零崎討識の人間感覚   作:石持克緒

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狙撃手と競争して戦争(6)

 

 

 最上階、その廊下は他のフロアと違って、やや豪華な造りだった。床はカーペットが敷かれているし、壁紙も暖色系で他のフロアとは扱いが違う。電灯も事務的な蛍光灯ではなくクラシカルなランプだし、誰の作品かは知らないが人物画や風景画がかかっていたりして、ちょっと高目のホテルという風だ。

 そして、見るからに『社長室』という感じの部屋の扉は、重厚で豪奢な木製の扉だった。ダークブラウンの両開き扉、ドアノブは金色に輝き、ドアノッカーすら付いている。

「見栄っ張りなのかなんなのか……いや、本来商売ってえのはこんなのかもな」

 討識(うちしき)はどうでも良さそうに呟く。討識も住宅経営をしているから、こういう応接に適した空間も必要かと考えたが、そんな暇はなかったので考えを打ち切った。

 ドアノッカーではなく、扉を直接叩いてノックする。

(堅い……中身は木だな。鉄板や強化素材は入っていない)

(だが刀がな……)

 刀の反りが酷く曲がってしまうことを、腰が伸びると言う。こうした刀は通常よりも強度が下がり、斬れ味も悪くなる。

 木霊の籠手も中々の業物だったようで、正面から叩いてしまった討識の刀は、反りが曲がってしまったのだ。そうした刀の扱いも討識は心得ているが、できればあまり刀を使いたくないというのが正直な心情だ。

(なにしろ、武器らしい武器は全部アイツに棄てられちまったからな)

(あんまり手持ちの武器は減らしたくない)

 討識の武器が入ったボストンバッグは、討識が戦っている間に、七階の窓から棄てられていた。アスファルトに強く打ち付けられたようで、銃器が大量に散乱していたのが、このビルの数少ない窓から見えた。

 今更取りに行くには時間がかかるので、あのまま放置することにした。それに七階から落とされた以上、武器は全て故障している可能性が高い。銃も頑丈に見えて精密だ。ちょっとした衝撃が加わっただけで弾が出ない、なんてことはよくある。

(手持ちの武器はこの刀とデリンジャーが一丁、後は刀子数本と鎖分銅)

(鎖分銅は役立ちそうにねえな……刀子は状況によるだろうが、多分使い所はない)

 これで行くしかねえか、と討識は刀を振りかぶり、一息に扉を四角く斬る。そして、背格好程度の木板を強く蹴り飛ばして、部屋に侵入した。

 侵入して直ぐ様銃撃される。しかしそれは木板に命中し、その隙に討識は脇を通り過ぎて、一気に標的に向かって駆けていた。

 標的は小銃を構えた中年の男、五人組三十五郎(ごにんぐみみとごろう)

「ぜぃあああぁぁっ!!」

 小銃を握る右手。中指から親指にかけて一閃に斬り落とし、続けて右腕を肩から切断する。そして右脚で横蹴りを下腹部に食らわせ、男を仰向けに吹っ飛ばす。

 五人組三十五郎は、木製の執務机に背中からぶつかった。

「……五人組三十五郎。で、間違いねえな」

 討識は男の正面に立ち、切っ先を喉元に突きつける。

「アンタの切り札は死んだぜ。本っ当に面倒な野郎だったが、俺の敵じゃあないな。あれは」

「こ、木霊(こだま)が」男が口を開いた。「木霊が、死んだのか?」

「あ? まあ、紫の覆面して具足着けた白髪の奴なら、俺が殺したが」

「木霊が……『分身(わけみ)木霊(こだま)』が、死んだ」

 肩を斬られた痛みを他所に、男は俯いて項垂れる。と思ったら、突然顔を上げて「――愛舐(あいなめ)っ、嵌賀愛舐(はまりがあいなめ)はどうした!?」と聞いてきた。

「知るわけねえだろうが誰だソイツは。ソイツもアイツも誰が彼だか知るものか。 俺は零崎一賊(ぜろざきいちぞく)の者だ。『理由なく殺す』『家族に仇成すものは皆殺し』で有名な零崎さ。てな訳で、さっさと皆殺されてくれ。今日は疲れたから、早く帰って休みてえ」

