零崎討識の人間感覚   作:石持克緒

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 こんにちは、石持克緒です。

 第五話、ようやく投稿します。例によって不定期更新になりますが、今話は四部構成になる見込みです。

 今回、なんと(?)あの男が再登場します。正直書いてて楽しかったですが、読むとなるとどうなんでしょうね。

 では、本編です。


第五話
殺人鬼と邂逅して恐慌(1)


 

「歓喜ッ! 我が朋友との旧交にぃ、乾杯ッ!」

 某県某市の農村部、その牧草地のど真ん中。

 満点の星空の下、焚き火を囲む人間が、二人いた。

「乾杯っ! あはははは!」

 一人は少女だ。赤毛のミディアムヘアをバレッタで留めた、白いプリーツワンピースを着た少女が、胡座をかいて座っていた。

 黒革のニーハイブーツを履いているので、そもそも地面に直接は座りにくいはずなのだが、特に苦もなく難もなく、膝と足首を曲げている。そうすると、裾の奥が見えてしまいそうになるのだが、そこは女性特有の所作というのか、膝掛け代わりにブルゾンを広げていた。いや、性を意識しているのなら、そもそも人前で胡座はかかないだろうから、ブルゾンを地面に置くのを避けただけなのかもしれないけれど。

「――美味ッ! 実に美味である! 友との交友、これ以上に、酒を進ませるものはないッ!」

 大柄な男だが、その姿は珍妙だった。

 ドラゴンの意匠を施した、フルプレートアーマーで全身を覆った巨漢。ブーツ以上に重くて動きにくそうな装備のまま、焚き火の前に座っている。傍らには剣と盾が置かれており、これまた厳しい竜を象っていて、所有者の容姿も相まって、見る者に否応なく威圧感を覚えさせていた。

 けれども、目の前の少女には、全くどこ吹く風であった。いつも通りの平常運転、それはそういうものだと、受け止めている様である。

「いや〜その通り。まったくその通りだよ愛舐(あいなめ)君。友達との飲み会ほど、お酒が美味しくなる方法はない。ぐびぐびいっちゃうねえ、これは」

 言って少女はビールを飲み干し、ピューターのジョッキを酒樽に突っ込んだ。

 引き揚げたジョッキには、白い泡の浮いたビールが、なみなみと汲み取られていて、その澄んだ琥珀色の液体を豪快に溢しながら、喉奥に流し込む。好き勝手にやってもらって構わない、というスタイルだが、あまりにも野性味極まっていて、下品と捉えられかねない飲み方である。しかし、焚き火でバーベキューをしながら、酒をかっ食らうその様子は、荒々しい蛮行でありながら、どこか牧歌的でもあった。

 赤毛の少女――零崎頸織(ぜろざきくびおり)と。

 甲冑姿の男――嵌賀愛舐(はまりがあいなめ)の。

 真夜中の原っぱで行われる、蛮族さながらの月見酒。

「うむッ! 肉が焼けたぞ! これが我輩が手ずから調理した『英国騎士風牛肉の塩焼き』であるッ!」

「おー。これがこの前言ってた、愛舐君自慢の」

「その通りッ! 約定に背くは、我が騎士道精神に反する! さてッ! 熱いうちが食べ頃である! 心して食すがよい、零崎嬢!」

 小さいブナの木皿というか、樹木を輪切りにしただけの板の上に、分厚い塊肉が置かれる。塩を振って直火で焼いただけの、料理と言われると疑問符がつく、至極乱暴な食べ物である。しかも食器の類は木皿だけで、ナイフもフォークもない。ある意味では、中世ヨーロッパの伝統を守っていると言えなくもないが、消費社会に生きる現代人が、あえて行う必要は無い――無いのだが、そもそもこれらを提供しているのが、鎧姿の騎士である。常人には理解できないが、時代錯誤の食事風景に、何らかの憧れを抱いているのかもしれなかった。

