零崎討識の人間感覚   作:石持克緒

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 お久しぶりです。石持克緒です。

 ようやく書き終えたので投稿しようとしたのですが、思っていたよりも文章量が多くなってしまった為、内容を二分割してお送りします。よって今回は中編となります。

 後編は翌日9/8(金)に投稿予定です。




人間失格と解釈して貸借(2)

 

(バレてる……のか?)

 人識(ひとしき)は非常階段を上りながら、考えを巡らせる。

 いや、露見しているはずがない。伊織が零崎に()()()のを知るのは、あの事件の関係者のみで、当の伊織(いおり)と人識、そして赤い請負人以外は、全員死亡しているのだ。

 伊織は介助なしでは自由に出歩けないし、出歩いていない事は人識も知っている。

 存在自体が悪ふざけな請負人が漏らしたのか。しかし、討識(うちしき)と繋がりがあるとは思えないし、垂れ込むメリットもない。第一、仮に垂れ込みがあったとしても、討識が知らない振りをする意味も必要もない。

 人識の預かり知らないところで接触があったとしても、関係はない。討識は身内に厳しい。理由がどうあれ、普通に拒否して終わりである。

 無論、人識自身が口を滑らせた訳でもない。

 つまり、人識に落ち度はないはずなのだ。

 だが討識は感付いていた。

「……分からん」

 考えてはみたものの、結局、答えは出なかった。

 ならばあれこれ考えていても仕方がない。

 どうせ人識の頭脳では、討識の思考を読み解くなど、出来はしないのだ。考えるだけ無駄であり、その分の集中力を目の前の勝負に回した方が、幾分効率的というものである。

「……さて」

 では、まず討識について、整理する必要があるだろう。

 零崎討識(ぜろざきうちしき)

 二十一歳、獅子座のO型。本名は知らない。身長は目算で一七〇センチ前半、体重は恐らく五〇キロ後半から六〇キロ前半。細身に見えるが筋肉質で、贅を削った、絞り込んだ肉体を持つ。

 特徴として速力に優れており、一賊屈指の速さを持つ。特にハンドスピードは抜きん出た速度を有していて、これに関しては一賊で最速と言ってよい。また、スピードに秀でていながらパワーも持ち合わせていて、何かしらに優れた特化型というよりは、何にでも優れた万能型な身体能力をしている。

 主な得物は日本刀。しかし使用頻度が高いというだけで、スタンスとしては、使えるものならば何でも使う主義だ。ナイフや槍、弓矢、拳銃、ライフル、爆弾と、特別なこだわりがない。

 何が何でも殺す、という意気は、殺人鬼が殺人鬼たる所以であり証明と言えるだろうが、しかし一切のこだわりがないというのは、どちらかというと闇口(やみぐち)――暗殺者に近く、それ故の合理性は匂宮(におうのみや)――殺し屋に近い。

 特定の得物を持たない。その特性自体は一賊ではよくあるものではあるが、一賊の殺人鬼らしからぬ討識の臨機応変さについては、最早、零崎討識の個性と言ってよかった。節操がない、と露骨に表現し直してもいいぐらいに。

 節操がない。

 得物の不得手を無くし、知識を蓄え続け、能力の研鑚を怠らず。

 策を巡らし、並行して進行させるその謀略的な暴力で、相手を確実に嵌め殺す。

「――傑作だぜ」

 スキルの詰め合わせか何かかよ。

 これに商才と資産がついてくるのだから、どこぞのパーティーバーレルみたいなものだ。

 あまりに出来過ぎな万能家は、まるで漫画のキャラクターを思わせる。だが、それで人識が臆することはない。

 零崎討識が、万能家の頂点たる赤い請負人に優るはずはないし。

 また、討識が自分の拠点での戦いで打ちそうな手は、大体予想がつくというものだ。

「やっぱな。あると思ってたぜ」

 屋上へと続く扉。その手前、階段の最後の段に、一本の細い糸が引いてある。開け放たれた扉から緩やかに射す町明かりに照らされたそれは、踊り場の隅にテープで貼りつけられた発煙手榴弾へと続いていた。

