零崎討識の人間感覚   作:石持克緒

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狙撃手と競争して戦争(2)

「以上。回想終わり」

 手製のお握りを頬張りながら、腕時計を見る。午前十一時五十分。襲撃予定時刻まで、あと十分である。

 着込んだレザージャケットからウェットティッシュを取り出し、口元を拭う。

「……ご馳走さん。さて」

 派遣会社五人組の拠点であるビルから数百メートル離れた駐車場、そこに停車している車の中でも一際ゴツいハマーH2。その運転席から、五人組(ごにんぐみ)のビルが見える。

 ビルの内装は頭に入っているが、あまり当てにしない方がいいだろう。別に軋識(きししき)の情報収集力を疑っているわけではないが、拠点――基地というのは、見取り図や間取り図に描かれない秘密の通路や抜け道があることが多い。相手は元伍砦(ごとりで)の構成員、それも『五』のつく伍砦縁の人間だ。資金力は十分に潤沢だろうから、そういうものがあっても不思議じゃない。

 とはいえ、それは軋識が攻めるポイント、つまりは五人組三十五郎(ごにんぐみみとごろう)がいる拠点の話だろうが――

「ん?」

 遠目からだが、ビルの敷地内に車が入っていくのが見えた。

 黒塗りの、高級感溢れる車体。

「……なんだか、嫌な予感がすんな」

 携帯電話を取り出し、軋識の端末に繋ぐ。数回のコールの後、『なにかあったっちゃか?』と多少苛ついた感のある声が出た。

「悪いな。そっちはそろそろぶっ殺し始める頃か?」

『ああ』

「今、こっちのビルに黒塗りの車が入っていった」

『何?』

「多分、五人組三十五郎が乗っている」

 数秒の沈黙の後、『こっちでも確認してみるっちゃ。とりあえずお前は、自分の仕事をこなせ』と言われ、通話は切られた。

「…………」

 

(厄介なことになってきた)

 

 五人組三十五郎がいる。ということは、彼に付き添う、荒事専門のボディーガードがいる可能性が極めて高い。それも手持ちの駒の中でも選りすぐりの精鋭を採用しているはずである。

 

(五人組三十五郎を殺すには)

(まず間違いなく、その配下と戦闘になるだろう)

 

「まったく、予定外想定外もいいところだぜ。ロハで人殺すのやめようかな。匂宮(におうのみや)なら三百万は取れるんじゃあねえのか」

 などと殺人鬼にあるまじき発言を吐きながら、ボストンバッグを提げてハマーを降りる。

 軋識が用意した書類には、拠点の見取り図と全社員のデータが載っていたが、その情報が正確であるとは限らない。軋識の情報収集力に不満があるわけではなく、むしろ信用できる能力であると思っているが、しかし形に残していない情報、書面に表していないデータを得ることは不可能だ。たとえ軋識のもう一つの顔を、討識が知っていたとしても、それでも絶対とは言えないし、思わないだろう。

 情報は基本的に不足しているもので、データは絶対的に不備であるものだ。

 ならばこの状況、零崎討識(ぜろざきうちしき)はどう対処するのか。

 

(セコいやり方だが、手は打てる)

「情報がないなら作ればいい、ってな」

 ビルの出入口はオートロックになっていた。それは軋識から聞いて知っている。操作パネルを叩いて二十七文字のパスコードを入力すると、がちゃりとロックが外れた。ドアを押し開けると、警備員らしき黒服が二人、既に銃を構えていた。

「止まれ」

「何者だ」

 待合室らしい小部屋。その二人の男の奥には、また扉がそびえ立つ。しかし見た感じ、今さっき通ったドアとは違い、横開きの自動ドアなようであった。

 そして、目前に向けられた銃口。

 右の男は散弾銃。

 左の男は自動拳銃(オートマチック)

 狭い室内でぶっ放すには十分な威力と射程を持つ二つの銃。それが、既に引き金に指がかかった状態。

 しかし、それでも討識には遅すぎる。

 