「――ああ……美味しい、最高。ぶっちゃけステーキに合うのは、赤ワインじゃなくてビールだよね。何かこう……何となくさ、ビールの方が美味しい」

 零崎頸織。彼女も彼女で、特に気にせず、熱々の塊肉を、素手で掴んで食い千切っていた。皮膚が厚いのか、器官が鈍磨なのか、礼儀に準じているのか、それとも単に無神経なのか。判然としないが、熱がる素振りもなく、完全に嵌賀愛舐の感覚に同調していた。

 あるいはそんな二人だからこそ、友人関係でいられるのかもしれない。殺人鬼と騎士という、相反する肩書であるものの、感性的には似た者同士である。交友を深める事自体は、そう難しくなかったのだろう。

 二人はお互いに、齧りついては飲み下し、汲み取っては流し込む作業を繰り返し、夜半を過ごした。

 頸織は酒好きのわりに酒に弱かったが、特に何事もなく飲み続けていた。もしかしたら数回は寝落ちしていたのかもしれないが、頸織の記憶にはなかった。覚えていないという事は、つまり寝ていなかったという事である。頸織はそう判断した。

 逆に愛舐は酒豪らしく、全く酩酊した様子を見せなかった。フルフェイスの兜に覆われていて、様子も何も、素顔すら分からないのだが、身振り手振りを見る限りでは、素面の様に思える。

 余談だが、素顔も見せずにどう飲食しているのかというと、横長に空いたスリットから肉を挿し入れ、ビールをふっかける様に飲んでいた。どうしても装備を解きたくないらしい。素顔を見せない事は、むしろ騎士道に反する行いであるはずなのだが、対面の頸織も突っ込まないので、自然な光景となってしまっていた。

「そういえば、さっき言ってたけど」

 頸織は問う。

「新しい友達ができたとか」

「うむッ! その通りだ! 我輩は先日、生涯を共にするであろう朋友を得た!」

「へえ」

「その名も五人組三十五郎(ごにんぐみみとごろう)という! この御仁がまた、戦いにそぐわぬ脆弱な身でありながら、稀に見る勇猛な意志を持った豪傑で――」

 こうなると、この男は長い。

 嵌賀愛舐という男は、騎士らしく正道を征く、愚かしいぐらいに正直な人間だが、逆に言うと、融通の利かない、自分勝手な人間である。騎士道こそ絶対正義の規範であると信じているし、それに殉ずる自身の行動もまた正義であると信じている。それ故か、相手を差し置いて自分の事ばかり話すし、言行の誤りは絶対に認めない。他者からすると面倒臭い事この上ないのだが、反面、敵対こそしなければ悪くない関係は築ける、珍しいタイプの男である。鈍重そうな見た目にそぐわず、フットワークが軽いので、存外、この男の人脈は広い――大抵、戦闘を介して構築されるので、そういう人間ばかりになってしまっているが。

 少なくとも、愛舐本人が満足なら、とりあえずそれで良い。その五人組とかいう豪傑に関しても、実際に好人物なのかもしれないし。

「――この時、我が愛馬が嘶き、全力で駆けた! 落雷を彷彿とさせたその速力たるや、『白鎗(ロンゴミアント)』の穂先に頑強なる敵を打ち砕く力を与え――」

 愛舐の昔話、もとい、自慢話が続く。

 この騎士の英雄譚らしい自画自賛は複数あるらしく、頸織も他のエピソードを幾つか聞いていた。嘘か真か、愛舐が強大な敵と対峙して勝利する内容ばかりなので、頸織も聞き飽きて、今では適当に聞き流している。

 とはいえ、頸織と愛舐の出会いも、これに類するものだった。()()()に適当にぶらついていた雑木林で戦闘になり、夜半を通した殴り合いの末、最終的には和解に至ったという経緯があるから、法螺話と馬鹿にはできない。真偽のほどは不明だが、以来、愛舐の住処を訪れる度に、歓待を受けていることを考えれば、英雄譚を聞くのも、そう悪くはないのかも知れなかった。

