零崎討識の人間感覚   作:石持克緒

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第一話
自殺志願と相対して解体(1)


 

 

 

 世界勢力を拡大解釈し、その四分の一に分類される『暴力』の世界。

 その中で特に恐れられている『(ころ)()』と呼ばれる七つの家名のうち、最も忌み嫌われている殺人鬼集団『零崎一賊(ぜろざきいちぞく)』。

  高遠打気(たかとううちき)は零崎一賊に所属する殺人鬼である。

 年齢は十八歳、獅子座のO型。コインロールが特技な男子高校生。

 性格は打算的。

 零崎一賊の長兄『自殺志願(マインドレンデル)零崎双識(ぜろざきそうしき)や、最も多くの人間を最も残虐な手口で殺したと言われる『愚神礼讃(シームレスバイアス)零崎軋識(ぜろざききししき)だけでなく、殺害対象に制限をつけている音楽家『少女趣味(ボルトキープ)零崎曲識(ぜろざきまがしき)、殺人鬼同士の近親相姦により誕生した一賊最高のタブーである零崎人識(ぜろざきひとしき)、零崎史上最強にして爆炎の殺人鬼『寸鉄殺人(ペリルポイント)零崎常識(ぜろざきじょうしき)をも含めた、零崎一賊中の殺人鬼が口を揃えて言うであろう彼の性質は、一言で言えば、策略家だ。

 後に二代目『自殺志願(マインドレンデル)』として双識の得物を受け継ぐ数少ない女性の殺人鬼、零崎舞織(ぜろざきまいおり)こと無桐伊織(むとういおり)が、実際に彼と顔を会わせたとしても、恐らく、同じ事を思うのではないだろうか。

 

 具体的なエピソードが一つある。

 高遠打気と零崎双識が、久しぶりに再会した時の話だ。

 

 ◆    ◆

 

 最近では卒業式で『仰げば尊し』は歌わないらしい。

 歌詞の表現が現代的でない、教師への尊敬を強要しているなどの理由で、採用されなくなった。今では『旅立ちの日に』『贈る言葉』といった、近年を代表しつつ、卒業式の雰囲気に合った曲にシフトしているという。かつては卒業式の代表曲だった曲が、こうして廃れていく様を見ると、時代の流れと、いい様のない物悲しさを感じさせる。

 しかし、本日卒業式が行われるこの学校は違うらしい。

 国歌斉唱から始まり、校歌を繋ぎ、『仰げば尊し』で締める。途中、校長の話や祝電の読み上げなどが入るようだが、大まかには、この流れで進行するらしい。

 そう、手にしたプログラムには書いてある。

「――うふふ、彼にも困ったものだよ。確かに長い事お互い顔を会わせていないが、従兄弟である私を、この様な祝うべき門出に呼ばないなんて、ね」

 卒業式のプログラムを綺麗に折り畳み、背広の内ポケットに仕舞う。

「人識に似てシャイな子だよ。近くまで来たから、ちょっと学校まで顔を見てみようと思っていたのに。久しぶりに来てみたら、これだ。もう卒業式だよ。電話の一本ぐらい入れてくれれば良かったのに」

 まあ、忙しい私に気を使ってくれたのだろうけど。

 と、嬉しそうに自分の言葉に相槌を打つ。うんうんと、納得する様に、首を縦に振っている。

 とにかく目立つ男だった。

 グレーの背広の下に白いワイシャツ、ネクタイ、革靴と、普通のセールスマンの様な格好をしているが、驚くほどに痩身長躯で、異様に脚が細長く、また手も細長い。まるで針金細工の様な体躯であるその男は、長い黒髪をオールバックにし、古風な銀縁眼鏡をかけている。

 一つ一つをとって見れば、特別に特異な点はない。が、この当たり前でごく普通なサラリーマンのテンプレートなスーツ姿が、ありえない程に似合わない、という点が、男を決定的に特徴づけていた。

 そんな人間が、高校の校門の前で仁王立ちしている。薄く、笑いながら。

 しかも今日は卒業式。大勢の生徒やその保護者、来賓の客人などが学校に集まっている。本人は気付いていないが、不審者にも見えるその佇まいは、無駄に周囲から奇異の視線を浴びていた。

「さて、そろそろ行くとしようか。従兄弟の新しい門出を祝いに来た()()たるもの、無論私が遅刻などするはずがないが、遅れたら失礼に当たるだろうからな」

 そう言って彼は校門を潜り、式が行われる体育館へと歩を進める。途中、周囲をにこやかに見渡して(特に擦れ違う女子生徒を見る度に、眼福と言わんばかりに頬を緩ませつつ)、「うん。合格、合格」と、満足そうに頷きながら。

