「――なんか、五月蝿えな」
『どうかしたっちゃか』
「いや、別に。なんでもない」
「で、なんだって?」
『お前の予想通り、こっちに
「やっぱりアレがそうだったのか……面倒臭え」
『すまないっちゃね』
「全くだ、金を取りたくなる」
『それは洒落にならないっちゃ』
ははは、と会話に花を咲かす。
普通の『親戚』らしい、当たり障りのない会話ができる関係は貴重だ。
『必要経費ぐらいは保障しなくはないっちゃけどな』
「マジでか。それじゃあそれはそれで……なんか情報はないか?」
『五人組三十五郎の?』
「当たり前だ。……つっても、本人じゃなくて、その部下の情報が欲しいんだけどよ。ボディーガードとか、付き人とか、子飼いの配下とか、そういう奴。それと、俺達以外に五人組三十五郎と敵対している奴がいるのかどうか」
気になった切っ掛けは、先程の五月蝿い音だ。
五月蝿い、轟音。
ここに来るまでの道程、敵らしい敵は全員殺した。にもかかわらず上層階にまで音が響くということは、誰かがそこで戦闘中だという意味になる。
零崎一賊ではない。ならば、外部勢力が妥当だ。
「元
『確かに、それはその通りっちゃけどな、潰すにしても相手は武装集団っちゃからな。基本的には、どこも手は出しにくいっちゃよ』
最も有力な組織は玖渚機関だ。しかし、それでも、少なからず被害が出ることは避けえないだろうから、実際に行動に移す可能性は低いだろう。
それに下部組織である伍砦の末端組織なんて、単なる使い走り程度のポジションに過ぎない。そんな雑魚に刺客を送るなど、ましてや染の名の人間を送るなど、上層部としてはプライドが許さない。五人組三十五郎が伍砦を出奔した時点で殺されなかった以上、玖渚機関が出張ることはないと考えるのが自然だ。
「それもそうか……玖渚機関じゃあないなら、バイサール機構か
『というか、その口振りじゃ、そういう奴がその場にいるって意味になるっちゃけど』
「ん? まあな」
『……大丈夫っちゃか?』
軋識の声色が変わる。
「何だよ、心配してくれてんのか?」
『心配なんかしちゃいないっちゃ。お前は一人前の殺人鬼っちゃからな』
「そりゃあどうも。お褒めに預り光栄の至りだよ」
『褒めてはないっちゃ。殺人鬼が殺人鬼なのは、当たり前も当たり前っちゃからな。 それと、五人組三十五郎の部下のことっちゃが、そういう情報は見つからなかったっちゃ』
軋識の情報収集力は零崎一賊の中でも郡を抜いており、いわゆる情報屋と呼ばれる者達と遜色ない実力を持っている。その軋識の見立てなのだから、恐らくそれは事実なのだろう。
(では、情報が見つからなかったという事実から、推測できるものは何か)
仮説は二つ。
一つは子飼いの部下など存在しない、ボディーガードが不在である可能性。しかし、これは希望的観測が過ぎる。軋識の情報収集力は信頼しているが、それを鵜呑みにして行動する程には信用していない。なにより派遣会社という体の傭兵団を指揮する人間が、切り札になり得る人材を、手元に置いておかないはずはない。
そう、切り札。
二つ目の仮説。
直属の配下の情報はデータに起こしていない可能性。敵に悟られないよう情報を隠匿、抹消している可能性。
切り札というものは、その隠密性が高まれば高まる程に攻撃力が増すカードだ。相手に存在を気取らせをもしない、秘中の秘であることで威力を発揮する。ならば、その情報を管理しないことが最善の管理となることは、当然の帰結だ。
(それが下階で戦っていると考えれば、辻褄は合うが)
(一体誰が戦っているのか、というのが次の問題になる)
「まあ、そんなもん、分かるわけねえか」
『何がっちゃよ』
「虎穴を見つけたぐれえじゃあ、虎児がいるかは分かんねえってことさ」
ボストンバッグを揺らして、廊下を曲がる。明け広げられたファスナーからは銃器が覗き、白く黒く、鈍く冷たく光っていた。
『なんだ、お前はピンチの後にチャンスあり、ってタイプっちゃか?クールがウリな討識には似合わないっちゃな』
「ああ、クールでドライな上にクレバーでシャープだからな。 チャンスはどこにでも転がってるし、いくらでも作り出せるさ。それに、その言葉は軋識さんの方が似合うんじゃねえの」
そう軽口を叩くと、軋識は『そりゃそうっちゃな』と笑った。