「――続々と現れる屈強な狂戦士どもを、我が『竜剣(バルムンク)』で斬り裂き、貫き、叩き潰した! 数千は下らぬであろう敵影を相手にするのは、さしもの我輩も苦戦を強いられたものの、騎士の誇りにかけても敗走は許されぬッ! 我輩は柄を握り直し――」

 頸織はジョッキを傾け、泡を舐め取る。空になっていたジョッキを樽に差し入れて、ビールを汲んだ。

 そういえば、そろそろ路銀が怪しい。気分次第で拠点を変え、日本各地を転々とする頸織は、その行動故に、基本的に金欠である。

 日雇いや短期のアルバイト、内職等で金銭を稼ぎ、次の街へと向かう。頸織は一連のルーティンを旅行と称していて、零崎一賊(ぜろざきいちぞく)の中でも珍しい、渡世人に近い殺人鬼であった。一賊のどの殺人鬼も、戦って死ぬのならともかく、飢え死ぬのは避けたいので、大抵、何かしらの稼ぎ口は持っているものだが、頸織にはそういう、生活の為の職業が無い。基本、一日一日、その日暮らしである。

 単に不器用な為に、技術が必要な職に就けないという意図があるから、そういう生活なだけだが、不本意な事に、働きたくないというニートな意思か、仕事に責任を負いたくないといったモラトリアムな意見を持っていると、一賊の殺人鬼の間では思われてしまっている。しかし就労意欲(殺人鬼にこの言葉を使うのは変な気がするけども)が無い訳ではない。本当に無いのだったら、片田舎の安アパートの一室にでも引き籠っているだろうに、イメージの先行とは怖いものだと、頸織は思う。

 それを弁解する機会も、否定する気持ちも無いのが、頸織の性格で、根本的な原因である様な気がするが、とにかく、頸織は現在、素寒貧である。

 どうしたものか、と自問するまでもなく、次の街で仕事をする他なかった。

 とはいえ、仕事の内容は選びたい。

「――そして、そう! あえて名付けるならば『戦艦将校(オライオン)』と呼ぶべきあの兵長を、五人組殿の正確で的確にして明確に精確な演算により導き出された知略溢れる作戦の下、我輩の全身全霊全力全開且つ完全無欠に合わせて究極絶無の一撃で下し! とうとう彼奴は膝を折り、頭を垂れ、我が剣に沈んだッ! この時、あの丘の上で燦然と爛々と輝く夕日に我輩は愛剣を翳し、そして誓った! ここに五人組殿との強固にして堅固にして牢固にして確固たる友情を結び、五人組殿に迫る脅威なる凶手を斬り払い、振り払う剣となる事をッ! そして――むッ、どうした零崎嬢! 夜半の空に異星の輩を見つけたかッ!」

「そりゃあ是非とも会ってみたいけどね……そんなんじゃないよ。ちょっと、財布の中身が寂しいってだけで」

「それは大問題である! こんなところで酒を飲んでいる場合ではない! しばし待たれよ零崎嬢! 我輩が自らオーナーにかけあって、この牧場で働けるよう説得してみせよう!」

「いやいや、そんな事しなくていいから」

「何、心配めされるな! 鉄は熱いうちに打てと言う! すぐに我が愛馬を呼び、鎗を持ち、宿舎へと攻め入らん――」

「いやいやいやいや。だからそんな事しなくていいから」

 ビールを一口飲んで、愛舐を諫める。心配してくれるのはありがたいが、想像力と行動力のベクトルが、それぞれ明後日と明々後日に向いている愛舐に任せては、どんな簡単な問題も解決すまい。