 左脇に刀を構える。まずは左腕を落として、その直後に首を斬る。

 

 だが、討識は忘れていた。あまりに闇口木霊(やみぐちこだま)の印象が強烈で、意識の外に追いやってしまったことがあった。

 下の階で自分達とは別に戦闘があったことを、すっかり忘れていた。

「――――!?」

 突き刺し貫く殺気。

 それを心臓に感じた討識は、背後を振り向かずに横っ飛びでその場を離れ、

 

直後に五人組三十五郎の頭部が破裂した。

 

「っ!」

 振り返ると、討識が開けた四角い穴を潜って、見知らぬ人間が姿を表した。

 痩身でスレンダー、着古したツナギに薄汚れた軍手という完全な仕事着を身に付け、武骨な設えの小銃を担いでいる。絹糸のように滑らかな黒髪をおさげにし、肌が青白く半眼だが、瞳は大きくて黒い。それが幽鬼を思わせる程に妖しく、そして美しい女。

 夢辻道休(ゆめのつじみちやすみ)

 彼女が、一階から追い付いた。

 

 

 ◆    ◆

 

「……誰だ、アンタ。俺もろとも撃ち殺そうとしやがって」

 討識が殺気に反応しなければ、五人組三十五郎の頭部に命中する前に、弾丸は討識の心臓を貫いていた。このビルにいる見知らぬ他人という時点で敵だということははっきりしているのだから、休の初手通り、文言は交わさず武器を交えるべきである。

 だが、討識は話しかけた。妙な違和感があったからだ。

 内部的でありながら外部的な圧力というか。

 この女性と話さなければいけないような。

「……撃ち殺そうとしたのは認める」

 休は無表情で言う。しかし休もどこか落ち着かないようで、その言葉も強張っていた。

「その方が効率的でしょう?」

 一石二鳥、一撃二殺。一発の弾丸で二人を始末できるなら、それに越したことはない。それは理解できる。

「弾丸一発分、節約できていいと思うけれど。それに互いに五人組三十五郎を狙ってた以上、最終的にはどちらが殺すかというだけの問題でしょう」

「いいや、違えな。最終的にどちらが死ぬかって問題だ」討識は刀の切っ先を休に向ける。「どうせ死んじまったんだ、この際五人組三十五郎を先に殺られたのには頓着しねえ。だが、プロのプレイヤーが二人揃って得物構えてんだ。普通は殺り合うのが筋ってもんじゃあねえのか」

 この女が五人組三十五郎を殺害したのだから、部下という線はありえない。かといって、この女が討識の味方であるなんて浮かれた考えは尚更ありえないし、何より討識は零崎一賊の殺人鬼である。

 『一賊に仇成すものは皆殺し』。

 不確定要素の強い相手は問答無用で敵だ。手っ取り早く殺すに限る。

 

(だが、妙だ)

(この女は、何かが変だ)

 

 そんな違和感が拭いきれない。そして恐らく、目の前の女もそう感じている。

 互いに、二人とも、何かがおかしい。

 幻術ではない、例えようのない違和感。

「いいえ。私は五人組三十五郎の殺害に対する成功報酬を得られれば、別にいいの。それさえ貰えれば、後のことはどうでもいい」

 意外だった。当たり前だが、暴力の世界に限らず、裏家業の人間は今まさに仕事を行うという、決定的な現場を見られるのを嫌う。理由は他人によりけりだが、金で働くプレイヤーとしては強請(ゆすり)(たか)りの面倒を避けるために目撃者は殺す、というパターンが多い。

 後々面倒を被せられるなら、今から火消しに労を割く方が幾らかましだ。

「他の人がそうかは知らないけれど、私の今回の報酬は一千万円。私にとっては破格の価格よ。貴方も、そういう目的でここに来たのでしょう?」

「……俺は違えよ。本当は貰いたいぐらいだが、俺は金が目的で動いちゃあいない。 それに、今の発言は俺の質問に答えてねえ。後のことはどうでもいいなら、俺に弾撃ってくる必要がねえだろう」

