『小さな戦争』と
零崎一賊の中で最も事態を把握しているのは零崎双識であろうが、それでも完全ではない。そもそも敵の正体どころか目的すらはっきりしないのだ。それでも一賊の殺人鬼に被害が出ていないあたり、立ち回りは相当に上手いが、それも時間の問題だと、双識は考えていた。
何しろ要所要所で妙手を打ってくる。盤面を読む力に優れているということだ。特に別勢力を巻き込むという策は、零崎一賊にとって喜ばしくないものである。
様々な相手との連戦は、零崎一賊のデータを取られているに等しい。
例えば、
幸いにも元凶である策師は、総角三姉妹を倒したのは零崎人識だと誤認してくれた為、曲識が動いたという真実を、抗争の終盤まで知られることはなかった。
しかし代わりに、確信に近い現実を、策師は得ることができたのである。
つまりは『小勢力である零崎一賊の中で、脅威となる実力を持つ殺人鬼はごく一部である』という事実。これにより、対象の殺人鬼にピンポイントに対抗できる駒を、無駄なく配置することが可能になり、策師は目的を達成する為の労力を大幅に削減させた。
近い将来、最終的に零崎双識を殺害することを抗争終結の目処とした策師は、零崎曲識に『
『裏切同盟』に関しては当人達が標的を零崎人識と勘違いしたおかげでことなきを得たが、もし勘違いしていなければ、双識は『裏切同盟』を全滅させることはできなかっただろう。
勿論、そんなことは軋識には知るよしもないが、今回の軋識の思惑は、そこに端を発する。
即ち『
それを今回の件を通じて、見極めたかった。前線に立てる人材は、できるだけ多い方がいい。
無論、懸念材料はある。頸織は根っからの気分屋だし、討識はああ見えて繊細だ。
そう、零崎討識は繊細なのだ。
殺人鬼としての性質を、揺るがさんほどに。
◆ ◆
七階、廊下での戦闘は、一階での戦闘に似ていた。
一方が攻撃し、一方が回避するという戦い。ただし、一階と違う点が、いくつもあった。
(糞が。コイツ、何をやってやがる?)
刀を振るう。敵はバックステップでそれを避け、さらに距離を取った。
「――ふう」
零崎討識は上段に太刀を構え、息を整える。対する白髪の男は、腕をだらりと下げ、中腰になりながら、討識を見ていた。
白髪の男――討識は知らないが、その名前を
(覆面の下に人工呼吸器でも着けてるのか?いや、それはありえない。さすがにそんな大がかりな装置は目立つし、小型化したものを持っている素振りもない)
(そんなことよりも)
それが相違点であり、疑問点の一つ。かなり気になることではあるが、確かに、そんなことよりも、だ。
それ以上に気になることが、ある。
(コイツ、何で攻撃しない?)
闇口木霊は攻撃を躱すが、しかし全く反撃をしてこない。これが二つ目の疑問だった。互いに攻防を決めた上で行う約束稽古でもあるまいし、実際の戦闘で、ただ回避に専念するというのは不自然だ。
(時間稼ぎか?)
(――いや、その可能性は高くない)
逃走時間を稼ぎたいのならば、五人組三十五郎と一緒に逃走する方が効率的だ。例えそういうパターンの戦いが不得手であっても、対処の仕方は、素人のそれとは違う。追手に追いつかれたのならば、その時こそ今のように別行動を取ればいい。主人を一人で行かせるよりも、格段に時間は稼げる。
また、後に合流する腹積もりなのであれば、やはり攻撃しないで回避し続けるのは不自然だ。手早く追手を片付けてから合流した方が、主人の命を守れる確率は高くなる。
(なら、他の可能性――)
実はもう一人部下がいて、五人組三十五郎はその部下と共に逃走。目の前の男は捨て石、という可能性。しかし、その可能性も低いだろう。策としては常套であり上等でもあるが、階下に人足を割いているのならば、その線は考えにくい。勿論、大人数を率いて行動している可能性もあるが、ならばその集団を足止めに使えばよいだけで、目の前の男に全てを託す必要はない。
(つまり、導き出される結論は)
五人組三十五郎は『闇口木霊は零崎討識に勝利する』と確信している、ということ。
でなければ、この男一人だけを差し向けたりはしない。
「――アンタの上司は、よっぽどアンタを信頼してるみてえだな」とりあえず声をかけてみる。「この俺を相手に、タイマンけしかけてくるとはな」
実際には、タイマンとは駆け離れているが、ともかく、話しかける。