 ぱあん。

 

 と、発砲音。

 同時に散弾銃を持った黒服は自動ドアまで吹っ飛び、砕けた頭蓋から肉と血と汁を撒き散らしながら、動かなくなった。

「っ!なあ!?」

 驚いたのは黒服のもう一人。

 当たり前だ。引き金を引くワンアクションで撃退できたはずが、引き金を引くよりも速く侵入者は銃を構えて撃ったのだから。

 肩にかけたボストンバッグのファスナーを開けて。

 迷いなく銃把を握り、照準を合わせて撃ち殺す。

 それが、目で追えないほどに速い。

「止まれ。なんて言う前に撃っちまうのが正解だぜ」

 ぱあん、と再び引き金を引き、討識は男を撃ち殺す。

「死んで早々だがお仕事だ。大変だな、死んでも社会の歯車だ」

 男の死体を引き摺って、タッチパネルに手を押し付ける。静脈認証で開くそれは、重い響きを轟かせて、ゆっくりと開いた。

「おっと。言いそびれるとこだった」

 討識は手にしている回転式拳銃(リボルバー)を投げ捨てた。まだ弾の残っている銃を手放すなど、自分の凶器を捨てるなど、通常ではありえない。しかし、意図的に偽の情報を掴ませるためには、情報をばら蒔く必要がある。資金と在庫の消費ぐらいどうってことない。

 少しの散財で誤認してくれるなら、下策であっても上等だ。

「それじゃあ、零崎を始めよう」

 

 ◆    ◆

 そのビルから約二キロメートル離れた人気のない展望台で佇む、ツナギを着た一人の女性。

 彼女――夢辻道休(ゆめのつじみちやすみ)は、零崎討識がビルに入る姿を、はっきりと肉眼で捉えていた。

「…………」

 休の視力は現代人のそれとは比較にならない。数百メートル先、木々と草花に紛れて潜む獲物の姿を見抜ける休にとって、街の景観と色彩は実に見易い。高台に登れば、目標をピンポイントで追うことも難しくないのだ。

 無論、休は討識のことなど知らないし、そもそも討識を追っていたわけではない。そんな奴、標的を張っていたら見かけた程度のものだ。

 標的。

 そう、彼女も五人組三十五郎を狙っている。

「……思った通り、狙撃は無理ね。中に入って仕留めるしかない、か。でも……」

 さほど高くはない、不自然に窓の少ない建物。

 休にとって、この展望台とビルの距離と高低差は問題にならない。しかし標的が明らかに対狙撃を意識した設計の窓に、わざわざ近づくとは思えない。よってビル内部に潜入する他ないのだが、建物の規模から見てボディーガードは多そうだし、それらを始末している間に標的が逃げてしまわないとも限らない。

「……仲介屋は『絶対に抜け道はない』って言ってたけど、本当なのかしら」

 休にこの案件を持ってきた仲介屋は、珍しく念を押していた。曰く『社会の末端である自分達じゃ手も届かないぐらいの権力者からの指令だから、提供された情報に間違いはない』だそうで、その時の仲介屋の顔も、かなり強張っていた。

 どうやら相当切羽詰まっているらしい、というのは感じ取れた。面倒な背景があることも、仲介屋がその『社会』の『末端』であることも分かった。報酬の一千万円がその組織から流れているお金であることも、恐らく目の前の人間はその報酬からある程度ピンハネしているであろうことも、想像はついた。

 あの仲介屋の表情には鬼気迫るものがあったので、情報そのものは信用できるだろう。決して頭が良いとは言えない休を相手にぼろを出す人間なので、信頼には値しない人間だが。

 

(狙撃が無理なら潜入するしかない)

(でも標的以外の人間も始末する必要がある)

 