 誰がどう見ても変態だった。女子生徒を品定めしているようにしか見えない。

「うん、うん。うん。実にいい学校じゃあないか。普通に楽しそうで普通に悲しそうな、まさしく普通の学校の卒業式だ。私も、もし時間が巻き戻るのなら――アスには嫌な顔をされるだろうが――ここに通って、青春を謳歌したいものだよ。実にいい……待てよ? もしかしたら、ここに入学できるんじゃないのか? 私の学力を持ってすれば、試験など問題ではない……しかし年齢差が……いや。大学では一浪二浪は当たり前で、年齢差はさほど関係ないと聞く。それが高校に繰り下がっても……それに学問を修めるのに年齢は関係ないとも……よし、帰りに入学案内を貰って来るとしよう。残念ながら入学は来年以降になるだろうけれど、なに、この学校の生徒なら、快く受け入れてくれるだろう。そして私は失われた青春時代を取り戻し――うふふ。可愛い可愛い女の子を、毎日毎日拝む事ができるなあ」

 立ち止まり、ぶつぶつと呟く。その内容は変質者のそれであり、様々な点が変質的に、ずれにずれていた。

 もう、然るべき所に通報されてもおかしくない。

「――ふむ」

 突然、男の眼が厳しくなった。

 周囲の人間からは『ついに今日のターゲットが決まったか』と思われる程に速い切り替わり様だったが、男が見ていたのは、女子生徒ではなかった。

 男子生徒である。

 別に、実は彼がボーイズラブだったとか、薔薇だったとか、両刀使いだったとかではなく、その男子生徒が男の知り合いだったから、単純に眼についたのである。

 

 弁解したくないが、彼は変態だが、アブノーマルな趣味はない。掘り下げ具合がアブノーマルなだけで、嗜好自体は概ねノーマルだ。

 ノーマルだと思いたい。

 

 話を戻す。

 

「どうやら、よくない雰囲気のようだ」

 男の視線の先――知り合いの男子生徒が、クラスメイトと思しき他の男子生徒数人に、どこかに連れていかれる姿――を見て、そう呟いた。

 卒業式間際に、クラスメイトに囲まれる理由。それは分からないが、いい結果にならない事は、容易く予想できる。親戚として、()()として、予感する。

 

 なにしろ、その知り合いは殺人鬼で。

 針金細工な体躯のこの男もまた、殺人鬼なのだから。

 

「立つ鳥跡を濁さずと言うが、あの子の()()では、無理かもしれないな。結構溜まっているのか、殺気が少し漏れているし。あのままでは、勢いで学校一つ潰しかねない」

 それに彼等も気になる、と男は続ける。

「あの子を連れていく理由が分からない以上、彼等の『試験』の結果は下せない。この素晴らしい普通な学舎で、不合格者が出るとは思えないが――しかし現場を抑える以上に、人の悪性を測れるものはないわけだし、彼等の合否は、その後決めよう」

 行き先は変わった。体育館から彼等だ。

 

 針金細工――零崎双識。

 

 長い手足で大手を振るい、校内を闊歩する。

 行き先は――どうやら校舎の裏のようだ。

 

 ◆    ◆

 

 零崎双識が人気のない校舎裏へ足を運び、角を曲がると、先程の男子生徒数人が倒れ伏していた。

 正確には、あらゆる関節をバラバラに解体され、惨殺されていた。

 腕、脚、首、肘膝腰胸指。

 綺麗に真っ平らな切り口から、真っ赤な血液をいたるところに吹き散らしながら、斬殺されていた。

 