「…………」
だが、木霊は喋らない。布越しでも、口を動かした様子も見受けられない。
正直、返答は期待していなかった。先程から、攻撃を躱す以外の行動をしないのだ。喋ることだって、当然していない。
自身の運動能力以上の情報を、徹底して晒さないようにしている。
(避ける以外してない、ってえのも引っかかる)
(コイツ、防御しやがらねえ。いくら素早くても、身体に刀の切っ先すら触れさせないなんざ、ありえない)
武器を持った相手と戦う場合、誰もがまず覚悟するのは、自身の死亡だ。次いで覚悟するのが、身体の損傷である。特に刃物を相手にする時は、両者に大きなな実力差がない限り、最低でも擦過傷は避けられない。
木霊は討識と同格のスピードを有する。しかし、それでも無傷で避け続けることは現実的ではない。そんなこと討識にだって自信がない。ましてや狭い廊下での戦いなのだ。必ず、避けられずに、刃を防御しなくてはならない場面に行き着くはずなのだ。
木霊もスーツの上から籠手と脛当てを着け、拳と足の防護にオープンフィンガーグローブと軍足を装着している。怪我や損傷に対応した装備であることは見て明らかだ。それらに備えている人間が、受け技や捌き技を行使しないのは、やはり不自然なのだ。
(勘が良い、って感じでもねえし)
(攻撃を仕掛けた時には、既に避け始めているような)
自身の癖を見抜かれているのか。
いや、と討識は思い直す。相手に見抜かれるほどの癖は持っていないはずだし(そういうことは頸織との修練で解消している)、仮に自分では気付いていない癖があったとしても、それを十数分の打ち込みで見抜かれるとは思えない。少なくとも、討識はそういった攻め方はしていない。
(……考えれば考えるほど不自然の塊だな。次から次へと疑問が噴出してきやがる)
こんな人間が武器を使わないというのも妙だ。
徒手空拳のプレイヤーの数は多くないが、確かに存在する。殺し名序列一位『
彼ら彼女らは自らの主義や趣味に則り素手で戦う。しかし闇口木霊という男もそうであるかは、討識には分からない。生死のかかった――匂宮出夢や直木飛燕魔のような人間には、更に任務という重責を載せた――戦闘に臨むにおいて、決して武器を使わないという確証はない。
狙いはどうあれただ回避に徹する人間が、『敵を仕留める』という己が主人の命令に背くはずがない。何が何でも任務を遂行しようとするだろう。ならば、武器なり暗器なり兵器なりを使って戦うほうが自然だ。
例えば、討識が捨てた拳銃を使ってでも。
(俺が使った
(敵を制したいのならば、何をやってもいいんだ。落ちている銃を拾うぐらいのことはあってもいいだろう)
今まで武器を使っていないという時点で、木霊に得物はないと予想できる。だがそれは絶対ではない。『
『
そういった必死さ、決死さが、闇口木霊には感じられない。大猿のように大柄な身体つきの癖に、虫のように静動が極端なのだ。
(まあ、ボストンバッグの方には仕掛けがしてあるとでも踏んでるのかもな。引き金を引いたら暴発するとか)
しないけど、と討識は思った。だが、例えそれが事実でも、討識が捨てた拳銃を拾えばいいだけだ(無論、そんなことはさせないが)。対面時に三発お見舞いしているから、暴発しないのは実証済みである。それとも四発目以降は暴発する仕組みになっているとか、弾を装填していないとか、そんな風に考えているのだろうか。
(もし本当にそんな風に考えていたら、用心深いにもほどがあるぞ。ゴルゴ13以上の
「…………」
しかしそれが正解なのかもしれない。
度が過ぎて用心深いから、と考えると辻褄は一応合う。
攻撃を受けずに避けるのは、刃に毒を塗布してあると考えているのかもしれないし、武器を使わないのは破壊や故障を恐れている、と考えることはできる。
攻撃を仕掛けないのは相手を疲れさせたいから、で説明はつく。そうでないならば、討識の攻撃パターンを観察しているだとか。確証はないから確信もないが、案外ありえそうな理由に見えてくる。
それぐらい闇口木霊は不気味なのだ。何を考えているか分からない相手は、どんな世界でも脅威になる。
(とはいえ)
(真実味はある説だが、イマイチ説得力に欠けるよな)
証拠など一切ない仮設、よりはっきり言えば妄想に近いものだ。
それでもこれが突破口になる、という気がするのも事実だった。