 討識の言葉は的を射ている。本当に報酬だけが目当てで、またコストを削減しようと思うならば、討識を撃つのは不自然だ。

「確かに撃ち殺そうとはした。面倒事になるのは嫌だから。でも、本気で殺すつもりだったなら、最初から一人一発ずつ撃つわよ。纏めて殺そうとしといて何だけれど、あれで死なないなら意味はない。無用な殺人は経費の無駄よ。利潤が減るわ」

 討識の誘いに、休は応じない。討識としては、休に発砲させたかった。その攻撃の隙に斬りかかれば、ことは簡単に片付く。

(……コイツ)

 そして女の気配に、討識は気付く。

 発砲された時には、イメージができる程に感じた殺気。

 だが、今では殺気どころか、敵意すらも感じない。

「――テメエの目撃者を見逃すってえのかよ」

「別に見られて困ることはしてないつもりよ。それに貴方はこの出来事を誰かに密告することなんてできない。殺害現場に居合わせた目撃者が警察に垂れ込んでも、事件との関与を疑われるだけ」

 それは討識も同意する。玖渚機関(くなぎさきかん)が身内の恥を見逃すはずがない。

 それでも、次の休の台詞は理解できなかった。

「……そして見逃すのではないわ。貴方とは共犯――いえ、共謀した仲になりたいのよ」

「……どういう意味だ?」

「お互いが力を合わせて五人組三十五郎を殺した。――そういう筋書きにしておいて、ことを納めないかと言っているのよ」

 静かだった室内が、更に固まっていく。それくらい、休の案は荒唐無稽だったからだ。

「何言ってんだアンタ。そんな筋立てに何の意味がある。メリットがねえどころかデメリットしかねえ。体裁を変えただけで、本質的には何も変わってねえだろうが」

「世間に対する情報操作ならそうでしょうけど、違うのよ。これは唯の密約。この場に限った辻褄合わせ。 私と、貴方。二人だけの秘密にして、今日は終わりにしないかしら」

 だって、と休は続ける。

 

「私、何故だか貴方を殺したくないから」

 

 糸を張ったような空気に放り込まれたそれは、実に常識的で情緒的な言葉だった。互いに刀と銃を構えているこの状況には随分皮肉が効いているが、しかし討識は皮肉ったり、否定したり、僻事だと断ずることもしなかった。

 

(ああ、そうか)

(これが違和感の正体か)

 

 殺したくない、と心の奥底から感情が湧く。

 それが討識に刀を振るわせるのを阻んだ。

 そして、一度自覚してしまえばお仕舞いだ。

 殺人鬼としての感覚など、この場に限っては消え失せる。

 

 目の前の女性を殺してはならない。

 

「……って、何だか告白みたいね。今の」

 休は微笑んで、銃口を討識から外した。討識も刀を下ろして、眼を休から切った。

「そう……かもな」

 了承した、と討識は言った。

 互いにメリットはない。もしもことが露見した時、僅かにデメリットがある、というだけのことだ。休は報酬の一千万円を、幾らかカットされるかもしれない。討識は双識や軋識に殺人鬼としての本分を果たさなかったとして、説教というペナルティを負うかもしれない。いずれにしろ、大したデメリットではないのだ。

 だが討識は、そんな損得勘定で盟約を結んだのではなかった。

 心の内に、世界の言葉に従った。

 それだけのことだ。

 恐らく、彼女も、そういうことだ。

 

「私は夢辻道休。山に住む狩人、つまりマタギよ」

「俺は零崎討識。殺し名序列第三位の、殺人鬼だ」

 互いに名乗って、格好もつけて肩書きも述べた。

 ファーストコンタクトは、これで十分。

「また、会いましょう」

「ああ、また」

「霞が(こも)る天狗山、ってところに、私は住んでるから。よければ来なさいな」

「ああ。よければ、な」

 

 休は踵を返して、穴を潜らず、扉を開けて部屋から出ていった。

 討識は追わなかった。そんな気にさせといて後からばっさり、といった手にも出なかった。

 

 

「…………帰るか」

 疲れたし。

 そう呟いて、一歩踏み出したところで、電話が鳴った。機械的な着信音。討識は懐から携帯電話を取り出して、相手を確認する。

 零崎軋識(きししき)