 M18。挿し込まれたピンを引き抜いて約一秒後、点火された発煙剤から一分以上煙が放出される。暗がりで見えにくいが、あの円筒状の缶は、恐らくその類いのものだろう。

 ブービートラップとしてはよくあるタイプであるが、これが意外と侮れない。第二次世界大戦やベトナム戦争で効果は実証済みだし、身内にはこういう仕掛けが得意な双識(そうしき)もいるので、脅威も経験済みである。

 勝負は舞台に上がる前から始まっている。討識らしい戦い方だ。

 そして討識のことだから、これだけで済ませるはずもなく。

「見っけ」

 丁度、人識の歩幅で一歩、糸を乗り越えたその先。

 寒色系のワイヤーが、ピンから伸びていた。

(つまり、こっちが本命ってことか)

 糸に気付かず引っ掛けるなら良し、気付いて跨いで踏みつけても良し。度を越した用心深さから端を発する、二重のトラップ。

 だが、罠とはあると露見してしまえば、意味を成さないものだ。

 人識は踊り場を注意深く観察し、安全を確認して、一息に飛び越える。

 そして薄明かりの扉を潜り、

 

ぷつ

 

 と、糸が切れた。

 

「あ……?」

 気づいた時には、既に頭上から発煙手榴弾が落ちていて。

 同時に勢いよく紫色の煙が吹き出し、一気に人識の身体を包み込んだ。

「ぐっ……!?」

 二重の罠、その先に罠を張る。回避したと思わせて油断させる鮮やかな手際は、正しく討識のそれだ。

 そして、その油断に付け入らない手はない。

(――! 当然、来るか!)

 煙の中を射抜く殺気。心の臓を狙う気配が、人識を襲う。

 タイミングとリーチから、回避は恐らく不可能だ。受けるしかない。

 人識はタクティカルベストに手を伸ばす。内側から、両手に一振りずつ、ナイフを掴み出す。

 右手にバタフライナイフ。

 左手にバトニングナイフ。

 バタフライナイフは人識がよく使う、携帯性に優れた折り畳み式の刃物だが、厚さ五ミリ強の大振りなバトニングナイフは、戦闘用ではなく野外作業用の物だ。肉を刺したり裂いたりするよりも、細い枝や薪を、杭打ちの様に叩き割る為のナイフで、肉厚な分、頑丈で堅牢である。

 これで心臓への突きを受け、身体の外側へ逸らす。そしてあわよくば、反撃に転じたい。

(――――)

 否、違う。

 

 この状況で、討識が心臓を狙う訳がない――!

 

 一瞬の判断だった。

 人識はバタフライナイフを逆手に握り直し、バトニングナイフと交差させて構える。

 次の刹那、纏わりつく煙を弾き飛ばす様に鋼の刀身が飛来する。

 狙いは――

 

(――喉元!)

 

 ぎぃん。

 と、バトニングナイフの刃が突き破られる。頑丈で厚いナイフは、刃から峰までひしゃげてしまう。

 が、人識はその突きを、後続のバタフライナイフで払った。突きで斬鉄する討識の実力には驚愕するが、人識は『討識ならこれぐらいはやるだろう』と予感していた。だからこそバトニングナイフで威力を削り、極僅かながら、時間に余裕を持たせ、捌く事が出来た。

 丁度、振り被った体勢になった人識は、返しにバタフライナイフを投擲する。

 殺傷を目的としたものではない、距離を取らせる為の攻撃。視界に煙が纏わりつく中で戦闘など出来ない。それは討識も同様だし、このタイミングで攻撃されれれば、討識は自然、対処に回らざるをえない。

 人識はバックステップで踊り場へ戻り、サバイバルナイフを抜いた。

 踊り場は既に煙が充満しているので、手早く体勢を整え、階段を下りる。発煙手榴弾から生じる煙の長時間の吸入は、人体に有害だ。煙が外に流れるまで、待つしかない。

(……やれやれ、とりあえず何とかなったか)

 討識の奇襲をやり過ごし、一先ず安心する。攻撃の第一波は退けることが出来た。ほんの数分でブービートラップを複数設置するのは物理的に不可能だから、ここからは純粋な斬り合いとなるだろう。

(……つーかあの野郎、本気で殺しに来やがった)