 それに牧場で働くというのは、自分の事ながら無理がある様に、頸織は思えた。農学の知識なんて欠片も無いし、早起きは嫌いだ。動物の世話も苦手である。強いて言えば、牛の体重とパワーに、素の体力で対応出来るが、勢い余って殺しかねない。多分、頭に膝蹴りか、ブレーンバスターで殺せる。もしそうなった時の責任なんて、自分には取れない。見様見真似で弔って、解体して食べてしまうのが精々だ。そんな事、誰も望まないだろうし、自分自身も望んでいない。

 ちなみに愛舐は、普段は牧場に住み込みで働いている酪農家であり、この牧草地はその牧場の土地の一部である。誰がどう考えても邪魔にしかならない鎧兜姿で農業に従事しているらしく、がちゃがちゃとアーマーを派手に揺らしながら、牛舎を掃除したり、搾乳したりしている。飼育されている牛も、もう慣れっこになってしまい、擦り寄られるぐらいには懐かれているらしい。

「ではどうするのだ零崎嬢! 我輩が指摘するのは憚られるが、君はどちらかというと、肉体労働が向いていると思われるのだが!?」

「まあねえ、実際……その通り。私、頭使うのは苦手だし、不器用だし。でも、別に農業やりたい訳じゃないんだよね。どーしたもんか」

「ふむッ! ならば闘技場はどうであろうか!」

「闘技場?」

「さながら古代ローマに伝わるコロッセオの如く、頑強で屈強な戦士達が、誇りをかけて戦闘に興じる場である! 武芸百般に通ずる強者同士が、勇猛果敢に覇を争う竜虎相搏な様に感銘を受け、多数の者が金品を謹呈する! 零崎嬢の様な武人には、正にうってつけであると思われるが、いかがかッ!」

「そうだねえ……」

 何やら大袈裟に表現しているが、要は地下格闘技場の事だろう。

 本来はアマチュアの格闘家同士が、力試しとして行う試合なのだが、半グレ等の反社会的勢力のシノギの一つとして行われる事がある。この場合、非合法であり、参加者の勝敗を予想する賭場になっているケースもある他、興行とは別にトラブルに発展する事も少なくない。

 だが、頸織が難色を示したのは、トラブルに巻き込まれる事についてではなかった。

「でもなー。地下格って、相手ぶっ殺せないんだよねー」

 通常の格闘技の試合とは違い、地下格闘技ではルールが緩い事が多い。しかし、仮に反社会的勢力のシノギだとしても、さすがに人死には対処が難しい。その為、そういう手合い――例えば、殺人を前提とするプロのプレイヤーとか――は、人殺しを躊躇わない様な、危険な匂いを嗅ぎ取られた時点で、参加を断られてしまう。

 殺人か、それに準ずる行為が、ルール上認められている試合は、そう多くない。しかも頸織は、ちゃらんぽらんだが殺人鬼だ。戦いに臨んでおいて殺さない、なんて殺人鬼として不自然極まりない愚行は犯さないし、そんな選択肢は存在しない。

「人間ぶっ殺すと、主催者がぐちぐちうるさいんだよね。身体張ってる割にはギャラも少ないしさ……何より相手が弱過ぎ。試合だよ? 力を持て余したレスラーとか、自分の技を試したい武道家とか、そういうのが出てくるかと思えば、喧嘩自慢のワルばっかり。素人に毛が生えて抜けた様な実力のくせに、態度がデカくてギャーギャーうるさくてウザい。愛舐君が思ってるよーな、正々堂々の果たし合いするとこじゃないよ、あーいうのは」

「ぬうッ! 零崎嬢はすでに体験していたかッ!」

「あとすっごい男臭い、汗臭い、酒臭い、煙草臭い、小便臭い。男臭九十九パーセントで、全然女の子いない」

「そうであったか! それはそれは嫌なものであるな! ではどうする零崎嬢!? 我輩から五人組殿を紹介するか!?」

「うーん、それは遠慮したいかな~……」

 流石に、見ず知らずの人間の厄介になるのは避けたい。何故なら『暴力の世界』における金銭のやり取りとは、基本的に任務の依頼と、その報酬に限られる。五人組という人物は、愛舐にとっては忠義を尽くすに値するのかもしれないが、実際にどんな要求をされるかは、会ってみなければ分からない。

