「何を言っているの、アーシア?」
アーシアの言葉に、リアスは聞き返す。
その顔は、まるでそんな答えを考えてもいなかった、とでもいうような、
不思議で仕方がない、という表情である。
「私はアーリィ姉さまと約束しました。
世界を、私の知らない現実を知ろうって。
リアスお姉さまや一誠さんが、私を思ってくれたのは嬉しいです」
アーシアは、リアスや一誠たちへ、射抜くような視線を向ける。
「でも、でも!
私の、私の大切な家族を傷つけたことは、許せないんです。
リアスお姉さまや一誠さん等が良い人だって思っているから、余計に辛いんです。
私、この気持ちのまま、みなさんと一緒にいることは出来ません。
だから私、この気持ちと向き合うためにも、世界を見に行こうと思います。
皆さんと別れるのは辛いですけれど、私は、こうしようと決めました」
アーシアの決意ある視線と言葉に、ゼノヴィアは「そうか」と頷いた。
「アーシアも行くと決めたわけだからな。
では部長、私たちは世界を見に行ってくるよ。
私もアーシアを守ると決めたからな、アーシアは私の命を賭してでも守るさ」
「だ、駄目ですよゼノヴィアさん!軽々しく命を粗末にしてはいけません!」
「いや、これは言葉の綾であってだな・・・!」
自分に対して怒るアーシアに、ゼノヴィアは苦笑しつつ、二人は教会の出口へと向かう。
「教会があなた達を快く迎えると、本当に思っているの?」
その二人に、リアスは言葉を放つ。
その言葉は、アーシアとゼノヴィアの足を止めるのに十分な力を持っていた。
「現実を見なさい、二人とも。
アーシアは悪魔を癒した魔女として、ゼノヴィアは神の死を知った異端として、
教会から追放されたのよ。
そんなあなた達を、追放した教会が迎えると思うのかしら?」
アーシアとゼノヴィアは、黙ったまま動かない。
その姿に、リアスは更に言葉を重ねる。
「仮に迎えられたとしても、あなた達はもう人間じゃない。悪魔なの。
それこそ、教会からしたら忌むべき存在だわ。
もしかしたら、教会へと行った途端に殺される可能性もあるのよ。
いくら天使長と言えど、あなた達を必ず守ってくれるという保証もない。
二人にとって、ここにいる方がとても安全なの。
解ってちょうだい。」
リアスは、諭すように二人へ言葉をかける。
それは本当に二人を思っての言葉だ。それは本当に愛する家族を思っての言葉だ。
「そうだよ二人とも!わざわざ二人が危険なことをする意味がないんだ!
それに俺、二人が危険な目にあうかもしれないと思うと、すっげぇ心配なんだ!
だからアーシア、ゼノヴィア、もういいんだよ!」
リアスの言葉に加え、一誠が思いの丈をぶつける。
「ありがとうございます。リアスお姉さまに一誠さん」
背を向けたまま、アーシアは答える。
「でも、私決めたんです。
たとえ危険だと解っていても、恐いと不安でも、私はいくって決めたんです。
私だって、本当は怖いです。恐くてたまりません。
私を魔女と言った人たちの姿を、今でも思い出して体が震えてしまいます」
「だったら!」
「でも、思い出したんです。そんな中、アーリィ姉さまだけは味方だったことを。
私を守ろうと、私の前に立って、必死に声を上げていた姉さまを。
離れ離れになった時、私を必ず迎えに来ると約束してくれた姉さまを」
一誠の言葉を、アーシアは遮る。
「そして約束通り、姉さまは私を迎えに来てくれました。
約束を忘れてしまっていた私なのに、姉さまは約束を忘れなかった。
悪魔になってしまった私を、姉さまは変わらない態度で接してくれました。
私は、アーリィ姉さまに沢山の感謝があるんです」
くるりと振り返ったアーシアを見て、一誠たちは言葉を失った。
「だから私、もういないアーリィ姉さまの約束だけは、絶対に守りたいんです」
アーシアは泣いていた。
それは大切なモノを無くしても、それでも前へと進もうとする、決意ある顔でもあった。
「いや、アーシア?アーリィは・・・」
「そう、アーシアの決意は固いというのね」
アーシアの言葉にゼノヴィアが何か言おう振り向いたが、、それをリアスが遮る。
そしてゼノヴィアへと視線を変えた。
その視線からは「あなたはどうなの?」という問いを含んでいた。
「私は、アーシアを守ると誓ったからな。
さっきも言ったが、私だって教会に対して思うところはある。
だが、アーシアが行くと決めたなら、私も着いて行くさ。