 人識の認識では、この戦いは本気ではない範囲の仕合という感じであった。

 だが討識は完全に殺しにきている。先の攻撃、斬鉄出来る腕前があるとはいえ、それで心臓を貫けるかは保証出来ない。大量のナイフが収納されているタクティカルベストを避け、咽喉を狙ってくるぐらい、討識はその実力とは裏腹に、慎重派である。

 さらに討識は、あの一合で、とんでもない技術を見せた。

(殺気のフェイント)

(あんな技、身につけてやがったとはな)

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。戦闘において、一瞬の判断が生死を分ける場面は少なくない。特にプロのプレイヤー同士の戦いでは、殺気の読み合いに長ける必要がある。

 討識が行ったのは、その強い察知能力を逆手に取ったものだ。故に気配を読むのに優れた、強いプレイヤーであるほど、効果を発揮する。例えそこに刃が無かろうとも、一流のプレイヤーならば、刹那でも殺気を感じ取れば、その方向に意識が向いてしまうものだからだ。

 では逆説、人識が格下の三下なのかと問われれば、無論、そうではない。人識はまだ若いが、戦闘の経験値で言えば、そこらのプレイヤーの比ではないぐらいに積んでいる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という疑念。勘の域を出てはいないものの、核心に迫る程に優れた直感を、人識は有していた。

「……さて」

 煙が流れ、準備も整った。

 討識は自分の予想以上に腕を上げているらしい。勝負への理解が甘かったのは事実だが、それを差し引いても余りある程の実力差を見せつけられた。

 恐らく、単純なプレイヤーとしての実力は、討識の方が上だ。そんな格上の相手を打倒するには、一体どうすればよいのか。

「……いやはや」

 答えは単純。

 ()()()()()にすればいいだけだ。

「傑作にも程があるってもんだ、親戚間で殺し合いを演じるたぁよ。討識さん。こーいうの、頸織のねーちゃんにバレたらマズくねーか?」

 今度こそ扉を無事に抜けた人識は、再度、両手にナイフを構え直す。

 右手のサバイバルナイフは順手に握る。対して、左手に握るのは鎌状の刃物だ。

「何もマズくはねえよ。知られたところで、『身内同士の喧嘩なら素手でやれ』とか、的外れな事言って終わりだ。承知している通り、あの女は頭がおかしいからな」

 討識の兼房乱の刃に向けたのは、やや小振りなカランビットである。

 東南アジアに伝わる伝統的な刃物を源流とするカランビットは、刀身が鎌の様に湾曲しており、柄頭には指を通す為のリングがついている。その特徴的な形状故に癖の強いナイフであるが、実用に富み、殺傷能力が高い。

 人識は人差し指をリングに通し、逆手に握る。

 反った刃先が相手――討識に向いた。

「それに、姉貴の脳味噌はスポンジだ。テメエの事なんざ、髪の毛一本たりとも覚えちゃいねえだろうよ。どうでもいい事は忘れる質だからな」

「恐ろしいくらいにありえそうで怖いが、頸織のねーちゃんはそこまで薄情じゃねーだろ」

「……そうだな、実際には覚えているかもしれない。俺とは違って、あの女は甘い」

 討識は屋上の中央、人識のいる出入り口から約五メートル程の位置に立っていた。

 討識の服装が先程と変わっている。ジーンズはそのままだが、上は黒いタンクトップになっていた。ではワイシャツはどこかと屋上を見渡すと、屋上を囲む金属製のフェンスに結われている。インナーとして着ていたらしい。

 屋上はそれなりに広く、防犯用なのか、街灯も設置されていた。これなら夜目が効かずに背後を取られる、なんて間抜けなオチにはなるまい(というか、そんな死に方はプレイヤーとして残念過ぎる)。

 討識は右手に握った打刀の峰を肩に乗せ、朱色の鞘は左腰のソードベルトに差している。それ以外に武器や装飾は見受けられない。

 つまり、これから先に、小細工は必要ないという事。

 実力勝負。

 真剣勝負の、一本勝負。

「一つ聞いておこうか」

 討識は言う。

「糞餓鬼。お前はどうして人を殺す」

「……はあ?」

 意味が分からない質問だった。

 『殺し名』第三位、殺人鬼集団『零崎一賊』。その殺人に理由は無く、動機が無く、主義も無いが故に、周囲から理外の存在として恐れられている。

 そんな忌みわれ者の集まりの中でも忌みわれ者と扱われているのが、この顔面刺青の殺人鬼、零崎人識である。零崎同士の近親相姦により産まれた人識は、特異で奇妙な集団においても特別に奇矯な存在であり、出生から数年は、その影を語る事さえもタブーとされていた。