 何より、他人に頼ってどうにかなるなら、とっくに家族に頼っている。零崎一賊が周囲から殺人鬼集団と恐れられていようが、収入がなくては生活は立ち行かない。経済状況で言えば、皆、自分の生活で手一杯なのは、頸織も承知しているので、金の無心に行くのは憚られる。

 例外として、金銭面で余裕があるのが二人いる。一人は一賊のリーダー格、零崎軋識(ぜろざききししき)。もう一人は一賊の長兄で、大富豪がパトロンについている零崎双識(ぜろざきそうしき)である。

 この二人、特に双識は、快く纏まった金を工面してくれるだろう。けれども、殺人鬼の癖して、変なところで常識人ぶる二人だから、こういう件で甘くなる事はない。絶対に貸しにするし、利息もきっちり取り立てるだろう。そうなると、とても旅行どころではなくなってしまうので、身内を頼るのは、金策としては下策と言えた。

 生活苦で死ぬ奴は、零崎であっても恥である。

 殺人鬼集団と言えども、身内には厳しいのだ。

「あ~……まー、どうにかなるか。次の街に行ったら考えよ。愛舐君、ここから一番近い街って、どれぐらいの距離?」

「西に二十キロ程度進めば、繁華街へ出るぞ! 馬で走って三十分、人間ならば四時間は歩けば到着であろう!」

「遠いなあ……しょーがないけど」

 飲み切って空になったジョッキを地面に置き、腕を組んで考える様な仕草をする頸織。実際には特に深い事は考えておらず、歩くの面倒だなあ、ぐらいの愚痴を思い浮かべているだけなのだが、それを見た愛舐が、こう提案した。

「では零崎嬢! 我が愛馬で繁華街まで送って進ぜよう!」

「いい考えだけど、気持ちだけ貰っておくよ」

「何、遠慮はするな! 我が相棒の脚力ならば十分もせずに到着する! かの馬は、速度! 体力! 積載量! 耐久性! 知能! どれをとっても、古今東西、あらゆる名馬と比肩しうるものはない! 月並みな表現になってしまうが、地上最高にして史上最高の、そう! 現代に顕れた神馬と言い表す他に無いッ! ――思えば、かの馬との出会いは――」

 またしても思い出話を始める愛舐。

 金が無いのでは歩くしかない。こればかりは仕方がない。長時間歩くのは面倒だが、かと言って、別に嫌いではないのだ。のんべんだらりと、ゆっくり行こう。

「……それにしても」

 この男、本当によく喋るな。

 愛舐の武勇伝はいくつか聞いているが、よく聞いてみれば、一つとして同じ話はしていない。それを考えると、嵌賀愛舐の英雄譚は、本当に真実なのかもしれなかったが、やはり信じがたい。実際、気のいい奴で、実力も確かなのだが、如何せん、見かけが相当に胡散臭いので、どうしても信憑性に欠けてしまう。

 騎士を名乗るくせに、吟遊詩人の様に話し方が上手いので、実は落語家に向いているのでは、と頸織は思っているが、口には出さない。出したが最後、誇り高い愛舐が激高して、戦闘になるのは避けられないからだ。自分の頭の出来はよろしくないのは自覚しているが、それは分かる。せっかく出来た数少ない友人を、下らない事で失うのは惜しい。

 こう考えて、頸織はふと閃いた。

 そういえば、この男。

「……愛舐君ってさ、家族っているの?」

 この男の交友関係についてはともかく、血縁関係については聞いた事が無かった。主義主張については、ぎりぎり正気を保っているドン・キホーテという具合だが、嵌賀愛舐という似非騎士もまた、人の子だ。誰かと誰かの交わりによって産まれた、騎士道物語っぽく言えば、祝福された存在であるはずである。

