提督は今日も必死に操を守る   作:アイノ

15 / 30
第13話

鎮守府の西南西に位置する製油所地帯。

その沿岸部の輸送ライン上を、佐世保鎮守府第1艦隊は単縦陣で進む。

目指すはさらに南西方面。

戦艦ル級を含む敵主力艦隊が度々目的されているポイントだ。

 

「みなさん、燃料と弾薬の残量に問題はないですか?」

 

「はいっ、私的には問題ないです!」

 

榛名の何度目かの確認の後、阿武隈を始め全員が問題ない旨を報告する。

ここに来るまでに数回戦闘はあったものの、どれも駆逐級や軽巡級ばかりだった為、被弾らしい被弾もなく順調に進んでいる。

特に航空隊での先制攻撃や榛名の砲撃の恩恵は強く、弾薬についても思いの外温存できている。

 

(でも、ここで慢心してはいけません…)

 

声には出さず心の中でそう誓うと、榛名は改めて気合を入れなおした。

最終目標には自分と同じ戦艦が居るのだ。

もちろん深海棲艦に後れを取るつもりはないが、こちらも自分を除けば駆逐艦、軽巡洋艦、軽空母と、耐久が低い艦が残る。

敵も戦艦を名乗る以上それなりの火力を持っているはずである。そんな相手を前に見方を危険に晒すわけにはいかない。

 

「榛名さん。戻ってきた水偵から、この先に戦艦級を含む敵艦隊を発見したと連絡がありました」

 

「現れましたね…総員、戦闘準備を!」

 

「はい!」

 

「提督、こちら旗艦の榛名です。偵察機が敵主力艦隊の存在を確認しました。会敵後、そのまま戦闘に入ります!」

 

『了解。敵に空母はいない筈だから制空権は祥鳳に任せて、他のみんなは自慢の砲雷撃戦で敵を殲滅。ただし、無茶はしないように!』

 

「了解しました!」

 

榛名の掛け声を聞き、全員が待ってましたと戦闘の準備へと移る。

それと同時に、忘れずに龍二へと報告を行う。

自分達を案ずる言葉に思わず頬が緩みそうになるが、ハッと我に返る。

先ほど気合を入れ直したばかりなのに、こんな所で弛緩してどうする。

 

「勝利を、提督に!!」

 

仲間を鼓舞する為、そして自分の緩んだ気持ちを正すため。

榛名はひと際大きな声でそう叫ぶのであった。

 

 

 

 

「くそっ…どうしたものか」

 

先ほどの榛名からの通信から数十分。

未だ敵主力艦隊との交戦を続けている第1艦隊は、想定外の苦戦を強いられていた。

当初の作戦ではル級さえどうにかなればと考えていたが、思わぬ伏兵がいたのだ。

その伏兵の名は雷巡チ級。

落ち着いて戦いさえすればそれほど怖い敵ではないはずだが、戦力をル級に集中していたのがまずかった。

敵の主砲にばかり気を取られていて、雷撃の存在を完全に忘れていたのだ。

結果、初撃前にチ級の雷撃により漣と神通が被弾し、共に中破まで追い込まれてしまった。

悪い事は続くもので、さらに両名の艤装の機関部に深刻なダメージがあったらしく、航行速度が通常の半分以下となってしまった。

その為撤退する事もできず、2人を中心とした輪形陣にてなんとか守りつつ応戦している状態だ。

 

「榛名、現在の被害情報は?」

 

『叢雲さんと祥鳳さんが小破です!なんとか応戦していますが、敵随伴艦の雷撃が未だ脅威です』

 

「チ級か…どうにかして倒せないか?」

 

『狙ってはいますが、未だル級も健在ですし…。しかも他の随伴艦が庇う姿勢を見せているようで…』

 

「庇うか…深海棲艦側も徐々に統率が取れてきたってことか」

 

『はい、明らかに鎮守府近海の敵とは…っ!きゃああああっ!』

 

「榛名っ!?」

 

盛大な爆音と共に、榛名の悲鳴が響き渡る。

どうやらル級の砲撃が榛名に直撃してしまったようだ。

その後の通信で、幸い大破や轟沈には至らなかったと報告があったが、少なくとも中破であることは間違いないようだ。

 

『提督…』

 

「すまん、完全に俺の作戦ミスだ…すぐに対応を考える」

 

それだけを伝えると、無線を閉じるのも忘れて思考に耽る。

どうするべきだ?どうすれば皆が無事に帰ってこれる?

