ボツネタ集   作:ばいどるげん

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いつだかに書いたものです。
3000字未満で終わっています。
読み返すと修正箇所が多いのですが、
もう続ける予定もないので直さずボツにしました。


貫キ月法!!

 

 

 渦雲詰まる凛秋の夜更けに月は嬉々として両頬を膨らませた。見下ろす先では呆ける足軽が、夢と現の狭間を行き来しては燻る篝火の煙に巻かれごふんごふんと目をしばたたかせている。月はそれが大いに可笑しかったか頬元に寄せていた灰綿の敷妙(まくら)をどかし、かんらからと高らかだ。

 

 ……否、それは果たして下駄の音。

 笑う月の後光を受け五体半身は未だ闇。草木も睡に揺らぐ丑の刻に絢爛たる一国城を足蹴にする黒装束は、首に纏った襤褸を靡かせ静かに月の静まりを待つ。黒装束が目を寄せる先には意識を朧へと沈ませる番兵が辛うじて体制を維持している。とうとう睡の魔の(いざな)いに飲まれたか、口を半開きにして刺又を杖にする様子は何とも言い難き滑稽さである。

 

 

 

 黒装束は今一度、城の周囲をしかと視る。うるさいほどの静寂に包まれた城内は、茶狼(オオカミ)夜鷲(ふくろう)と共に森の雑談が侵食する。小石に蹴躓いた程度の下駄の()では、未だ頂に聳える黒塔に気付く者はいなかった。

 黒装束が空へと舞った。羽ばたく襤褸の翼はその勢いとは裏腹に、抵抗空しく重力へ導引される。はためく翼の翼膜は穴だらけであり弓で射抜かれた鳶の如き失速。しかしそれが功を成したか襤褸が音を立てることは無く、黒装束は着地の勢いを殺して棟へ棟へと飛び移る。

 天守の窓へと猫の如きしなやかさで歩み寄る。黒頭巾に覆われた耳を立て中の様子を粒さに傾聴する。内部からは寝息すら漏れぬほど静かだ。事前の調査では天守閣(ここ)に標的が居るのは間違いないが、それにしては警備が薄すぎる。黒装束は訝しむも己が入らずんば誰が彼奴を得ようかと考えれば、これが罠であろうと臨まぬ道理など無い。

 

 入城には凡そ向かない突上戸を持ち前の片刃で袈裟切りにする。窓の木片が木材特有の心地よい軽音を立てると、さすがのぼんくら共にも程よい目覚ましとなった。しかしぼんくら共が気付いた頃にはその場に黒装束の影は無く、差し込む月光に照らされた夜鷲(ふくろう)が襤褸の羽を靡かせ回廊を跳んでいた。

 次第に慌しさを取り戻した城内であるが、一向に侵入者の尾も捕まらない。果たして本当に客来などあったのか、幾ら探せど見当たらない音の零し主に者共は次第に疑心暗鬼に陥っていく。発信源と思われた箇所には確かに窓であった物の残骸が伏しているも、当事者たちはまるで狐に包まれたようであった。

 

「がああああっ!」

 

 唐突な城主の叫び声が兵士たちの正気呼び戻す。劈く叫びはその場所より遥か先のはずであるが、一体何故。よぎる不安と急く動悸を携え兵たちはこぞって寝所へと向かう。城代が許可も得ぬまま御主の寝所へと踏み入る不躾を犯す。

 周りの兵たちはその狼藉振りにさぞ困惑した事であろうが、目に飛び込んだ凄惨なる光景の前に誰もが絶句した。沁みこんだ水は畳の許容範囲を超えたらしく、むせ返る鉄生臭さと共に襖に向かって延びている。壁の飛沫はそこで行なわれた惨劇を一辺の嘘も無く映し、見る者が見ればそれを一種の芸術と見間違えもするであろう。

 

「――殿を襲った刺客を探せ。絶対に生かして帰すな」

「……は、ははっ!」

 

 静かなる怒りを内包した城代を前にして、辛うじて一言発し兵たちは任務へと返っていく。命を受けた兵は何故上司がこうも落ち着いていられるのかを不思議に思ったことであろう。しかし殿が斃れた今、城主の代わりを努める城主に従うしかなかった。

 

「……このやり口、やはり“月法(げっぽう)”の者か」

 

