「宴会……ねぇ」
「はい。人数も増えてきたことですし、この辺で一度みんなの親睦を深める意味でやりませんか?」
「うーん……」
大淀から渡された具申書を眺めつつ、思わずうなる龍二。
まさか執務開始の1枚目で、ここまで迷わされるとは思わなかった。
「おいしいお料理においしいお酒……。綾波、楽しみです~♪」
既に開催が確定事項だと言わんばかりに隣で歓喜しているのは、本日の秘書艦である綾波だ。
ほんわかしてそうで意外としっかりしているように見えて、やっぱりほんわかしている彼女がここまで喜ぶのは何気にレアだったりする。
ちなみに駆逐艦や軽巡洋艦の飲酒については、大本営側は黙認しているようだ。
元々は軍艦なわけだし、見た目が大人びてても子供っぽくても、新たに生を受けたのは僅か数か月前だ。
そこに見た目年齢を持ち出してくるのは野暮と言うものだろう。
つまり大本営は、暗に「駆逐艦とかが飲酒してる犯罪チックな光景を、世間一般の人々に見られなければ問題ない」と言っているわけだ。
「綾波も酒飲むんだな。ちなみに何を飲むんだ?」
「私はカクテルとかチューハイみたいな甘いやつしか……。敷波は梅酒ばっかり飲んでますけど」
「意外とみんな飲んでるんだな」
「それもこれも、司令官が酒保で購入できるようにしてくれたからですよ~」
「酒の為にああいうシステムにした訳じゃないんだがな……」
そう呟くと、龍二はまたお悩みモードに突入した。
問題はそう、『酒』なのである。
ただの食事会だけならば何の憂いも無く開催できたのだが、いかんせんそこに酒が絡んでくると嫌な予感しかしない。
特に、この前の愛佳が突撃してきた日からそれほど経っていない今の状況では、もはや危険しか感じないのだ。
「なあ、その宴会俺抜きでも―――」
「駄目に決まってます!」
「だ~めで~すよ~」
言い終わる前に2人に却下された。
最初から参加しない戦法は通じないか……はてどうしたものか?
「ええと、提督が開催を渋ってる理由って何ですか?」
「いや、その……だな」
「??」
流石に「酔ったお前達に迫られたくないからだ!」とは言いにくい。
だが、他に良い案を思いつかないのも事実である。
仕方ない、とりあえず許可を出しておいて、始まったら人知れずこっそり消えるしかあるまい。
「まあ、親睦を深めるのは大切だよな。わかった、許可するよ」
「ありがとうございます!」
「や~りま~した~♪」
大淀と綾波が手を合わせあって喜んでいる。
そこまで宴会したかったのか……。
「んで、開催は今夜でいいのか?準備とかあるだろうに……」
「問題ありません。昨日のうちに間宮さんと明石さんには伝えてありますので、食事もお酒も用意できてますよ」
「おいおい、俺が却下したらどうするつもりだったんだ?」
「提督は優しいですから、許可して下さると信じてました♪」
「全く……」
ここまで用意が済んでいるのであれば、もはや許可する以外あるまい。
龍二は具申書に認可印を押しながら、どういう風に抜け出すかを考え始めていた。
◇
お昼時の食堂。
昼食を求めて集まった艦娘達の話題は、専ら今夜の宴会のについてだった。
龍二が認可した後、すぐに大淀が全体放送で告知したため、ものの数分で全員に知れ渡ったのだ。
そして話題の方向性も様々である。
「梅酒!梅酒は出るの!?」
「いっぱい出るから落ち着いて敷波!」
「よかったぁ~……。あたし梅酒以外飲めないからさ~」
(カクテルと変わらない気もするんだけど……)
「司令官も来るんでしょ?楽しみだなぁ」
「一緒に楽しく飲みたいですねぇ~」
綾波と敷波のように、純粋に龍二とお酒が飲めることを喜ぶ艦娘達もいれば……
「ふえぇ、直前まで哨戒だぁ……。宴会前に前髪整える時間がないよ~」
「急な話でしたからね。とりあえずサッと適当に直せばいいのでは?」
「それはダメ!そんな恰好で提督の前になんか出られないよ~」
「うーん、提督はそこまで気にするような方じゃないと思うんですが……」
「……そういう祥鳳だって、なんか今日は肩の露出が多くない?」
「こ、これは何となく……」
(これは色仕掛けするつもりね……負けないから!)
