ゼノヴィアは扉の前でウロウロしていた。
アーシアに追いつき、なんとか保護することが出来たものの、
泣いていたアーシアに対し、何を言えばいいのか分からなかった。
ゼノヴィアは割り切ることが出来るにしても、アーシアはそうではないことは、
いくら鈍いゼノヴィアでも解ることだ。
取りあえず、落ち着かせるために一端家に戻るが、
アーシアの「一人にさせてください」という言葉に何も言えず、
扉を一枚挿んで、アーシアが落ち着くのを待っているのだ。
その後アーリィに連絡したから、彼女のことだから、直ぐに来るだろうと思う。
しかし、その後、どうしたらいいだろうか?とアーリィを待ちつつも、考えていた。
「アーシア、別に気にすることじゃない・・・これは駄目だ。
大丈夫だよアーシア・・・一体何が大丈夫と言うんだ。
アーシア、私が守ってやるから安心しろ・・・これだとアーリィに怒られそうだな。
くそ、私の頭ではダメなのか・・・?」
なんとか、アーシアにかける言葉を模索しているのだが、
こういったことには疎いゼノヴィアにとっては、学園の授業よりも困難な問題だった。
頭を抱えて少しの後、玄関のチャイムが鳴った。どうやら、アーリィが着いたらしい。
これで何とか出来るかもしれない、と縋る思いで玄関の戸を開けると、
「ぜ、ゼノヴィア・・・さん。あ、アーシアは、ど、どこにいますか?」
息もキレギレの汗だくシスターが、
獲物を狙う肉食獣のようなギラギラした目で立っており、
ゼノヴィアは無言で扉を閉めた。
「酷いじゃないですかゼノヴィアさん!
私だって必死に走ってきたんですよ!?迷ったんですよ!?
それなのに、無言で扉を閉めるなんて、ゼノヴィアさんは酷すぎます!」
「いや、その、悪かった。あんな顔で立っていたから、その、すまない」
息を整えて怒るアーリィに対し、ゼノヴィアは言葉を濁しながらも謝罪する。
あんな顔ってなんですか!?と言いたげな表情をするも、言葉を飲み込んだアーリィは、
ゼノヴィアに案内されるように、彼女たちの部屋へと歩を進める。
「ここにいるんですね?」
「ああ、一人になりたいと言って後はずっと籠ったままだ。
時折中で音がするが、入るのも戸惑ってしまっていてな・・・」
「そうですか・・・」
目の前にあるのは普通の扉のはずなのに、今の二人には、
聳え立つ城塞の門、またはロダンの地獄の門のように、恐ろしい威圧を放っている。
『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』
そんな幻聴さえ聞こえてくる。
「ところでゼノヴィアさん、私はアーシアに、何を言えばいいのでしょうか・・・?」
「な、何を言っているんだアーリィ!?
私はアーリィならなんとか出来ると思って、ずっと待っていたんだぞ!?」
「人の懺悔を聴くのは得意ですが、ほら、アーシアですから・・・ね?