『ところで討識。この間、レンの奴に会ったんっちゃってな』
「あ? そりゃあ誰から……って、本人しかいねえか。ああ、よりにもよって卒業式当日に来やがったよ」
『卒業式に参列できなかった、って滅茶苦茶悔しがってたっちゃ。高校に入学するとも言い出したから、全力で阻止したっちゃが』
「助かる」
『礼なんかいらないっちゃ。そもそも、学校に通う殺人鬼なんか、馬鹿馬鹿しいっちゃ』
軋識は殺人鬼の修学には否定的だった、という双識の談を思い出す。ついでに双識と頸織が説得したという話も思い出し、なんだか嫌な気分になった。
『ま、災難だったっちゃけど、レンに余計な邪魔をされないでよかったと、思っとくっちゃな。卒業式も、クラスメイトを殺したことについても』
軋識は、雑談のようにそのワードに触れた。
クラスメイト。
『
何故知っている、という疑問は浮かばない。双識と会ったのなら、双識から聞いたに決まっている。それよりも、何故軋識がそんな話をするのかということこそが疑問だ。
「何が言いたいんだ?軋識さん」
『小中高と学校内で人を殺さなかったお前が、いきなり五人も殺した理由が納得できないってことっちゃ。別に卒業記念に憂さ晴らししたかったわけでもないっちゃろ?』
いい加減我慢の限界だったから殺した。と、討識は双識に答えた。双識は特に何も言わなかったが、それは彼特有の家族愛から、ただ受け入れただけに過ぎない。
理解はせずとも、受け入れることはできる。
しかし、軋識は双識のように、博愛でも寛容でもない。
『俺は一賊に仇なす人間は容赦せず殺すっちゃ。それがたとえ、家族であっても排除する』
「……俺を殺すってか?」
『勘違いするなっちゃ。俺はそういう気概を持って、お前とそういう話をしているってことを、わかってもらいたいだけっちゃよ。俺にとっても、お前みたいに話しやすい相手は貴重っちゃから、出来れば殺したくはないっちゃし』
「じゃあ何で俺の殺しの話をするんだ? どうでもいいだろう、そんなこと」
『まあ、どうでもいいっちゃあ、どうでもいいっちゃがな。頼まれちまったっちゃから、仕方ないっちゃ』
「誰に? 双識さんか?」
『頸織に』
意外な人物が出たことに、討識は動揺した。
あの女が。あの零崎頸織が、人のことを気にかけるだと?
「ありえねえ……」
『確かに意外なのは理解出来るっちゃよ。正直、俺も頸織はただの馬鹿だと思ってたっちゃ。どうしようもない酔っぱらい女って認識だったっちゃ。しかし、思ってたよりは、ちゃんと姉貴やってたんっちゃなあ、これが』
「どういうことだ」
『さっき電話したら、ことのついでにって頼まれたっちゃ。討識が学校で人を殺したっぽいから、聞き出してほしいっちゃってな。頸織がそんなことを言うのは珍しいっちゃから、俺も頼まれてやる気になったっちゃよ』
零崎頸織の思考が読めない。いや、読めないのはいつものことだ。問題はクラスメイトを殺したことではない、何故頸織がそんなことを気にかけるのか、ということだ。
まさか、双識を尊敬するあまり、双識と同じように叱りつけようとしているのではあるまいか。そんな思い付きみたいに叱られても、こちらとしてはいい迷惑である。
「殺人鬼が人を殺して怒られるなんて、笑い話にもならねえぞ――あの時、双識さんにはあまり突っ込まれると面倒そうだから、適当に誤魔化したけど、別に隠すようなことでもねえ」
討識は、努めて冷静に言った。
「そもそもあの五人とは入学当初から折り合いが悪くてな。今まで何回か衝突してたんだが、あの日、卒業式の日に、顔を会わすのも最期だからってんで、俺を私刑にかけようとしたのさ」
双識は学校という空間に誇大な幻想を持っていたようだが、実際には普通なために平穏なのと同じくらい、普通なために闘争が起こる。
例えば、五人で一人を取り囲み、ナイフを突きつけられるような、そういった些細な戦争が。
「身の程を弁えず喧嘩を売り続けた報いだ、鬱憤晴らしと精算を兼ねて、バラバラにぶっ殺してやったってことだ」
『殺すな』と枷を填められた殺人鬼は、餓えた獣のようなものだ。ぶらぶらと餌を目の前でぶら下げていれば、檻を破って襲い来ることは自明である。
不運なのは、あの五人の頭が悪かったことと、取り囲んだ羊が実は虎だったことだ。
