?」
「具合は?」
「そういうことか」
「そういうことか」
少女は澄んだ声で
「時間を遡ってきたのか?」
「そうね」
始めて会話が成立する。少女は続ける。
「"見てきた"。"全く同じ時間の線に戻ってきた"とも言い換えられるわ」
少女は "少し癖のある髪を、手の甲でひらりと風になびかせた" 。
大人の女性といった風な動作だが、少女特有のあどけない印象がそれを打ち消してしまっている。
「"恐ろしいな"」
「ふぅん」
少女は
「どういうことだ」
「あなた、結構特別なのね。ここまで移動しやすい人に会うのは初めて」
「落ち着きなさい。私、さっき髪をかき上げたでしょう?そしてあなたはそれを見た」
「それがどうした」
「1回目。私は髪をかき上げる動作はしなかった。あなたは無言だった。でも2回目。髪をかき上げたらあなたは『恐ろしいな』と言った。確定した未来が、私のちょっとした行動で変わったのよ。いや、移動したの」
つまり、と
「俺はお前の行動に影響されて"時間の線"を移動しやすい体質がある、といったところか」
「そう。勿論私から見て、だけどね」
ここでやっと
「謝る必要はないわ。そしてそれは不可能」
恐らくまた時間を遡って来たのだろう。
「まずあなたの謝罪。そんなの要らないわ。あなただって本当は分かっているんでしょう?無駄なことだと」
「あぁ。だが・・・」
「だ か ら 、い ら な い って言ったじゃない」
「すまん」
「あなたってさては不器用ね?人と話すの苦手でしょ」
感情が薄いとは言っても、彼も所詮は人間である。コンプレックスを突かれると少しはギョッとする。
続けて少女が言う。
「私の親が死ぬのはどうやら、いわゆる"運命"ってやつだったみたい」
少女は淡々と答える。昨夜最愛の親を失った少女とは思えぬほどに。
「実は私が遡ることができるのは30秒が限界。そして遡った先で再び能力を使って30秒遡るのは不可能なの」
「お前は家族が死ぬまでの30秒間をループし、家族が死なない時間へと移動しようと繰り返したのか」
「えぇ。でも変わったのは私の発言だけで後は何も変わらなかった。この先起こることを家族に説明しても、有無を言わさず隠してみてもね」
でも良いの、と少女は続ける。
あどけなくて、それでいて少し物哀しそうな顔を浮かべて。
「言いたいことは全部言ったもの。それに”運命”だったんだから仕方ないわ」
数十秒の沈黙が続く。
1人部屋の病室には午後4時48分を指す時計の針音だけがリズム良く響いている。
「また、お前のここでの生活で決まったことがあれば伝えに来る」
だが、
「今から」
少女は呼び止める。
「今から買い物したり部屋を決めたいわ。特に部屋なんか勝手に決められたくないし。ね、良いでしょ?」
「知らん」
「お願い!」
少女は両手を合わせ頭の上に上げる。
「"上司"と相談するから待っていろ」
「ふふ。やっぱり移動しやすい人なのね」
「何回目だ」
「3回目よ」
全く、やりづらい、とばかりに
『アレイスター。どうせ聞いていたんだろう?』
『何のことかな』
『とぼけなくて良い。俺の視覚と聴覚領域に割り込んでたろ』
『流石だな。まさか気づかれていたとは』
『無駄話はいい。で、どうするんだ』
『良いだろう』
『なんだ、やけに寛大だなアレイスター。どういう風の吹き回しだ?』
『彼女の待遇についてだが、彼女自身の選択に任せることにした。私は彼女の希望を可能な限り実現させよう』
"あの"アレイスターが、こんなことを言うなど気味が悪くて仕方がなかったのだ。
『アレイスター。熱でもあるのか?培養液の温度設定を確かめてみろ』
『まさか。そんなことはあり得ん』
『わかった。もういい。お前の事だ。何かあるのだろうが話す気もないんだろう?』
そしてやはりアレイスターはだんまりである。
そう言えば名前を聞いていなかったな、と歩きながら
戻ってきた