 それでも一賊の殺人鬼として、人識もまた、一賊の共通認識を持ち合わせていた。

 即ち。

「何を訳の分からねー事を。

。今更確認するまでもねーだろうがよ」

「それは何処か誰かの見識であって、テメエの見識じゃあねえだろう。まあ、答えなくてもいいさ。その代わり」

 灰色の三白眼が、人識を捉える。

 今宵の獲物として、認識する。

「その汚え素っ首、置いていけ」

 討識が動いた。

 脱力から緊張。緩く軽く柔らかく構えていた討識は、身体を左脚で送り出し、人識を斬りつけにかかる。

 二之太刀要らずの精神か、旋毛から陰嚢まで、一刀両断に斬り捨てようとする勢いで――不意を突かれた人識が反応する頃には、既に討識は眼前で刀を振り下ろし始めていた。

 しかし、対応の遅れた人識も、プロのプレイヤーとしては一流だ。

 産毛が剃れるかどうかという至近距離で、面の打ち下ろしを避ける。討識は確かに速いが、人識の戦闘経験は、同年代のプレイヤーの比ではない。討識よりもずっと速い強者――匂宮出夢の存在、その実力を、人識は身をもって知っている。

 討識は打ち下ろした刃を返し、人識の顔面を目掛けて振り上げる。恐らく狙いは、右頬の刺青だ。討識はこの刺青のデザインが気に入らない様で、前々から削ぎ落としたいと思っていたのかもしれない。

「――っちぃ!」

 人識はその切っ先をカランビットで受ける。逆手に握られた湾曲した刃から、鈍い衝撃が走る。

 カランビットの利点の一つに、手から落ちにくい事が上げられる。順手よりも逆手の方が力を込めて握りやすいし、何よりカランビットは柄にリングがついている。強い衝撃で手が開いてしまったとしても、リングに指が通っているので、得物を取り落とす心配がない。

 人識はカランビットを、攻防一体のナイフと認識していた。討識の攻撃を受けた様に、他のナイフよりは安定して防御行動が取れるからである。

 衝撃を耐え、刀の切っ先を撥ね上げる。それに続けて、右手のサバイバルナイフを突き刺しにかかる。

 通常ならば、これで終わりだ。討識の腹部に刃が通り、勝敗が決する。

「はっ――」

 しかし討識は、その右手に対して腕を落としてきた。刃を振るうのではなく、柄で叩こうという防御である。

 柄当てという技は、主に相手の顔面や鳩尾を柄で叩く、または突く技である。

 討識の様に、手首を狙おうとする場合も無いではない。

 この技で死ぬ事はまず無いが、しかしそのアプローチとしては有効な手段で、現在も多くの剣術流派で受け継がれている技術の一つだ。

現代剣道ではない、古流剣術の技。

 使える物は何でも使う。

 相手が死ねばそれでいい。

 日常的にプロのプレイヤー同士が殺し合う『暴力の世界』と通ずるその理念からくる技法は、クラシカルな技術と言えど、殺し合いには有用である。

「――――」

 脱力。

 人識は、瞬間的に右手の力を抜いた。

 突きにいっている以上、退いて躱す事は出来ない。ならば緊張ではなく、弛緩して突きを減速させ、ダメージを軽減する。

 結果、柄当てはサバイバルナイフの峰に当たる。しかし力を抜いていた人識は、ナイフを取り落としたぐらいでは動揺しない。

 続け様に左手のカランビットを振るう。

 狙いは上半身ではなく下半身。討識の右大腿部だ。

 この勝負は、一撃でももらった方が負けというルールだ。ほんの僅か、一センチの負傷が生死を分ける事も珍しくない『暴力の世界』においては、掠り傷でも一撃は一撃である。そして湾曲している分だけ刀身が短いカランビットは、切り裂く攻撃に向いている。この実践的なルールに適した装備と言えた。