それに私も、自分が何を守る為に剣を振るうのか、もう一度見つめ直したいんだ。
世界を見れば、それが解るかもしれない」
リアスや一誠等の視線を受けゼノヴィアは笑う。
「あと私は、あいつの夢を聞き忘れていたからな。
イリナにも謝らないといけないしな。
そのためにも、私も行かなければならないんだ」
ゼノヴィアの言葉に、リアスは口元をギュッと噛む。
一誠は、二人の言葉に戸惑いつつも、言葉を出そうと考え込む。
他の皆は、ただ黙ったまま事の成り行きを見つめていた。
ギャスパーは、段ボールに籠って小刻みに震えているせいか、時折ガタガタと音が響く。
「もういいかな、部長。私たちの決意は話した。
これに関しては、いくら言われても曲げるつもりはない」
そう語るゼノヴィアの目も、アーシアと同じように強い決意を秘めている。
「そう」
リアスは、二人の視線を受けて言葉を放つ。
「なら行きなさい。もう私は止める気はないわ。
でも、あなた達が思っているよりも、世界は優しくない。
だから、辛くなったらいつでも帰ってきなさい。
ここがあなた達の帰る場所なんだから」
その顔は、説得するのを諦め、苦笑いをしていた。
その言葉に、二人は一瞬呆けるも、
直ぐに「ありがとうございます」とお礼を言うと、外へと出て行こうとする。
他の眷属たちは、リアスの言葉に内心緊張していたが、
穏便に事が終わったということでそれぞれが安堵の表情をする。
「良いんですか部長!?このままだと二人が・・・!」
だが、一誠はリアスの言葉に異議を唱える。
当たり前だ、部長は二人のことを大切にしてると思っていたのに!
声を荒げる一誠の口を、リアスは人差し指で塞ぐ。
「大丈夫よ一誠。二人は必ず帰ってくるわ。
本当は二人とも傷ついて欲しくなかったけれど、荒療治が必要だと思ったの」
リアスの言葉に、一誠は目をしばたたく。部長の話が理解できないのだ。
そんな一誠を、リアスは面白そうにクスリと笑いながら、優しく説明する。
「さっきも言ったけど、教会が二人を迎えるとは到底思えないわ。
なにせ、自分たちの信仰を重視する教会だもの。
自分たちの汚点である二人をどう思うかなんて、解りきったことよ」
リアスの言葉に、一誠は教会がしてきたことを思い出す。
人を癒すというだけで、アーシアの気持ちを知らずに勝手に聖女と祀り上げておいて、
悪魔を癒したというだけで魔女と掌を返した教会。
悲しい笑顔をみせていたアーシアの姿を思い出し、一誠は拳を握りしめる。
ゼノヴィアにしたってそうだ。
ゼノヴィアは神のために必死に頑張っていたっていうのに、神の死を知っただけで、
今まで尽くしてきた彼女を、教会は追放したのだ。
それだって到底許せることじゃない。
「さっきも言ったけど、決して教会は二人を受け入れるはずがない。
受け入れてしまえば、自分たちの行いについて責を問われるわ。
二人には可哀想だと思うけど、現実を知れば、解ってくれると思うの。
私たちの家が、自分たちを受け入れてくれる場所なんだってね。」
「ですけど、部・・・!」
一誠は更に反論しようとするも、言葉が止まる。
なぜなら、リアスは泣いていたからだ。
「でも私、主失格ね。
自分の家族が、可愛い眷属が傷つく未来を知っていて、
それでも止められないなんて・・・。」
リアスの哀しそうな顔を見て、一誠は胸を痛めた。
他の眷属たちも、皆、一誠やリアスと同じように、自分たちの無力さを噛みしめる。
部長だって、二人を止められず、二人を行かせてしまうことを後悔しているんだ。
そんなことも解らないのか、俺は!
くそ!俺はなんて無力なんだ!
大切な主の涙すら止める術も、大切な家族が傷つくことが解っていても止められないなんて!
何が赤龍帝だ!俺は思い上がっていたんだ!
一誠は、自分の無力さに爪が食い込む程に、拳を握りしめていた。
「二人とも、そんなに私のことを思ってくれていたなんて・・・!
お姉ちゃん、嬉しくて讃美歌を謳いたくなります!」
突如として、教会内に声が響く。
その声に、アーシアやリアスたちは驚き、ゼノヴィアは呆れたような溜息を吐く。
突然、床に散らばっていた紙きれが舞い上がり、
アーシアとゼノヴィアの前で紙束の柱になる。
紙の柱が吹き飛ぶとそこには、
灰色の髪を流し、黒い修道服を着た女性が、右手にボストンバッグを持って立っていた。