 一体全体、どんな人間からこんな奴が誕生したのか。考えた事も無かったが、相当に謎であった。

「――して、その桜吹雪の舞う海辺、我輩が『大櫻海岸戦線(チェリーツリーズビーチ)』と名付けた場所にて、大きな馬群を引き連れて、あの巨馬が――むぅッ! どうした零崎嬢! 何か申されたか!?」

「いや、愛舐君って、家族っているのって。そーいえば、そーいう話しないよなーってさ」

「それを言うならば零崎嬢! 君の家族に関しても、我輩は全く知らないがッ!」

「うん……そりゃそうだ」

 愛舐に対して、零崎一賊の話題は避けていた。というか、愛舐は『零崎』という姓名に、全く勘づいていない様で、頸織の事は『流浪の女武芸者』として認識しているらしかった。信用されているからなのか、ピンとくる事も無いみたいである。

 まあ、嵌賀愛舐は、やはり嵌賀愛舐である。

「まあ良いッ! 我輩の家族についてであるな! 我輩の両親は、騎士である我輩に相応しい、正義と友愛を重んじた、偉大なる貴族であった!」

「……へー」

「まあ、幼い頃に、父親の友人の下へ養子に出されたのだがな! 養父は美術商をしていた! 同時に収集家でもあり、養父の屋敷には、数多の絵画や彫像で溢れていたな! 芸術に携わる者として、幼い我輩にも、描画の手解きをして頂いたものだ! おかげで幼い頃には、こども絵画コンクールで入賞した事もある! また、養父は声楽が趣味であった! よくオペラを観に行ったな! 我輩も教会の聖歌隊として、よく歌っていたものだ! 懐かしいッ!」

「……ちょっと変わってるけど、思ったよりまともだね」

「うむッ! それは五人組殿にも言われたな! 兎角ッ! 我輩は武芸だけでなく、芸術の素養をも併せ持つ、真に優れた騎士であるというこであるッ! しかし! その高みに至ったのは、我輩の才覚のみではあらず! 我輩と交友を結び、敵対を覚え、寝食を共にし、剣を交えた、我輩が関係を持った者達が、確固として存在したからこそである! 我輩の剣に! 鎗に! 人生に、己の実力のみで成したものは、一つとして無いのだッ! 故に!」

 調子が乗ってきた愛舐は、一息入れて、続ける。

「騎士である我輩は! 騎士道を解する同胞を、手を取り合った朋友を、力を持たぬ貧者を、一天四海に渡って守護するのであるッ! 正義を愚弄する輩を、生命を軽んずる悪漢を、愛を嘲笑する愚者を、天涯地角を問わず征伐するのであるッ! これが、これこそが、我輩の人生の、揺らぐ事の無い不文律であるッ!」

 がんっ! と、ピューターのジョッキを地面に叩きつけ、力一杯に断言した。

 展開が唐突ではあったが、確かにそれは、嵌賀愛舐が嵌賀愛舐たる為の、鉄の掟であると言えた。

 愛舐を騎士たらしめるものとは、彼の生涯そのものだ。少なくとも、愛舐の実の両親や養父は、真っ当な一般人で、慈しみに満ちた幼少期を過ごしたのだろう。

 それがどう転んだら、こんな人格に育つのかは、全然分からないけども。

「ふーん……なんか意外。愛舐君、育ちは結構普通なんだね」

「貴族として、多少裕福ではあったがな! 養父も位こそ平民ではあったが、同様に余裕があり、特異なところも無かったぞ! 我が朋友もそうだ! 騎士でこそないが、彼等彼女等もまた、正しき道を生きる人格者である!」