「…………」
身体の感覚を確かめる。
(いや、これは必要ない)
「……じゃあ、確かめてみる。か」
身体能力に関しては、先程までの打ち込みで十分に確かめた。
次は、闇口木霊の狙いについて確かめる。
「――ふっ!!」
間合いを詰め、上段に構えた太刀を降り下ろす。けれどもそれは誤認させるための一刀。討識はわざと攻撃を空振りした。
通常、眼前で仕掛けられたアクションに対し、人は何かしらのリアクションを示すものだが、木霊は全くそういった反応がない。瞬きすらしなかった。
ならば次だ。
振り下ろした刀を切り返し、顎を目掛けて振り上げる。
かつて
だが、木霊は一歩下がって回避した。それも迫る技が予め分かっているかのように、刀を振り上げたと同時に下がったのだ。
「っ!!」
三手目は左腕。太刀筋をより鋭く、袈裟気味に斬りつける。
籠手で防ぐべき一撃だが、木霊は左半身を退き、半身になり躱した。すかさず討識は刃を寝かせ、四手目に移る。
平突き。木霊の右胸に、更に剣速を上げて突き込む。至近距離からの突きは非常に避け辛く、胸に刺されば致死率は百パーセントに近い。
その突きを、今度は逆に右半身を退いて躱す。またも予知しているようで、
これで木霊は、三歩で四撃、最小限の動きで回避に成功した。しかしこれも、討識にとっては想定通り。
避けさせることにより退路を削り、壁際に追い詰める。
予知しているが如き行動を予想して、布石として利用する。そしてこの状況を最大限に生かす技は、平突きを放った時点で発動する。
「――しゃあっ!」
平突きは躱されても、横に薙ぎにいける。
闇口木霊の右胸を切り裂く。
普通のプレイヤーならば死ぬ。このタイミングでは避けきれない。だが木霊は――討識は知るよしもないが――『闇口衆』の暗殺者である。
主人の命令にどこまでも従うのが暗殺者だ。
土壇場で妙技を披露することなど造作もない。
(――んなっ!?)
木霊は脚を前後に開脚することで沈み横薙ぎを躱し、その勢いのまま討識の股を通り抜けた。
するりと、滑らかに、滑り込まれた。
そのガタイでよくもと上手く躱された討識は、男性特有の生理的な嫌悪を抱くと共に、その避け方に戦慄する。
あんな避け方を実行した奴は、討識の知る範囲では存在しない。
「おいおい、そんなのありかよ」討識は素早く振り返る。「普通は受けるところだろうがよ」
あの危機を脱するには、籠手で受けて軽傷で済ますのが普通である。この男はそれをしないというのは、今までの行動で分かるが、それでもあのような行動にでるとは思わなかった。
『闇口木霊は本当に回避しかしないのか』。不可避の一刀にどう対処するのか、それが討識が見たいものだったのだが。
(どうする……正直、斬る自信がなくなってきたぞ)
ものの見事に躱されたことで、不安を覚え始めた。目の前の男を殺害する戦略が立たない。どうしようとも攻撃が当たらない、そんな異常なプレイヤーを相手にするのは、始めての経験だった。
(――負ける?)
ぞくりと背筋が凍る。
ぶるりと悪寒が走る。
敗北という単語に、身震いする。得体の知れないものを見たように。
柄を握る手に、じっとりと汗が滲んだ。
(…………いや。今はそんな場合じゃあない)
振り払い、切り替える。まだ可能性が潰えたわけじゃあない。まだ敗れたわけじゃあない。
まずは情報の整理だ。
(……とりあえず、奴は本当に攻撃をしない。躱すことに徹している)
これは先程の一合で、ほぼ確定的だ。股下に入り込んでおいて、何も仕掛けてこないなど、討識には考えられない。討識だったら、金的に一発入れる。入れられなくとも、背後から一撃食らわせれば、それだけで大分有利になるからだ。
だが何もしなかったということは、真実、そうなのだろう。攻撃するつもりがない。
(それでもあんなのはそうそうできねえ。一賊の中では……)
双識の長い手足では難しいだろう。曲識では運動能力が追いつかないし、軋識はできたとしても、馬鹿馬鹿しいと断じて、そんなリスクは犯さないだろう。
頸織はどうか。ああしたアクロバティックな動きは好きだろうし、実際できそうでもある。人識は小柄だし、普通にできるかもしれない。だが人識は妙なところで常識的だったりするので、『他人の股ぐらに滑り込めとか、ふざけんな』とか言って拒否しそうでもある。
討識自身なら。
(――俺、自身なら?)