家族に対しては、その、こういうのは初めて?と言いますか、
言葉が出てこないといいますか・・・」
「」
ドアノブに手をかけようとして、ゼノヴィアの方へ顔を向けたアーリィだが、
その顔は冷や汗を流し、半ば固まっていた。
挙句、さっきのリアスたちを翻弄した饒舌さはなりを潜め、まるで別人のように口籠る。
「いえ、いざアーシアにかける言葉を考えますと。
ほら、私が巻き込んじゃいましたから、その、なんと言いますか、
慰めるべきなのか、それとも叱咤するべきなのか、悩みまして・・・。
それにお姉ちゃんらしくすればいいのか、それともキリッ!とすれば良いのか・・・」
目を泳がせながら、言葉も泳がすアーリィ。
その姿に、自身のあてが外れ、半ば呆然となるゼノヴィア。
すると、部屋から音が聞こえた。
「きゃっ!?」というアーシアの声と共に。
「アーシア!?どうしたのですか!」
その瞬間、さっきまでの態度とは別人のように、勢いよく扉を開けるアーリィ。
「あ、アーシア、一体何をしているのですか・・・」
扉を開けたアーリィの呟きが聞こえ、ゼノヴィアも部屋を覗きこむとそこには・・・
「あ、アーリィ姉さまにゼノヴィアさん、そんなに慌ててどうしたのですか?」
部屋を綺麗にしていたアーシアがいた。
「ふぅ、お部屋の御片付けが終わりました」
その後、アーシアにつられるように、理由も解らず手伝いをする2人。
せっせと机を拭き、ベッドのシーツを綺麗に敷き、掛布団を畳む。
アーシアの備品などを整理した後は、同じようにゼノヴィアの方も掃除をする。
気が付けば、部屋は塵やゴミひとつない、まるで入居したばかりのような、
そんな部屋になった。
「あのー、アーシア?これは一体どういうことですか?」
「私なりの、感謝の気持ち・・・でしょうか」
アーリィの問いに、顔を部屋を見たまま答えるアーシア。
「短い間でしたけど、イッセーさんやリアスお姉さまたちと一緒に過ごしてきたこの家に、
そしてこのお部屋に、感謝を込めて掃除すれば、
少しは恩返しできるのかな、と思ったので・・・」
「大丈夫よ、貴女の気持ちは、きっと伝わるわ」
アーリィの言葉に「そうでしたら、嬉しいです」と答えるアーシア。
少しの間、沈黙が流れた。
「アーシア、わた「私」
声をかけようとしたアーリィの言葉を、アーシアが遮った。
「私、分からなくなっちゃいました。
みんな、みんな大切な人なんです。
少しの間ですけど、みんなと一緒にいれて、本当に楽しかったんです。
イッセーさんも、リアスお姉さまも、みんな、みんな、いい人なんです」
「そう・・・なのでしょうね」
アーシアはポツリポツリと語る。
「そんな皆が、私の大切な家族を、姉さまを傷つけたなんて、本当は信じたくありません。
これは夢だって、そんなことは嘘だって、本当は思いたいんです。
でも、アーリィ姉さまが私に嘘を吐くことなんて、それこそありえません。
だから、これは現実なんだって・・・本当のことだって・・・」
「アーシア・・・」
アーシアは語り出す。
「なんで、こうなっちゃったんでしょうか。
みんな、みんないい人なのに、本当にいい人たちなのに、どうしてこうなっちゃったんでしょうか。
私・・・考えても、考えても、全然答えが見つからないんです」
「・・・」
暫しの静寂の後、アーシアは言葉を吐く。
「だから私・・・考えるのを止めました。
ずっと悩んでも仕方がないって、ずっと悩んで立ち止まっても、
何も変わらないって、そう思ったんです
だったら私は、私がしたいことをやろう、私が決めたことをやろう、そう思ったんです」
「アーシアは・・・どうしたいの?」
アーリィは問う。
そしてアーシアは、振り返り、笑顔で・・・
「私、今でもイッセーさんたちのことを信じてます。
でも、同じように姉さまも信じています。
本当はみんな、悪い人じゃない、そう思うんです。
だから私、決めました。
私は・・・イッセーさん等も姉さまも、両方を信じます。
これは私の想い、私が決めたことです」
「それが、アーシアの決めたことなのね?」
「はい、今は駄目でも、きっと一緒に笑いあえる日が来ると、私は信じたいんです。
一緒にご飯やお菓子を食べて、笑いあえる、家族になれる日が来る。
そんな日が来ても良いと思うんです。
だから・・・だから・・・私は・・・」
「アーシア」
震えだすアーシアを、アーリィはそっと抱きしめる。
彼女が右手で指を鳴らすと、部屋一体が不可思議な灯りで満たされた。
それは、暖かく、淡く、そして安心させるような、色。
「我慢しなくていいの、アーシア。今は誰も聞いていないわ」
「ああ、誰も聞いていないさ」
アーリィは、アーシアの顔をそっと左手で自分の胸元へ導き、右手で彼女の頭に触れた。
そして、抱きしめながらアーシアの頭を撫でる。
「今は、良いのよ」
ゼノヴィアは、アーシア達に背を向ける。
胸元が濡れていくのを感じながら、アーリィはずっとアーシアを撫で続けた。
ずっと・・・ずっと・・・撫で続けた。
次話で、幕を引こうと思います。