「ここが大浴場!誰でも使える鎮守府の癒しスポットの1つだよ!」
「まぁ…」
「これは…任務の疲れを癒すには最高ですね」
龍二が工廠で衝撃の真実を知らされている頃、皐月は案内の真っ最中であった。
「この鎮守府、艦娘のための設備がすごく充実してますね…」
「うちの司令官はすっごく優しいし、いつも皆の事を考えてくれてるんだ!」
榛名の言葉に、エッヘンと自慢げに話す皐月。
そんな微笑ましい姿を見て、思わず2人は笑みをこぼす。
今までの案内の中でも、提督が艦娘の為にいろいろと考えてくれていると感じる部分が多々あった。
例えば娯楽室。
広い部屋の中にはTVやゲーム機、本などの娯楽用品が充実している。
また、茶会が開けるレベルの設備や多数の仮眠ベッド等も置いてあり、純粋な休憩スペースとしても利用できる。
さらに、置いて欲しいものがあれば申請が可能であり、今後さらに設備が充実していくことだろう。
例えば酒保。
本来であれば提督専用のこの設備だが、提督の計らいによって艦娘も利用できる。
購入に関してもお金は必要なく、店にないものは取り寄せることも可能である。
もちろん金額の上限はあるが。
他にもいたる所に艦娘を想う気持ちが表れており、それに触れるたび2人は心が温かくなるのを感じた。
そして、最初の挨拶の時に感じたあの気持ちは、間違いでは無かったのだと確信する。
(たとえ一目惚れだとしても、やっぱり榛名は…)
(ここに着任できてよかった…。少しでも提督のお役に立てるよう、頑張らないと…!)
細かい違いはあれど、提督を想う気持ちは一緒の様で。
そんな2人の気持ちを知ってか知らずか、皐月はゴキゲンな表情で2人の手を引いていく。
ふと何かに気付いた皐月はその場に留まると、前方から歩いてくる人物に大きく手を振った。
「あっ、初春姉ちゃん!」
「おや皐月ではないか、いつも通り元気じゃな。…そちらの2人はどなたかえ?」
「さっき建造された榛名さんと祥鳳さんだよ!司令官に頼まれて、今鎮守府内を案内してるんだ」
「はじめまして!金剛型戦艦3番艦の榛名です」
「軽空母の祥鳳です。よろしくお願いしますね」
「わらわは初春と申す。よろしく頼みますぞ」
3人はそれぞれ挨拶と握手を交わす。
和風な容姿の3人が挨拶を交わす光景は、なんとも絵になるものである。
「しかし、この鎮守府にもやっと戦艦と空母が来たんじゃなぁ」
「私は正規空母じゃなくて軽空母なので、戦力としては頼りないですが…」
「なに、軽空母には軽空母の良さがあるものよ。それにあの提督ならば、その良さを最大限生かしてくれるはずじゃ。安心せい」
口元を扇子で隠しながら、雅に笑う初春。
駆逐艦とは思えない大人びた雰囲気に、祥鳳は思わず息を飲む。
その隣では皐月が、初春に尊敬の眼差しを送っていたりする。
「おっと、そろそろ哨戒任務の時間じゃ。皐月よ、しっかりと案内するようにな」
「うん!頑張るよ~!」
そう言い残し工廠の出撃ドックへ向かおうとした初春だが、ふと何かを思い出したかのように戻ってくる。
「お二方よ。もしも提督に気があるようならば、後ほど任務から戻る叢雲を訪ねるとよかろう。面白い話が聞けるはずじゃ」
「叢雲さん…ですか?」
「うむ。その気が無ければ今の話は忘れてくれるとありがたい」
「は、はぁ…」
「ではの」と一言残し、今度こそ出撃ドックへ向かっていった。
後に残るは、意味深な言葉を残され首を傾げる2人と、初春に手を振る皐月のみ。
「最後のは一体なんだったのでしょうか…?」
「皐月ちゃん、さっきのどういう意味かわかる?」
「ん~…」
2人の疑問に考え込む仕草をする皐月。
どことなく楽しげなのは気のせいだろうか?