 相変わらず、狙い済ましたようなタイミングだ。

「――よう軋識さん。こっちは終わったぜ。五人組三十五郎も、きっちり殺した」

『ご苦労だったっちゃ』

 軋識は唯一言、労った。軋識は自他共に評価の厳しいタイプだ。一人前のプレイヤーならビル一棟の全滅ぐらいわけない、と考えていそうだし、できて当然のことには大して褒めない性質がある。

『で、討識。構成員を全滅させるのはともかく、フリーのプレイヤーとやらはどうだったっちゃか?』

 そういえばそんな話もしていた。

 あんな盟約を結んだ手前、夢辻道休という個人名を出すわけにはいかないのだろうが、しかし休も言っていた通り、あれは辻褄合わせでありその場凌ぎだ。無理に従う必要はない。

 付き合う必要もない。

「…………殺したよ。唯のプレイヤーで、弱かった」

 討識は、結局休の存在を語らなかった。

 このビルでの結末は、どう転んだところで変わりはしない。構成員は全員死んで、五人組三十五郎も死んだ。それだけだ。

 ならば軋識に言っても構わないのだが、討識は言わなかった。逡巡したが、言う気がなくなった。

(どうやら)

(夢辻道休のことを、俺は気に入ったらしい)

 殺し合いの場で出会った、狙撃手と殺人鬼。

 本来なら抱くはずのない、殺したくないと感じる相手との出会いを大切にしようと、討識は思ったのだ。

 これはきっと、好機であるはずだから。

 大切に、丁重に扱おう。

「詳しい説明は必要か?」

『いや、いらないっちゃ。五人組三十五郎が殺されたなら、特に問題ないっちゃ』

「……じゃあ、俺は帰るぜ。今日は色々振り回されて疲れた」

『おう。何かあったら、また連絡するっちゃよ』

「ああ、それじゃ」

 

 

 通話を切る。懐に携帯電話を戻して、溜め息を吐いた。

「『五人組三十五郎が殺されたなら、特に問題はない』……」

 討識は刀を立てて見る。反りが酷くなっている上に、よく見たら僅かにひびが入っていた。

「――――っ」

 討識は刀を亡骸に向かって投げた。回転しながら飛んだ日本刀は、頭のない五人組三十五郎の死体に、死体の心臓部にぐさりと突き刺さって止まる。が、刀身が振動した拍子に折れてしまい、柄だけが落ちて転がった。

「…………けっ」

 討識は扉を開けて退室する。

 休と同じように、帰りに穴は潜らなかった。

 

 

 ◆    ◆

 

 かくして、零崎討識は今回の一件を終えた。

 零崎軋識が討識と頸織(くびおり)をどう評価したかは不明だが、それは二人が『小さな戦争』の終局に全くと言っていい程関わらなかったことからも推し量れよう。つまり、良いものではなかったようである。

 頸織はそれに大変不満なようだったが、討識はさほど気にしていなかった。むしろ関わり合いにならなくて安心したぐらいで、周囲を気にせず、自由に振る舞えることを喜んだ。誰かから、例え家族であっても、自分の生活に関して口喧しく揶揄されたくはない。

 

 特に、夢辻道休。

 彼女との関係を探られるのは、討識には不愉快だった。

 しかし、何故不愉快に思うのか、討識は考えを巡らすことはない。

 討識は無意識に――否、意識的に、意識するのを避けていた。

 考えないようにしていた、分からないふりをしていた。

 

 自分の本質から、逃げるために。

 

 しかし、逃げには限りがある。逃げ切れない時が来る。討識にとっては、それが夢辻道休であるということだ。

 

 彼女との出会いは、必然だった。

 彼の物語にとっては、代替の利かない、不可欠な存在だった。

 

 それを討識が意識するのは、これから、ずっと先の話で。

 討識が死ぬのも、それから、ずっと先の話である。






以上で第二話、終了です。
前編の投稿から物凄く間が空いてすみませんでした。やっぱり公言するのはできる範囲のことにするべきですね。

誤字脱字があればご指摘お願いします。
ついでに感想も頂ければ幸いです。
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