(やっぱり見せすぎでしょうか?でも提督に振り向いてもらう為なら……)
この阿武隈と祥鳳のように、提督に迫る気満々な艦娘達もいる。
更には……
「アイツ絶対途中で逃げようとするわよ」
「あ~、最近のご主人さま、さりげな~く私達を遠ざけようとしてるよね」
「はい、ちょっと寂しいです……」
「今回の宴会も許可を渋ったらしいし、多分酔って迫られるのを避けようとしてるわ」
「まあ、絶対に逃がしませんけどね!」
「とりあえず、宴会が始まったら目を光らせておいた方が良さそうですね」
「そうね」
(絶対に逃がしたりしないんだから!)
最古参の叢雲、漣、神通に至っては、龍二の逃亡を阻止する計画を立て始めている。
そして、そんな彼女たちを温かく見守る姿があった。
「みんなそれぞれ色んなことを考えてるみたいね~」
「よいしょっと……。最近の提督はそっけないですからね。皆さん何としてもチャンスを生かしたいんでしょう」
「そういう明石さんも、今夜は頑張るんでしょ?」
「うえっ!?いや、その……。そういう間宮さんはどうなんですか?」
「うーん……内緒♪」
「あっ、ずるい!」
「女は狡いくらいが魅力的なのよ♪」
宴会用のビールを運び終えた明石を茶化しながら、間宮は思う。
かわいい子が勢揃いのこの中で、どうすれば龍二が自分に振り向いてくれるかを。
結局のところ、全員が全員龍二の事を狙っている、いわばサバイバル地帯なのだ。
その中で1人突出するためには、他の子ができないような事をしなければならないだろう。
(あまり焦っても仕方ないけれど、チャンスがあれば私だって……!)
誰も見ていない所で1人気合を入れると、返却されてきた食器を洗いつつもの思いに耽る間宮。
龍二への包囲網は、着実に狭まっている。
◇
「あー……、ついにこの時間が来てしまった」
現在の時刻は一八五五。
宴会が始まる5分前である。
「結局事前に逃げることは叶わなかったか……」
宴会中に抜け出す算段をしていた龍二だが、一応事前に回避できないかといくつか手を打っていた。
例えば、大本営から土壇場で緊急指示が来た体を装ってみようとしたが、5分ほど前に綾波から「今、大本営に一応問い合わせておきましたが、今日はこれといって追加の仕事はないみたいですね~♪」と嬉しそうに告げられてしまった。
また、いくつか仕事を残しておいて、宴会中にそれを思い出すという予定も立てたのだが、残念ながら大淀に目ざとく発見されて処理されてしまった。
その他にもいくつか準備をしていたが、その悉くを事前に潰されてしまった。
「ここ数日、みんなと距離を開け気味だったのが裏目に出たかな。俺だってもっとみんなと仲良くしたいけどさ……」
『触らぬ神に祟りなし』という事で、なるべく艦娘達に絡まれないよう適度な距離を取って接するようにしてきたが、そのせいで余計な不信感を抱かせてしまったようだ。
なんというかこう、ままならないものである。
「確かに、親睦を深めるのは大切なことだし……諦めて行くとしますか」
既に疲れ切った表情でそうこぼしながら、龍二は執務室を後にする。
彼にとって、今夜が忘れがたい夜になることも知らずに……。
距離を取るとか龍二冷たくね?と思われるかもしれませんが、彼なりに今葛藤中でございます。
後編にてその辺りをスッキリさせたいと思います。