 死体を見つめ憎憎しげに、血臭に塗れた部屋で男が一人呟いた。先ほど彼が犯した狼藉は二度と赦される事はないが、彼を咎める者が居ないことも事実であった。

 

 

 

 ――やはり、あれは囮であったか。黒装束は城外の先にある寂れた森にて、夜烏(ふくろう)の唄に聴き入りながら先ほどの顛末を思い浮かべた。

 騒ぎと共に目を覚ましたであろう城主であったが、黒装束が部屋に立ち入ると酷く驚いていた。振って沸いた災難に顔を曇らせぬ方がどだい無理な話である。しかし相手は稀代の邪名主と謳われた男であるはずが、曲者を前にして脇差を抜くことすら叶わぬまま伏したのだ。それどころかまるで想定外であると言わんばかりの狼狽ぶりは、刺客と言う存在など初めて知ったかのようでもある。

 これらの致す所、やつは影武者であっただけの話。情報に不備があったかそれともどこからか漏れたのかは存ぜぬが、今宵の職務は遂行した。後は何事も無く朝日を迎える前に帰投すれば良いだけの話である。そう考えた黒装束が雑木を駆け行かんとする直前に、いつからそこに佇んでいたか月光に照らされた刺客が黒装束を見下ろしていた。

 

「逃がすとでも思うてか?」

 

 投擲された照る回転刃が風切音を立て黒装束へと迫る。人体から放たれたとは思えぬほどの速度を有しているが、人智を越えた脚力を動体視力を持つ黒装束が避けるのは容易い。側方転回と続けざまに後方転回を繰り出し、白銀(しろがね)の刃へ見せ付けるように躱してみせる。しかし態勢を戻した黒装束が自身の袖に目を遣ると、触れていないはずの刃が自身の衣服を僅かに裂いていた。

 

「ふん、鉄風流の斬風(きりかぜ)か」

「ほほう、ご明察。流石は同業者と言ったところか、月法の」

 

 鉄風流の暗殺者が再び月法の黒装束へと刃を遣わす。空を切り音を裂く銀刃は、音速の風圧を纏い触れずとも対象物を断絶する。月の白光を受け闇夜に牙を見せ付ける様はさながら銀狼と形容すべきか。

 続けざまに放たれる銀牙が黒装束を付けねらう。相変わらぬ精練された身のこなしを続ける彼と言えど、触れずとも身を削る刃を前に目立たぬほど鮮血をにじませて行く。埒が明かぬと踏んだ黒装束が牙の合間を潜って自ら顎を絶ちにかかる。牽制に好機を得た鉄風も必殺の忍刀を持って黒装束へ討って出た。

 

「馬鹿めが、鉄風流を甘く見過ぎたな!」

「むッ!?」

 

 黒装束が片刃を振りぬくより早く、明らかな間合い外から銀刀を抜刀する。その不可解な行動に対し一種動物的な勘で剣筋を避ける。間合いの外から放たれた剣風は(おん)と耳を撫でていく。斬撃は黒装束の頭巾を僅かに切り裂き、背後に聳える巨木の幹を断絶した。

 黒装束は距離を取り次の一閃に対する構えを取る。しかし鉄風は必殺の一撃だった故か、避けられた事に舌打ちをしただけでこちらも相手の出方を伺うばかりだ。

 

 冷ヤリとした、それほどまでに危うい一撃。鉄風流と刃を交えたことは無いが、彼らがどのような流儀と(わざ)を持っているかは周知の事であった。

 鉄風流は風を利用した戦術を用いる一派だ。音すら裂くほどの強靭な投擲術は触れずとも対象を切り裂く刃「斬風(きりかぜ)」纏い、抜刀はニ撃いらずと呼ばれる程の切断力を有する。彼らの白き装束と特徴的な銀の武器から、知る者たちからは「銀狼」と呼ばれることもある。

 情報を得ているとは言えやはり実際に相手取るとなれば勝手が異なる。通常の暗殺術は対象に気取られぬうちに命を奪う物であり、真っ向から相手取るとなれば(わざ)を十分に生かせる訳ではない。それに比べ鉄風流はニ太刀要らずと言われるほどの抜刀術と、触れずに仕留める投擲術を持つ。通常の暗殺者では不利は当然逃げ切る事すら至難である。

 

 

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