 はっきり言って無駄弾は使いたくない。

 お金が勿体ないから。

 獲物に撃ち込む銃弾は一発であるべきである。とは休のモットーだが、その意味する所はマタギとしての矜持ではなく、生活の為の節約である。弾丸は正規でも裏でも、特注品でない限りはまとめ売りが基本だ。銃本体よりは安いが、銃とは違い一発撃てばそれまでなので、細かい出費が嵩む。特に今回のような、数十人を相手にするパターンでは、一人一発で仕留められない可能性は十二分にある。

「ま、それは今入っていった人に任せるとしましょう。掃除してもらうとしましょう。 一般人じゃないって気配を、今にも建物ごと喰らい尽くそうって気配を、こんな離れた位置でも感じさせる人間が、標的の手下だとは思えないし」

 それが一番効率的よ、と休は独りごつ。

「十分後に、踏み込むとしましょう。あまり待ちすぎて、標的まで殺されてちゃ意味がない。 折角の一千万円がパアになってしまうわ。それは避けなければ、ね」

 そばに置いていた汚れた麻布の包みを担ぎ、黒いおさげを翻して休は高台を離れる。ここからビルまでは、大体十分ほどの距離だ。今から行けば十分に敵は間引かれて、道は拓けているだろう。

 だけど、と不安がよぎる。

 

(あの人が途中で死んでたら、返り討ちにあって殺されてたら、どうしよう)

 

「……うん?」

 どうしてそんなことが気になったのだろう。

 その時は残りを片付けて、依頼通りに五人組三十五郎を始末するだけなのだ。起用して使用して利用するだけなのだから、気にかかることはないはずである。

「気のせい、いや気の迷い?かしら。よくわからないけど」休は首を捻るが、結局考えないことにした。「多分あの人が只者じゃないから、印象づけられただけでしょう。 山の獣みたいに気張ってる人、都会じゃ珍しいから」

 

(あの人、多分強いのに)

(なにをそんなに恐れているのかしら)

 

 恐れている、とはあくまでも休の印象で、他から見れば全く違う見解が出るだろうが、ともかく、休はそう感じた。

 それこそ山の獣のようだと、休は思った。

 あれらは生きるために生活し、生活のために生きている。草を食む鹿も、実を食す猪も、それらを食らう熊も、生きるために殺して食べる。

 殺して食べて回る。

 まるで生きるという生きる目的が生活そのものであるように。

 目的と手段の入れ替わり。

 または同一視。

 人間のように感情豊かでなく知能も低い動物に対し、それを新発見みたいに指摘するのは無謀というか滑稽でしかないが、山に住む人として観測した感想としては、休としては、それぐらいしか言いようがない。

 追いかけ回されているのだと思う。

 脅迫されているように。強迫されているように。

 なにかに追いかけられているかの如く、戦って、逃げて、生を全うする。

 そんな気配を、休は彼に重ねた。

 彼もまた、なにかにせっ突かれているのだろうと、そう、感じたのだ。

 

(獣と同じ気配っていうのは、人としてどうなの?)

(って感じもするけれど)

 

「――ま、それは置いといて」

 思考を切り替える。山育ち故に知識は乏しいが、こういう気持ちの操作は得意だ。

「一千万円も手に入ったら、どうしましょうかね。 やっぱり魚かしら。久々に鮪の赤身が食べたいわ」

 ぶつぶつと呟く休。

「鉄火巻き、鉄火丼……ヅケにして、いやまずは刺身にして……飽きたらフライ、最悪カレーに――」

 鮪、鯖、鯛、鮃、鮭、ああイクラもいいななんて魚類に思いを馳せていると、いつの間にか、到着していた。

 標的、五人組三十五郎がいるビルディング。

「……ごほん」

 一つ咳払いをして、スイッチを入れて再び思考を切り替える。

 真正面から見ると中々に高いビルだったが、窓や換気扇の位置を見るに、階数自体は多くなさそうである。やや意外ではあったが、別に前線の基地ではないのだから、事務所感覚の拠点なのかもしれなかった。