この際任務の遂行など二の次だ。大本営に何と言われようと構わない。

少ない脳みそを絞り切れ、みんなが生き残る道を模索しろ。

残された少ない時間の中、龍二は必死に対応策を考える。

その唇は固く閉ざされ、握る掌からは爪が刺さったのか血が流れている。

そんな危機的状況の中、そっと執務室のドアを開ける人物がいた。

 

「失礼しまーす…。あ、龍二みつけたっ!」

 

「哨戒中の第2艦隊を向かわせて…でもそれだと鎮守府の警備が…」

 

「あれ…?もしもーし、龍二?」

 

「でも皆の命には代えられないし……って愛佳!?」

 

「えへへ、きちゃった♪」

 

驚く龍二の前で、可愛らしくペロッと舌を出して微笑む愛佳。

 

「いや、来ちゃったって…。一体どうやって…」

 

「龍二のおじいちゃんに住所聞いて、普通に飛行機で来たよ?」

 

「ああそうか、この前野菜送ってくれたからな…」

 

「私には教えてくれないんだもん…」

 

「そりゃ肉親以外に教えるなって言われてたからさ…」

 

「ぶーぶー」

 

頬を膨らませて抗議する愛佳。

現在の海軍の規定で、住所どころかどこの鎮守府に配属になるかすら、肉親以外には話せないのだ。

最も、手紙や荷物を直接鎮守府に送ろうとしても強制的に大本営に送られ、中身を確認された後に各提督へと送られるわけだが。

 

「でも守衛だっていただろ?どうやって中に…」

 

「身の上話を聞かせたら普通に入れてくれたよ?なんか泣いてたけど…。あの人も同じように、故郷に恋人がいるのかな?」

 

「真面目そうなのは上っ面だけかあの守衛…。そしていいのか我が鎮守府よ…」

 

頭を抱えそうになるも、ふと今の現状を思い出す。

今は作戦中。しかも艦娘達の命がかかっている上に苦戦を強いられている。

せっかく来てくれた愛佳には悪いが、乳繰り合っている場合ではないのだ。

 

「ごめん愛佳、今作戦中だから…」

 

「あ、こっちこそごめん。仕事の邪魔しちゃったね…」

 

「いや、来てくれた事は純粋に嬉しいよ。とりあえずそこにでも座ってて」

 

そう言いながら、以前大淀が使っていた予備用の椅子に促す。

正直間に合うかどうか分からないが、とりあえず第2艦隊をそのまま支援に向かわせることにする。

鎮守府の防衛がすっからかんになるが、なんとか奇襲がない事を祈るしかない。

そして通信を再開しようとした矢先に来た榛名からの通信で、スイッチをオフにするのを忘れてた事に気付く。

なぜだろうか…昨日に引き続き今日も暑いはずなのに、嫌な冷汗が一滴首筋を伝った。

 

『提督…?今の声は誰ですか?』

 

 

 

 

「提督…?今の声は誰ですか?」

 

『き、気にしないでくれ。知人が訪ねて来ただけだから』

 

「『愛佳』という名前が聞こえたのですが、確か提督の彼女さんでしたよね?」

 

『は、榛名?なんでそれを知ってるんだ?……榛名?はるっ―――』

 

「…」

 

龍二が呼びかけるのも構わずに、通信機の電源をオフにする。

そして、現在も必死に応戦を続ける仲間たちに告げる。

 

「みなさん、緊急事態です…」

 

「今この状況が緊急事態だと思うけどっ!?」

 

じりじりと押されている現状に苛立ちを隠せない叢雲に、「それどころじゃないです」とこぼす。

 

「提督の彼女が…鎮守府に着任したようです」

 

「!!?」

 

榛名の思わぬ一言に、艦隊の空気が変わる。

空気を色で表すとすれば黒、もしくは血のような赤だろうか。

その一言は、艦娘たちの反撃開始の合図でもあった…。

 

ちなみに…

神通が装備していた零式水上偵察機の妖精は、後にあの反撃をこう表現した。

「あれは反撃なんて生易しいものじゃない、一方的な蹂躙だった」と…。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。