「ちっ……」

 こうなれば回避するしかない。

 討識はカランビットの斬撃を、一歩、後退して躱した。

「……うっひゃあ、すっげー」

 人識は呆れ混じりに驚嘆する。

 たった一歩のバックステップ。討識はそれで三メートル以上移動し、殺傷圏内から離脱していた。

「おいおい、大袈裟過ぎるだろ。その移動距離は」

「……腕を上げたとは思ったが」討識は言う。「思っていた以上にようになった。少なくとも、俺に刃を通そうとするぐれえには」

「ま、俺も無駄に旅してる訳じゃねーってこった。懸頭刺股(けんとうしこ)ってやつさ」

 想定以上の腕前。人識の戦闘技術は、討識の想像を超えていた。

 零崎人識の放浪の旅。ただ呑気に日本全国を巡って、甘味に舌鼓みを打っていた訳では、勿論ない。

 特に昔は『匂宮雑技団』のエース、匂宮出夢(におうのみやいずむ)が頻繁に襲撃をかけていたのだ。嫌が応にもレベルは上がるというものだし、かつては知る人ぞ知る損害者の連合『裏切同盟』を相手取った事もある。直近では匂宮の分家、太刀使いと大薙刀使いの早蕨(さわらび)兄弟と戦ったし、現在進行形の放浪生活、戦闘経験の濃度は濃密である。

「そりゃあそうだろうがよ。じゃなきゃあ、双識さんから独り立ちした意味がねえ」

 言って討識は、構えを変える。古流、現代を問わずベーシックな中段の構えから、切っ先を後方へ下げた脇構えへ。

 この変化に、人識は顔を顰めた。

 右頬の刺青が、苦笑いで歪む。

(試されてるな、こりゃ)

(厳しい流れになってきやがった)

 討識の攻めを捌き切れずに、一閃に斬り捨てられて死亡。

 武器、体格共にリーチで劣る人識が辿る末路は、本来ならこうだろう。しかし、人識には対格差による不利を埋められる経験がある。日本刀よりも長尺の武器と戦った事もあるし、ナイフで捌き、受け流す技術に関しては、人識はプレイヤーとして、一級品の技術を有していた。現に、同じく一流の剣士である討識の一撃を、人識は見事に捌いて見せた。

 けれどもそれは、討識が常に先手を取っていたから、とも言える。

 よって討識は構えを変えた。右足を引いて半身になり、刀を右脇に添え剣先を後ろへ向けた脇構えに。

 刀身を身体の正面に置く中段や上段と違い、脇構えは独特な構えな為、得物の寸法が把握出来ず、間合いを測られにくいという利点がある。また、切っ先を身体の後方へ向ける事から、とっさの反応が取れず、行動が遅れがちになりやすいが、逆にそれが待ちの姿勢となり、迎撃やカウンターに適している。

 自ら打ち込まない、待ちの防御姿勢。

(間合いに関しては、これまで散々晒してるから今更だが)

(この状況はキツイな)

 ナイフと刀では、寸法に差があり過ぎる。

 加えて、ナイフを扱う人識は小柄だ。外見上は標準的な体格である討識の間合いに、自ら飛び込んで行かなくてはならない。

 リーチ、破壊力で劣る武器でこれを行うのは難しい。脇構えである以上、討識の一合目は、人識の攻撃を逆袈裟に迎撃する一手となるのは、予想に難くない。しかし、討識の一刀は非常に速い上、突きで斬鉄する程に重く、鋭い。後の先で気を練り上げているともなれば、その一撃は、人識が未だかつて経験した事のない威力となるのは間違いない。

 身体中に仕込んだ刃物ごと、自分の胴が両断されるイメージが容易く出来てしまう。

 改めて怖い相手だと、討識の実力を再確認させられる。

「……傑作だぜ」

 とはいえ、そこは零崎一賊の忌子。無策という訳ではない。

 根無し草の放浪生活、こういう手合いも少なくなかった。

 右手のサバイバルナイフを、逆手に握る。

「ッ――」

 一歩でトップスピードに乗り、三メートルの間合いを一気に詰める。同時に、タクティカルベストからスローイングナイフを、空いた右手の人差し指と中指で抜き出し、投擲する。