何か引っかかる。別に討識に同じ行動ができないわけじゃない。けれども、討識と木霊では、何か違う気がする。
「…………」
体格差。
討識は中背程度の体格だが、木霊は筋骨隆々で大柄な身体つきである。そんな人間が、そう易々と股下を潜り抜けるなんてことが可能なのか。それも、
それに先程の打ち込みも、さほど大きく脚を広げていたわけではない。大柄な木霊が滑り込むのは無理があるし、討識にだって自信がない。
(落ち着け……落ち着いて、一つ一つ、情報を振り返れ)
(何か。何かが分かるはず)
攻撃をしない。
防御をしない。
回避しかしない。
武器も使わない。
武器も奪わない。
用心深いかもしれない。
構えない。
喋らない。
身動ぎもしない。
息遣いすら感じさせない。
木霊ができることは討識にもできる。
言い換えれば。
討識にできることを木霊は行っているということ。
「――――けっ」
やられたぜ、と討識は独りごち、そして。
動かない木霊を無視して。
敵に背を向けて、走り過ぎた。
(やはり)
角を曲がる。そこは階段の踊り場だった。討識は防火扉の影に隠れて、改めて気配を探る。
(追ってきている。焦ってやがるな、はっきり気配も感じるぜ)
背中のホルスターから鞘を引き抜く。右手に刀、左手に鞘の二刀流だ。
(微かに足音も聞こえる……動揺して、隠しきれてない)
重要なのはタイミング。恐らく討識の確信は正解に近いだろうが、それでも視認できるとは限らない。
気配と足音を頼りに、呼吸を合わせて、一発で仕留めるよう仕掛ける。
たたたっ、と足音が迫る。
(………………――――――今っ!!)
気配が曲がり角に入ると同時に、討識は身を翻して刀と鞘を振るう。
が、討識の眼には何も映っていない。壁があるだけだ。それでも構わず、刀は右側頭部、鞘は右胴を狙って叩き込む。
「――っ!?」
討識の声じゃない。このビルで殺した人間の、誰でもない声がした。
がきいぃん、と金属音が響いた。討識の眼には映らない、透明な何かが、振るわれた刀と鞘を防いだのだ。
今、ようやく、疑念が確信に変わる。
(かかった――――!!)
金属音と同時に、鞘は見えない何かに弾かれて吹っ飛んだ。そして次の瞬間、
たぁん、と。
左手に握られたデリンジャーが、発砲した。
「っ、―――――~~~~~っ!?」
声にならない声を上げながら、木霊が倒れ込む。何もない空間から、姿を表す。いや、何もなくはなかった。闇口木霊は確かにそこにいたのだ。
ただ、討識には見えていなかっただけで。
「お?喉に当たったか。意識していなかったとはいえ、苦しいところに撃っちまったな。まあ、俺も散々振り回されてキツかったから、おあいこってことで」
仰向けに暴れる木霊を、肩を踏みつけて抑える。
「さて、確認するぜ。推理小説なら解決パートってヤツだ」
討識は蹴りが飛ばないよう、刃の切っ先を木霊の脚に向ける。攻撃と見なす行動があれば、即刻脚を斬り落とすために注意を払う。
木霊に逆転の手はない。それを改めて認識して、言う。
「アンタは俺に幻覚を見せていた。その状況において俺が取るべき回避方法をトレースする自分の像を、俺の記憶か経験を乗っ取って幻惑していた」
そうだな、と討識は同意を求めるが、木霊は当然答えない。喉を撃ち抜かれているのだ、例え声帯を破壊していなくとも、激痛と出血で答えられるわけがない。
それに構わず、討識は続ける。
「
『殺し名』と対をなすとされる『呪い名』は、その知識や技術の珍しさも相まって、非常に人口が少ない。何かしらの武力集団を創るに当たって、幻覚系や催眠系の技術を実戦で使える人材は、実に頼りになる。
「気付いた切っ掛けは二つ。一つは呼吸をしている様子もないぐらいに動かないこと。息をしないなんて生物としてありえないよな。 もう一つは幻影が俺の攻撃を股抜きで躱したこと。その大柄な身体で、脚にぶつからず綺麗に抜けるのは不可能だ。よって幻覚だという推測が立つ」
状況証拠でしかないが、そう考えると、色々合点がいくことが多い。
回避しかしないこともそうだ。木霊の幻影は攻撃し始めた時には、既に避け始めている。攻撃の癖を見抜かれているのでなければ、討識自身の『自分ならこう躱す』という経験を体験していると考えられる。
例えば平突きからの横薙ぎ、普通は防御するが、木霊の幻影は躱した。あれは『自分が攻撃を躱す』なら『こういう行動をとる』という無意識下での想像を実像にした結果だと考えると、辻褄が合う。
