黒い修道女の登場に、教会は静まり返った。
それは、驚きによるものなのか、
それとも今までの張りつめた空気がぶち壊され、呆れているのかは解らない。
だが、その修道女の登場は、予想されていなかったと言える。
ただ一人を除いて。
「あれ、皆さんどうしました?
もしかして私、とんでもないことをしてしまいましたか?
でしたら、心から謝ります」
沈黙と刺さるような視線を受け、
修道女は顔から冷や汗を流しながらぺこぺこと頭を下げる。
そんな彼女の姿に、青髪の少女は溜息を吐き、白い服の少女は目に涙を溜め、
赤い髪の少女たちは、まるで幽霊でも見たかのように、信じられないという表情をしている。
そして、そんな空気を破るように、白い少女が修道女に抱きついた。
「あ、アーリィ姉さまぁぁぁぁぁ!」
「ゴフ」
ただ、思いっきりぶつかったため、修道女は受け止めきれずに倒れ込んだ。
「アーリィ姉さま!アーリィ姉さま!本当に姉さまなのですね!私・・・私!」
泣きながらアーリィに抱きつくアーシアを、アーリィはそっと抱きしめ、彼女の頭を撫でた。
「ごめんなさい、アーシア。
貴女を悲しませるつもりはなかったのですが、
ちょっとした手違いで貴女を傷つけてしまいました。
本当に、ごめんなさい」
「本当です・・・本当です!私、姉さまが死んでしまったと思って・・・酷いです!
姉さまは酷いです!」
アーリィに怒りをぶつけるアーシアだが、
その反面、彼女を抱きしめるアーシアの腕は、更に強くなる。
ところで、基本的に悪魔の身体能力は人間を越えているので、
幼いアーシアであるが、その力は見た目よりもかなり強くなっている訳で・・・。
「あの・・・アーシア?貴女を傷つけたことは・・・謝ります。
ですから・・・その・・・力を緩めてくれません・・・か?
あの、ゆっくりと、万力の、ように、腕が締まってきているの・・・です。
実は・・・傷口に当たって、かなり痛いで・・・す・・・」
「あ、ご、ごめんなさい!」
アーリィの苦しそうな声に、直ぐに力を緩めるアーシア。
ふとアーリィを見ると、彼女はいつものヴェールを被っておらず、
いつも彼女が隠していた素顔と、灰色の髪が目に入り、
身体には幾つか治療された火傷の跡や、服の下に包帯が巻かれているのが目に映った。
「!?姉さま、その傷は・・・!」
「何でもないですよアーシア?
ただ、約束を守らない悪魔たちに襲われてしまい、
お仕置きしようとしたら、予想外なことが起きて、逆に傷を負ってしまっただけですから」
心配するアーシアを見つめ、アーリィは素顔で笑う。
「本当に大丈夫ですよ?
もう少しで本当に死にそうだったのですが、転移で逃げた後に自分で治療をして持ち直し、
邪魔しに来た悪魔たちが動けない内に、アーシアとゼノヴィアを連れていくつもりだったとか、
形見のロザリオが無くてパニックになったりとか、肝心の貴女達がいなくて凄く焦ったとか、
教会の方に気配を感じて予定外のことに叫んだりとか、
もしも二人に何かしていたら、容赦なくぶっ殺してやろうと急いで戻ってきたとか、
一切そんなことはありませんから」
アーシアを落ち着かせようと、アーリィは彼女の頭を撫でながら、笑顔で語る。
だがアーリィの語る内容に、ゼノヴィアは口を引き攣らせ、
リアスたちはその内容の悍ましさに顔を青ざめる。
そんなアーリィにゼノヴィアが近づき、声をかけた。
「手酷くやられたな」
「そうですね、これは私の甘さが原因です。
生きているのは、主への祈りと善行の積み重ね、そして運が良かっただけですよ。
正直、加減をし過ぎました・・・それにしても!」
アーリィは、アーシアをいったん離し、立ち上がってゼノヴィアを睨む。
「酷いじゃないですか、ゼノヴィアさん。
こっそりと見てましたが、貴女、私のことを心配してなかったですよね?