「……そーなんだ」

 日本における貴族制度に騎士なんて地位は無い事は、学の無い頸織でも知っているし、奇矯な人間ばかりの『暴力の世界』で、正道を歩んでいる奴はいないだろう。大抵はどこかで挫折し、または邪魔され、のっぴきならない不運を掴んで、世界に落ち込んでいく。愛舐の様な、恵まれた環境の中、優れた能力を伸ばし、それをそのまま社会に持ち込む人間は、非常に稀だ。

「では零崎嬢、君の親類はどうだ! 君の様な、強く、可憐で、廉潔な婦女子を育てた者達だ! さぞ、立派な方々なのだろうな!」

「うーん……」

 予想外の流れ。いや、むしろ当然か。頸織はこうなる事を、全く考えていなかった。

 零崎一賊が殺人者の一団であり、零崎頸織が無辜の人間を大量に虐殺しまくった殺人鬼である事が知れれば、恐らく、間違いなく、騎士道に厚くて熱い愛舐は、怒り狂う。愛舐を殺してしまうのは勿体ないので、愛舐と知り合ってこれまで、話題を振らなかったのだが、頸織は自分の家族に関して話す可能性を、すっかり失念していた。

 まあ、酒の肴として話す分には、問題あるまい。勿論、重要な部分、触れられると不味い情報は伏せた上で、適当に盛り上げて誤魔化す。どうせ愛舐だから、勘ぐってきたりはしないだろうし。

「私の家族ねえ……まず両親はいない。その代わり親戚は多いかな。女好きの人とか、野球好きな人とか、音楽好きの人とか、花火好きの人とか。考えてみれば女の人はあんまいないね。男ばっかし……そーいえば、女好きの人には弟がいたっけな。まだ小さいけど」

「成程! では両親はどうか!」

「両親……」

 愛舐は意識しているはずもないが、この場合は実の両親、零崎ではなく、営みの結果として存在する、父親と母親の事である。

 頸織は、実の両親について、当たり障りの無い部分だけ、話す事にした。

「……お父さんは古武術の先生だった。お母さんは、うちの流派とは別の道場から来た人で……お互いの道場を潰さない為に、一緒になったんだってさ。私も小さい頃から稽古させられてね、うちの流派だけじゃなくて、いろんな格闘技の勉強もやってたよ。おかげ様で、大人相手にも負けた事は無かった……まあ、それぐらいかな。両親については」

「ぬう、そうであったか! 愛されていたのだな、零崎嬢!」

「愛って……」

 今の薄っぺらい情報で、どうしてそう解釈出来るのか。

 それに、そんな恥ずかしい台詞を堂々と口にするとは。それこそ愛舐自身が、そうであったからだろうが、やはり家庭環境や教育というのは、人を()()()させる様である。

「そーいうのは、愛舐君のおうちの方じゃないの? 愛舐君は、その、結構いい感じに育てられたんじゃないの?」

「無論、我輩は両親や友人に、これでもかと寵愛を受けてきた! なにせ我輩は今世紀最高の神童と呼ばれた程の寵児であり、そして最高の騎士となるべく戦った男である! 敬慕の念を覚えるのは当然の事! 故に! 我輩はその信頼に応えるよう、努力し! 勝利し! そして敬愛を形にし、返礼としなくてはならないのだ! 我輩は誇り高き騎士、騎士道に背反は無いのだから!」

 続けて、愛舐はこう言った。

「それは零崎嬢、君も例外ではないッ!」

「へ?」

「我輩の朋友たる零崎嬢もまた、覇を競った好適手にして、正しき道を歩む人格者である! 否ッ! 清浄なる騎士道を行く我輩の双眸に、狂いなどないのだ! その優れた審美眼と観察眼を兼ね備えた我輩が認めたのだ、そうであるに違いない! 零崎嬢、心配はいらぬ! 君が何に苦心しているのかは知らぬが、君は騎士たる嵌賀愛舐が認めた女性なのだ! きっとその辛苦は晴れる! 晴れぬのなら、我輩が晴らして見せようッ! この『白竜騎士(ホワイトドラグーン)』こと嵌賀愛舐! 必ずや君の窮地を救う事を、我が剣に誓おうッ!」

