憐れなはぐれ悪魔
私の目に映ったのは、燃え盛る炎に包まれた家々と、多くの屍が散乱した道だった。
道は赤い液体に満たされ、歩く度に液体が足に絡みつき、不快感を感じた。
ところどころで聞こえてくる、うめき声と断末魔。
どうしてこうなったんだろう。昨日まではこんな風景じゃなかったのに。
怒ると怖いけど、優しくて綺麗な、私の大好きなママがいて、
少しうっかりだけど、大きな体で私を包んでくれた、私の大好きなパパがいて、
悪戯好きだけど、太陽のような笑顔が素敵な、私の大好きな妹がいた。
お隣のおじいさんは、頑固で意地っ張りだけど、私の話をよく聴いてくれた。
おじいさんの奥さんは、家に行くとお手製のスコーンを焼いてくれた。
女友達のミーシャは、生まれた時から幼馴染で、花畑でかんむりをつくった。
男友達のクランは、学校帰りに、家までかけっこをした。
みんな、昨日まで一緒にいた。みんな、昨日まで笑っていた。
どうしてこうなっちゃったのかな
呆然と歩いていると、私の前に何かが降りてきた。
それは人の形をしているけれど、人ではなかった。
真っ黒な服を着て、真っ黒な髪をして、真っ黒なコウモリの翼をしていた。
「おや、こんなところに美味しそうな子供ですね。
まったく、太陽のように輝く人間を攫うためとはいえ、
主様から『村の人間どもを殺せ』との退屈な命令でしたが・・・これはいい。
私にも役得というものです。では死んでください、お嬢さん」
真っ黒な存在が大きくなり、私を食べようとその口を大きく開いた。
そうか、こいつが悪いんだ
こいつがいるからみんないないんだ
コ イ ツ ラ ガ イ ル カ ラ
そして私は死んだ
夜空に満点の星々が輝き、大きな満月が地を照らす中、
はぐれ悪魔レイスは息も絶え絶えに逃げ回っていた。
彼は悪魔の力に憧れ、悪魔の力に溺れ、悪魔の力に支配され、
主を傷つけて冥界から逃げだしたのだ。
レイスは、自身の力を欲望の為に使うつもりであった。
悪魔の力さえあれば、ただの下等な人間どもに負けるはずもなく、
人間を喰い散らかし、好き勝手に生きるつもりだった。
人間界に逃げたレイスは空腹であった。
当たり前だ。彼は追手を退け、決して安息を得ることなく逃げ隠れしていたからだ。
空腹のレイスは、飢えを満たすための食べ物を探した。食べ物とはもちろん人間だ。
悪魔にとって人間は、ただ摂取されるだけの餌でしかない。
しばらくすると、レイスは餌をを見つけた。餌は女だった。
レイスは歓喜した。
女を喰うのは久方ぶりであり、どう喰ってやろうとかと顔を歪めた。
恐怖に歪む女の顔を見ながら喰うか、または弄びながら悦楽の内に食い殺すか。
どちらも想像しただけで、レイスの口からよだれと下品な笑い声が漏れた。
女の姿は修道女であった。女は身に余るカバンを手に下げ、よたよたと歩いていた。
女が修道女であったことにレイスは顔を顰めた。
なぜなら修道女は、悪魔にとって天敵である天使の使徒だからだ。
悪魔にとって聖なる力は猛毒だ。
教会に入ることはもちろんのこと、銀細工や十字架なんてもっての外。
ましてや聖水など浴びようものなら、一瞬のうちに死んでしまう。
冷静な悪魔ならば、間違っても教会の信者に手を出すことはない。
だが飢餓のレイスは欲望を抑えられなかった。それに、女からは何も感じなったからだ。
レイスは己が欲に駆られ襲いかかった。
女の顔はヴェールで隠れており、レイスは自分に恐怖する女の顔を想像した。
そしてレイスは女の顔を見た。
修道女の顔は、まるで獲物を見つけたレイスのように、歓喜に歪んでいた。