私が死んだと言われた時も、顔色一つ変えませんでしたし」
「仲間の死を見過ぎたからな。
そういったものには慣れてしまったのだから許してくれ。
いや、心配はしていたさ。
お前の死体を見ない限り、死んではいないと思うぐらいは信用していたよ。
それに、お前を知っている私からしたら、ここで死ぬ方が信じられない」
射るように睨むアーリィの視線を受けながら、ゼノヴィアは目を泳がせながら答える。
そのゼノヴィアの言葉に、アーリィは「まったく・・・」とため息を吐く。
「あの、アーリィ姉さま、これを・・・」
声の方へ振り向くと、アーシアがアーリィに何かを差し出していた。
それはアーリィにとって、母親の形見であり、妹を殺した凶器であり、
家族の名前が彫られた、アーリィにとって、唯一家族との繋がりを持ったロザリオだった。
だが、今のアーシアにとってそれは猛毒であり、
触れているアーシアの手は火傷を負ったように爛れているにも拘らず、
アーシアは笑顔で差し出している。
その姿に、アーリィは目から涙を一筋流す。
「ありがとう、アーシア。
私の大切な思い出を見つけてくれて。本当に・・・ありがとう・・・」
アーリィはロザリオを受け取ると、自分の首にかける。
そしてアーシアの手を取り、直ぐに傷口に治癒を施す。
「もう大丈夫ですよ。
悪魔に十分効くかは判りませんが、直ぐに良くなるからね」
そう言うと、アーリィは落ち着かせるように、アーシアの頭を撫でる。
「さて、二人の決意も聞けたことですし、二人とも行きましょう?
心配することはたくさんあるでしょうが、お姉ちゃんに任せなさい。
大丈夫です。私がぜーんぶ、話をつけておきましたから」
「!?」
アーリィの言葉に、アーシアどころかその場にいた全員が驚く。
話をつけたとはどういうことなのか?
そしていったい何をしたというのだろうか?
「教会の方々も、話の解る人たちで本当に良かったです。
私の話を聞いてくださり、二人を私の元に置くことを約束してくださいました。
教会の人体実験等を公にして全ての信徒を疑心暗鬼にさせ、
信者の数を減らして差し上げますと説得したら、直ぐに約束してくれたのですよ?
私の信心深さと熱心な言葉に、主が働きかけてくださったのですね」
そう言うとアーリィは、
左手に鞄を、右手にアーシアとゼノヴィアの手を取り、教会の出口へと向かう。
「待ちなさい!」
だが、それを止める者がいた。
振り向くと、腕を胸元で組み、自分たちを睨みつける悪魔たちがいた。
その姿に、アーリィは首を傾げる。
「どうされましたリアスさん?
もしかしてまだ何か不満でもあるのですか?
でも駄目です。先ほど二人の言葉を聴きましたよね。
それとも先ほどのように、『私が二人に何かして無理やり言わせた』とでも言うのですか?」
その言葉に、リアスたちは不意打ちを受けたように驚き、
アーシアとゼノヴィアの動きが固まる。
「あれ、違いますか。ではその後で、
『家族が危険な場所に行くのを、家族として見ていられないから』と、
『勝手』に『約束をなし』にしておいて、『私に従え』と言ったことですか?」
二人がリアスたちを見る。
「ああそれとも、
『悪魔に家族を滅茶苦茶にされた私』に『悪魔になれ』とまた言います?」
アーリィの顔から笑顔が消える。
「そうでないとしたら、先ほどのように、言うことを聞かない私を、
『みなさん総出』で、『私の可愛い眷属に言い寄るな』と言って『殺す』のですか?」
アーシアとゼノヴィアの中で、何かが起きた。
アーリィの間を置かない言葉に、教会内は沈黙が支配された。
そしてその静寂を破ったのは、問いの言葉だった。
「どういうことですか、リアスお姉さま。
お姉さまは確か、アーリィ姉さまが襲ってきたと、
お話をしに行ったら、アーリィ姉さまが話を聞かないで襲ってきたと言いましたよね?
じゃあ、今、姉さまが言ったことは・・・何なのですか・・・?」
震えるような声を発したアーシアの顔は、リアスたちを射抜くような目だった。