 傍らに置いていた剣を振るいつつ、一気に愛舐は宣誓した。

 月に向けて剣を突き刺し、草地に咆えるその様子は、ここが現代日本である事を感じさせない。

 誇り高き騎士そのもので、荒々しく、けれども心底正直に、声高に叫ばれた宣言。酒と自分に酔っているのは勿論だが、こうも真正面から信頼を露わにされたのは、頸織には初めてだった。

「……苦心とか、よく分かんないし、別にそんなもの無いけど」

「いや、有るッ! 我輩には視える! 野薔薇の様に可憐で美しい君が、魂の深奥に腫瘍の如き暗黒を沈めているのを! さあ、言うがいい零崎嬢! その苦悶をここに吐き出したまえ! 我輩がその心労を! この愛剣で! 斬り払ってみせようぞッ!」

「……いやいや、ホントに無いからね。マジで。愛舐君の鎗に誓って無いから。そんなの」

「むうッ! そうか! 我が愛鎗に誓うのならば問題あるまい! 流石は我輩の好敵手にして朋友の一人である! この程度の困難など、我が身一つで足りるという事だなッ!」

「そうそう、そんな感じ」

 がしゃがしゃと鎧を揺らし、剣を振り回す愛舐。その表情は兜に覆われて窺えないが、その語気は力強く、信頼に満ちた言葉であった。

 零崎頸織という女性の身辺を心配する、友人としての気遣いの言葉だった。

 その言葉が嬉しい。

 一人きりの自分が、本当に一人だけじゃない事が分かって、安心する。

「……」

 頸織が何に困っているのか、それが物理的な障害だと、愛舐は勝手に思い込んでしまっているけれども。

「ありがと……いい人間だね、愛舐君は」

「礼はいらぬッ! 友を慮るのは騎士として当然の事ッ! 我輩を形容する表現は賞賛でよい!」

「友達じゃなかったら、惚れちゃってたかもなあ」

「それは困るッ! 男に伴侶は一人のみ! 二人も娶るの不義であるッ!」

「そーかあ、そりゃそうだよねえ――」

 うん?

 あれ?

 今、割と衝撃的な事を聞いた気がする。

「愛舐君、結婚してるの?」

「うむッ! 我輩には、恋し愛する妻がいるぞ!」

「い、いつから?」

「零崎嬢と出会った頃には、既に夫婦の契りを交わしていたがッ!?」

「ええ……そうなの……」

 愛舐と出会ったのは四年前。頸織は現在、十八歳。

 つまり頸織が十四歳の頃、雑木林で殴り合っていた時には、この男は既婚者だった事になる。いや、だからと言って問題がある訳では無いし、むしろ喜ばしい事なのだが、だが何故か、納得できない自分が、頸織の中にはあった。

 というか、この男と付き合い、その上結婚まで出来る女性とは、一体……。

 何だか興味が湧いてきた。

「じゃあ、今度は愛舐君の奥さんの話を聞かせてよ」

「そうかッ! 我が妻について知りたいのかッ! よかろうッ! まずは彼女との出会いからであるなッ! 我輩が情愛し恋慕する姫君とは、そうッ! 白雪が深々と降り積もる霊山、その深き洞穴に湧いた静謐なる湖での事であった――」

 

 満天の星空、夜は更に更けていく。

 嵌賀愛舐は、またも陶酔して記憶を語る。

 頸織は焚火を挟んで、ビールを飲みながら、惚気話を肴にしていた。

 

 

 







 次回投稿予定は未定ですが、今年中か、年明けには投稿したいと思います。

 誤字脱字等がありましたら、ご連絡お願い致します。



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