「とりあえず、夕飯の後にでも部屋に行ってみたらどうかな?叢雲さんには伝えておくから!」
「そうですね…。そこまで言われると、榛名もちょっと気になります」
「皐月ちゃん、お願いできるかしら?」
「もちろんだよ♪…ってことは、2人とも司令官のこと好きなのかな?」
「そ、それは…」
「えーと…」
「あはは、やっぱりか~」
思わず「新しいライバル出現かぁ…」と呟くも、幸い照れる2人には届いていないようだ。
それでも、自分の好きな人が他の人にも慕われるというのは、存外嬉しいようで。
未だ赤い顔の2人の手を引いて、皐月は笑顔で案内を続けるのであった。
◇
時刻は二一三〇。
艦娘寮の一角で、ドアをノックする音が響き渡る。
「開いてるわよ」
「「失礼します」」
「いらっしゃい。皐月から話は聞いてるわ」
そう言いながら2人に座るよう促した叢雲は、テキパキとお茶の準備を始める。
部屋を訪ねてきた2人…榛名と祥鳳は、少しだけ緊張した面持ちで座布団の上へと座る。
「ここに来たってことは、そういう事でいいのよね?」
「えと、その…はい」
「ハァ…、本当にアイツは見境なしなんだから…」
「その…提督は何も悪くないんじゃ…?」
「いいのよ。全部アイツが悪いってことにしておけば」
ぽろりと恨み言をこぼす叢雲の表情は、しかして嫌悪している風でもなく、小さく苦笑を浮かべているだけだ。
そんな彼女の表情を見て2人は、「ああ、この人も…」と確信する。
やがてお茶が運ばれてくると、2人の向かい側に座った叢雲がゆっくりと口を開く。
「とりあえず1から話すわね」
「長くなるかもしれないけど…」と前置きしたうえで、昨日までの出来事と今の現状を2人に伝える。
話が進むにつれて、予想通り2人の顔が驚愕に染まっていく。
(そりゃそうよね…私だって驚くわよ、こんなの)
まだ運営が始まってから2か月足らず。
仲間も非戦闘艦含めやっと10名を超えたとはいえ、全員が同じ人物を好きになると誰が予測できただろう。
そこに加え、相手には既に想い人が居るというのに、誰一人諦めないというのだから驚きである。
もはやある意味で、艦隊全体が狂っていると言っても過言ではないのかもしれない。
「…というわけ。いろいろとおかしいでしょ?この鎮守府」
「はえー…」
「…」
叢雲の話を聞き終え、思わず呆ける榛名と絶句する祥鳳。
2人の胸中を知ってか知らずか、叢雲は話を続ける。
「とりあえずこれだけは知っておいて欲しかったの。後になって真実を知るよりはダメージ少ないはずだもの」
どこか遠くを見ながらそう話す叢雲の顔は、どこか少し悲しげで。
そんな表情を見た2人は、彼女が真実を知ったときの気持ちを少しだけ垣間見た気がした。
「今の恋人か私達か。決めるのはアイツだけど、私たちは最後まで諦めない。だから貴方達も好きなように行動するといいわ」
「…」
「…」
「でもね…恋の戦場では容赦しないわよ!私たちは仲間だけど、ライバルでもあるんだから!」
そう言い放つ叢雲の表情に迷いはなく、あるのは目標に向けて進みだす覚悟だけ。
そんな綺麗な表情に、同姓ながらも思わず惹きつけられるものを感じる榛名と祥鳳。
まだ出会ったばかりだけど、いつかは私も彼を想ってこんな魅力的な表情ができるようになるだろうか…
そんな事を考える彼女たちの衝撃的なお茶会は、幕を閉じていくのであった。
◇
その後の1週間は怒涛の速さで進んだ。
新たに加わった榛名、祥鳳の錬度向上はもちろんの事、遠征で資材集めや開発での装備充実を目指し、龍二は休む間もなく指示を出し続けた。
今まで空母がいなかった為ボーキサイトの備蓄には余裕があったが、戦艦を運用する以上燃料や弾薬の消費に注意しなくてはならない。
もちろんその間も近海の哨戒は欠かさず行い、日を追うごとに鎮守府内の緊張感が増していく。
そしてついに、大本営に指定された任務決行日が訪れた。
「今回の作戦は旗艦榛名、随伴艦は阿武隈、神通、叢雲、漣、祥鳳で出撃する。そして残ったメンバーには、主力メンバーがいない鎮守府近海の哨戒をお願いするよ」
『はい!』
「今回は敵の実力が未知数だから、十二分に警戒するように。1人でも中破が出たら即撤退。無事であれば何度でもチャンスはあるからね」
『はい!』
「よし…では第1、第2艦隊出撃!!」
龍二の掛け声と同時に、元気よく駆け出していく仲間たち。
勇ましく海へ飛び出していく彼女たちの姿を見つめながら、無事作戦を完遂出来ることを祈る。
「大丈夫ですよ、提督」
「大淀…」
「彼女たちを信じてあげて下さい。それが何よりもみんなの力になるんです」
「そうか…そうだな」
傍らに寄り添う大淀に元気づけられ、少しだけ残っていた不安を無理矢理掻き消す。
地平線の先を、彼女たちの姿が見えなくなるまで見つめつつ…。
◇
「戸締り…よし!荷物…よし!」
龍二が艦娘達を見送っているのと同時刻。
とある所に、今まさに小旅行へと旅立とうとしている女性の姿があった。
「電話は出来ないし、手紙はどこにどうやって送っていいかわからないし…」
不満げな口調で呟くも、表情はどこか期待を含んでいる。
「それなら、直接会いに行くしかないよね!」
「門前払いされたらそれまでだけど…」とこぼしながら、駅へと歩みを進める。
目的地は佐世保鎮守府、目標はもちろん…。
「まっててね、龍二…」
最愛の恋人の名前を呟きながら微笑む女性の名は愛佳。
鎮守府にまた1つ、特大の嵐が吹き荒れようとしていた。
おや?恋人の様子が…
ざわ...ざわ...
明日は私用で外出しなければならない為、投稿が遅くなってしまうか、もしくは明後日になってしまうかもしれません。
大変申し訳ありませんが、ご了承下さい。