「ひ、ひぃやあああぁぁぁぁっ!?」

 一人、腕も脚も首もくっついたままの、まだ生きている人間が、背を向けて逃げようと走り出す。

 金髪の男子生徒だ。

「あぁ? なに逃げようとしてんだ――」

 逃げ出す男子生徒に対し、ゆっくりと振り向いた彼は、その三白眼を細め、緩慢な動作から一転、腕を振るった。

 右手に握るは、一振りの日本刀。

「――よ」

 ひゅばっ、と。

 一気に、一息で両腕と両肩が付け根から分断し、首が跳ね飛んだ。

 首と四肢と、達磨になった胴体が、慣性の法則に従って前方に投げ出され、その中空にある死体に、少年はもう一度、刀を振るう。

「しゃらあぁ――ッ!!」

 目で追える限り、三回、剣尖が走る。

 アスファルトの地面に落ちていった死体は、落ちた衝撃で更に断割された。

 両肘、両膝、両手首に両足首、胸部と腹部と臀部が、ぼとぼとごろごろと、鮮血を吹き、撒き散らしながら転がった。

 赤い、鉄臭い血液で染まった校舎裏。

 凶器の日本刀は勿論、アスファルトの地面、コンクリートの壁、植えられている植物。あらゆる物が鮮血に塗れ、肉片がこびりついている。

 唯一血に濡れていないのは、血染めの刀を握る少年こと高遠打気と、その光景を見ていた零崎双識だけだった。

 

 

 

「――さて。なんでアンタがここにいるんだ? 双識さんよ」

 ゆっくりとこちらに向き直った少年は、双識の記憶にある彼の姿とは印象が違っていたが、彼らしい特徴は、記憶通りに変わっていない。

 癖のある短い黒髪。内に外に緩くウェーブがかかり、然程長くない髪に軽くボリュームが出ている。それでいて一本一本の毛に漆を塗ったかの様に艶があり、癖っ毛でありつつも素直に櫛を通しそうな、女性が羨む髪質が一見して見て取れる。

 詰襟の学生服を第三ボタンまで開け、下には白いカッターシャツ、更にその下には色白で肉付きの薄い鎖骨と胸板が覗く。決して華奢で貧弱な体躯なのではなく、必要分だけ鍛えられ、引き絞る様に引き締まったボディ。痩身だが力強い、古代ローマの美少年の彫像を思わせる、芸術的な肉体美を、学生服の上からでも感じさせた。

 そして彼を決定的に印象付けるのは、凶相と呼ばれる三白眼である。前髪の奥から刺す様に双識を睨みつける灰色の瞳。芸術的な痩身、白い肌、端整な顔立ちと美少年そのものな容姿を、ものの見事に裏切るその双眸は、見る者に言い知れない恐怖と威圧感を与えるだろう。

「いや、何。久しぶりに顔を見に来たら、丁度よく卒業式だったものでね。折角だから親戚として、君の高校卒業を祝福しようと思ったのだよ」

 強烈な嫌悪感が含まれた凶悪な視線が双識に向けられていたが、そこは海千山千の零崎一賊の長兄。にこやかに微笑みながら、少年に答える。

「しかし、よくない。よくないよ討識くん。この様な素晴らしく『普通』な学舎で殺人を犯すなど、あってはならない事だよ? 私は君の直接の保護者ではないが、それでも一賊の長兄として、苦言を呈さずにはいられない。確かに私達は殺人鬼で、人を殺すのが当然な日常を送ってはいるが、それでも君は一般人としての顔を持って、学校へ通い、学生生活を送ってきたんだ。今日は卒業式だ、立つ鳥跡を濁さずと言うだろう? 式の前から殺意を抑えられずに、絡んできた学友を斬り捨てるなんて事は、あっちゃならないだろう。同じ殺人鬼としては、それに理解を示さないでもないが、一般人の顔を使っている時は、殺意を堪える必要があるんじゃないのかい? まったく、君の気の短さと気の早さは、以前から変わらないね」

五月蝿(うるせ)え。死ね」

 

 がきぃん、と金属音。

 

 刃物と刃物が衝突する音。

 正確には、少年が股下から逆袈裟に日本刀を振り上げた所を、双識が胸元から得意の得物を取り出し、日本刀に叩きつけた音、だ。

 

「――危ないね、どうにも」

 双識の得物である諸刃の大鋏『自殺志願』と、少年の日本刀の鍔迫り合い。

「……けっ」

 刃が痛むと判断したのか、少年は先に刀を引いた。

「アンタもアンタで、相変わらずだよ。余裕ぶっこきやがって……」

「私がどう相変わらずなのかはともかく、君は反省しなければならないよ。失われた命は還らないのだから。しかし疑問なのだが、なぜこの同級生達? を、殺したんだい? 討識くん」

大鋏を胸元へと仕舞いつつ、双識は質問する。彼等が死んでしまった以上、双識が『試験』することは出来なくなってしまったが、それでも、双識は一族の長兄、代表として、直接の保護者でなくとも、年下の親戚――零崎討識に、問わねばならない。