 機能的かつ戦闘的な事務所。

 変な響きだが、恐らくそういうコンセプトなのだろう。

 仲介屋から聞いていたパスコードを入力し、建物に入る。

「お邪魔します……って誰もいないか。いや、いるけど」

 頭部を破壊された黒服の人間が二人、血溜まりに浮かんでいた。

 それらそのものは特に気にならなかったが、気になったのは、入口の護衛が二人に対して、床に転がっている銃が三丁ということである。

「散弾銃に、自動拳銃に、回転式拳銃……」

 一人一丁、と考えると一丁余る。いや、一人に散弾銃、もう一人に自動拳銃と回転式拳銃を持たせれば、問題はない。

 問題はないが、不自然ではある。

「ありえない。とは言えないけれど、装填の仕方が異なる銃を一人が同時に使うとは、考えにくいわね」

 自動拳銃と回転式拳銃の決定的な違いの一つに、弾丸の込め方が挙げられる。自動拳銃は弾丸が詰められたカートリッジをマガジンに収めるだけだが、対して回転式拳銃はシリンダーに一発ずつ弾丸を収めなければならないため、弾丸の装填に時間がかかるのだ。

 対比するにはどちらも一長一短あるので、どちらが優れているとは言えないのだが、装填の仕方と時間が違う銃を同時に扱うことは、まずない。一々用途の違うカートリッジを持ち歩くのは面倒だし、装填に手間取ってる間に攻撃されては致命的である。拳銃に関しては、タイプはある程度統一するのが一般的だ。

 しかし、現に銃は三丁、拳銃は二丁転がっている。

「予備の銃、それが懐からずり落ちた、とも考えられるけれど、あまり現実的じゃあないわね。 となると、二人を殺した人間が捨てていったという可能性が自然……」

 なんらかのアクシデントで拳銃が故障し、荷物になるので捨てた。ありえる話だ。少なくとも、懐からずり落ちた線よりは。

「まあ、自動拳銃と回転式拳銃、本来どちらを使っていたかは分からないわね。でも、そうね。得物が分かったのは収穫かしら」

 実際には使われたのは回転式拳銃で、それは二発分が空になっているシリンダーを見れば一目瞭然だったのだが、休は確認しなかった。

 血溜まりに捨てられてたために血濡れになっていたそれらに触れるのを、休は避けたのである。

 別に休は潔癖症ではないし、むしろガサツな部類に入る。

 なのになぜ、と大袈裟に疑問符をつけるほど大袈裟な理由はない。単に休が貧乏性なだけだ。

 普通に、血が服につくのを、嫌がっただけだった。ツナギに血がついて乾くと、落とすのが面倒臭いし、洗剤を余計に使うことになる。ほとんど自給自足の生活をしていても、タダでは生活できないのだ。細かいところから、しっかりと締めていかなくてはならない。

 しかし、日常の心掛けとしては立派だが、この時は確認しておくべきだった。

 夢辻道休は狙撃のプロではあるが、プロの狙撃手ではない。

 プロのプレイヤーではないのだ。

 そういうところが、つけこまれる隙となる。

「さて、こうしてはいられないわ。もう粗方片付いた頃だろうし、そろそろ仕留めに行かないと」

 道草を食っている暇はない。冗談でなくタダ働きになってしまう。

 あらかじめ仲介屋から受け取っていたカードキーを、タッチパネルにかざす。カードキーは磁気認証だが、このパネルも血濡れているので、どうやら静脈認証も併用するらしい。

 扉が開く。

「……何?」

 一階のホールは、見渡す限りの死山血河。そういう趣味の悪いインテリアの如く、死屍が累々と散らばっている。

 だが、疑問と困惑は、血の海や肉の山によるものではなかった。

 音。

 地面を蹴るような、固い音。

 

(複数人の足音? いや、違う。これは――)

 