『まあ、そんなところっちゃろ』
「ああ、そんなところさ」
『建前としては納得できる話だっちゃ』
しかし、軋識は信じなかった。
『いさかいがあって、殺意があって、都合があって殺したってのは、筋の通った理屈だとは思うっちゃ。だが、中高六年間、学校の敷地内で人を殺さなかったお前の実績を踏まえると、その理屈は、理由としては弱いっちゃよ』
「…………」
それは、その通り。
こんな言い訳に騙されるのは、恐らく姉の頸織だけだ。だからこそ頸織は、間に人を通して事情を知ろうとしたのだろうが。
『なあ、討識。お前――』
その後の言葉を言い切る前に、討識は電話を切った。別に自分にとって都合が悪くなったから、会話を打ち切ったのではない。事実、打ち切りたいくらいに不愉快な話題で、何故不快感を感じているのかわからない程度には、気にはなっていた。
原因は自分ではなく、敵だ。
接敵時に電話をするほど、討識は自信家ではない。
廊下を曲がってすぐに現れた黒い影に、討識はボストンバッグをぶん投げる。そして同時に口の開いたボストンバッグから
討識の計算。
相手が突如として現れたバッグを受け止める、または払い除けるならば、そのまま撃つ。避けるようなら、その方向に向けて撃てばよい。機先を制して戦闘を制する、まさしく先手必勝の場面を、討識は一手で演出してみせた。
受けたら死。避けても死。
その影は、討識から見て左手に躱した。素早く銃口を左に向けて、西部劇さながらに左手を撃鉄に添え――
ぱぁん、ぱぁん、ばぁん
と、三発、撃ち込んだ。
受ければ素人、払えば玄人、躱せば達人。
その選択全てに照準を定めた討識の戦略は、ほぼ完璧と言ってよかった。
しかし、対する黒い影の行動は、驚愕に値するものだった。
バッグを躱したその一歩で飛び上がり、前方宙返りで銃撃を避けて、銃身に向けて踵落としを放ったのだ。
「――っ!」
素早く銃把を離して踵落としを躱した討識は、左手を背中に回す。服の下に仕込んだ特製のホルスターから太刀を鞘ごと引き抜いて、右手を柄にかけた。
討識の策は三段構え。
接近してきた場合は、腰部を左胴から斬り捨てる。
弾丸をあんなふうに躱し、さらには反撃を仕掛けるという驚くべき行動に出たとしても、着地したタイミングに放たれた攻撃を回避することは不可能だ。
だが、それすらも影は回避した。
鍔が鞘口から僅かに離れた瞬間、黒い影は両手を討識の眼前に出し、
ぱんっ、と手を打った。
(――!? 猫騙し!?)
有名ではあるが有用とは言えない牽制技。それを生死をかけた一瞬の攻防に用いるという驚異的な行動は、恐らくは黒い影の思惑通りに作用した。
完全に予想外だった猫騙しに一瞬驚き、居合い斬りのタイミングが一拍遅れてしまった。零崎一賊中最速の攻撃を放つと自負する討識ではあるが、その攻撃もタイミングがずれれば意味を成さない。
討識が刀を振り抜いた時には、黒い影は余裕を持って後方に飛び退いてしまっていた。
ここで初めて、討識は敵の容貌を見た。
現れたのは男だった。
筋骨隆々で大柄な男。紫の布で顔面を覆い、隙間から黒い瞳と白髪が覗く。標準的な黒いスーツを着込んではいるが、オープンフィンガーグローブの上から和装の籠手を着けており、脚は軍靴に脛当てと、なにやら奇妙な出で立ちだった。今までに遭遇した敵もカジュアルからパンクまで多様なファッションをしていたが、それでも目の前の男ほど、珍妙な格好はしていなかった。
「……なるほど。下のが
こりゃあ厄介なこった、と討識は呟いた。
今の攻防から推測するに、目の前の敵は素人どころか玄人でも達人でもない、超人の部類であると言える。これまで皆殺しにしたビル内の敵とは一線を画する実力だ。
また、思考力も高いと見受けらる。
討識はこのビルに潜む敵は全員銃で殺してきた。それは監視カメラといった防衛システムから、簡単に得られる情報だ。ならば、通常の思考なら、相手の得物は銃器であると判断するはずである。しかし、宙返りで銃弾を避けつつ反撃を試み、結果として失敗したが拳銃を手放させることに成功したあの行動は、とっさの判断で行えるものではない。
そこから導き出せる結論。
