「さて、静かになったところで、私からご提案があるんですが、良いでしょうか?」
額から血を流しながら、足元に一誠が転がっている状態で、
アーリィはリアスたちへと顔を向けた。
額から垂れる血を拭いもせず、彼女は笑顔で問う。
だが、リアスたちからすれば、一誠のことが気になり、彼女の言葉が耳に入らない。
「あ、もしかして兵藤さんを気にしているのですか?
なら安心してください。無力化しただけですか、別に命に問題はありません。
それでも心配なら、今すぐ彼を治癒しましょうか?」
リアスたちの視線と表情から、アーリィは倒れている一誠に手を翳そうとし、
「一誠から離れなさい!」
リアスの声で手を止められた。
「解ったわ。
どういった提案なのか解らないけど、先に一誠から離れて!
これ以上、一誠に何かしたら、私は貴女を許さないわ」
「分かりました。じゃあ、私は退きますね」
アーリィは、ゆっくりと一誠から離れようとした・・・・・・・・突き刺した剣と一緒に。
途端、一誠の叫び声が木霊する。
「何をしてるの!?」
「いえ、自分の物を回収しようとしているだけですが?
駄目です。あげませんよ。
それに、道具は大切にしないとダメと教わらなかったのですか?」
そう言いながらも、アーリィは剣を抜こうとする。
剣の傷口からは血が迸り、一誠の悲鳴が聞こえる。
「分かったわ!その場から動かないで!私の一誠を苦しめないで!
お願いだから・・・!」
「離れろと言ったり、動くなと言ったり、一体どっちなんですか?」
首を傾げるアーリィだが、
剣から手を離し、気を取り直してリアスと向かい合って咳払い。
「では、私のお願いですが、内容は大体同じです。
ですが、少し付け足しさせてくれませんか。
二人に世界を見て回ってもいいという自由、これは同じです。
追加するのは、2つ。
1つ、『悪魔側から二人にとって害ある行動を取らせない』
これは、悪魔側から狙われているアーシアやゼノヴィアさんを保護するため。
理由は、さっき言いましたからいいですね。
そしてもう1つは、『1年後のアーシア達の考えを認めること』それだけです」
「それだけ・・・?」
リアスはアーリィの条件に、少し意味が解らないといった表情をする。
「ええ、それだけですが。
どうしたのですか?そんな表情をなさって。
もしかして、もっと酷いお願いをすると思っていたのですか?
酷いですね、私もそこまで押し付けがましいことはしませんよ」
リアスの反応に怒るアーリィ。
「あ、でしたらこれはどうでしょうか?
もしも、アーシアがあなた方の元へ帰りたいと願うのであれば、
1年経たずともすぐに帰ります。
彼女たちが決めたとはいえ、無理を言ったのは私ですからね。
それと、私たちが知った情報をそちらにお渡しすることも約束しますよ。
情報共有は、大切なことですからね」
リアスはアーリィの提案に困惑していた。
教会を無理やり黙らせた彼女の行動からすれば、いま彼女が示した提案はあまりに優しいのだ。
そして彼女からの条件も、事と次第によっては、直ぐにでも二人が帰ってくる可能性がある。
もしかしたら、自分の考えが及ばない裏があるのかもしれない。
リアスの頭は、簡単に条件を呑むには危険すぎる、という考えが浮かぶ。
だが、もしも断れば、彼女はより恐ろしい要求をする可能性もある、という考えもある。
なにせ、彼女の足元には、自分の大切な存在、一誠という人質がいるのだから。
下手に彼女を怒らせれば、一誠に危害が及ぶ可能性がある。
彼女を取り押さえようとも、彼女が一誠を傷つける方が速い。
結局自分たちは、彼女の提案を呑むしかないのだ。
リアスは考える。
今の条件を考えると、最初に約束した内容とほとんど同じといってもいい。
ただ2つの条件が追加されただけだ。
だったら、提案が酷くなる前に決めるべきではないか。
それに、一誠が心配で心配で仕方がない。
今も目の前で、苦痛に顔を歪めている一誠が映り、リアスは気が気でないのだ。
「・・・解ったわ。あなたの提案を呑みます。
だから早く消えて!もう一誠を傷つけないで!」
「ありがとうございます。
心配でしたが、『ちゃんと』約束が出来て本当に良かったです。
できれば、2度とこんなことが無いようにお願いしたいです。
また同じようなことが起きたら、私でも何を仕出かすか分かりませんから」
アーリィは、胸を撫で下ろした。
「仮に『また』私が約束を破った、なんてふざけたことを抜かしましたら、