「蹄の音――」

 

「うぅぉおおおおおぉぉぉぉぉおッ!!」

 雄々しく猛々しい雄叫びと共に、地下に続く階段から駆け上がる蹄音。

「――!?」

 黒と白の影。階段から飛び出してきたそれは、大きな嘶きと共に、休の前に現れた。

「な……え?」

 驚いて、言葉が出ない。それぐらい、とんでもないものがやって来たからだ。

 簡単に言えば、それは騎士だった。

 重装騎兵。

 馬鎧を被った黒い巨馬に跨がる、西洋甲冑に身を包んだ人間だった。白銀に輝くプレートアーマーはドラゴンを象った設えになっていて、左手に握る盾にも竜の紋章が描かれている。それは巨馬が纏う馬鎧(うまよろい)も同様で、馬の額には逆巻く角が二本、ドラゴンのようについていた。

 右手には三メートル程のランスを持ち、腰には剣を差している。これまた騎士らしくて、実に派手派手しく、勇猛果敢そうで、吟遊詩人が吟う叙事詩にでも登場しそうな、ある意味幻想的な存在が、そこにはあった。

 全く現実的じゃない。

「ええ、と……」

 何だこれ。

 というか、何だこれ。

 唖然として立ち尽くしていると、「貴様!」と騎士が声を張り上げた。

「貴様! そこな小娘、貴様のことだ!」

「え……?わ、私……?」

「貴様以外に誰がいるというのだ! 貴様、名を名乗れ!」

「あ、夢辻道休です……」

 兜でくぐもってはいるが、野太い声から、恐らく目の前の騎士は男性らしい。いや、それはどうでもいい。

 勢いに飲まれて名乗ってしまった。休は暴力の世界では新参者で、無名に等しいので影響はないだろうが、素性から戦い方を知られてしまう可能性はある。殺し名七名のようなビッグネームでないのなら、名前は伏せておくのが常套だ。

「夢辻道!? 知らん!どこの馬の骨だ貴様は!」

 無名なだけで散々な言われようだった。なら名乗らせるなと言いたい。

「貴様の名など露ほども知らぬが、こちらからも名乗らねば礼を失する!名乗りがないのは騎士の名折れよ! よかろう、我が名は嵌賀愛舐(はまりがあいなめ)!『白竜騎士(ホワイトドラグーン)』こと嵌賀愛舐よ!よぉーく、覚えておくのだな!わはははははははははははッ!」

 聞いてもいないのに勝手に名乗るあたり、どうも相当に自分勝手な性格らしい。

 それに自己中心的で独善的。

 このテの人間は、絶対に他人の言葉を聞かない。自分が世界の中心、自分が世界のルールだと思っているから、自己正当化が極端に強い。誰がなにを言おうと、聞く耳は持たないだろう。

「さてッ! 我輩は貴様に聞かねばならぬ!何故に我が同胞達の骸が転がっているのか、何故に我が同胞達が殺されているのか!答えよ、小娘!」

「……さあ?」休は正直に話した。「私がこの建物に入った時には、もうこんな状態だったけれど……」

「嘘を吐けぃッ!」

 一喝、もとい一蹴された。欠片も嘘など吐いていないが、この男にそんなことは関係ない。

 自らの言葉のみが正義で、その正義を貫くことが最も肝要なのである。

「貴様が殺したのだろうが! この現状!この現実!この現在! 同胞が黄泉路へ旅立ったのは、貴様が殺したからだというのは、火を見るより明らかであろうが!」

「……はあ」

 まったく、厄介な障害物に当たってしまったものである。

「もういいわ、そういうことで。面倒臭い」

「面倒臭いとは何事か!貴様――」

 

 だあん。

 と、休はライフルの引き金を引いた。

 

 きいん。

 と、愛舐の盾が弾丸を弾いた。

 

