①冗談を言う人、おどけ屋
②取るに足らない、無能な人間
③番外の札、最後の切り札
Daybreak
時は四月の上旬、八分咲きの桜が新生活に華やかな彩りを添える季節。
吉井明久の平和で優雅な午後のひとときは、一通の電話によって不測の終焉を迎えた。
「隼翔が、帰ってきた――」
寮に配備された二段ベッドの下でゲームに興じていたところを見知らぬ番号からの訪問に妨害を受け、不機嫌極まるといった体で電話に応対した数刻前とは打って変わって、呆けた面持ちで立ち尽くす僕。通話終了が表示され、単調な機械音を断続的に奏でる携帯電話から未だ手を離すことが出来ないまま、僕は喜悦に満ちた溜め息のような声を漏らす。
「誰からだ?」
「あの隼翔だよ、半年前にこっから出て行った!」
「は? ――ウソだろ」
「いやまあ、それこそのべつ幕なしに問い詰めようとしたんだけど、『また遊ぼうな』って言って一方的に切っちゃってさ。名前を問い質すいとまさえなくて……どこで前使ってたケータイ無くしたんだろ」
この文月学園で送る高校生活二年目の始まりを二時間後に控えた春休み最終日の夜、手持無沙汰をこじらせて腹筋運動に勤しんでいたルームメイト、坂本雄二がリダイヤルに表示された見覚えのない番号を横から覗きこんでくる。ただでさえヒロイックで筋肉質な大男が視界の隅でばさばさ揺れ動いているという事態は暑苦しいことこの上なかったので、正直な話雄二の筋トレ中断の捌け口としての役割を果たしてくれただけでも、この電話は僕にとってすでに一種の救いとなっていた。いや、だからと言って今のように密着された方がまだマシというわけではないけれども。こんな汗も滴るブ男に。
「はーん。じゃあ、間違い電話の類じゃねえか?」
「その可能性も捨てきれないと思うけど……何せ僕のケータイの受信メールと着信の三割はチェーンメールと間違い電話で埋まってるから」
「お前どんだけ人から恨み買ってんだよ。偶然じゃねえよ、明らかに嫌がらせされてんだろそれ」
「まあ、雄二からの受着信も大体全体の三割だけどね。えへへ」
「こんなに嬉しくねえこと、銀河の果てまで旅したってそう見つからねえよ。ドラゴン〇ールかワン〇ース見つける方がまだ楽だ」
エキスパンダーを引き伸ばしながら、僕の愛想笑いに剥き出しの敵意で応える雄二。週に7度くらい絶交したくなるのも無理はないとそう思えるような、これこそが僕と雄二の一般的かつ健全な日常会話だ。是非これからもそんな高校生らしからぬ仇敵同士のような関係を保っていきたいものだと切に思う。そう、例えるなら今雄二が興じているエキスパンダーに存在意義を持たせている、引き千切れそうなゴムのような。
「ちなみに電話の切りだしは『もしもし、一人情事の真っ最中に済まねえな。元気でよろしくやってるか? 下の方も』って感じだった」
「その時点で相手は隼翔と断定して何の問題もないな」
聞くや否や一も二も無く鞍替えする雄二。無理もない。こんな下劣な文言や言い回しを好き好んで使うような人間を僕たちはたった一人しか知らないから。
「ん? 待てよ……むしろお前が偽物の明久で、本物に化けて俺を担ごうとしているのではないかという懸念もまた危ぶまれるな」
「いや、いくらなんでもそれは超理論過ぎじゃ――」
「……ニュートンが発見した物理学的法則の名前は?」
「え? 万有筋力の法則でしょ?」
「…………疑って悪かったな、明久」
安心しろ、俺だけはずっと友達でいてやるから、という諭すような優しい呟きと共に肩に置かれた雄二の手が妙に重々しかったことを僕は一生忘れない。両の眼から溢れた恥辱の涙も。……違うんだ、あくまで目の前で繰り広げられている雄二の筋トレに引っぱられてしまっただけで、僕は万有腕力の法則なんて簡単な問題を普段から落とすようなアホの子じゃないんだ。