こちらには『証拠』がありますから、言い訳させませんのでそのつもりで」
そう言いつつ、アーリィは剣に手を触れる。
「では、これを回収したらここを去りますね」
アーリィの手が一誠に刺さっている剣に触れると、一瞬で剣が霧散した。
「私は今から二人を見つけないといけませんので、これで失礼しますね。
では、また1年後にお会いしましょう」
「貴女は・・・人間じゃない・・・!」
「悪魔に言われるのは慣れてます」
アーリィは、リアスたちに頭を下げると、足元の鞄を拾い上げ、教会の出口へと歩む。
アーリィが一誠から離れると同時に、リアスたちは一誠に駆け寄っていった。
うしろで、一誠!しっかりして一誠!と叫ぶ声を聞きながら、アーリィは歩く。
リアスが、彼女の眷属たちが、自分を見ていた眼を、アーリィは知っている。
家族を、大切な存在が傷つけられ、奪われた者が宿す、そんな眼だ。
大切なモノを傷つける存在を許さない、そんな目だ。
リアスから感じたのは、大切な存在を守りたいと、大切にしたいと思う姿。
他の子たちも、そうした気持ちであると解った。
それは誰もが持っているはずの感情。
こうなってしまったのは、その思いが暴走した結果なのかもしれない。
リアスたちがアーシアやゼノヴィアさんを思う気持ちは、本当なのだろう。
自分も、彼女たちと同じように、二人のことを思っている。
危険を解っていて、それを無理やりにでも止めようとした彼女たちと、
危険と解っていて、それを認めた自分。
どちらも、同じ人たちのことを思っての行動だ。
だが、彼女たちの行動は、鳥かごの鳥を愛でるのとどう違う。
羽ばたきたいと願った鳥を、危ないからと閉じ込めるのが正しいのだろうか。
アーリィには、それが絶対に正しいとは思いたくない。
鳥かごの世界で安全に飼われて生きるよりも、
厳しくも世界を知りたいと願ったことを、間違いと否定をしたくはない。
この考えの違いは、きっと最後まで平行線なのかもしれない。
ふと、兵藤一誠の言葉を思い出した。
『今は憎しみ合っていても、互いに手を取りあえる未来が来る』
和平?手を取り合える未来?おかしな話だ。
そもそも、互いに手を取り合うならば、それは対等であってこそだと、アーリィは思う。
一方だけが搾取し、一方が搾取される、それが『正しい平和』であるはずがない。
互いが互いを思ってこそ、互いを理解できてこそ、手が結べるのではないのか。
人間を下等と見下し、気まぐれに、そして理不尽に何もかもを奪う悪魔と、
力なく、ただ蹂躙され、憎しみと悲しみに沈む人たち。
その事実から目を逸らして、一体どうして、互いに手を取り合えると言えるのか。
悪魔だって、人だって、お互いに大切なモノを守りたいと思うのは同じなのに。
それを勝手な都合で奪うことなど、アーリィには許せるはずがない。
あの時のようなことを、ただの悲劇で終わらせて良いはずがない。
絶対に出来ない。
リアスたちが、必死に兵藤一誠に声をかけるのが聞こえる。
ああ、彼女たちにとって、彼はとても大切な存在なのだろう。
大切にしたい、守りたいと思うのだろう。
アーリィは教会の扉の前で止まり、
「なぜあなた達は、その気持ちを他へも向けてくれないのですか」
そう呟いて、教会を後にした。
「しかし、咄嗟に頭突きをしましたが、額が切れるなんてどういう石頭をしていたんですか」
アーリィは、額をハンカチで拭うと、治癒術をかける。
刺繍が入ったハンカチは、真っ赤に染まった。
「ああ!?このハンカチ、結構好きでしたのに・・・」
ハンカチの惨状に、アーリィは溜息を吐く。
「それにしても、二人はどこへ行ってしまったのですか。
探そうにも、私がそういったことに長けていないのは、二人とも解っているでしょうに」
考え込むアーリィに、ふと声が響く。
「ゼノヴィアさんですか?
え、アーシアを保護した?本当ですか!?ありがとうございます!
ゼノヴィアさん、お疲れさまです。
それでアーシアですが・・・やはりそうですか・・・」
アーリィは感謝の言葉を告げ、ゼノヴィアの言葉に顔を曇らせる。
「こっちですか?ええ大丈夫です。ちゃんと話をつけましたから。
私がそういったことが得意だって、知っているでしょうに。
それで、二人とも今どこですか?
え、お部屋ですか?ええ、大丈夫です。ちゃんと道は解りますから」
アーリィは、息を整え、両脚にに力を入れ、そして、
「アーシアぁぁぁぁぁぁぁ!
お姉ちゃんが今行きますから、待っててくださいねぇぇぇぇぇぇ!!」
走った。