佐世保鎮守府第2会議室。
通常使われるのは専ら第1会議室なのだが、日付が変わろうとしているこの時間に、なぜか第2会議室の明かりが煌々と室内を照らしている。
会議室の中には非戦闘艦を含むすべての艦娘、つまり龍二と妖精を除く全人員が集結していた。
もちろん全員を集めたのは叢雲で、議題は先ほどの龍二の爆弾発言である。
まだ「龍二に関する重大な発表がある」としか言っていないのだが、会議室内に充満する雰囲気は海域攻略の会議中と遜色ない真剣さである。
「悪いわね、こんな時間に集まってもらって」
「それはいいんだけど…ご主人さまに関する重大発表って何ですのん?」
少しおちゃらけた言い回しをする漣だが、その表情は真剣そのものである。
叢雲は「その前に」と前置きを入れたうえで、仲間たちに問いかける。
「この中でアイツに…ほ、惚れてない人はいるかしら?」
「あらぁ?ムラっち顔が真っ赤ですよ~?」
「うるさい茶化さないで!…で、どうかしら?」
そう言い放ち、全員の表情を確認する。
例に漏れず全員が顔を赤くしている所を見ると、どうやら全員同じ気持ちらしい。
「そう…。ということは、やっぱり全員に話した方がいいわね」
「ということは、やっぱり叢雲さんも…?」
「…っ、ええそうよっ、悪い!?」
「いえ、なんだか安心しました」
「お気持ちは分かってましたから…」と付け加える神通に、顔を真っ赤にしながら「ぐぅ…」と唸る叢雲。
周りの艦娘達もニヤニヤしているあたり、きっとバレバレだったのだろう。
このまま弄られ続けそうな雰囲気を一掃するため、咳ばらいをしつつ話を進める。
「ついさっきの話なんだけど…」
◇
「故郷に…残してきた恋人がいるからさ」
「……………は?」
叢雲は、頭の中が真っ白になっていくのを感じた。
え、は、何?恋人?
必死に頭の中で意味を理解しようとするが、感情がそれを拒む。
「初めてできた恋人…愛佳っていうんだけどさ。これから2人で幸せな日々を…って矢先に深海棲艦が現れて。あっという間に提督にされちゃってね…」
「………」
「でもどっちにしろ深海棲艦を倒さないと平和にならないし、じゃあ頑張るしかないか!ってね。でもまさか艦娘に迫られる日が来るとは思わなかったよ」
「………」
「まだキスすらしたことないんだけどね…」と言いつつ、ポリポリと頬を掻く龍二。
その表情に、叢雲は胸が締め付けられるのを感じた。
ああそうか、やっぱり私は…
(こいつに…龍二に惚れてたのね)
出会ってからまだ1ヶ月とちょっと。
惚れっぽい自分が嫌で、ずっと見て見ぬふりをしていた恋心は、いつの間にか無視できない大きさにまで膨れ上がっていた。
それに気付かされたのが、思い人に恋人がいるという事実。
(なんとも皮肉なものね…恋に気付いた理由が失恋したから、なんて)
ふと顔を上げると、龍二が心配そうにこちらを見ていた。
反応が無かったから気になったのだろう。
いつの間にか目尻に溜まっていた涙を誤魔化すために欠伸の真似事をすると、手で涙を拭って笑顔を見せる。
「ア、アンタなんかにも、慕ってくれる女の子がいるなんて驚きだわ」
「なにおう!?バカにすんない!…確かに学生時代は女っ気なかったけどさ…」
「でもいいじゃない、今は最愛の恋人がいるんだから」
「まぁ、それもそうだな。それが理由で悩んでるってのもあるんだけど…」
「しっかりしなさい!そんな弱気じゃ愛想つかされるわよ?」
「それは困る!…そうだな、俺がしっかりしなきゃな!」
「…っ」
笑顔で気合を入れる龍二を見て、彼がどれほど恋人を想っているのかが理解できてしまった。
理解した途端、月明かりに照らされた彼の姿が再びぼやける。
思わず後ろに振り返ると、そのまま艦娘寮に向かって歩き出す。