「――!」

「不意討ちとは卑怯な奴め! 生憎だが、我が身を包むこの鎧に銃弾など効かぬ!傷も凹みも付きはせぬわ!」

 誤算。いや、予想外か。

 古今東西、鎧や盾というものは銃弾にめっぽう弱い。刀や剣といった斬りつける武器には強いが、一点を高速で突破する銃には、強度が衝撃に耐えられないのだ。

 勿論、装甲を厚くすれば銃弾は防げる。しかしそれでは厚くなった分だけ重量が増し、今度は機動性が失われる。のろまな亀ほど、仕留めやすいものはない。

 だが、嵌賀愛舐の防具は銃弾を弾いた。

 それも、鎧ではなく盾で、だ。弾丸が貫けないということは相応の厚みと強度があることを意味するが、しかし愛舐は機動性が失われていない。

 休のライフルは、麻布に包まれていたそれだ。外見から身の長い得物であることは分かるが、飛び道具であることは分からない。

 布に包んでカモフラージュしつつ、尚且つ不意討って仕掛けた先制攻撃を、愛舐は鎧ではなく盾で受けたのだ。

 

(不意討ちの銃撃を重い盾で防ぐ、か。身形はふざけてるわりに、とんでもない筋力とスピードね)

 

「銃などとつまらぬ飛び道具を使い、 騎士との闘いを愚弄しおって!許さぬ!!粛清だ!貴様を我が鎗の錆にし、同胞の鎮魂に捧げてくれよう!!」

 手綱を振るい、馬を走らせて鎗を突き出す。

 特別な技ではない、ただ重量を鎗の尖端に乗せて突き刺すだけ。だが、馬の脚は人間のそれよりも圧倒的に速い。

 後の先を取られた休は横っ飛びで回避し、二歩目には死体の山の上に着地する。瞬間、死体の群れを轢き飛ばしながら元の位置を通り過ぎた騎馬は、

 

グシャアァン!!

 

オートロックの扉を、ぶち抜いた。

 

「――っ!!」

 鉄製の扉をランスの尖端が突き破り、そこを中心にひしゃげてドア枠から押し抜いた。扉は慣性に従って吹っ飛び、出入口のドアをも破壊して、外でボールのように跳ね回って、ようやく止まった。

「…………」

 開いた口が塞がらない。想像を絶する突進に、休は戦慄した。

 あんなこと、熊でも猪でもできやしない

「ぬうぅッ!! 貴様、我輩の鎗を避けたな!? この臆病者め!」

「……いや、避けるに決まってるでしょう」

 あんなものをまともに喰らったら、確実に死んでしまう。避けていなければ胸部と下半身が分離していたのだ。臆病者の謗りを受ける謂れはない。

(回避できない速度ではない、けれど触れたら即死の攻撃)

「油断はできないわね」

 本当に厄介な障害物だ。順調に行っていれば、今頃は標的を始末しているはずなのに。

「……あの人、なんでこんな面倒なのは処理しなかったのかしら」

 休はライフルにくるんでいた麻布を剥がした。

 黒光りする銃身のアサルトライフル。その形状はM16でもAK‐47でもない、夢辻道休の身体に合わせて製作されたオリジナルの一点物。

 華美な装飾は一切なく、実用一点張りの武骨な設えは、休のような可憐な女性には不似合いだったが、しかし彼女の性格をよく表した、実に彼女に似合いの小銃だった。

 カートリッジを交換する。弾の種類を変えたのだ。

「普通のポイントブレットは効かなかったけれど、それならハードスチールジャケットならどうかしら」

「どのような弾丸であろうと、我輩には通用せぬ!この嵌賀愛舐、逃げも隠れもせず真っ向から正面突破で貴様を討ち滅ぼしてくれようぞ!!」

 

 

 夢辻道休は、今、ようやく、臨戦態勢に入った。

 だが、通説を力業で破ったこの男に常識は通用しない。

 騎士、対、狙撃手。

 異色のデスマッチが、今始まる。

 

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