 それが、当然の義務である様に。

「それをアンタに言う必要があんのか?」

「あるよ。理由によっては――」双識は肩を竦めて、フラットに微笑んだ。「叱りつけなくてはならないからね」

「……本当に、相変わらずだな。アンタ」

「そうかな?」

「ああ。最っ高に、うぜえし、むかつくぜ」

 ひゅんっ、と刀を振るい、血を振り払う。制服の下に特製のホルスターを仕込んでいるらしく、逆手で背中に刀を挿し入れると、かきん、と鍔が鳴る音がした。

「絡まれたから殺した。いい加減、我慢の限界だったから殺した。それだけだ」

「本当に? それだけかい?」

「それだけだっつってんだろ、五月蝿えな」

「五月蝿いはないだろう、五月蝿いは。もしかして、君は頸織ちゃんと話す時も、その様な言葉使いじゃないだろうね。 だとしたら即刻直す努力をすべきだと、提言させてもらうよ。そんな言葉使いは家族間で用いるべきではないのだから」

「人識は誰に対してもそんな言葉使いだろ」

「あの子はあの子で、別に説教するから問題ないさ。それに、本来君を監督するのは頸織ちゃんのはずだが、そういえばあの子、今日は来ていないのかい? 君の卒業式ともなれば、勇んで参列しそうなものだけれど」

「アイツなら沖縄に行ったっきり帰ってきてねえぞ」

「なんだって!?」

 双識は長い腕を広げ、大袈裟にリアクションを取った。

「羨ましい……日々人識を追いかける為に全国を回っている私でさえ、未だ渡った事の無い島だというのに」

「島とか言うなよ」

 しかも、弟を出汁にし、楽しく観光しているだけな節も感じる。

「まあ、いいか。沖縄にはサーターアンダギーとちんすこうがある。人識の様な甘味好きなら、いずれ海を渡る事もあるだろう。さて、討識くん。体育館に向かおうじゃあないか。何、心配はいらない。頸織ちゃんの穴は、この一賊の長兄たる私が埋めてあげよう! ふむ。この学校では卒業生は一人一人卒業証書を受け取る様に、この配布されたプログラムに書いてあるね。残念ながら今はカメラの持ち合わせが無いが、その代わりに、私は心の中でシャッターを押しまくって、君の勇姿を網膜いっぱいに焼きつけよう。いや、私が自ら筆を取り、写真よりもより写実的な絵画として永久保存しようじゃないか! そうすれば頸織ちゃんは勿論、人識もアスもトキもリルも、君の新しい門出を見逃したと後悔する事はない! よし! そうと決まれば善は急げだ。微細な詳細も描き漏らさない為にも、保護者席は最前列を確保しなければな! さあ行くぞ討識くん! 高校生活を締め括るイベントだ、君も早く体育館の中に――」

「卒業式なら、もう終わったぞ」

 ぴしり、と。双識の笑顔が凍った。

「………………………………え?」

「だから、卒業式は午前中に終わったぜ。時計は確認したのか? 今は午後一時過ぎだぞ」

 慌てて自前の腕時計を確認する。

 午後一時十分。

「馬鹿なッ!!」

「馬鹿はテメエだ」呆れが溜め息として吐き出され、討識は頭を掻いた。「大方、人識を探すついでに立ち寄ったら、たまたま卒業式だったから、参列しようと思っただけだろ。そんな事のついでに祝われたところで、嬉しくも何ともねえよ」

「くっ……折角の式典に、頸織ちゃんはおろか、私ですら参列できなかったとは。……討識くん、悲しい思いをさせてしまったね」

「いや、別に。つーか、話聞いてるか?」

「人識は卒業は出来たが、卒業式には行かなかったからな。無理もない、あんな事があっては……いや、それはともかく。じゃあ討識くん、ご飯でも食べに行こうか。お金は心配しなくていい。卒業のお祝いに、どんなものでも私が奢ってあげよう」

「当たり前だぜ。じゃなきゃ本当に何しに来たって感じだ」

 そうして、二人は肉塊と血溜まりだらけの校舎裏から移動する。討識は同級生達の死骸を放置し、双識は死骸の処理を放棄して。

 双識が後処理をせず、話にも出さないのは、単に討識が後処理をする事を確信しているからだ。勿論、討識自らの手で肉片を拾い集めつつ血を拭い、臭いすらも消し去るという様なお掃除を行う、なんて直接的な手段ではなく、既に()()()()に手を回しているであろうと、確信しているのだ。

 確信している。そういう奴である事を知っている。

 そんな()()が討識のプレイヤーとしての長所であり、殺人鬼としての短所である事も、双識は知っている。

「さて、何が食べたい?」

「肉」

 

 

 




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