「…涼しくなってきたし、そろそろ寝るわ。アンタもまた寝坊するんじゃないわよ」
「あ、ああ。ありがとな叢雲…元気出たわ」
「…っ、アンタにミスされるとこっちが困るのよ。…だからしっかりなさい」
後ろを振り向いたまま、手を振って別れを告げる。
ああ、今が夜で本当によかった。
泣いている所を見ているのは、お月様だけだから…
◇
「…ってわけ」
「…」
叢雲の説明が終わると、会議室内は静寂に包まれた。
みんな俯いたまま暗い顔をしている…内容が内容なだけに、仕方ないことではあるが。
もちろん、自分が泣いた件は伏せておいた。
龍二が好きなことがバレたとはいえ、流石に泣いたことを知られるのは恥ずかしすぎる。
「あの、質問いいですか…?」
「間宮さん…」
会議室の隅で手を上げたのは、明日の朝食の下ごしらえ中に呼び出され、未だエプロン姿のままの間宮だ。
「提督は、まだキスもしてないって言ってたんですよね?」
「え、ええ。そう言ってたわ」
「なら、私はまだ諦めません!」
「!?」
普段の間宮らしからぬ強気な発言に、思わず全員が注目する。
それもそのはず、既に恋人がいるにも関わらず迫るということは…
「略奪愛…ですよね」
「昼ドラかよぉ…」
「既に家庭をもっているのであれば私も諦めます。でも、今はまだプラトニックなお付き合いって事ですよね?」
「それはそうだけど…」
「なら、まだチャンスはあるはずです!それに、最後に決めるのは提督自身ですよ?」
「間宮さん…本気です…」
途中で口を挟んだ綾波と敷波も、その剣幕に思わず閉口する。
その横で漣が、手を顎に添えながらなにやら考え込んでいる。
「ふむ…確かに、間宮さんの言う事も一理ありますな」
「ちょっ、漣!?」
「好きなものは好きなんだから仕方ないっしょ!それに…」
「『諦めないよ!漣はしつこいからっ!!』って?」
「そうそう…って人の決め台詞とらないでよ!!」
「アンタの考えが分かりやす過ぎるのよ…」
「にゃにおう!?」と言いながら突っかかってくる漣を片手でいなしながら、叢雲は間宮に視線を戻す。
叢雲の視線に頷きで返すと、間宮が話を続ける。
「私達艦娘は元々ただの軍艦。でも提督の手で新たに命を頂いたこの身は女性。ならばチャレンジする位は許されて然るべきだと思うんです」
「略奪愛というのが気になるが…せっかく女子として生を受けたのじゃ。それくらいしてもバチは当たらんかもしれんのぅ」
「ボクも提督と恋人に…あうぅ…」
「皐月ちゃんが言うと危険な匂いが…。でも、提督の恋人というのは確かに憧れますね」
「提督の恋人になる為なら、前髪のセットに倍の時間かけてもいいわ!」
「村雨は元から諦めるつもりなんてないけどね~♪」
間宮の謎の説得力がある言葉を聞き、初春・皐月・大淀・阿武隈・村雨も肯定の意を示す。
その横で真っ赤になっている明石と神通は…きっと昼間の事を思い出しているのだろう。
このタイミングでこの表情ということは、否定的な意見は出てこないとみた。
「ということは、全員諦めないってことね…」
『はいっ!』
「全く…あいつも罪作りな男ね」
「んでんで、ムラっちはどうなの?」
「私?そんなの決まってるじゃない」
目を瞑り一呼吸置いた後、ゆっくりと瞼を開ける。
そこに先ほどの暗さは無く、あるのは自信に溢れたいつもの微笑みのみ。
「徹底的にやっちまうのねっ!」
「それも漣のセリフ~!!」
暗い雰囲気を吹き飛ばす様に最後を笑いで締めながら、艦娘だけの緊急会議は幕を閉じた。
それは同時に、互いがよき戦友に、そして良きライバルとなった瞬間でもあった。
ようやく修羅場ヤ沖海戦開幕です。
正直展開がちょっと強引すぎたとは思うのですが、ここで艦娘達が諦めちゃったら主人公が翻弄される展開が描けないので、仕方ないですね(ゲス顔)