どうでもいいけれど、いちいち回りくどい言質を以ってして友の真贋を見定めるのはいかがなものだろうか。何はともあれ、吉井明久は人としてのプライド(プライスレス)と引き換えに坂本雄二からの信頼(うまのふんにも劣る)を獲得したらしい。
「しかし一度は退学届を出した隼翔が文月学園に戻ってくる、か。今の今まで一度も連絡寄越さねえで、アイツ今までどこで何してやがったんだ?」
「グスッ……何か世界を半周ぐらいしてたらしいよ」
「何だってまたそんな無茶を……つか、金はどうしたんだ金は」
「旅客機とか船を何十回も密航してちょろまかしたんだって。なんか、学校やめてからいろいろ暇だったみたいで……」
「確かに隼翔なら暇つぶしなんてふざけた理由で世界半周だろうと地獄巡りだろうとやりかねないな。……そういやついこの間テレビの向こうにアイツの姿を見たような気がする」
「…………Repeat after me?」
「立場的におかしいだろその英語は」
「…………もっかい言って?」
「立場的におかしいだろその英語は」
「そっちじゃない! てか、とっくの前に見つけてたんならそれをその時に早く言わんかい!」
「驚愕のあまりに記憶に留めるのを完全に忘れたんだよ! お前に分かるか⁉ 録画しといたメジャー中継をのんびり観戦しながらのどかに休日の午後を満喫してたら、異様に見覚えのある白っちゃけた頭のバンダナちび助がズタ袋担いで堂々とスタジアムを横断してたのを目撃した時の俺の度肝の抜かれようが!」
「黙れ! 雄二が鍛えなきゃいけないのは身体なんかじゃなくて頭の方だ!」
「テメェ、言ったな⁉ 俺の中坊以来の成果が無駄だったかどうか今ここで確かめてやらあ、このサンドバッグ野郎!」
冷めやらぬ興奮を押し隠すかのように、その夜僕たちは騒ぎを聞きつけた男子寮長と風紀委員の手によって生活指導教師の前に引っ立てられるまで喧嘩に明け暮れた。
興奮に打ち震える情熱を、昂る拳に乗せて殴り合い、喜びを共に分かち合う。ふと去来するのは懐かしかった僕たちの青春を切り取った一ページ。
満たされたハートの映し鏡のような夕陽を背に連なる掛け値なしの笑顔。
そんな僕たちをいつも前人未到の冒険に連れ出してくれた、小さな奇傑の魔法の言葉。
さ、これからみんなで何して遊ぶ?
しけたツラしてる暇があったら、オレたちと遊ぼうぜ。
不完全燃焼な日常なんてもうサヨナラだ。これからはみんなさえいれば、毎日がお祭り騒ぎに決まってる。
常勝。不敗。負け知らず。あの隼翔がここへ戻ってくるんだ。遊びも悪戯も喧嘩も戦いも、何もかもが誰もかれもが輝かしかったあの日々と同じ、手を伸ばせばすぐ届くところまで。
彼がみんなの手を引いて駆け抜けてくれる、何よりも眩しかった蒼穹の下まで。
――これは隼翔にも後で一発入れておかないとね、全員分
――当然。さんざっぱら迷惑かけといて野郎だけ無傷だなんて割に合うかってんだ
無様にも頭に水がなみなみと注がれた金タライを乗せ廊下に正座させられた僕と雄二は、痣に塗れた笑顔でつぎはぎだらけの友情を交換する。
そんな僕たち――リトルジョーカーズの新たなる船出の夜明けはもうすぐそこまで迫っていた。
☯
遥か遠くへ過ぎ去った冬も厭わずに押し寄せた季節外れの寒気団。日本列島は過去にそう類を見ないほどの時期違いな大降雪に見舞われることとなった。
積雪が雑多な音を吸収し、漆黒の帳に包み込まれし閑静な住宅街に神秘的な銀世界を形成する。