男は、討識が本来得意とする武器は銃ではない、本命の武器は別にあると推理したのだ。またその上で、刀剣類を身体のどこかに仕込んでいると推量した。
そうでなければ、あの踵落としも、猫騙しもありえない。
「やれやれ、今日は銃で殺すつもりだったんだが……まあ、ここまで来れば、後はアンタと下のヤツのどちらか一人だろ。俺としちゃあ、下のヤツ等は相討ちが望ましいが」
何人も人斬ってたら刃が傷むからな、と討識は言う。討識が今回銃を使っていた理由がそれだ。刃が傷んだり、欠けたりした刀は斬れ味が落ちる。人識のようにナイフを全身に仕込んでいるなら別だが、日本刀はそう何本も携帯できるものではない。
また、銃を主武器として戦うことで、討識の太刀筋をギリギリまで隠すことができる。太刀筋の分からない斬撃は、必殺の可能性を高めるからだ。
結果的には、見抜かれてしまったが。
「…………」
対する男は、その言葉に一切の反応を示さなかった。反応を示さなかったというのは、言葉を返さなかっただけでなく、目も指も動かさず、身動ぎ一つすらしなかったという意味だ。
じぃっと、討識の動向を見逃さぬよう、見つめている。
「……やりにくいな。なんか喋らねえのか? うん十年の人生最期の会話なんだぜ、なんか言ってみろよ」
発言を促すが、やはり男は反応しない。どうやら無反応を貫くことで、こちらを観察しつつ、情報を相手に与えないスタンスなようだ。
(本っ当にやりにくい相手だぜ。徹底して情報を与えないつもりか)
(俺みたいな戦略には、ちぃっとキツイな)
相手の隙を窺いつつ、相手に隙を見せない戦法は、討識の戦略と通ずる。こういう手合いには、何も考えずにガンガン攻める頸織みたいなタイプの方が相性がいい。
(後の先を取る、ということは、相手に先手を取らせるということだ)
(先手を取れるという面では俺が有利。手を出しながらデータを集めるしかねえか)
討識は両手で柄を握り、刀を中段に構えた。古来より、剣術を経て現代剣道に伝わる、オーソドックスな構え。敵の実力を計るには、基本的な技術を用いるのが相応しい。
「……お話は無駄みてえだな。話さないならそれでもいいさ。下のがいつ上がってくるかわからねえからな」
時間も押していることだし、と討識は続ける。
「それじゃあ、零崎を始めよう」
その言葉にも、男は応えなかった。
◆ ◆
「……討識のヤツ、大丈夫なのか?」
麦藁帽子を被った殺人鬼、零崎軋識はパソコンのモニターを見つめながら言う。
「突然電話が切れたってことは、戦闘に入ったってことだろうが……」
あの妙な口調はしていない。あんなものは唯のキャラ付けだ。死屍累々、死体ばかりが転がるこの部屋で、キャラクターを演じる必要はない。
討識の実力は心配していない。討識はプレイヤーとしては一人前だし、一流と見なしていい程度には強い。人類最強の請負人のような例外的な化物を除けば、殺し名七名の上位ランカーとも十分に渡り合えるだろう。
心配しているのは、討識の精神性だ。
「……心配してもしょうがないな。俺は俺で――やることやらないとな」
コンピューター内部に侵入した形跡を完全に消し、軋識は席を立った。そして立てかけていた釘バット『
「ぅおぅらっ!!」
釘バットはコードやケーブルを引きちぎりながらパソコンを吹っ飛ばし、壁にぶつけて大破させた。内部の基盤がぐしゃぐしゃになっている様が、破壊されたカバーから覗き、二度と修復は不可能であろう。
「俺は討識の無事を祈るのみっちゃ。討識にはまだ、言いたいことも聞きたいこともあるっちゃからな」
口調を戻し、軋識は部屋を後にする。このビルの敵は皆殺しにした。後は事後処理と、今後の対応だけだ。
討識が敗北し、殺された時の対応を、準備せねばならない。
『なあ、討識。お前――』
軋識は、あの電話を想起する。
あの言葉の続きは、こうだ。
『お前、零崎じゃあないんじゃないっちゃか?』
◆ ◆
現在、五人組三十五郎が潜伏するビルで、行われている戦闘は二つ。
一階、ロビーにて、
七階、廊下にて、零崎討識対
狙撃手と騎士。
殺人鬼と暗殺者。
四者二様の殺し合いの末、生き残る者は誰なのか。
前編部分、終了です。
後編は年明けを予定しています。
誤字、脱字などがあったら、報告よろしくお願い致します。
ついでに感想も頂けると嬉しいです。