 討識は顔面に迫る小振りな刃を、首を傾けて回避した。投げナイフとしては雑な癖にやたらと正確で速いが、銃弾よりかは遅い。殺気を読むまでもなく躱せる。

 当然、人識もそれは百も承知だ。こんな事で仕留められるなら苦労はない。

 これは、意識を少しでも逸らす為の囮。

 討識の打刀『小説姫(しょうせつひめ)』の間合いに、人識はすでに深く踏み込んでいた。

 あの人類最強に肉薄し、前髪を斬り裂く事に成功した脚力。単純な足の速さなら、人識も討識に負けてはいない。

 一足一刀。それよりも深い近距離。刀身の短いナイフの間合い。ここまで迫れてしまっては、かえって日本刀は不利になる。

 だが、技はある。討識は右逆手に握り直した柄を振り上げ、人識の首を狙う。

 古今東西、刀剣による戦闘術は、基本的に順手である。ある程度長い刃渡りの武器は、逆手で持つには重い上に力が入りにくく、扱いづらいからだ。では逆手で攻撃するのは、現実では不可能なフィクションなのか問われれば、それは違う。

 討識の攻撃がまさにそれだ。右足で踏み込み、その勢いで斬りつけの威力を増す。この逆手斬り上げは振りがコンパクトなので、接近戦、閉所で有効に作用する為、この状況に適した剣技と言えた。

 が、この技は人識も知っていた。

 逆手斬り上げは確かにコンパクトだが、軌道は通常の斬撃と同じく直線の動きだ。討識が放ってくるのが想定出来たなら、躱すことは容易。

 人識は斬り上げを屈みこむ事で躱した。脱色した後頭部の髪が数センチ、断ち切られる。あの請負人に刈られた髪が更に短くなったが、そんな事、今はどうでもいい。

 今は、討識の右足だ。

 この右足を、左足で踏む。

 同時に左足の親指に力を入れ、カランビットを振るう。狙いは討識の右脇腹。肋骨の隙間を縫えば、臓器を傷つけ、出血多量で討識は死ぬ。

 普段の討識なら一歩引いて回避するが、今回はそうはいかない。足の甲を踏まれてしまっている。

 下がれない。

 足の踏みつけは格闘技では反則だが、実践ではむしろ常套手段。殺し合いでは尚更だ。踏まれる奴が悪い。

 人識は腕の勢いそのままに、指の握りを緩める――人差し指をリングに通したまま、ナイフが時計回りに回転し、逆手から順手に収まった。

 裁断から刺突へ、攻撃がシフトする。

 カランビットは握り方の変更を、非常に素早く行える。人識は腕の振りに合わせ、無理矢理に持ち替える事で、攻撃の軌道と間合いを変えた。この僅かな誤差が肉を裂いて、臓腑を貫き、致命傷となる。

 だが、討識はまだ左手を残している。

 空いた右脇腹に、討識は左手を伸ばしていた。そして人識の攻撃を、手首で払った。

 ふっ、と軽く、払われた。

 逆手斬り上げは接近戦で有効だが、隙も大きい。また、今は人識に足を踏まれてしまっていて、大きな動作で回避は出来ない。そのフォローに、残った手を使うのは当然だ。

 当然。

 そう、当然。人識はその受けも読んでいた。

 これが、本当に本命。

 払われた腕の勢いも使い、踏みつけた左足で回転。素早くバックターンし、右足を送り、討識の右半身につける。

 人識の背中と、討識の背中。互いに足を送りあった状態で、背中合わせになる。

 そして人識の右手には、サバイバルナイフが握られている。スローイングナイフを取る為に逆手にした。滑らかに鋭い刃物。

 狙いは討識の右腰、その下の腎臓。

(――()った!)