しかし、そんな一夜限りの静謐を罰当たりにも破らんとする狼藉者が一人。
肩で風を切って悠々と進む影の主は、携帯電話を耳に当てた矮躯の少年。凍てつく冷気をものともせず、あたかもそれを刺し貫き返しているかのような刺々しい蓬髪が、歩調に伴って焔の如く揺らめく。
一体全体何がそんなに楽しいのやら、その面貌は尽く無邪気さを発散している。老朽化した街路灯を照り返して星にも負けじと燦然たる煌めきを放つ幼い八重歯が、一層親しみやすさに磨きをかける。
「――はいはい、また今度遊ぼうな」
通話を終えるや否や調子っぱずれな鼻歌を歌いつつ、どこからともなく取り出したるは7インチサイズのタブレット端末。
高等機械が雪に晒されることさえどこ吹く風といった体で、鋭い双眸から放たれる眼光は興味深げに四方八方へと巡る。
安っぽい贅を凝らした見出しや装飾が躍るブログから始まりSNSサイトの呟きへと至る。スクロールに合わせて少年の笑みが底知れぬ凄絶さを帯びてゆく。
インターネットはまさしく人格の覗き穴。自然、必然、人が抱える醜悪や卑劣の片鱗が露呈する。
匿名を良い事に掃いて捨てるほど量産された陰口、文句、不幸自慢、それに伴う低劣極まる便乗の雨あられ。果ては他者をなぶり、犯罪を悦とする人でなし共の、救いようのない陰惨且つ峻烈な武勇伝までが
「――なんつー程度の低い」
当然の発露。
だがしかし、
「誰一人として本物のバカってもんを理解しちゃいねえ」
その類い稀なる思考回路が、そのふざけきった感性が、只人とは一線を画する帰結を導き出す。意味を咀嚼するどころかその断言の真意を探ることさえも、彼の人となりを理解できぬ限り誰一人とて叶わないであろう。
未だ満ち足りぬ半端者の月が舞台袖へと姿を潜め、暁闇が街に、少年に夜明けを告示する。
規則正しく刻まれていた足音のリズムが次第に速くなる。しばし時が経つと、歩調に伴う荒い吐息がにわかに差し始めた暁光に白雲を浮かべ始めた。小さな風来坊は羅針盤に導かれるかのように小高い丘の頂を目指し始めた。
車道を逸れ、木々の間を縫って新雪の上をひた走る。その森閑の中を駆る姿たるや、鮮烈なる白銀の弾丸の見紛う程に。ふくらはぎに蓄積する乳酸も肺を貶める酸欠も上気した頬を濡らす滝のような汗さえも厭わずに全速力で躍動を続け――やがて止まった。
韋駄天さえも霞む勢いで疾走を続けること30分。ついに半年の時を経て、
黒鍵が林立したかの如き校門の横に
私立文月学園。
脈打つ総身を抑え込み、すう、と冷ややかな息を大きく吸い込んだ隼翔は、
「っしゃぁああああああ‼ 帰ってきたぜオルァアアアアア‼」
桜の花弁が地上の綺羅星たる粉雪と共に舞い踊り、壮麗に彩られし旋風と化した逆巻く気炎が、かの地に歓喜の調べを奏でる。裸の拳と共に天へと穿たれた魂の咆哮は忘却の彼方へと追いやられていた青春の輝きを取り戻さんが如く、記憶の果てまで残響をはためかす。
ひとしきり感慨を満喫した隼翔は世界の境界線を飛び越えて、彼を待ち焦がれていた仲間たちの元へと帰還する。
――黎明を告げる鐘は、今打ち鳴らされた。
凍結された青春が、ここより再び胎動する――。
現在長期にわたって放送中、アニメ『リトルバスターズ!』に便乗(?)して投稿、リトバスなバカテス! 色々投稿作品を断念する中、これだけは何とか続けていきたいものです。
『リトバスでのこれって、バカテスではどーなんの?』等、質問やご意見ご感想ございましたら、感想やメッセージにてお申し付けください。
どうか彼らの『これから始まる希望という名の未来』を見届けていただけると、駄目作者としても恐悦の至りでございます。