そこには、イギリスにいた時に着ていた、膝丈より少し短いくらいの紺色のスカートと、白いシャツを両手に抱えた、飾り気のない白い下着姿の少女が立っていた。
特筆すべき点はやはり、服を着れば無きに等しくなってしまう危険性のあるその小さな胸のことだろう。
少女は許可を得る前から、ウキウキ気分で出かける用意を始めていたのだった。
数秒の間
「馬鹿!ノックするでしょ、普通!というか、初めて入ってきたときはちゃんとノックしたじゃない!」
「すまん」
この時、なぜ少女が時間を遡ってこの状況を阻止しなかったのか、それは知る由もない。
◆
学園都市は、春特有の赤々とした斜陽に照らされていた。
が、その光は高くそびえたつビル群に遮られ人の歩く地上にはあまり届かないため、午後5時には、もう丸い電気が光っていた。
そんな中、茜色の光を贅沢に浴びる人影が2つ超高層ビルの屋上にあった。
1人は30代前半の男で、均整の取れた顔、『大男』とまではいかないものの優れた体格を持っている。
が、その頭には髪が一切なく、茜色を反射し光っている。
もう1人は20代前半の女で、顔は美人の部類に入るか入らないかくらいで、黒い髪がきっちり耳までに切りそろえてある。黒縁の眼鏡をくいっと上げる様子は真面目なOLっぽさを醸し出している。
「いやぁ。学園都市に入られちゃったねぇ。やっぱり『福音騎士団』なんて無名に任せるんじゃなかったかなぁ。どう思う、七瀬さん」
「あえて無能な無名に任せたのも我々の存在から遠ざけるためでしょう?この結果は仕方ありません。それに、学園都市は”あの原石”を取って食うわけじゃなさそうですし、あのまま放っておくより安全だったと思います」
「ま、学園都市の防衛網をこうして突破できてるわけだし、やろうと思えばいつでも回収は可能かぁ」
「油断は禁物ですよ、進道さん。ここは謎が多い」
「わかってるわかってる。とりあえずは『世界同時大量発生した原石』の回収を急ぎますかぁ。七瀬さん、1番隊を京都に集めて下さぃ」
「京都ですか?またどうして」
「さっき見つけちゃったんですよぉ。僕たちの欲する能力を持つ原石の1人を」
「本当ですか?!では至急連絡して来ます」
七瀬、と呼ばれる女は脚に力をこめると、ただのひと飛びで、数キロ先の学園都市外周の巨大な壁のはるか上空を通過していった。一方、進道と呼ばれた男は、目を細めて、歩道を歩く
「時間遡行。あの原石を磨いて加工すれば一体どんな仕上がりになるんですかねぇ。非常に楽しみだ」
進道は1人ごちると、その場で軽くジャンプする。が、七瀬のようにひとっとびすることはできない。
「いいですねぇ。七瀬さんはぁ。僕は1人寂しくエレベーターですか。調子に乗って高層ビルなんかに上るんじゃなかったなぁ」
進道はとぼとぼとエレベータへと消えていった。
初めまして。
森の砂時計というものです。二次創作を書くのはこれが初めてです。
なので言葉選びも構成もまだまだ修行不足だなぁと感じるばかりです。
次回は、この”とある世界”の世界観や私オリジナルの詳しい説明などをメインにしていきたいと思います。
誤字脱字、指摘などがあれば是非お願いします。
*補足*
・上条さんがインデックスと会う年の4月20日です。
・ヒロインの金髪少女の名前は次の話で判明します。お、思いつかなかったわけじゃな
いです(汗)
・絶対防壁をコレクターと読ませるのは『集める者』という意味の単語、collectorではなく『修正者』という意味のcorrectorが元ネタです。前者でも原石を集める、という意味ではあながち間違ってはいないんですけどね!
・Q「能力者が魔術使っても平気な顔してる?!」A,能力者は魔術使用の際に反動を受けるのではなく、魔力を精製する段階で反動を受けるらしい。ならば魔力を外部から充填したら・・・?実はこれが書きたくて始めたとか。
・絶対防壁の使う銃は実際にあるものです。これは完全に私の趣味です。