 人識は勝利を確信した。

 一撃を入れたら勝利のルールで、相手の内臓を破壊するのは、自分でもやり過ぎだとは思うが、そもそも殺し合いをしかけてきたのは討識の方だ。こちらだけ相手の負傷を慮るというのは、不平等というものだし、討識もそこは理解し、受け入れているはずだ。

 勝負は勝負、勝ちは勝ち。

 それを地で行く殺人鬼だ。敗北のリスク――それを考慮しない男ではない。

「……間抜けが」

 敗北のリスクは考慮する。

 だがそれ以上に、勝利への筋道を思慮するのが、零崎討識という殺人鬼だ。

 

 きぃん

 

 と、金属音。

 金属同士が叩き合わさる、甲高い衝撃音。

 突き刺さろうかという瞬間だった。人識の右手が、衝撃でぶれる。何か、硬いものに当たった感触だ。骨ではない。カルシウムの塊以上に硬質な何か。

「――――」

 それは、兼房乱の打刀。

 討識は順手に持ち替えた刀を大きく振り被り、背中に回してサバイバルナイフを受け止めていた。

「ちえぇえいっ!」

 気合一声。

 受け止めた状態のまま、力強く刀を振り下ろし、サバイバルナイフを弾き飛ばした。

「ちっ……!」

 人識は即座に離れた。

 これはよくない。討識にあれが出来るなら、少し体勢を整えたら、すぐにでも返しの斬撃が飛んでくる。

「知ってるか。こういうのは独学弧陋(どくがくころう)ってえんだ」討識は追う。「無知は罪だな、糞餓鬼」

 人識の眼前に、すでに刀を振り上げた討識が迫る。

「――」

 一気に状況は逼迫してしまった。

 はっきり言って、この状態からの攻め手は、人識にはない。残ったカランビットで面打ちを防御するのが精々だが、それだって絶対ではない。討識の放つ全力の一刀の前では、短い刀身ごと斬り捨てられて終わりだ。

 攻め手はない。

 ならば、搦め手ではどうだ。

 人識は空になった右手で、ハーフパンツからほつれた糸を引く。

 すとん、とハーフパンツの裾から落ちたのは、円筒状の缶だった。

 M18。

 発煙手榴弾。

「――食らいやがれ」

 討識が罠を仕掛けたのと同様、人識もまた罠を張っていた。

 とはいえ、人識が最初から所持していたものではない。これは討識が踊り場で仕掛けていたものの、一つ目の缶だ。

 数分前、中空から落ちてきた手榴弾から発された煙が薄れていくと共に、人識は行動を開始していた。踊り場の隅に設置された囮のM18を、回収する作業を。

 ブービートラップとしての役割を終えた以上、それらは一時的に意識の外に追いやられる。当然、発煙手榴弾を回収されるだなんて思ってもいない。その場にあるもので急場を凌ぎ、逆転させるその手口は、双識直伝の、人識の十八番だ。

 人識の罠は討識ほど凝ってはいない。回収した円筒を自身の太腿に括りつけ、ハーフパンツから伸びた糸を引っ張れば、頭頂部のピンを残して落ちるようにするだけだ。あまりにも単純だが、これにより人識は、何時でも手榴弾を点火させる事が可能となったのである。

 問題はタイミングだ。ここぞ、というタイミングでなければ、高い洞察力を持つ討識の不意を打つことは出来ない。だから可能な限り、討識が精神的に隙が出来る時を狙わなくてはならないが、討識はその隙を中々見せない。

 しかし今、討識は隙を見せた。

 一連の攻撃を凌ぎきり、手詰まりとなった人識を斬ろうとする、その隙。

 勝ちを確信したその時こそ、その実、最も無防備な瞬間だ。あらゆる勝負事において、これは絶対の法則である。

 かつん。と、円筒は落ちた。

 ()()()()()()()()()()()()()

「!?」

「食らいやがるのは、テメエだよ」

 その刹那、討識は人識の顔面めがけて、それを蹴り上げる。

「うおっ!?」

 ロケットの様に飛ん出来た円筒を、人識はすんでのところで躱す。

 人識は困惑していた。当たり前だ、これでは前提から崩れる。

 発煙しなければ、作戦は根本的に意味をなさない。トラップがトラップたりえない、好機が危機に逆転してしまう。隙を生むどころか、仕込みから発動まで、人識の全ての行為は、完全に無駄になってしまった。

 

 

 

 





 という訳で、中編は終了です。
 誤字脱字の報告、感想等ありましたら、ご連絡のほど、よろしくお願い致します。

 後編は翌日9/8(金)に投稿予定です。


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