だが、それは討識ならそうするというだけで、木霊の体格や防備に合った行動ではなかった。
それが、討識に幻覚であるのではとの疑念を抱かせてしまった。
「何故、幻覚なんて面倒臭え手を使ったのか。それはアンタが度を越して用心深いからだ。 少なくともアンタ本来の身体能力や判断能力は、決して高くないはずだ。出会い頭の銃撃を避けたのは、俺がそうすると想定できたからで、咄嗟にした行動じゃあない。事実、俺が仕掛けた斬撃は防御できたが、俺が更に武器を隠し持っていたことには、考えが及ばなかったみたいだしな」
討識が銃を主武器にして殺していたのは、監視カメラなどで分かる。そのため、木霊は銃撃を予測し、討識が銃以外の武器を所持していたことには気付いた。だが、討識が幻覚を見破り走り出した時、焦って追いかける様な人間の判断能力が高いとは思えないし、また討識が放った二刀の一撃を防御したのは、明らかに咄嗟の判断によるものであった。
それに何より、木霊は敵が背中に日本刀を隠し持っていた時点で、他にも武器を隠し持っていると考えるべきだった。日本刀の様に大きな得物を暗器にできるならば、それ以上に小さな暗器も持って然るべきだと予想するべきだった。
零崎一賊では、零崎人識がその典型だ。百余本ものナイフを全身に仕込んだ人識の暗器の一つに、
討識は好んで日本刀を扱うが、基本的にはオールラウンドに得物を使える。それは討識が銃を扱えることからも察せられる。しかし、木霊は予定通りに得物を引き出したことで安心してしまい、その先の思考を打ち切ってしまった。
情報の取捨選択、予想予測は生死を分ける。討識の袖口からデリンジャーが飛び出したのは、闇口木霊の最大の失策だった。
「幻覚を見せている隙に攻撃しなかったのも、幻影に仕掛けた攻撃に自分が当たるのを恐れたからだろう?つまりアンタの目的は、俺を心身共に疲弊させることだ。疲れさせて、俺の体力がアンタの体力以下になるのを待っていた。だが、用心は美徳でも消極的じゃあ意味がねえよ」
しばらく踊らされた俺も俺だけどな、と討識は続けた。
「さて、最後だ。あの猫騙し、あれが幻術のトリガーだったんだろ?よくよく考えてみれば、あれ以外に幻術をかけるタイミングはねえ」
踵落とし。猫騙し。連続の回避。回避は幻覚によるものなのだから、討識に幻術をかけたのはそれ以前になる。となると、今までの行動の中で、猫騙しだけが圧倒的に浮いている。
「踵落としで術をかけるのは、無理がありそうだしな。その点、猫騙しなら、有名ではあるが実戦的じゃあない技を使われたら、一瞬なら動揺する可能性が高い。その動揺を突けばいい」
そもそも居合いに対して猫騙しを仕掛けるのはナンセンスだ。猫騙しは単純な技だが、それで本当に隙が生まれるかは、単純故に保証できない。それに例え隙を作れたとしても、その隙はほとんど一瞬に近い。
だが幻術をかけるなら、その一瞬の時間があれば済む。また、動揺はしなくとも、不可解な行動から困惑はする。僅かな心の揺らぎさえあれば、一瞬の隙を突くのは難しくない。
実際に、討識はその方法で幻術をかけられた。
「……まあ。喉を潰されてちゃあ話すこともできねえし、それ以前に話す気もない相手に確認を取っても、意味なんかねえけどな」
確信はある。現に討識はそれを前提にして幻術を破った。しかし、討識の論は木霊の返答を得られない限り、確定がなく推定のままだ。
「とはいえ、中々面倒で厄介で煩わしい相手だったぜ。 一賊に曲識さんがいて助かった。アレを知ってるのと知らないとじゃあ、やっぱり全然違えや」
結局あの人に近づくのはありえねえってことだな、と呟く。無論、木霊に伝わるようには言っていない。それに、最早木霊には、そんな言葉は届いていないだろう。
今の木霊の身体は暴れておらず、唯ピクピクと痙攣していた。
「いい経験だった、二度と体験したくない。手も足も何も出せずに死ぬなんて、俺は御免被るぜ」
じゃあな、なんて軽い言葉と共に、討識は木霊の脚を付け根から斬り落とし。
銃痕を上書きするように、一文字に首を跳ねた。
数年後。
真実、本当の意味で、討識は手も足も何も出せずに殺されてしまう時が来る。
少なくともこの時の討識は、その前兆すら知り得ていないし、その元凶の存在も知らない。
人類最悪が指揮する人類最終。そんな絶対強者に殺される。
「……けっ、腰が伸びちまった。鞘に収まんねえじゃあねえか」
討識は鞘を捨てて言う。
「『零崎討識、敗れたり』ってか。つまらねえ」